七、偽妹 22
「俺の人としての成長! どうよ!」
小金沢のあらたな力――赤い流砂の右手が雪野の頭上にムチ状にしなって振り下ろされる。
「はっ!」
雪野がその攻撃を魔法の杖で受け止めた。
だがムチの様に自在な小金沢の右手は、魔法の杖で防がれてもその先をしならせ雪野の顔に襲いかかる。防いでも迫る敵の攻撃に雪野がとっさに顔をそらした。わずかに間に合い斜めに傾けた雪野の頬を赤いムチがかすめた。
雪野がムチが伸びきったと見るや一気に杖を払う。小金沢の右手は雪野に払われるままに手元に戻っていった。
「そんな姿で、よく言いますね! 小金沢先輩!」
雪野がその勢いのままに魔法の杖を構え直した。そのまま鋭く突きつけるように小金沢の身をその杖で指し示す。
「血が出てんぜ、コーハイ! 自分の心配してろや!」
「血も出ないような! 自分の体がおかしいと思わないんですか!」
雪野が左の頬を右の拳の背で拭う。そこについた赤いシミは頬に走った一筋の傷からのものだ。拭ったばかりのその傷から新しい血が一滴染み出てつうっと頬を滴り落ちる。
「……」
その雪野の傷と血を花応が後ろから無言で見つめた。次いで花応は小金沢の赤い流砂の右手を見つめる。花応はその二つの赤を目に焼き付けたかのようにその場で下を剥いた。
それと同時に教室のドア側に張られた煙幕が勢いよく叩かれた。
それは複数の力で強引に叩き壊そうとしているような連続した殴打音だった。
皆がその音につられてそちらを見る中、
「やれやれ、実際そろそろ潮時かな……」
最初から予想がついていたのか一人冷静に生徒会長が呟いた。
「……」
花応も何かを考えているのか一人うつむいたまま煙幕を叩く音には反応しなかった。
「ははっ! 力のない魔法少女様ぐらい! 後数分で倒してやるよ!」
「く……」
小金沢の言いぶりに雪野が全身に力を込め直す。
「……別に……今の雪野だって、小さな炎ぐらい出せますよ……」
雪野は背後から花応がぽつり呟いた。うつむいたままの花応はそのままジョーの首根っこを左手で掴む。
「ペリ……」
首を掴まれたジョーが小さく声を漏らす。
「はあ? ちっぽけな炎出したぐらいで、俺の力がどうにかなるかよ!」
「どうにもならないかもしれませんけど、確かに〝小さな炎〟ぐらい出せるわよね、雪野?」
「そりゃ、出来るけど? 天草さんの時に見せた程度だけど……」
雪野が軽く後ろに振り返りながら応える。
花応はまだうつむいており雪野からはその表情が見えなかった。
「小金沢先輩。酸化鉄(III)が赤いのも、血が赤いのも。鉄が言わば錆びてるからです。酸化の仕方によっては、四酸化三鉄のように黒く見えますけど」
「ああん、何ぶつぶつ言ってんだ?」
「まさに酸化してるから、酸化鉄なんですってことですよ。酸化済みの鉄なんです、先輩は」
「……」
花応の言いように彼恋が何かに気づいたように顔を上げた。
「はっ! まさか適当な知識並べて、一般人に助けてもらう時間かせぎじゃないだろうな!」
「炎とは燃焼に於ける発熱と発光の現象です。そう燃焼とは酸化のことです。酸素と結合し、電子を奪われる時の発熱と発光。酸化済みということは、一人燃え上がってるところ悪いですけど、先輩はもう酸化済み――そう燃焼済みなんですよ」
花応が小金沢に答えずに一人続ける。
そして花応はジョーを引き連れ雪野の横に並んだ。
ようやく顔を上げた花応。その顔には何か決意めいたものが浮かんでいる。その自慢の吊り目に敵を射抜くような光があった。
雪野はそんな花応の様子にちらりとだけ横目を流して黙って身構え続けた。
「お、おい……」
そんな花応の背中に宗次郎が心配げに声をかけ、
「ふふ……」
その花応の顔を見て速水が嬉しげにほくそ笑む。
「……」
そんな中一歩前に出た花応に押し出されたかのように、彼恋が無言で一歩よろめいたように後ろに下がる。その顔には怯えと驚きをない交ぜにしたような震えが襲っていた。彼恋は口元を引きつらせ、目を警戒に見開いている。
「じゃあ、もう燃えないってことだろ! 魔法少女様の小さな炎も効かないってこったな! ますます俺は無敵だ!」
「ええ、そうですよ! そう。酸化済みということは、先輩はある意味くずで、錆で、〝燃えかす〟ということですよ!」
「――ッ! ああん! カスだ? 言ってくれるじゃねえか!」
「ええ! センパイはカスですよ! 人様をねたむことしか知らない! くずで、カスですよ! 彼恋! 下がってろ!」
花応が勢いよく右手をふるった。未だ包帯が軽くまかれたその右手はその勢いのままに己が連れてきたジョーの嘴の奥に消える。
「てめえ!」
怒りに血が昇ったのか全身を赤い流砂に変えながら小金沢が吠えた。
「花応、あんた……まさか……」
ジョーの嘴からゆっくりと抜き出される花応の右手。
その花応の手の先に握られたものがあらわになるや、
「〝アレ〟をする気なの……」
彼恋は目尻が引き裂けんばかりに目を剥いた。