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七、偽妹 13

 ジョーが張った物理的煙幕。

 その壁と化した煙を何事もなかったかのようにその男子生徒はすっと教室に現れた。

 男子生徒は実に何気ない様子で机とイスの散らばる教室の入り口辺りに立つ。

「なっ?」

 男子生徒の現れ方を目の当たりにした宗次郎が目を剥く。

「こいつ……今、どうやった……」

「別に。持てる力の全てを使って、生徒の為に働くの僕の仕事さ」

 物理的な壁をものともせずに入って来た男子生徒はにこやかな笑みを宗次郎に向ける。

「あなたは……」

 教室の中央。小金沢の攻撃を避けてそこに着地していた雪野。

 雪野はその生徒の顔を確かめると驚いたように口を開いた。

「今、どうやって入ってきました?」

 雪野はその男子生徒の何気ない立ち姿に油断なく視線を送る。

「おやおや、来やがった……」

「……」

 小金沢が振りかざしていた手をひとまず床に向け、速水もその細い目を更に細めて無言で男子生徒に振り返る。

「まあ、確かにあの煙の壁は邪魔だったね。『恋の翼をかりてこの壁を飛び越えてきました』とでも言っておこうかな。まあ、騒ぎがあれば首を突っ込まずにいられないよ。生徒達の先頭に立つ僕が、何もしないのはある意味『美しい暴君』だからね」

「生徒会長……」

 雪野が右の足を後ろに退いた。それで全身の角度を変えると小金沢に対峙して体が男子生徒の方に向く。

「おや、小金沢くんはいいのかい、千早さん?」

 雪野に役職で呼ばれた男子生徒は何処までも笑みを浮かべている。

「……」

「まるで、僕の方が彼より警戒すべき人間みたいに見えるじゃないか?」

「ああん! 会長さんよ! 珍しく表に出て来たと思ったら、随分と自信家やセリフ吐いてくれるじゃねえかよ」

「そんな言い方をされると、日頃僕が裏で暗躍してるのが丸わかりじゃないか。困るな、小金沢くん」

「違うってのかよ? あん!」

「……」

 速水も生徒会長に対峙するように体の向きを変えた。

「派手にやらかしてくれてるからね。直に出張らないと、状況の把握もできないと思ってね」

 生徒会長が速水にちらりとだけ視線を送りながら答える。

「そうかよ。それで、俺を止めにきたのか?」

「まさか。『怪我をしたことのない奴に限って他人の傷を馬鹿にする』。その通りだからね。君が復しゅうに猛り狂うのは仕方がないよ。それそこ『井戸のように深くもないし、教会の扉のように広くもない』傷だろうけれどね」

「ああん? 何か、今バカにしただろ? てか、こっちが分かるようにしゃべれよ。いちいち芝居臭いセリフ吐きやがって」

「ロミオとジュリエットのセリフだよ。もっとも最後は非業の死を遂げ、この悲劇の物語の幕引きの直接的な原因となる、陽気で短気で世話好きの友人マーキューシオのものだけどね」

「知るか!」

「あの時の突然消えた生徒の気配は……あなたでしたね、生徒会長……」

 雪野が魔法の杖を生徒会長に向ける。

「ああ、そうだよ。僕らの〝敵〟の日常も見ておきたいと思ってね。君は随分と勘がいい。それも君の魔法少女の力かい? それとも戦いの日々に身を置いた、悲しい習性かい?」

「……」

「分かったような口利きますね、生徒会長。ケガしたことない奴こそが、他人の傷をバカにするんでしょ?」

 黙ってしまった雪野に代わり、宗次郎が不快げに応える。

「あは。言われちゃったね。確かにその通りだね」

「ペリ……終わったペリ……」

 その宗次郎の隣にジョーが降り立った。ジョーの言葉通り今や完全に教室の入り口は物理的煙幕の壁で閉ざされ、出入りすることも向こうを見渡すこともできない。

「ペリ……」

 そんな壁を難なく越えてきた生徒会長にジョーが宗次郎の背中に隠れ怯えた目を向ける。

「今のところ。脱落した人間以外、全て関係者が揃ったかな? いや、毎度毎度邪魔をする、僕の想定外のあの娘がいないね?」

 皆にその事実を再認識させる為にか生徒会長が軽く教室内を見回す。

「あの娘はもとより、関係ありません。生徒会長」

 雪野の目が更に鋭く生徒会長を射抜いた。

「そうかな、千早さん? 天草さんも、氷室くんも。そこの小金沢くんも――結局倒したのは、彼女だろ?」

「ああん! 俺は油断しただけだよ!」

「想定外なんだよね、僕としては。千早さん、やはり僕としては最強に恵まれた環境に生まれた君を倒したい」

「……」

「力を持つことがいいことばかりではない? それは分かってるさ。でも、実家がいくら大金持ちだからって、リアルに単に羨ましい境遇の人間を力で倒すのは、いくらなんでも僕らが惨めすぎる。せめて魔法少女辺りを倒すのが、僕らにとってちょうどいいんだが」

「だったら、私だけ狙って下さい」

「そうだね。でも、もう来てしまったようだよ」

 生徒会長の姿が掻き消える。

「なっ?」

 宗次郎がもう一度目を剥いた。一瞬前まで生徒会長がいた場所に今は誰の姿もない。ただ生徒会長が背にしていた煙幕の壁が見えるだけだ。

「これで、勢揃いだ」

 生徒会長の姿がまたもやすっと教室に現れる。

 だが今度は一人ではなかった。生徒会長は一人の背の低い少女の両肩を持ってそこに再び現れた。

 その少女は何が起こったのか分からない様子で目を剥いていた。

 その特徴的な吊り目を驚き見開く少女は、

「えっ? 何? 何が……」

 校内なのに私服姿で大きなカバンを手に呆然と教室を見回した。

作中『』内は引用です。

引用元参考文献『ロミオとジューリエット』シェイクスピア作平井正穂訳(岩波書店)

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