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八、生徒の鑑 7

「……」

 生徒の気配が数える程となっていた休校となった高校。

 まだ高い日が窓から差し込む、それでいて人影少ない平日の廊下の一角で宗次郎がドアを無言で睨みつけていた。

 先に生徒会長だけが呼び戻されたドアの向こうを宗次郎は無言で見つめる。待ち疲れているのかその背中を窓側の壁に預け宗次郎は首筋を日で焼かれるようにしながら無言で待つ。

 宗次郎が睨みつけているのは校長室の扉。そのドアの向こうから人の動く気配がした。硬質な床をゴム底の靴が鳴らす音が廊下に近づいて来る。

「……」

 宗次郎はその気配に唾を一つ呑み込んで背中をもたれさせていた壁から離して立ち背筋を伸ばし直す。

 他の教室のそれよりは少し重厚に作られた校長室のドアがゆっくりと開いた。

「おや? 待っていてくれるなんて、ありがたいね」

 そこから再び現れた生徒会長は変わらない笑みを浮かべていた。

 そして目の前で行く手を遮るように立つ一年生男子にその笑みを向ける。

「そりゃ、色々と訊きたいですしね」

 宗次郎はこちらは肩に力の入ったこわばった顔で迎えた。

「君もかい? 校長にも、念の為って色々と訊かれたよ」

「そりゃ、そうでしょうね」

「クラスメートはいいのかい?」

「あっちは千早が行ってますよ」

 宗次郎が生徒会長の白々しい言葉にぐっと拳を握る。

「速水くんは帰ったみたいだね? 流石に早いね」

 生徒会長は宗次郎のその怒りの表れをいなすように軽く周囲を見回した。

 廊下に居たのは宗次郎だけ。そのことをすると生徒会長はもう一度宗次郎にその変わらない笑みを向ける。変わらないということは作っているということなのかもしれない。その笑みは崩れる気配すら見せなかった。

「……」

 宗次郎は今度はその笑みにまぶたを軽く痙攣させる。

「ん?」

「別に……速水は早いだけが取り柄じゃない――そうですよね……」

「ふふ……そうだね。あの性格はある意味取り柄だね」

「……」

 今度はとぼけたような口調で返す生徒会長に、宗次郎は息を呑んでその目の奥を覗き込むように見つめる。

「そこら辺を僕に聞きたくって待ってたのかい? 速水くんに直接訊いた方がそれこそ早いだろうに」

「いいえ……俺が訊きたいのは、あんたのことですね」

「そうかい? 別にいいけど。だけど、校長に小一時間つかまって、流石にしんどくってね。せめて外の空気が吸いたいね。屋上でも行こう」

 生徒会長はそう告げると一人でくるりと身を翻す。そのまま宗次郎の返事も待たなければ相手がついて来ることも確かめずに歩き始める。

「急な休校で、すぐに帰宅しろって言われてますけど……」

 宗次郎はその背中を軽く睨みつける。一度かかとを上げておきながらもう一度下ろし、少し躊躇の様子を見せた。

「こんな事件があって、新聞部の君がすぐに帰るのかい?」

「……」

「屋上からならいい写真が撮れるだろ? 意欲旺盛な新聞部員の取材要請があって、それの同行さ。生徒会長は辛いね」

 生徒会長は一度も振り返らずに答える。

 その背中が見る見ると小さくなっていき、

「……」

 宗次郎はぐっと足に力を入れて生徒会長について歩き出した。



「ペリ……」

 こちらは差し込む日差しが届かない窓からは少し離れた花応の部屋の前。

 閉まってしまっているドアの前でジョーがその長い首をうなだれた。ジョーはそのうなだれた顔でドアを、そして次いで廊下の向こうを見る。

 本来は家族用の花応のマンション。幾つかある部屋の中で、花応が主に使っている部屋のドアが閉ざされていた。

 固く閉ざされているかのようなドアと、廊下の向こうのリビングから差し込む日の光をジョーは交互に見比べた。

「ペリ……花応殿……」

 ジョーがうなだれた首をドアに近づけ先よりは幾分声量を上げて中に呼びかける。

「……」

 ドアの向こうからは返事がない。だが衣擦れの音と軽くきしんだ床材の音で中に花応が居るのは伝わって来る。

 そんな閉ざされたドアにジョーが中の様子を伺わんとか耳を寄せた。その拍子にジョーのこちらも長い嘴がドアに当たってしまう。

 それを返事の催促と受け取ったのか、

「うるさい……」

 中から力ない抗議の声が返ってくる。

「花応殿……元気出すペリよ……」

「……」

「落ち込んでも仕方ないペリよ」

「……」

「もうすぐ、雪野様も来るペリよ」

「……」

 ドアからまた人が動いた気配がした。衣擦れの音と床がきしむ音。ベッドにでも突っ伏しその身を身じろぎでもさせているのだろう。

「……」

 ジョーがその気配に出て来るかと思ったのか更に耳をドアに寄せる。

 だが気配はそれだけだった。床を歩いてドアに開けに来るような様子がない。花応はベッドに突っ伏したままのようだ。

 その時廊下の向こうからドアフォンの呼び出し音が鳴った。

「ほら! 雪野様ペリよ!」

「……あんた、出て……」

「分かったペリ! 待ってるペリよ!」

 ジョーは水鳥が羽を広げるには狭い部屋で、勢いよく羽を羽ばたかせた。羽ばたいて飛んでもそれほど早く着ける訳でもなく、それでもジョーは文字通り飛ぶようにドアフォンに向かっていった。

「ペリ!」

 ジョーはドアフォンをとると開口一番そう叫び上げる。ジョーはそのままドアフォンのモニタに映った制服の女子生徒に呼びかける。

「ペリペリ!」

「そう……開けて……」

 ジョーの言語をなしていない声にモニタの中で雪野が静かに応えた。

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