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七、偽妹 9

「ぺりぺりぺりっ!」

 魔法少女の愛されマスコットキャラを自負する空気も流れも雰囲気も読まない水鳥――ペリカンのジョーが、空気の流れに身を任せてご機嫌に宙を舞っていた。

 気流を受ける為に大きく広げられた水鳥然としたジョーの翼。その優雅に翼を広げた姿は地上からでもよく目立つようだ。ジョーの視界遥か下で街ゆく人々が時折空を見上げているのが小さく見える。

 風向きの都合かよく晴れた朝の青空の下、ジョーの体は少々斜めに傾げていた。

「雪野様から、直々の頼られメールペリ!」

 いや風向きの関係でなかったようだ。ジョーは広げた片方の翼の先で器用に携帯電話握っていた。伸びきらない翼の一方に体が傾き、あまつさえちらちらとそちらを見るジョーの体は不安定に上下左右に揺れた。

「やっぱジョーは雪野様のしもべペリ! 魔法少女のマスコットキャラペリ! 科学オタク少女の便利な宅配業者さんじゃないペリよ!」

 そんな不安定な飛行も今のジョーには気にならないようだ。むしろ地上のスキップのようにジョーは上機嫌に体を揺らしながら空をいく。

「ペリ! そうペリ! 間違えて消さないように、ロック架けとくペリ!」

 ジョーは誰も聞く者もいないというのに声を大にしてそう口にすると広げていた両の翼を折りたたんだ。

「記念ペリ!」

 両の翼を人間の両手のように器用に目の前に持ってくるジョー。当然空気から受けていた抵抗がなくなりジョーの体がすとんと落ちる。

「ぺりぺりぺり! ぺりぺりぺり!」

 だが何か画面を操作する度にご機嫌に鼻歌を鳴らすジョーには気にならないようだ。その空気抵抗を和らげる野鳥らしい体で風を切って落ちていく間もジョーは上機嫌に携帯電話に羽先を走らせる。

 瞬く間にジョーの体は地面に向かっていく。

 空から落ちてくる人間の背丈程もある水鳥。その野鳥が落とす影が朝の通勤や配達の車両が行き交う道路に見る見ると大きくなっていく。

 その内一台の車両――黒ずくめの高級車両が通りかかった。ハイヤーか何かのようだ。外観に似合う職業的な滑らかな走りで後ろに少女を乗せたその車両はジョーが影を落とす道路を行く。

 空から急速に風を切って落ちてくるジョー。地上を静かにこちらも風を切って走る車。

 前を注意して運転している運転手も、さすがに空から鳥が落ちてくるとは思っていないようだ。

 水鳥と高級車は互いに駆け寄るように見る見ると近づいていく。

 その様子に気がついたのか幹線道路を行く通行人達の幾人かが驚いたように空を見上げた。

 だがルーフに邪魔されて肝心な運転手には気づけない。

 まさに水鳥と高級車がフロントガラスで衝突する。大事故は免れない。

 そう思われた一瞬前――

「ペリ! 永久保存完了ペリ!」

 ジョーが感情を爆発させたように両の翼を大きく広げた。ようやく風を受け直したジョーの翼が大きく膨らみ、フロントガラスの前でその体が急速反転し上昇する。

「おわ!」

「きゃーッ!」

 目の前で突然広がった人の大きさ程もある水鳥の翼に視界を塞がれ、黒ずくめの高級車が搭乗者の悲鳴ともに急ハンドルを切る。

「ペリ?」

 車両と激突することにようやく気づいたのではなく、単に喜びの感情を爆発して両の翼をジョーは大きく広げたようだ。ジョーは己の下で蛇行を始めた車両に不思議そうに目を落とした。

「乱暴な運転ペリね。ジョーみたいに優雅に飛ぶペリよ」

 ジョーは空に戻りながら暢気に呟き、

「さあ、雪野様! お待ちくださいペリ! 今行くペリよ!」

 前方に見えていた雪野の待つ高校にぐんと体を傾け加速し出した。



「だ、大丈夫ですか? お客さん!」

 蛇行の後路肩に車両を止めた運転手が車内で血の気の失せた顔で振り返る。

 後部座席には背の低い高校らしき年齢の少女が体勢を崩して座っていた。少女は急な蛇行とブレーキに体を振られたようだ。腰から座席の下に半ば崩れ落ちながら、とっさに伸ばしたらしき手でシートを押さえて体を支えていた。

「ええ……」

 少女が青ざめた顔で運転手に答える。

「すいません。鳥か何かが急に……」

「私も見てました……あれは仕方がないかと……」

 少女は運転手に応えながらサイドガラス越しに空を見上げる。

 そこにかろうじて見えたのは己が乗る車両と同じ方向に飛んでいく水鳥の姿だ。

 少女はその野鳥の影に怪訝に目を細める。細めた目はそのまま己の中の苛立を表す表情に変わったようだ。

「野鳥? てか、ペリカン? こんな町中に?」

 少女はそのまま目尻を吊り上げる。

「やっぱり、あの人とかかわると碌なことにならないわ……ホント、迷惑な姉……」

 いや、最初から少女の目は少々吊り目だったようだ。

 少女はその特徴的な吊り目を更に不機嫌に吊り上げると、


 流石、偽物ね――


 最後は吐き捨てるようにそう呟いた。

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