八、生徒の鑑 9
「あんたは一体何者だ、生徒会長?」
屋上に上がり一呼吸大きく息を吸い込んだ宗次郎が口を開く。
変わらずの晴天の青空の下でその顔は額に陰を作っている。その陰以上に宗次郎の顔に浮かぶ色は暗い。血の気が失せている。
晴天がもたらす陰の他にその日差しに寄る熱が宗次郎の額に汗も呼び出していた。いやそれも冷や汗だったのかもしれない。ぴくりと痙攣するように震えたこめかみから宗次郎の汗がすうっと落ちる。
「生徒会長だよ」
一人柵に近づいていた生徒会長が振り返らずに応えた。
生徒会長は応えたまま鉄柵に向かっていった。柵の手前で止まると眼下を見下ろす。数える程の生徒達が足早に校舎を去っていく様子が見て取れた。
「それは知ってますよ。今は信じられませんけど」
「はは、それは寂しいね。ちゃんと選挙で選ばれたんだけどね」
生徒会長が振り返る。生徒会長の額にも日差しがもたらす髪の影が落ち、そこに陰を作っている。だがその暗い陰の中から覗く目は陽光に負けない程の光を放っていた。
「生徒会長なら生徒の鑑でしょ。〝ささやく〟なんて、どういう了見だよ」
「『生徒の鑑』ね……」
生徒会長がふっと鼻から息を抜いた。
「陳腐な表現で悪かったな」
「別に。君を笑った訳じゃないよ。よく言われるしね」
「……」
宗次郎が黙って生徒会長を見つめる。
「さて、僕はただの高校生だよ。生徒会長の役職をしてるぐらいが特別の、何処にでもいる高校生さ」
生徒会長は鉄柵に背中を預けた。話が長くなると見たのか楽な姿勢をとったようだ。
宗次郎は生徒会長と距離をとった位置で立ち止まり、こちらは緊張にか身を固くしてそこに立つ。
「納得いかないって顔だね、河中くん」
「当たり前だ」
「そうだね。確かに僕も〝ささやか〟れた口さ。それは間違いない」
「……」
「怖い顔だ。僕だって力が欲しいかと訊かれれば、欲しいと思ってしまうさ。君と違ってね」
「俺に〝ささやい〟たのはあんただな?」
「そうだよ。断られるとは思わなかったよ」
生徒会長の口元が皮肉に歪む。
「あんた自身が〝ささやか〟れて、〝ささやく〟力を手に入れたのか? さっき別の力を使ってなかったか? 一度に二つも力が持てるのか? 何なんだ?」
「どうだろうね。一度に二つの力が持てるものなんだろうかね? 小金沢くんは、前の力を失ってから、再度力を入れる手に入れたから、参考にならないし」
「はぁ?」
「速水くんも怪しいね。何処まで力を隠してることやら」
「何言ってんだよ。自分のことだろ? さっきの瞬間移動みたいな力と、〝ささやく〟力。あんた自身が両方手に入れてるんじゃないのかよ?」
宗次郎が苛立たしげに半歩前に出た。
「いいや、僕はコツを掴んだだけだよ」
「なっ……」
生徒会長のしれっとしたものの言い方に宗次郎が息を呑んで絶句する。
「知ってるかい? 千早くんは、十年前からあんなことをしてるらしいよ。僕が〝ささやか〟れたのは、実は十年前でね。多分その時の最後の〝敵〟の、取りこぼしかなんかじゃないのかな、僕は」
「……」
「十年前なら、僕も七つぐらいだね。その頃から〝ささやか〟れた力は持っていた。使うこともなかったけど。でも十年考えた。あの力は何だったんだろうと。自分が〝ささやか〟れた力の方ではなく、〝ささやく〟という力そのものの方だ」
「『力そのもの』……」
「そうだよ。僕は〝ささやか〟れて、自分の力を手に入れた。そしてついでに、〝ささやく〟こともできるようになった。テレパシーめいたところも含めてね――」
「そしておもしろ半分に仲間増やしてるってか?」
「真面目にだよ。おもしろ半分は心外だね」
生徒会長が両方の口角を同時に上げた。
「あのな……」
「君も断ることはなかったのに。真実を見る力を、手に入れたくはならかったのかい?」
「大きなお世話だ」
「そんな力があれば、すぐに僕の正体にも気づいてたかもしれないのに? もしそうなら、桐山くんの妹さんの件はなかったかもしれないのに?」
「な……てめえの口がそれを言うか……」
宗次郎がギリリと奥歯を噛み締め鳴らす。
「力もないのに、結果だけ求めて。それはわがままだよ」
「得体の知れない力になんか、頼りたくないね!」
「ふふん……」
生徒会長が背中を預けていた鉄柵から跳ねるように離れた。
そしてその姿が次の一瞬で消える。
「――ッ!」
驚きに目を見開く宗次郎の肩に、
「じゃあ、何かい――」
その背中から生徒会長が手を置いた。
「この!」
宗次郎がその手をとっさに振り払って振り返る。
「な……」
だが既にそこに生徒会長の姿はない。
「力のない君が、僕を倒す気でもいるのかい?」
更に背後から聞こえてきた生徒会長の声に、
「く……」
宗次郎はぞくっと身を震わせた。