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七、偽妹 21

「流石、俺! くずだ、錆だとか言われるのは、しゃくさわるがよ! これでいいんだろ! なあ? 桐山妹!」

 小金沢は突き出した赤錆の右手の手の平をこ皆に見せつけた。色こそ黒から赤に変わっているがその流砂のような自在の動きは健在のようだ。

 小金沢はこれ見よがし表面を流動させ時にムチ状に、時に鋭く尖らせてあらたな赤い右手の力を皆に見せつける。

 足下にはその身が黒錆――砂鉄だった時に内に埋められためっきをされた磁石が転がっていた。磁石は互いの磁力に引かれ一つの固まりとなっていた。

「ひっ……」

 小金沢に呼びかけられて彼恋は小さな悲鳴を上げる。彼恋は小金沢から逃げるように視線を教室の床に落ちためっきの球に向けた。花応が取り出し雪野が投げ小金沢の身に埋まり己が取り出させた磁石の固まりに彼恋は視線を吸い寄せられる。

 そこには球の数だけ球面故に歪んだ彼恋の顔が映し出されていた。それは少し見る角度を変えるだけで不安定に揺れさえする。歪み揺れる彼恋の表情がくすんだ球面に浮かぶ。彼恋は歪な鏡映しとなったその一つ一つの己に吸い付けられたよう見入った。

「対掌性……エナンチオマー……キラリティ……」

 彼恋が己にしか聞こえない小さな声で呟いた。そして写り込んだ歪んだ自分を取り出そうとするかのようにそっとその球の固まりに手を伸ばす。

「おら! 返すぜ!」

 だが彼恋の動きに気づかずか互いの強力な磁力に寄って一塊となったそれを小金沢が蹴飛ばした。散り散りに倒れ乱れる机とイスの間を抜けて球の固まりは真っ直ぐ雪野の眉間に向かって飛んでいった。

「――ッ! この!」

 己が投げた時以上の質量を持って襲い来る磁石の固まり。空気を重く打ち抜いて飛んでくるそれに雪野がとっさに魔法の杖を叩きつけた。

 そのあまりの質量にブン――と重い振動音を響かせて魔法の杖が揺れた。強固に固まっていながらそれでいて一つ一つは球形故の流動性からネオジム磁石の固まりは一瞬杖に巻き付くようにたわむ。

 だが衝突の衝撃よりも磁力が勝ったのかそれはすぐにもとの丸まった形に戻った。

「ぐ……」

 そしてそれはその重量故に魔法の杖を雪野の眼前にまで押し戻していた。一度はたわんだ磁石の固まりが雪野の額をかすめた。

 雪野の迎撃の一撃にもばらけなかった磁石の固まりはもう一度丸に戻るとその場で足下に落ちる。やはりそれは鈍い音を立てて床に落ちた。

「……」

 その様子に花応が悔しげに奥歯をぎりりと噛む。

「ははっ! 残念だったな、桐山姉! せっかくの科学的とやらの攻撃が無になってよ! お前の妹のおかげだがな!」

「四酸化三鉄から……酸化鉄(III)に……何の科学的変化も無しに変わったですって……」

「桐山……大変なことなのか……錆は、錆だろ? 黒から、赤に変わっただけで?」

 呆然と呟く花応に宗次郎が訊く。

「何言ってんのよ? 分子構造が組成式Fe3O4から、Fe2O3に一瞬で変わったのよ……非科学にも程があるわ……」

「お、おう……そうだな……」

 宗次郎がまったくもって分かっていなさそうな力ない相づちを打った。

「分かってないなら、『おう』とか『そうだな』とか言うな……」

「いや、だってよ……てか、そうか……そういうことだな……」

「何よ、河中?」

 一人で途中から納得するように呟く宗次郎に花応が怪訝な視線を送る。

「そんな科学的な話無しに、こいつらはそういうもんなんだろ? ってことさ」

 宗次郎が小金沢、生徒会長、速水と視線を流していく。

「ほう……何か、言いたそうだね? 一年生くん」

 生徒会長が興味深げに、それでいて人工的すら感じさせるゆっくりとした動きで口角を上げて笑みを作った。

「ああ……最初の小金沢センパイも、氷室も。二人とも最初からはっきりとは襲ってこなかった……何だか自分の力を試すような感じだった……」

「……」

 速水が生徒会長と似たような形に口を歪める。だがこちらは野生動物が獲物を見つけた時のように自然で本能的な笑みのようだ。速水は細い目を更に細めてその両目と口の三つの曲線で満足げな笑みを描いてみせる。

「お前らにはある意味〝慣らし期間〟か、〝お試し期間〟みたいな〝時間〟が必要なんだろ? 俺が知ってる限りでは、センパイも氷室も二段階以上力が増した。そして最初と最後では力のパワーってか、大きさってかが、格段と上がっていった。しゃべることも出来なかった金の体から、最後は自在に延ばして戦えたり。ドライアイス程度の温度から、終いには絶対零度まで温度を下げたりできるようになっていった」

「絶対零度近傍よ」

「それは置いとけ、桐山。速水、お前らは――成長するんだろ?」

「それを、何で自分に訊くッスか?」

 速水が笑みの曲線が三つとも更に満足げに弧を描いていく。

「……」

 速水の問いに宗次郎はすぐには答えなかった。閉じられているかのような細い目で笑みを見せつける速水。その見通せない目の奥を視線でこじ開けんばかりに睨みつけて宗次郎はようやく口を開く。

「別に……ただ……速水は本当に〝自分の味方〟しに、来ただけだなって思っ――」

「ははっ! 今更それが何だ?」

 話の主導権を持っていかれていることに苛立を覚えたのか、小金沢が赤い流砂のムチの右手を床に叩き付けた。小金沢その衝突音で皆の注意を引き戻す。ムチとその音で引いた注意を己の身に引き寄せるかのように小金沢は頭上にその右手を掲げた。

「別に誰も隠しちゃいねぇよ! てか、普通だろ? 人間は成長する生き物だぜ!」

 皆の視線が小金沢に実際に集まった。

 そのことに気をよくしたのか、

「磁石なんて、せこい手に負けない力を手に入れた俺! 今度こそ、てめえらを倒してやるぜ!」

 小金沢はムチと化した赤い流砂の右手を雪野に向かって振り下ろした。

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