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八、生徒の鑑 4

「……」

 花応は雪野が野次馬に魔法をかけに向かってからずっと教室を見上げていた。無言で見上げる先に居たのは、勿論義理の妹の桐山彼恋だった。

 花応は黙って彼恋を見上げる。

「……」

 彼恋も無言で花応を見下ろしていた。彼恋は派手に舞う雪野には目もくれず花応だけを見下ろし返す。

 その彼恋の横で生徒会長が意味有りげに笑った。

「――ッ!」

 花応がその様子に目を剥く。沸き上がる焦燥感と怒りにか花応は相手とよく似た吊り目のを細めて妹の表情を探る。

 だが彼恋の表情も何も変わることがなかった。彼恋は興味がないのか生徒会長に横に断たれても何も反応しなかった。

「……」

 その様子に花応はひとまずの胸をなで下ろす。

 だが見返して来る彼恋はその姉も冷たいまでの無表情で見下ろしていた。

「……」

 花応が何か呼びかけようとしたらしく口を開いた。だがそこから漏れ出たのは乾いた空気だけだった。ノドがからからに乾いているのか、花応は声にならない息を漏らす。

 彼恋は花応のその変化に気づかなかったのか特に表情は変わらなかった。

 花応の無言と彼恋の無言はそこに込められた意味が違うようだ。何か口を開こうと口元をかすかにわななかせて何も口に出来ない花応と、会話を拒否するかのように口元をぎゅっと結ぶ彼恋。よく似た二人が違う表情で同じ無言で違った視線を互いに向ける。

 彼恋のことを『桐山妹』と呼ぶ宗次郎の声が教室からかすかに聞こえた。

「……」

 彼恋が花応から視線を外し教室の向こうに振り返る。それで花応からは彼恋の表情が見えなくなった。

 その上空を心配げに振り返りながらジョーが屋上の向こうに消えていく。

 教室を見上げ続ける花応の後ろでは雪野が魔力を込めた言葉を放っていた。雪野の言葉に野次馬達が黙り始める。花応はその雪野の声を背後に聞きながら背中しか見えなくなった妹を見上げる。

 彼恋は宗次郎に応えているようだ。

 花応の居る校門前までは声は聞こえてこないがかすかに上下する肩と揺れる頬がそれを物語っていた。

 雪野が花応の背後で舞い始める。

「……」

 雪野の舞う気配を背中で聞きながら花応は無言で彼恋の背中を見上げる。

 彼恋は教室に残っていた宗次郎達に向かって何か語りかけている。

 花応はその様子を階下から見上げる。花応は今度は足を踏み出そうとして動けなかったのかその場で細かく震えているかかとを上げた。

 彼恋はまだ教室の向こうに何か話しかけている。

「……」

 花応の位置からはその話し声は聞こえなかったのだろう。彼恋の背中だけを黙って見上げる。花応の拳が力の限り握られていた。もどかしげに半端にしか見えない妹の背中を見上げ、聞こえてこない声を探してかかとを上げて背を伸ばして拳を握る。

 そんな花応に彼恋がようやく振り返る。

「――ッ!」

 その表情に花応が思わずにか息を呑んだ。

 彼恋が花応を見下ろす。

 その彼恋が何か呟いた。

 呟いた後に見せた表情に血の気がさっと引き、花応の顔が見る見ると真っ青になっていく。

 彼恋に続いてその横から速水颯子が顔を出す。速水も何か呟いた。それは花応に向かってではなく雪野に向かって呟いたようだ。

 花応はそのことも相まって速水には視線も注意も奪われなかった。

 ただただ青ざめた顔で自分にそっくりな義理の妹の顔を見上げる。

 花応の周りには今だ舞い続ける雪野とそれに見入られて無言で見入る野次馬達。そして見上げる先には悪意の笑みを浮かべるクラスメートと生徒会長。

 それらを周囲にまといながら二人の義理の姉妹はお互いの目を無言で見つめる。互いに遠くに居る姉と妹を互いに見つめる。二人して無言で。

「……」

 花応がもう一度なんとか口を開こうとする。

 だが今度も声が乾いて意味をなさない息しか漏れない。

 花応の声を阻んだのは彼恋のその視線のようだ。階下の姉を彼恋は冷たい目で見下ろしている。

 雪野の舞が終わった。

 惚けた表情を揃って見せる野次馬を後ろに残し雪野が花応に近づいて来る。

 惚けながらも野次馬の列は自然と崩れる。

 雪野が花応の名を呼びながら注意を引こうとしてかその肩に手を伸ばしてきた。

 雪野の手が花応の肩に触れ、


「彼恋!」


 花応はようやく妹の名を呼ぶことができた。

 だが同時に教室の方でもジョーの張った煙幕が切れていたようだ。見上げた教室では生徒が雪崩れ込んでくる足音が轟き、真っ先に窓に駆け寄った多数の生徒達がもみ合うようにガラスの割れた窓から顔を突き出す。

「……」

 彼恋は最後もやはり無言で野次馬の向こうに姿を消した。

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