七、偽妹 20
「生徒会長!」
彼恋の耳元にささやく生徒会長。その様子に宗次郎が吠えるように息の限りに声を絞り出した。
「何? 河中、どうしたの?」
宗次郎の憎悪すらこもった一言に花応が不思議そうに振り返る。
「〝ささやく〟のは、あいつだよ……生徒会長だ……」
「えっ?」
宗次郎が怒りに目を光らせていた。その目の奥の光を花応が驚きに目を見開いて覗く。
「別に。僕はまだ――〝ささやい〟ていないよ。ちょっと、耳元で訊いただけだよ」
「何を……」
生徒会長の言いように宗次郎がぎりりと奥歯を噛み締める。
「ははっ! ごちゃごちゃ、うるせぇよ――」
場の主導権を握り返さんとか小金沢がネオジム球の埋まった右手を床に叩きつけた。内部に磁石の球が埋まったままのその腕は表面は流砂のごとき滑らかさを持ったままよろめくような軌道を描いて振り下ろされた。
「今は俺の話だよ! 桐山妹! 俺の右手なんとかしろ!」
「し、知らないわよ……」
だがネオジム球が埋まったままの腕の殴打音は脅しには効果があったようだ。内に埋まる球の不揃いな配列のままに鈍い音を立てるその音に彼恋が怯えたように一歩下がりながら応える。だがすぐ後ろに居た生徒会長の胸に背中があたりそれ以上後ろに下がることが出来なかった。
「何だよ、これ? 振っても、何しても、全然とれねえぞ!」
「四酸化三鉄なんでしょ……その色で、磁石にくっつくってことは……四酸化三鉄は常磁性があるから……」
「ああん? 簡単に話せよ」
「ひっ……黒錆のことよ! 結局は砂鉄よ砂鉄! 砂鉄を集めるのに、磁石を使うでしょ……砂鉄として集まるのは、磁性の強い黒錆……子供が砂場で集めるでしょ……あれと同じよ……ましてや、ネオジム磁石……この磁石は下手な大きさのもので指を挟んだら、怪我じゃ済まない磁力を持ってるのよ……砂鉄ならくっつくのは当たり前よ……酸化鉄(III)ならともかく……」
彼恋は睨まれ最初まくしたてようとし、やはり途中から震えた口調で続ける。この状況に気力が続かないようだ。
「……」
その様子に冷たい視線を速水が送った。
「ああん! だ・か・ら! 分かるように話せよって!」
小金沢の右手が更に床を叩いた。
「赤錆のことよ! 酸化がしっかりしてして、他の酸化鉄を含まないものなら! 同じ酸化鉄でも、そこまで磁石はくっつかないわ!」
「赤錆だ! 何だ、そりゃ!」
「ひぃ! 鉄くずにつくあれよ! 長年屋外でほったらかしにした鉄くずに、赤い錆がつくでしょ! あれよ!」
「彼恋! 答える必要なんてないぞ! とにかく、ここはお姉ちゃんに任せて――」
怯え叫ぶ彼恋の様子に花応が慌てたようにジョーの嘴に手を突っ込んだ。
「――ッ! うるさい! こんな状況に巻き込んで! まだお姉ちゃんだとか言うの! あんたなんて、ただの疫病神よ! 偽物よ!」
「彼恋!」
花応がジョーの嘴からめっきされた球を取り出した。花応はその新しいネオジム磁石をぐっと握りしめる。
「花応! 今は、小金沢先輩を倒すことに、専念して!」
雪野がその花応に右手を差し出した。
「く……そうね……雪野! お願い!」
花応が雪野にめっきの球を手渡す。
「小金沢先輩! すぐに、動けなくしてあげますよ!」
「はは! 魔法少女さんよ! 桐山姉の科学力に頼って、恥ずかしくないのよ!」
「ええ! むしろ誇りですよ!」
雪野が右手を振りかぶり常人の目には止まらない動きでその手の中のものを小金沢に投げつけた。
「はは! 教えてやるぜ! 後輩!」
顔面辺りに飛んできた球を小金沢が今度も右手で受け止める。磁石球はその眼前に構えられた小金沢の砂鉄の右手の手の平に一直線に飛んでいく。
だがその鉄球は今度は右手の手の平の中に一度収まると、張りつくこともなければ内に埋もれることなくそのままぽとりと下に落ちた。
「な……」
その光景に雪野が目を剥いた。
「こういう時はな! 勝てばいいって言うんだよ! 俺もこっちの科学女の話を信じるぜ!」
小金沢が雪野とは違う意味で目を剥いた。勝ち誇り人を見下した目の色で小金沢は花応達に目を剥く。そして落ちるがままに手元から離れていく球を見送った。
めっきをされた磁石の球は小金沢の体にやはり吸い付けられることもなく音を立てて床に落ちる。
それを合図にしたように、小金沢の右手の中から先に放った磁石の球がぽろぽろとこぼれ落ち次々と音を立てて床に落ちた。床に落ちたそれらの球はすぐに互いの磁力に引かれて一つのところにぶつかりながら集まっていく。
「ネオジム磁石が……まさか?」
花応が一瞬だけ床に目を向け小金沢の身に起こった変化を見抜かんとかすぐに顔を上げる。
「はは! 誇りが何だって!」
小金沢は鉄球を防いだ流砂の右手をその花応に見せつけるように前に突き出した。
小金沢の流砂の右手は先までの黒いものではなく、
「こちらと埃どころか! くずだ、錆だと呼ばれるまでに――身を落としてんだよ!」
長年の風雪に耐えた鉄くずにつくような赤い錆色のものに変わっていた。