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一、科学の娘15

「科学の力――見せてあげる」

 花応の手の平に握られたガラスのビン。

「劇薬とか……爆発物とかは……マジ勘弁なんだけど?」

 雪野が少々抗議に目を細めて、それを横目に見た。同時にゆっくりと息を吐き、呼吸を整えようとする。

「何言ってるのよ? 炎をバカスカ出してた魔法少女様に言われたくないわ」

「あっそ。それもそうね」

 雪野の息が早くも正常に戻り始めていた。花応の肩から手をどけ一人でも立つ。どうやら体力も魔法的なようだ。

「それに、これは只のアルカリ金属。さっきも言ったけど、リチウムとかナトリウムとか、第一族元素に属する元素なの。密度が小さく、融点も低い。比較的柔らかくって金属なのにナイフで簡単に切断できる。切断面は光沢のある金属然とした光を放つんだけど、すぐ酸化してしまうのが特徴ね。まあ、一番の特徴は――水と激しく反応するところよ。爆発的なまでにね!」

 花応が見せつけるように天草に向かってそのガラスのビンを突き出した。

「……」

 天草はその様子に一歩退いた。

「私それで、今朝酷い目に遭ったんだけど? 巻き添えでずぶ濡れにされて、魔法で制服乾かしてきたから遅刻寸前よ」

「あら、ゴメンなさない。人が居たなんて、気がつかなかったわ」

「あらそ。今度から、一言言ってから投げてもらえると助かるわ」

「そうね。今度から、そうするわ」

 軽口を叩き合い、二人はふふんと楽しげに一つ笑った。

「……」

 その様子に天草の透明の表情が嫌悪に歪んだ。

「ジョーも戦うペリよ」

 ジョーが花応の身を支えるように――いや、その身にすがりつくように立つ。

「めちゃくちゃ、足震えてるじゃない」

「むむむむむむ、武者震い、ぺぺぺペリ」

「別にいいけど、私の科学的な戦いの邪魔しないでね」

「科学で戦う気! こんな私に? 何言ってんの!」

 天草が右手をふるった。しなる右手はそのままムチのように波打ち、花応めがけて伸びてくる。

「……」

 雪野が黙って杖を横薙ぎに払った。天草の伸び切った右手は音を立てて雪野の杖に弾かれる。

 花応も避ける素振りも、怖がるような様子を見せなかった。

「ムカつくわ! 何よ、その信じ切ってますって顔は!」

 天草が闇雲に左右の手をふるい始めた。その左右からの攻撃を雪野がさっと花応の前に出て次々と打ち払っていく。

「で、勝算あるんでしょうね? その『科学的な戦い』とやらに」

「あるわ。科学的に考えたらいいのよ」

 雨霰と打ち出される天草の攻撃を雪野に防がせながら、花応がもう一度ジョーの嘴に無造作に右手を突っ込んだ。

「ペリ」

 出てきた手の指の関節に、合計で四つのガラス瓶が挟まれている。中身は全て鈍い色の金属だ。

「花応殿。こんなのいっぱい持ってるペリか?」

「いくらでもあるわよ。さあ、天草さん――」

「何よ!」

 天草の攻撃は止むことを知らなかった。だがそのことごとくを雪野が弾き返していた。

「あなたみたい存在を――ううん、〝物体〟を〝科学〟では何て言うか知ってる?」

「なっ? 物体――ですって! 科学では――ですって! こんな力を手に入れた私を! 物呼ばわり!」

 天草の攻撃が止まった。花応のあまりの言いように、怒りに攻撃を忘れてしまったようだ。代わりに力を溜めるかのように――その身を怒りに任せたかのように全身でブルブルと震えだした。

「そうよ。私は科学的にものを考えるわ。だって、それしかできないんだもの。確かに今のあなたはとても不思議よ。まるでゲームかアニメの敵役のスライムよ! だけどね――」

 花応がやはり無造作にジョーの嘴に空いていた左手を突っ込む。

「ペリ……花応殿……ちょっと何時も突然過ぎるペリ……」

 ジョーが喉の奥を花応の左手で詰まらせながら、苦しげに不平の声を上げる。

「るっさい。そう、だけどね――あんたなんて、所詮こんなもので作れるわよ!」

 左手をジョーの喉から抜き取ると、花応は手にしたものを地面に放り投げた。

「せ、洗濯? 洗濯のり――ですって!」

 花応が放り投げたものの一つに目をやり、天草の顔が嫌悪に歪んだ。

「そうよ。正確に言えば洗濯用水のりと――」

 花応は挑発するように目を細め、もう一つ己が放り投げた薬品を指差す。それは紙袋に入れられ、見慣れない名前が印刷されていた。

「ほうすな?」

 雪野がその文字を読み上げた。だが読みが違ったようだ。花応が続けて説明した。

「ホウしゃよ。ホウシャって読むの。洗濯用水のりとホウ砂。ホウ砂は医薬品で毒性があるから、取り扱いには要注意ね。口に入れたりしないでね。それと洗濯用水のりはPVA――ポリビニールアルコール配合ものが必要よ。これをうまいこと混ぜ合わせると、PVAがホウ砂を介して架橋結合してスライムができるのよ。子供向けの理科実験でもやることよ。そうね……ご予算は全部で千円ぐらいかしら」

「なっ! ななな……」

「何、怒ってるの? 安い自分に? そうね、スライムでなくともあなたのような物は身近にいっぱいあるわ。わざわざ作らなくたって、ましてや自分でならなくたって、もっとお安く買えるわよ。だって、スライムなんて所詮ゲルだもの。コロイド粒子の分散媒を固体に、同じく分散質の方を液体にすれば出来上がりよ。そうね。何処のスーパーにでもあるわ」

「何が言いたいのよ!」

 天草の怒りはやはり全身の煽動で表されているようだ。怒りと苛立ちに細かく、激しく全身が波打った。

「あら、難しかった? ま、簡単に言えば世の中の水っぽくってぷるんぷるんしているのは、皆ゲルと呼ばれるものなの。それこそ豆腐やこんにゃく、ゼリーなんかそうよ」

「なっ? 豆腐! こんにゃく!」

 天草の怒りが頂点に達したようだ。打ちつけたかのようにその半透明で柔らかな全身が激しく波打った。

「そうよ! あんたなんて、所詮豆腐よこんにゃくよ! だから――」

 花応が右手にしていたガラスのビンを放り投げた。四つ握られていたガラスのビン。それはそれぞれが放物線を描いて、四隅の人工池の中に消えていく。


「科学的に倒せるわ!」


 花応のその宣言とともに、人工池が噴水のごとく爆発した。

2015.12.19 誤字脱字などを修正しました。

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