七、偽妹 8
「おいおいおい――」
己の攻撃がか細い女子生徒の手で受け止められた。そのことを見て取った小金沢が嬉しげに非難の奇声を上げる。
「てめえ、どっちの味方だよ?」
小金沢は軽く舌なめずりをしながら言葉を続ける。小金沢は掴まれた右腕を軽く左右に揺するがその腕は女子生徒に掴まれたまま動かない。
だが本気で腕を振り払う気ではなかったようだ。相手の出方を探るように小金沢ゆらゆらと黒い流砂の腕を振る。
「自分、どっちの味方もないッスよ――」
小金沢の攻撃を受け止めその手を余裕で掴む女子生徒――速水颯子が不敵に笑う。
「強いて言えば自分の味方ッスね」
その笑みは細い目と相まって何処か人を小馬鹿にした感じがする。そして目の奥の光が見えない分その真意も読めない。
「はは! 確かに! 俺もお前を仲間とは思ってねえよ!」
「ありがたいッスね。同感ッス」
「じゃあ、邪魔すんな……これから俺がそいつをぼこぼこにすんだからよ……」
「ふふん……一方的はつまんないッスよ……」
「……」
「……」
二人は砂鉄の黒いムチと鋭い視線を結んでしばし睨み合う。
「速水さん……」
目の前で攻撃を防いだクラスメートに雪野が驚きと疑惑の相まった目を向ける。驚きに一瞬開きかけたまぶたが、いぶかしげに細められ、その相反する衝動に痙攣するようにピクピクと震えた。
「そうッスよ。いちいちクラスメートの名前確認するなんて、傷つくッスね」
「ああん! 傷ついたのは俺だったつうの!」
無視される形となった小金沢が右手を振り上げた。もう速水は力を抜いていたのかさしたる抵抗もなくその手は自由になり宙に舞った。
「何がッスか?」
「……」
小金沢に応える速水の後ろで雪野が足を開いて体制を整え直した。その更に後ろでは首を振りながら宗次郎が立ち上がっている。
「力を手に入れたと思ったのに、あっさり奪われてよ! あまつさえ、てめえにゃ病院送りにされてよ!」
「大した怪我じゃなかったはずッスよ」
「はは、まあな。ついでにずる休みさせてもらったがよ。ああ、だけど思い出したらムカついてきたぜ! やっぱりてめえからやってやろうか? ああん!」
「よく吠えるッスね」
「ほざけ!」
「小金沢先輩――」
軽薄な笑みを浮かべる速水を押しのけ雪野が前に出る。
「また、〝ささやかれ〟たんですね?」
「おうよ」
「金の次は鉄ですか?」
「ああ、ちょっとグレードダウンだがな。やっぱあれだな。俺ぐらいなると、こんな機会が二度ももらえるんだな。特別な人間って訳だ、俺は」
「何を言ってるんですか……先輩……そんな力に二度も頼って……」
「ああん? 頼る? はぁ? 俺が頼られてんだよ! こんな力使えるのは、俺しかいないってな!」
「な……」
「あはは! センパイ! それ、ただのリサイクル怪人ッスよ! 制作費ケチって出てくるやられ役ッスよ!」
速水が雪野の後ろでからからと笑い声を上げる。
「――ッ! るっせえ!」
速水の小馬鹿にしたような笑みに小金沢が怒りに顔を一瞬で赤くして右手を振り上げた。小金沢のムチのようにしなる砂鉄の右手はちょうど雪野と速水の体が重なる位置にそのまま叩き付けられた。
「く……」
雪野がその様子に反射的に半身をそらす。雪野の目の前を縦に切り裂いて振り下ろされる小金沢のムチ上にしなる砂鉄の右手。雪野は目を剥いてその攻撃を目で追い、額に冷や汗を流しながらかろうじてその一撃をかわす。
「はは! 遅いッスね!」
同じ攻撃を速水が笑いながら体を横にずらしてかわした。こちらは何処までも余裕の笑みで鉄のムチに目をやることもなくやり過ごした。
避けた雪野と速水の腰に当たり、左右の机ががたりと音を立てる。
「おわっ!」
その後ろでは砂鉄のムチの先端がぎりぎり宗次郎の目の前を襲っていた。二人と違い反応することもできなった宗次郎は、己の足下に叩き付けられた砂鉄のムチに音がしてから奇声を発する。
「河中! 下がってて!」
小金沢の手元に戻っていく砂鉄のムチ。そのムチに油断なく視線をやりながら雪野が宗次郎をかばうように右手を伸ばした。
「千早! だがよ……お前だって、杖がないと……」
「何とかするわ!」
「何とかってお前……」
宗次郎が小金沢の右手を見る。
「鉄って言ってたよな……」
小金沢は力を誇示するかのように肘から上にして右手を天井を向け、黒い流砂のようにその砂鉄状の腕をゆらゆらと揺らした。
「鉄ってことは……あいつの――科学的な知識が要るんじゃねえのか……」
宗次郎は一人呟くと、窓の外に横目で視線を送る。窓の外に広がる青い空。勿論そこに『あいつ』と呼ぶような人影はなく、ただ今はまだ小さいこちらに向かってくる水鳥の姿だけが見えるだけだった。