一、科学の娘14
「そうよ! あなたと私は違うわ、桐山さん!」
天草の背中が不意に波打った。まるで感情の起伏をそのまま表したかのような、乱れた波打ちが半透明な背中に沸き立つように現れた。
「く……力が……」
雪野がよろめく。
「そうよ! そうよ! そうよ! あなたと私は違う! あなたがどんなに恵まれるか――私聞いたもの!」
「……何のことよ……何の関係が……」
「お金持ちのお嬢様なんでしょ? 誰もが知ってるあのグループの! 私なんかとは生まれが違いますって感じなんでしょ? 何でこんな庶民の学校きたの? 私達を笑い者にする為!」
「ちょ……家は関係が……」
「関係あるわよ! いつも独りで澄ました顔して! 何で、そんなに恵まれているの? 家も良ければ、頭もいいじゃない! 授業もいつもそっちのけ! 分かり切ってること、説明されても興味ありませんみたいな顔をして! 先生があなたをあてる時、どんな顔してるか知ってるの?」
「――ッ! 何よ! あなたには、関係はないわ!」
「関係――」
「関係ないわ! 私は私! 家は家よ! 私を形作るものは、私が決めるわ! そうよ――私は自分が何が好きで、何が自分か知ってるもの!」
「な、何よ……」
「あなたと一緒にしないで! 確かに他人は苦手よ! 放っといて欲しいわよ! でも、私は個性をなくしたりなんかしない! あんたみたいに、透明になったりなんか望んだりしない! だって私は――」
花応の拳が力一杯握られた。雪野の制服の切れ端を、痛いまでに握り締める。
「だって私は――〝科学の娘〟だもの!」
「桐山さん……」
背中に感じる花応の拳と言葉。それに力を得たかのように、雪野も魔法の杖を握り締める。
「自分を形作る何かを、私はちゃんと知ってるもの! 私にとってはそれが科学よ! そりゃ、アルカリ金属持ち歩いたって、それで個性気取れる訳じゃないのは分かってるわよ! でもね! それでも無個性気取ってるあなたとは違うわ! 私は何だと訊かれたら、私は何時だってこう答えるわ! 私は科学の娘だって! お金持ちのお嬢様でも、生まれが違う娘だとも答えないわよ! 私が私である為の個性は、私が科学が好きってことだもの!」
「ムカつくのよ! イライラするのよ! 何よ、その自信は? 何でこうも私と違うのよ!」
天草の背中の波打ちの一つ一つが、あたかも別の生き物のようにしなる。それはムチが放たれたかのように、急激な軌道を描いて花応と雪野に襲いかかる。
「全部壊してやる! こんな理不尽な、私に優しくない世界! だって私は悪くないもの! 皆が私より恵まれてるから悪いのよ!」
「キャーッ!」
「だからって――〝ささやかれる〟ままに力を使って言い訳ないわ!」
雪野が魔法の杖で弾くように天草を押し返した。
距離を取らされた天草のムチは二人の寸前で空を切る。
「ペリーッ!」
中庭の四隅に設けられていた人工池。その一つにいつの間にかジョーは隠れるように避難していた。
人工池のブロックから首だけ出して奇声を発している。
「うるさい! やっと私は仕返しできるんだ! この力で!」
自ら後ろに飛ぶ天草。背中から生えたムチを更にふるってくる。
「そんな力! 自分を不幸にするだけよ! さあ、正気を取り戻させてあげる! ちょっと痛いかもだけど、覚悟してね!」
雪野が杖をふるう。赤い光が尾を引いた。
炎だ。
人の拳程の炎を雪野はその杖から放つ。
しなり、迫る天草のムチ。その一つ一つを雪野の炎が迎え撃つ。
だが――
「やっぱ、ちょっときついかな……」
雪野の炎はムチに激突するや、簡単に消えてしまう。
炎を打ち消した天草の攻撃は、そのまま花応と雪野に襲いかかってくる。
「舐めないでね! 魔法が効かなくたって!」
雪野は炎を出した勢いのまま、ふるっていた魔法の杖でその天草のムチを弾き返す。
「この程度の攻撃!」
「ちょっ……魔法で何とかなるんじゃないの? どうなのよ、この状況!」
雪野の背中に隠れながら、それでも力になるつもりか、花応はその背中を支えながら悲鳴めいた抗議の声を上げる。
「うるさいわね! 〝元〟だから仕方ないでしょ? もう、一部の力しか残ってないの!」
「じゃあ、どうすんのよこれから!」
「とりあえず! 体力の限り、根性で頑張るわ!」
言葉通りのようだ。天草の攻撃を、雪野は気合いとともに力づくで打ち払っていく。
「ちょっと! 魔法少女さん! 体力勝負ってどういうことよ? 根性論って非科学な!」
「魔法少女なんだから、非科学で上等よ!」
天草の攻撃は休むことを知らない。その人のなせる業を離れた攻撃を、次々と捌くように雪野は打ち払っていく。
「何なのよ! 科学の娘たる私の常識をかき乱さないでくれる! スライムも! 魔法少女も! 不思議生命体も!」
「ペリ!」
ジョーが人工池のブロック塀から、首だけ覗かせて応える。
「ジョーッ! 居るわね? 桐山さんをお願い! これ以上は――」
あまた放たれる天草の攻撃。その一瞬の隙を突いて、雪野が花応の肩を押し倒した。
花応は地面に腰を打つように倒されてしまう。
「ちょっと……千早さん!」
「食らいなさい!」
雪野は守るべき相手を離したせいか、自分から天草に向かっていく。
「ペリ! 花応殿! 逃げるペリ!」
バタバタと羽を無駄に羽ばたかせ、ジョーが水しぶきを飛ばしながら池から飛び出してきた。
「逃げるペリよ! 逃げるペリよ! 後は雪野様が何とかしてくるペリよ!」
だがそのジョーの言葉とは裏腹に、
「キャーッ!」
雪野の体は天草に簡単に弾き返されてしまう。
「千早さん!」
「雪野様!」
弾き跳ばされた雪野。悲鳴を上げる花応の足下に最後はもんどり打って転がってくる。
「かは……」
そして肺を打ったのか、乾いた息を漏らして雪野は止まる。
「あはは! 随分と無様ね、優等生さん! 気持ちいいわ!」
天草が歓喜に文字通り全身を波打たせた。
「ちょっと! 仮にも保健室に運んでくれたクラスメートに!」
「うるさい! あんたも、直ぐにいじめてあげるわ! そしたら、次はあいつらよ!」
ジョーが作り出した煙幕。その向こうではもうかなりの人数が、どうすることもできないままに右往左往しいてた。
「く……逃げて、桐山さん……」
雪野が両手を地面について上体を起こそうとする。
「あなたも、あなたよ! 自分がボロボロなのに、何で他人の心配ばかりしてるのよ! いくら魔法少女だからって――」
「違うわ……」
雪野がふらつきながら立ち上がる。
「私が、あなたの友達だからよ……」
「――ッ!」
花応が雪野の言葉に驚き、思わず胸を押さえる。
「違う? もうお友達でしょ、私達は?」
「何、言ってんのよ……」
「で……それに加えて、私には力がある……だから、戦う……別におかしな話じないわ……」
雪野がよろめきながら魔法の杖を構えた。
「……非科学だわ……生命なら、自分の命を第一に考えなさいよ……」
花応がそう呟きながらも、雪野の傍らに立ちその肩を支えた。
「桐山さん……」
「私にだって力はあるわよ――」
花応が残った方の腕で、やはり傍らに近寄ってきたジョーの嘴に手を突っ込んだ。
「ペリ」
ジョーの口の中から花応が腕を引き抜く。
引き抜いた花応の手の中には、
「科学の力がね……」
今朝側溝に放り込んだ薬品ビンが握られていた。
2015.12.19 誤字脱字などを修正しました。