八、生徒の鑑 5
「結局、休校か……」
校長室のドアを背中にそこから出てきた宗次郎がぽつりと呟く。
宗次郎に続いて何人かの生徒がドアの向こうに見える。数人で校長室に事情を訊かれる為に呼ばれ、どうやら今まさに解放されたようだ。
「まあ、あんな局地的な異常気象に襲われては――仕方がないよね」
宗次郎の独り言に応えたのは続いて出てきた生徒会長だった。
「生徒会長……あんたな……」
澄まし顔で応える生徒会長に宗次郎がギリッと奥歯を噛み締めて鳴らしながら振り返る。
「何だい、河中くん? 僕もあれが、異常気象だということに異議はないよ」
「てめぇ……」
「それとも、何かい――」
生徒会長がドアの向こうを振り返る。
目が合ったのは射抜かんばかりの視線を送って寄越す雪野だった。
「異常気象なんて、魔法少女の方便です。皆魔法で騙されているんです。と進言した方がよかったかい?」
生徒会長が後ろから出て来る雪野の為にドアの前を空けた。ドアから横に身をずらす。そして続いて出て来ると同時にこちらを睨みつけて雪野に笑みを向け返す。
「僕の生徒会長としての立場が、彼女の話に信憑性を添えたんだろうし。感謝して欲しいところだけどね。魔力だけで人を誤摩化すのは、さぞ負担だろ? 心のね」
「……」
雪野はドアから廊下に出て来るや無言で生徒会長を睨みつける。
「怖いッスね!」
それを軽薄な笑いで迎えたのは速水颯子だった。速水は校長室からは出てこず一人外の廊下に居た。退屈げに廊下の壁に寄りかかり腕を組んで皆が出て来るのを待っていたらしい。
速水は細い目を更に細めて皆を迎える。
「一番肝の座ってるヤツが……一人だけ、ちゃっかりと関係ない振りをして……」
その速水に応えたのは宗次郎だった。
「失礼ッスね、河中。ぞろぞろ雁首そろえて、校長室に入っていっても仕方がないってことッスよ。何しろ、正義の魔法少女かってぐらいのクラス一の優等生様に――」
「……」
速水の応えむっと雪野が眉間にシワを寄せる。
「公明正大な我がクラスが誇る新聞部記者様――」
「てめぇ……」
宗次郎も唇の端を歪めて速水の言葉に反応する。
「それに人望分厚い私心も裏表もないご立派な生徒会長様までいれば――」
「ふふ……」
雪野と宗次郎のあからさまな不快感の表明を気にも止めず速水は続けた。速水の言葉を楽しげに受け流したのは生徒会長だけだった。
「アホい女子の意見なんて要らないッスよ。とにかく休校ゲット、ナイスッス! これから半日、遊べるッスね! 異常気象があるような、この天気のいい日にラッキーッス!」
「……」
雪野が最後はぐっと一歩前に出て速水との距離を詰めた。
雪野の怒りに燃える目と、速水の何処までもバカにしたような細い目の視線がぶつかる。
「怖いッスね、千早さん。何、睨んでるッスか?」
いや実際は雪野から一方的に送られる憎悪を速水の細い目が飄々と受け流した。
「分からないってことはないでしょ? 私が何故怒ってるのか?」
「分からないッスよ。敵は多い方が、千早さんの存在意義が増すッスよ」
「――ッ! あんたね!」
雪野が更に一歩速水に詰め寄った。
「常に脚光を浴びる光の魔法少女様には、その価値を高めてくれる敵が必要ッスよ。こちらとらその闇の勢力側を、買って出てるッスよ。むしろ感謝して欲しいッスね」
「この……」
雪野が怒りに言葉が出ないのかわなわなと小刻みに体を震わせた。
「ふふ……」
その様子を生徒会長が見つめ、
「……」
更にその生徒会長を宗次郎が睨みつける。
「それに〝ささやい〟てるの、生徒会長様ッスよ」
速水の目も生徒会長に向けられる。
「……」
雪野が速水の視線につられて生徒会長に顔だけ振り返る。やはり怒りの光を双眸から放ち雪野が生徒会長の目を射抜いた。
「おやおや。諸悪の根源を見るかのような目だね」
生徒会長が静かに応える。
「生徒会長……」
雪野がゆっくりと全身を振り返らせた。雪野の全身がやはり細かく震えている。怒りに今にも爆発しそうな雪野。それが肩から腕にかけて震えとなって現れている。
「おっと、失礼。校長が僕だけ呼んでるみたいだ」
だが生徒会長は雪野の怒りをこちらも軽く受け流す。実際に校長に呼ばれたらしい。生徒会長は校長室の中から手を振る他の教師にうなづき応えながらドアに振り返る。
生徒会長は視線だけ雪野に流し目のように送るとふふんと鼻を鳴らしてドアの向こうに消えた。生徒会長はドアを後ろ手に閉めてその姿を完全に隠した。
「おやおや、小金沢センパイも保健室直行ッスのに、これじゃ自分一人取り残されるッスよ」
生徒会長が消えたドアに速水が軽薄な笑みを向ける。
「『保健室』……そういや、桐山は? あいつも保健室だろ?」
宗次郎が速水の言葉に思い出したように雪野の顔を見た。
「保健室で軽く休んでから、部屋に帰るって言ってた。小金沢先輩と一緒なのは問題ないと思う。それより――」
雪野が校長室前の廊下の窓から外を見た。そこからわずかに校門が見える。急な休校で下校する生徒達の列がその校門をくぐっていた。
「妹さんと……連絡とれてるといいんだけど……」
だがその列に花応の姿はなかった。