八、生徒の鑑 8
「入るわよ、花応……」
雪野がドアを開けると花応はベッドに突っ伏しているところだった。
顔を完全に枕に埋めわざとかドアとは逆の方に面を傾けていた。部屋のカーテンが閉め切られていた。真っ暗な部屋で花応はドアから差し込む光で切り取るようにその背中を照らされる。
「……」
花応は雪野が入ってきても顔を上げなければ面も向けなかった。ただ暗い部屋に光が差し込んだであろうに、花応は黙って枕に顔を埋め続ける。
「かまって欲しいって感じが出まくりよ、花応……」
雪野が部屋の中に入ってくる。
「ペリ……」
ジョーがドアの横から長い首を突き出した。遠慮がちに伸ばされた首と伺うように前に傾けられた嘴とその弱々しい声がジョーの心配の程を表しているようだった。
だがジョーは遠慮をしたのか雪野とは一緒に部屋に入ってこなかった。
「……」
雪野は花応の背中を横目にまずは窓に近寄った。勢いよく音を立ててカーテンを開ける。
雪野はそのまま後ろを振り返りベッドの花応に振り返る。光が全身を照らしても花応は顔を上げる気配がない。
「花応……」
「……」
雪野の呼びかけに花応は応えない。
「妹さんまで巻き込んだこと……謝ろうと思ってきたんだけど……」
窓際で振り返る雪野。花応から顔を上げるのを期待したのか雪野は窓を開けたままそこから離れず離し続ける。
「……」
「何だかその気がなくなったわ……」
「……」
「そうね。妹さんは間違いなく〝ささやか〟れてるわね。それは私のせいね。私が花応を巻き込んだせい。一応謝っておくわ。ごめんなさい。でも、だから、何? って、言いたくなるわね」
雪野が本心から口にしていないことを暗に示す為にか短く言葉を区切りながら一気にまくしたてた。
「……」
「何、ふぬけてんの? それ、何か意味があるの? 私は今すぐにでもあなたに駆け寄って、頭でも撫でてあげなきゃいけないの?」
「……」
「妹さんと関係微妙みたいね。不意打ちで名前聞いて気を失ったり。実際に会っても震え声で話しかけたり。『お姉ちゃん』だって言うとキレられたり」
「……」
「それでも二人して、『テル』何とかって、声を合わせて叫んだりして」
「テルミット反応……」
花応がようやく口を開く。だがやはりまだ顔は上げない。枕に反響してくぐもった声だけで雪野に応える。
「そうそう。その『テル』何とか」
「テルミット反応よ……」
「何でもいいわよ。示し合わせた訳じゃないのに、声そろえたりして。言っとくけど、めちゃくちゃ息合ってたわよ」
「……」
花応はもう一度黙ってしまう。
「言ってたよね? 家族は〝敵〟だって。あの娘が敵なの? あんなにそっくりで、あんなに息の合うこの娘が?」
「敵になっちゃったじゃない……」
花応が顔をようやく少し上げた。
「あら? 元から敵じゃなかったの?」
雪野が床を踏み鳴らしながらベッドへと近づいていく。
「私のせい? 私と出会ったから、彼恋さんは敵になったの? 初めから家族は敵だみたいなこと言ってたのに?」
「うるさいわね……」
「私は私の敵と戦ってきたわ。自分と敵って呼んじゃうことが必ずしも褒められたことじゃなくっても。私は私の敵と逃げずに戦ってきたわ。そうしない前に進まなかったから。ふてくされて寝てれば問題は解決しなかったから」
「うるさい……」
「ペリ……」
少し強い口調で応えた花応にジョーが慌てたように首を引っ込めた。
「逃げてきたんでしょ? こっちに。私の敵には突っかかっていくくせに。家族からは逃げてきたんでしょ?」
「……」
花応ががばっと上半身を起こした。だが肩口だけ上げたただけで、そのまま雪野を睨みつける。
「私の敵なんてほっといてくれたっていいのよ。私が倒すもの」
「一人で誰を倒したって言うのよ? 天草さんも、氷室くんも、小金沢先輩も。私が放っておいて倒せたの?」
「さあ? 過ぎたことは分からないわ。私一人でも倒せてたかもよ。花応は何かしたっけ?」
「何言ってるのよ……天草さんは私がアルカリ金属で爆発させた水で倒したのよ……」
「そうだっけ?」
「そうよ。小金沢先輩はヨウ素とアルミニウムで倒したし、氷室くんもヘリウムで倒したわ」
花応ようやく上半身を全てを起こした。そのままベッドに座り直す。側までよっていた雪野は直立しており、花応はその雪野を睨み上げるように見上げる。
「そうだったかしら?」
「そうよ。私が科学的に倒したのよ」
「そうね。花応はいつも科学的だわ」
「何が言いたいのよ?」
「そうやって、めそめそしてるのが、花応らしいのかなってことよ」
雪野が花応に背を向ける。
「……」
「ノド乾いちゃった。ジュースもらうわよ」
雪野は唐突に話を切るとすたすたと部屋を出て行った。
「ペリ……」
「……」
ジョーに顔を上げられても雪野は止まらずリビングの方へと歩いていった。
再び一人残された花応は、
「分かってるわよ……非科学だってことは……」
手で持ち上げた枕に顔を埋めて呟いた。