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七、偽妹 5

「――ッ!」

 相手が野次馬の中に身を隠す前に一瞬その姿を早くとらえた。そのことを確信したのか、宗次郎は素早くカメラの背面のモニタを眼前に持ってくる。

「こいつか?」

 モニタが表示した野次馬の生徒達。皆が驚きと不安に居室内を覗いてる中、一人の男子生徒だけが身を引いていた。だが身を引きながらもギリギリまで視線を教室内に送りこちらを睨んでいる。

 その姿は身を引いた動きにぶれてしまいやや不鮮明だった。

「千早! 相手が分かった! 道理であいつの席が狙われる訳だ!」

 だがその映像の男子生徒に見覚えがあったのか、宗次郎が勢いよく雪野に振り返る。

「……」

 宗次郎の背中から同じ映像を覗いていた雪野。その目は怒りに視線が据えられていた。

 雪野は振り返った宗次郎に視線を応じさせなかった。内面の怒りに頭が真っ白になったのか、雪野は何処も見ていない視線を向ける。

「――ッ!」

 その雪野の怒りに呼応したかのように、雪野の背後で教室の窓際のガラスが全て割れた。

 今度も何者かに外から内に打ちつけられるように割れた窓ガラス。その破片は大小の煌めきを放ちながら教室内に飛び散った。

「おわっ!」

 先に割れたガラスを確かめようと身を床に屈めていた男子教師がとっさに後頭部を両手でかばう。

「キャーッ!」

「おいおい!」

 続いて起こったのは野次馬の生徒達の悲鳴と怒号だ。

「この……」

 鋭い破断面をさらしながら飛び散るガラスに、宗次郎は反射的に身を引いていた。そしてこちらも本能的にかその様子をカメラに収めんとファインダーを目の前にもってくる。

 宗次郎がすかさず切ったファインダーがとらえたのは、

「……」

 背後に無数のガラス片を従え無言で立つ雪野の姿だった。

「千早! 危ない!」

「……」

 その様子に宗次郎が叫ぶが雪野はやはり答えずに動かない。

 雪野の身の上に無数のガラス片が降り注いだ。

「……」

 雪野の長い髪に。制服の肩に。校則通りのスカートに。きちんと履かれた上履きに。ガラスの破片が容赦なく襲いかかる。

 雪野の頬を撫でた一際鋭い破片がその白い肌に一条の赤い筋を残して落ちた。

 だが雪野はそれでも動かない。

 全ての破片が床に落ち生徒達の悲鳴が響く中を一人立つ。

「……」

 破片に身を任せていた雪野がゆっくりと顔を上げた。野次馬が群れなす教室の入り口。この騒動の犯人とおぼしき姿をとらえた入り口に雪野が視線を送る。

 その雪野に黒い影が鞭打つように襲いかかった。

 背後からのその一撃。自在に伸縮を変えられるムチのようなしなる黒い影が、窓の外から雪野の背中に向かって打ちつけられる。

「……」

 だが雪野は背後を振り返ることもなく右手を背後に突き出した。後ろ手に真っ直ぐ突き出された雪野の右手。その開いた手の平に衝撃音とともに、そのムチのようなものが激突した。

 雪野は衝撃に身じろぎもせずその手の平の中に襲いかかって来た黒い影をつかまえる。

 それは黒い流砂のようなものだった。雪野の体を揺らして激突し、今やつかまえられ逃れようと暴れるそれ。それは黒い砂粒が一粒一粒意思があるかのように集まりうごめいていた。

 黒い流砂のようなものが雪野から逃れようと大蛇がのたうつように暴れ相手の体を揺さぶった。

 雪野の視線はそれでも入り口から動かない。

「千早!」

「……」

 思わず名を呼ぶ宗次郎に雪野はやはり応えない。その雪野の頬をつっと伝わり落ちる頬の傷からの血。雪野は頬から伝わって落ちて来た己の血を空いていた左手でゆっくりと拭う。

「この味……血の味……同じね……あなたの匂いと……」

 雪野はそう呟くとグッと拳を締めた。黒い流砂のムチを握りつぶさん限りに締められたその手はあまりの怒りにかフルフルと震えている。

「狙うんなら……私を狙いなさい!」

 ぎりりと一度大きく奥歯を噛んだ雪野。雪野がその歯を最後は剥き出しにして叫ぶと黒い流砂が真ん中から千切れとんだ。

 千切れた流砂の尖端はその場で一旦霧散すると、上空に浮かび上がってまた一つとなった。またその尖端を切り離し逃れた本体は窓枠の向こうから教室の中に戻って行く。元から開いている窓から外に一旦回り込み、内側に向かって窓ガラスを割り雪野を攻撃していたようだった。

 千切れた部品と合流しながら黒い流砂は雪野が目を最後まで目を離さなかった教室の入り口へと消えていく。

「キャーッ!」

 千切れそれでも合流しながら自分達の方に向かってくる黒い影。その様子に入り口の野次馬から女子生徒達の悲鳴が上がった。

 女子生徒の悲鳴を合図に入り口から生徒が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 そこに一人残ったのは右手から先が黒い流砂のようになった影が伸びる男子生徒の姿。

 黒い流砂は男子生徒の元に戻ってくると人の手の形になった。

「もうちょっと、影からちょっかい出して、〝きな臭く〟してやってからと思ったんだがな……」

 男子生徒は歪んだ笑みを浮かべて教室に入ってくる。

「『きな臭い』? やっと思い出しました……こういう匂いを何て言うか……」

 雪野が己の右手を鼻先に持ってくる。その手の平に着いていたのは逃げ損なった黒い流砂のような粉。

 雪野が汚いものを振り払うように右手を上から下に払った。その勢いに雪野の手に残っていた黒い粉が飛び散る。

「〝かな臭い〟ですね……血の味と同じ……」

 雪野がガラス散らばる床で右足を一歩後ろに引いて身構えた。

「ああ! 今度は〝鉄〟の力を手に入れて帰って来てやったぜ! お前らに血の味を思い出させてやる為! この俺――」

 男子生徒が一気に距離を詰めて来た。男子生徒は距離を詰めるとともにそのムチのようにしなる右手を振り上げた。

「――ッ!」

 雪野が両手を交叉させてその攻撃を防がんと身構えると、


「小金沢鉄次がな!」


 男子生徒小金沢鉄次は流砂のような鉄の右手――砂鉄の右手を構わず振り下ろした。

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