七、偽妹 11
「派手にやってるね……」
その男子生徒は階下から階段を見上げると嬉しそうに呟いた。
男子生徒は一つ上の階を見上げながら耳も澄ませている。そこから聞こえてくる物音の中で、まず耳についたのは軽い振動を伴った派手な足音だ。そして二、三人の男女の生徒の言い争う声。その周りを固めているらしき野次馬からの悲鳴めいた怒号も聞こえてくる。
「やれやれ……」
男子生徒の周りにも心配げに上の階を見上げている生徒達がいた。
男子生徒はそれらの生徒達にちらりと視線をやりながら呟く。
「生徒会長……」
男子生徒の視線に気づいたのか別の男子生徒が呼びかけてきた。
「ああ、僕が見てくるよ。朝から何の騒ぎだろうね」
生徒会長と呼ばれた男子生徒は呼びかけてきた生徒とその周りの生徒達に微笑んでみせる。
皆が不安げな顔を生徒会長に向けていたがその笑顔で一斉に硬い表情のままながらも笑い返してくる。
「……」
生徒会長は階段を一歩二歩とその笑顔のまま軽快に昇っていく。その顔が階下に残った生徒達から見えない位置までくると、その顔から表情がすっと消えた。
代わりにそこを占領したのは歪んだ笑みだ。
「人任せか……力がないから、怖いんだね……」
男子生徒は自身にしか聞こえない声で呟く。
階段を半分昇りきり踊り場で身を翻す生徒会長。そこでもう一度無表情に戻ったこの男子生徒は踊り場から階下に目をやる。
「卑屈でひ弱な笑みだけ浮かべて……」
そこに並んだ先と河原ない硬い表情の笑みを並べる生徒達。
「力が欲しいかい……」
男子生徒はそれらの笑みに不快げに目を細めた。それも踊り場からその身が次の階段に足を運ぶ瞬間で、下の生徒達からはこの生徒会長の蔑んだような笑みは見えなかっただろう。
「そんな顔をしているうちは、〝ささやかれ〟ないだろうけどね……」
男子生徒は今度も自分にしか聞こえない呟きを残し、やはり歪んだ笑みで足取りは真っ直ぐ階段を昇っていった。
「ジョーッ! 煙幕を張りなさい!」
魔法の杖を手にした雪野がそれを眼前の敵に突きつけた。視線をその相手から離さず雪野は軽く足を振り床に転がるジョーの脇腹をつま先で小突く。
「ペリ……」
ジョーは雪野にノドの奥を突かれたダメージと、落ちた時にお腹でも打ったのか首を伸ばし切ってうつぶせに床に倒れていた。
その伸びきった体の脇腹を雪野に小突かれジョーが長い首を起こして応えた。
ジョーは何処か痛むのか、それとも痺れてでもいるのか。フルフルと長い首を震わせてその嘴から煙を噴き出し始める。
「足蹴にするなんて、愛情が足りないッスよ!」
その様子に速水がけらけらと笑う。速水は小金沢の攻撃を避けた後教室前方の黒板前まで移動していた。その脇には先に気絶させられていた男性教師がぐったりと体を折って壁に背中を預けているのが見える。
「……河中……先生達を……」
速水の声につられてそちらを見た雪野がその男性教師にちらりと視線を送る。最初にガラスが割れた時に駆け込んできた教師と、その後に騒ぎを聞きつけてきた教師の二人がともに気を失って教室に倒れていた。
「先生! こっちに!」
ガラスを確かめに来た方の男性教師に駆け寄ると、宗次郎がその肩の下に手を差し入れた。こちらの教師は床に転がり完全に気を失っていた。宗次郎が肩を貸して立ち上がってもぴくりとも動かない。
「ああ、いいぜ。邪魔な連中は外に出ててもらおうか」
小金沢がその様子に口角を歪め侮蔑に目を細めてみせる。
「先生! しっかり!」
宗次郎が肩を貸しながら教室の出口へと机を掻き分けるように歩き出す。
「じゃあ、こっちも退散してもらうッスか」
教室の前方では速水が腰を折ると己の脇で壁に背を着く男性教師の腕を掴んでいた。
「この、結構重い……」
宗次郎がよろめきながら出口に向かっていると、
「ひ弱だな! とっとしやがれ!」
小金沢の右手がその叫びとともに不意にふるわれた。
流砂場の砂鉄が槍状に尖り宗次郎が肩を貸す脇の下に鋭く突き込まれてくる。
「な……」
驚く宗次郎の目の前でその流砂の右手は男性教師の体に絡みついた。そのまま強引に右手がふるわれると宗次郎から男性教師の体をはぎ取るように奪い取った。
男性教師の体は宙を浮いて野次馬で埋まるドアに向かって投げ飛ばされる。
「ははっ! これぐらい力を見せてみろよ! 後輩男子!」
「おいおい!」
抗議に目を剥く宗次郎。その視線を一瞬小金沢に向けた後、ドアに向かって飛んでいく男性教師に戻した。生徒の悲鳴にまみれながら男性教師はその生徒の山にぶつかっていく。
「ははっ! お世話になっている先生を体で受け止める生徒達! いい話だろ!」
男性教師の体を実際は受け止めきれず野次馬の山が崩れていく。
その様子に小金沢が声の限り笑い声を上げた。
「小金沢先輩!」
雪野が目を剥いて小金沢に襲いかかった。襲いかかる勢いのままに上段から魔法の杖を振り下ろす。
「おっと! 不意打ちとは卑怯だな!」
「あなたは私が止めます!」
残っていた左手で相手の攻撃を受け止める小金沢。その左手にぎりぎりと受け止められた杖を押し込む雪野。
「……」
その様子をちらりと横目で見ながら速水が掴んでいた男性教師の手を強引に引き上げた。
速水はそのまま成人男性の体を軽々と持ち上げるとこちらも軽くドアに向かって放り投げた。小金沢がやった程は乱暴でなく、それでも放物線を描いて教師の体が野次馬に向かって飛んでいく。
「な……」
その様子に宗次郎が目を剥いた。
速水が宗次郎のその視線に気づき、
「おっと……力を見せ過ぎたッスかね……」
細い目を更に細めて嬉しそうに呟いた。