七、偽妹 14
煙の向こうからそれこそ煙のように突然立ち現れるように連れてこられた少女。生地からして上品そうな私服をまとったその少女は、その特徴的な吊り目を白黒させた。
「えっ? 何? 何が……」
少女は状況が理解できないようだ。目を見開き口を開くがままにして呆然と目の前の光景を見つける。
突然の出来事に反応できないのか少女はその場で身を固く縮こまらせる。
教室に連れてきた男子生徒の肩に身をとらえられ固まり、それでいてその両肩に支えられていないと倒れてしまいそうに力が抜けている。
少女の前に広がっていたのは散乱する教室の机とイス。割れて床一面に飛び散ったガラスに、こちらを注視してくる教室にいた生徒達。
「ははっ! やっと来たかよ! お嬢様は暢気だな! ああっ!」
そして特に敵意を剥き出しにしてこちらを睨みつけて来る男子生徒。あまつさえその男子生徒の手が何か尋常ならざる動きでうごめいている。
それは流砂のように滑らかに表層が流動しながらも人の手の形をしている。ただでさえ異様なそれはまるで今まさに少女ののど元にでも突きつけようとするかのように鋭くこちらに向けられていた。
「ひっ……」
その光景に少女が最後は息を呑む短く悲鳴を上げる。
少女は思わずにか悲鳴に大きく開いた口を左手で覆った。同時に持っていたカバンが少女の手を離れ音を立てて倒れた。
「驚いてくれるとは、嬉しいね! この間の仇! 打ちにきたぜ!」
吊り目を驚きに見開き口元を左手で覆う少女に、男子生徒――小金沢は流砂の右手を天井に向けてうねらせながら高々と上げる。
「きゃああああぁぁぁっ!」
その異様な光景に少女がついに完全な悲鳴を上げる。少女はその場から逃れようと持たれた肩を激しく振って身をよじった。
「おい! 待て、小金沢! そいつは――」
「待って下さい! その娘は――」
宗次郎と雪野が同時に駆け出した。それぞれの位置から小金沢の攻撃を止めんと一気に床を蹴る。
「……」
その様子を他所に速水はいぶかしげな視線を現れた少女に向けていた。
「おっと……僕としたことが、間違ったかな……」
少女の肩を支えていた男子生徒――生徒会長がその手を離して自らは一歩後ろに下がる。
「生徒会長。つまんない真似、するッスね」
そのわざとらしい一言と仕草に速水がにやけた笑みを生徒会長に向けた。
「えっ?」
結果として小金沢の攻撃の下に一人残された少女。小金沢の右手が天井の照明を受けて少女の額に影を落とす。少女は一人異形の敵の攻撃の下に取り残される。
「この!」
魔力故の加速力か雪野が先に小金沢に駆け寄る。雪野は飛び込んできた勢いのままに魔法の杖を振り上げた。
「ははっ! お友達が大事か! 優等生!」
「違います! この娘は――」
何か告げかけた雪野の声は、
「飛び込んできておいて! 何が違うだ!」
上段から打ち込まれてきた砂鉄の右手を受け止める衝撃に中断された。
「いい加減にしろ!」
遅れて小金沢に飛びかかった宗次郎が相手の腰を両手で抱え込んだ。
「るっせぇ! 二人して、うっといんだよ!」
小金沢がムチ状にしなる両手を闇雲にふるった。一方の手が雪野を押し戻し、もう一方の手が宗次郎を吹き飛ばす。
「く……」
「おわっ!」
雪野と宗次郎が同時に小金沢から離された。雪野はそれでもその場に踏ん張り、宗次郎は派手に後ろに飛んでいく。
「ぺり! ぐえ……」
「いたっ! サンキュ! 助かった、ペリカン!」
小金沢の手に吹き飛ばされた宗次郎。宗次郎は床に激突する寸前で、その下に慌てて飛んできたジョーに体全体で受け止められて何とかケガなく着地する。
「いや! 何よ、何よ! あなた達! 一体何なのよ!」
吊り目の少女はそこらに転がっていた筆箱などを左手で掴むや手当り次第に投げ出した。
手に持てる限りのものを少女は掴むや闇雲に投げつける。その左手は休むことを知らず手近にものがなくなっては少しずつ後ずさりしながらそこら中のものを掴んでは投げつける。
「はは! どうした! いつもの調子じゃ、ねえのか? ああん! これが科学的か? むちゃくちゃにそこら辺のもの投げつけるのが! ああっ!」
「『科学的』……何の話よ!」
「あなた! とにかく落ち着いて!」
雪野が少女と小金沢の前に割って入る。
雪野が背中で少女をかばうと、
「いやっ!」
少女はその雪野の背中にもものをぶつけてしまう。
「小金沢! 違うって、言ってんだろ!」
宗次郎が手近にあったイスを掴んで小金沢に投げつけた。
「後輩! 先輩を呼び捨てにしてんじゃねえよ!」
飛んできたイスを小金沢がその流砂の右手で叩き落とす。そのイスが床に激突する音が派手に教室内にこだました。
「いや! 何なの……何なのよ……これは……」
少女はその音に最後の気力も砕かれたのかへたへたと座り込んでしまう。少女はそのまま頭を両手でかばうように抱え込んだ。
そしてその目の端に涙を浮かべた特徴的な吊り目の下で、
「あの人は……本当に……何処まで私の疫病神なの……」
悔しげにその唇をぎゅっと噛み締めた。