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七、偽妹 16

 唐突に教室に向かって轟いた少女の声。

「あんっ?」

 その声に小金沢の手が止まる。

「もう! どうすんのよ、これ! 中の様子も分からないじゃない!」

「えっ……」

 目の前で止まった小金沢の手と突然聞こえてきた少女の声に雪野がきょとんとドア付近を振り返る。

「あのバカ鳥! 私が来る前に煙幕張るなって! いつも言ってるでしょ!」

「来ちまったか……」

 宗次郎が同じく声のしたドアの方に振り向く。ドアの向こう煙の裏側から何やら叩いたり蹴ったりする音が響いて来た。それは苛立たしげにもリズミカルに物理的な煙幕の壁に打ち付けられる。

「あ、ちょっと! 天草さん! どっか穴とかない? 中を確かめたいの! てか、出来れば入りたいの!」

「……」

 速水が無言でそちらに細い目を向ける。物理的ではあるが煙でもある壁。うっすらと向こう側にいる生徒の影が窓越しに見えた。

 一人の背の低い女子生徒が廊下で右に左にと走り回っている。

「あっ? こっちのドアの上の方! ちょっと空いてるわね! 覗ける? ううん――私なら、入れるわね! 流石、バカ鳥! 仕事が雑だわ!」

「ぺ、ペリ……」

 走り回っていた少女の人影が立ち止まったドアの天井付近。ジョーがそこを見上げる。ドアの上に窓がつけられておりそこにわずかばかり煙幕の埋めきれていない個所があった。

「氷室くん! 悪いけど、肩貸して! 何って? 登るのよ! このままにしておけないでしょ! 窓も開いてるみたいだし、私ならくぐれるわ!」

「おやおや……」

 生徒会長が身ごとドアに振り返る。煙の向こうの人影は前の方のドアを中心に集まり始めていた。ドアにつけられた窓のすぐ外で慌ただしいまでに人の影が入れ替わる。その中で少女のものと思しき頭のひょっこりと頭一つ人影の上に出た。

「ドアがあるのに、上から登って入るなんて――なんて非科学! もう科学の娘の名が泣くわ!」

「この声……」

 教室の床に座り込んでいた私服の少女がドアを見上げる。

 少女が見上げた頃にはドアの窓越しに見える少女の影は腰の辺りのものになっていた。周りが場所を空けたのか少女の腰だけが影として見える。そして実際に肩でも借りてその上に乗っているのか少女の影は派手に右に左にと揺れていた。

 その影が大きく右に左に揺れる度に周りから慌てて手が伸びて来る。そして実際はその手が支える前に立て直しての方が引っ込められるというのを何度か繰り返した。

 机とイスが散らばり異形の生徒が暴れる教室内の雰囲気とは対照的なまでに暢気な光景が煙の向こうに影絵として現れていた。

「何やってんだ、アイツ」

 その様子に宗次郎が呆れたように呟く。

 それに抗議するかのようにガラッと大きな音を立ててドアの上の窓が開けられた。窓枠を開けた少女の右手がそのまま窓枠をがっしりと掴む。

 その手が窓枠を掴んだまま動かずぷるぷるとしばらく震えた。力は込めているがそれ以上体が持ち上がらないらしい。限界に来たのか一度体を戻したらしく指の力が抜かれ少し窓枠の向こうに後退した。それと同時に窓枠の少女の腰の影が柔らかく上下する。

「できないなら、止めときゃいいのに……」

 教室の内外の全員が思ったであろうことを宗次郎が代表して口にする。

 だが全員がその光景に目を奪われていた。一番興奮し流砂の両手を振り回していた小金沢も今や黙ってドアの上に注視している。

「氷室くん、もうちょっとよ! 天草さん! 悪いけど、後ろから押して! 持ち上げて!」

 煙とドアの向こうの人影がもう一度慌ただしく動き出した。

 何人かの手に支えられ背の低い少女の人影は一気に上に持ち上げられる。

 それと同時に今度は窓枠にヒジまで腕が一気に届いた。ヒジから先を全て窓枠に引っ掛けて少女のが手がそこにとどまる。日頃ろくに開け閉めもしないそこからホコリを立ち上げながら少女の手にぐっと力が入れられる。

「ああ、もう! 汚い!」

 少女は文句を口にしながらそれを気合に力を入れたらしい。

 頭の先がちらりと窓枠に見えたかと思うとその上半身が一息に教室内に入ってきた。

 強引に窓に突き入れたられた少女の上半身が更にホコリを巻き起こす。少女は突き出した上半身をだらりと教室の向こうに垂らした。少女は制服の背中と短い髪が逆立ちあらわになったうなじと脳天を見せて教室の中でぶら下がる。

 ホコリにまみれ一瞬で汚れてしまった制服。同じく綿状のホコリを脳天につけた黒く短い髪。体を支えた際についた赤い筋の走る腕。

 そんな散々な姿で少女はお腹を支えにして窓枠にその体を引っかけた。

 それで一段落着いたらしい。少女は上半身を教室にだらりと下げ、下半身を廊下に残したまま、その場で皆に背中を見せたまま一度大きく息を吸った。

 息を整えた少女は煙幕の壁に手を着くと上半身をもたげてようやくその顔を皆に向ける。

「来て上げたわよ! この私――」

 ドアがあるのにその上の窓から入るというまったくもって非科学な体勢で、


「科学の娘――桐山花応がね!」


 科学の娘――桐山花応がその特徴的な吊り目の目を皆に向けて自信満々に微笑んだ。

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