七、偽妹 3
「……」
その男子生徒は突然響き渡った破裂音に校舎を見上げた。見上げた首もとで朝日に光ったのは三年生を示す校章だ。
早朝の校門。ちらほらと出の早い生徒達が登校してくる生徒達の姿がそこにはあった。
その男子生徒は誰よりも早くその突然の音に反応して音のした方向を見上げる。
男子生徒に遅れて音のした方向を探して左右に首を振る他の生徒達。その中で男子生徒はやはり誰よりも早くその音の源を見つける。
教室の一角の窓ガラスが割れカーテンがその向こうに風に巻かれて入り込んでいた。
「やれやれ……仕事を増えしてくれる……」
男子生徒ははためくカーテンとガラスの割れた窓枠に鋭い視線を投げつけそう言葉を漏らす。
他の生徒もやっと何が起こったのか理解したようだ。呟く男子生徒に続いて割れた窓を指差しながら見上げ始めた。
「なるほど……あのペリカン女子生徒の机か……」
誰よりも早く原因を特定した男子生徒はそこが何処の教室で誰の机の脇の窓か知っていたようだ。
男子生徒は己の呟きに合わせて口角をくっと上げた。それは何かをあざけるようないびつな歪み方だった。何かを笑っている。
「生徒会長!」
背後から興奮に声が上ずっている女子生徒に不意にそう呼びかけられ、男子生徒は背後を直ぐに振り返った。
「ああ、分かってる。とにかく、皆は割れた窓枠の下には近づかないで。破片の様子から教室に向かって割れたみたいだけど、まだ新しい破片が落ちてくるかもしれないからね。まだ何があったか分からないから」
『生徒会長』と呼ばれた男子生徒はにこやかな顔で振り返る。先までに上げていた歪んだ笑みはそこには痕跡すらない。
「でも……会長も危ないですよ」
「なぁに、これが僕の仕事さ。生徒会長はある意味雑用係。こんな時にできることをしないと、皆に何をしてるんだって怒られるからね。皆は下がっていて」
食堂で二年生に注意し、廊下で雪野を気遣い、この校門で野鳥騒ぎを収めた三年生の男子生徒――その生徒会長が周囲に指差して注意をうながしながら自身は割れた窓の下へと校舎に近づいてく。
「まあ、『何があったか』は――〝誰が、何をやったかは〟おおよそ予想がつくけどね……」
生徒会長は僅かに外側に落ちて来ていた破片に目を落とすと続いて窓を見上げた。そこにいたのは険しい顔で窓から顔を出す男性教師とその向こうに僅かに艶やかな前髪が見える女子生徒だ。
生徒会長は先に歪めた口元に己の右手を持っていく。
「先生! そっちは怪我ありませんでしたか?」
生徒会長は『先生』と呼びかけがらも、頭部しか見えない女子生徒の姿にもう一度目を細めた。
大丈夫だお前も下がってろと教師から返事を受け、男子生徒は一歩二歩と後ろに下がった。
校舎から離れたお陰で女子生徒の前髪の他に、その下に続く表情も見えてくる。
女子生徒はこちらを見ていなかったようだ。割れた窓枠に怒りのこもった視線を光らせ、押さえ切れないその激情からか左の頬を痙攣までさせていた。
その様子にこの男子生徒は憎悪ともとれる光で目を細め、
「本当……〝仕事〟を増やしてくれる……」
その口元にもう一度いびつな笑みを浮かべた。
「ふぁ……何でビルの上に、塔が建ってるのよ……」
その少女は朝日差し込むカーテンを開くや目に飛び込んで来た光景に開口一番毒づいた。あくびととともに背伸びし、窓の向こうに広がる背の低いビルが並ぶ市街地に向かって軽蔑と眠気の混じった視線を向ける。
少女が開いたカーテンは嫌味にならない程度に上品な刺繍が施されていた。そのカーテンが繋がる窓枠もこちらも豪勢だが下品ではない彫がうっすらと施されている。少女が寝起きに目をこするこの部屋がその窓際一角だけでも高級であることを物語っていた。
唯一安っぽさを感じさせるのはその窓に非常用の案内が印字されていることだけだった。
少女はホテルの一室に居るようだ。いわゆるスイートルーム呼ばれる程の広く上品な客室で少女は一人窓から外の様子に目を細める。
少女が見ていたのは複数の在来線と高速鉄道の駅も兼ねたターミナル駅の駅前だ。少女はその駅前のビルの一つに目をやり、その屋上から伸びる白い展望用のタワーで目を留めていた。
「信じられないセンスね。こんな街にわざわざ住むなんて……あんな人と血がつながってるなんてぞっとするわ……」
少女は最後はそのタワーの更に向こうに向かって目をやり、嫌悪にそのまぶたを細める。
「まあ、平和なオツムのあの人には、こんな暢気な街がお似合いなんでしょうけど……」
少女はカーテンに手をかけるや半ばまで閉め直して呟くと、
「待ってなさい……事件も何もないような、退屈な高校でしょうけど……わざわざ訪ねてあげるからね……」
特徴的な吊り目を自虐的に細めてそのカーテンを完全に閉め切った。