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七、偽妹 1

桐山花応きりやまかのんの科学的魔法


七、偽妹


「ぶっ倒れるなんて、普通じゃねえぞ」

 新聞部のエースを自称する遅刻常習魔――河中宗次郎は珍しく早朝の教室に登校していた。

 月曜日の朝。陽がまだ昇り切っていない。宗次郎の他は女子生徒が一人いるだけの教室だ。宗次郎はそのもう一人の子生徒が座る席の前で苛立たしげに足を軽く踏み鳴らす。

「そうね……本人は大丈夫だって健気に言ってたけど……」

 思案げに長い髪を軽く揺らし女子生徒は両のヒジを机の上に置き、その指を組み手の甲にアゴを乗せた。

「魔法少女様でも、心の中までは読めないってか……」

「そりゃ、そうよ……昔の力があっても無理……てか、できてもそんなのしたくないわよ……」

 多くの力を失った魔法少女――千早雪野は憂いを含んだ瞳でちらりと視線を横に移す。雪野の目は月夜の池の水面のように不安げにゆらゆらと揺れた。二人以外は誰もいない教室。その中の窓際中程の机。どれも同じような机だが、雪野のたゆたうような瞳はその机だけを心配げに写し出す。

「あんなにはしゃいでたのにな。そいつの名前聞いてから何か時折しおれて、考え事してるように見えたが」

 同じく主の居ない机に目をやった宗次郎が不意に口を開く。

「そうね。レモンとかミカンとかも、何か科学実験用に用意してたらしいのに、急に取りやめて普通に出されたわ」

「何て言ったっけ? その――」

「レモンとミカンの実験? キラ――何とか、エネ――何とかって、それこそ目をキラキラさせて、エネルギッシュに言ってたけど?」

「ちげえよ。その電話の相手の名前だよ」

「そりゃそうね。えっと……彼に恋で彼恋かれんさんって読むみたいだけど。彼恋さん。同じ名字だったから、ご家族か親戚の方でしょ。声の感じは同年代っぽかったから、姉妹か従姉妹じゃないかな? 私が友達ですって名乗ったら、鼻で笑われたわ。ちょっと感じ悪い娘」

「誰だって訊いても答えなかったな」

「答えなかったわね……どちらにしても家庭内の話なら、あんまり深く聞くのも悪いし……」

 雪野はもう一度窓際の席を見つめる。窓の幾つかが開けられており、時折舐めるようにカーテンを揺らして風が入り込む。雪野の長い髪がその風に軽く振れた。

「お開きになった後も、私の怪我がなるべく治ってから帰りたいって、私だけ残ったじゃない……」

 雪野は目の前に己の両手を持ってくる。その拡げられた両手には日曜まではこんもりと巻かれたいた包帯が既にない。それどころかヤケドを追ったはずの肌は元の瑞々しい少女らしい白い肌に戻っている。

「ああ。てか、もうそこまで治ってんだな」

 宗次郎がその両手に目だけ動かして視線を落とす。

「そうよ。でも、そんなことはどうでもいいわ」

 雪野は己のことより友人のことと言わんばかりに、両手を机の向こうのヒザの上に隠して宗次郎を見上げる。

「あの娘が家族とうまくいってないのは、初めて話した時に保健室で聞いたわ。『えっ』とか『へっ』とかしか言わないから、あんまり人と話さないのって訊いたら、家族とも話さないって……家族は敵だって……」

 雪野はヒザの上でぐっと両の拳を握る。

「だけど話を向けたら、話し出したのはやっぱり家族のことじゃない? 絶対敵なんかじゃないわ……」

「『家族は敵』ね……俺も、親父には何処で何してんだって、訊きたくはなるがな」

「あんたの家も、事情は複雑なの?」

「別に。単純に皆バカなだけ。家族の名前聞いて、倒れるようなことはナンもねえよ。親父自身が倒れでもしない限りな」

「お父さん、病気がちなの?」

「全然、逆。これのデッカイのを持って――」

 宗次郎はそこまで口にするとコンパクトカメラをポケットから取り出した。

「世界中を飛び回ってる。家にろくに金も入れずにな。ありゃ、いつ行き倒れても、おかしくない人間でね。心配はそこだけ」

「そう。朝、ジョーに電話したら、いつもと変わらないって。まあ、ジョーに人間の機微が分かるとも思えないけど」

「ペリカン以前に、あの性格じゃあな」

「……」

 宗次郎の応えを最後に雪野はもう一度指を組む。ヒザを支えに机の上に指の台を作り今度はアゴではなく頬を乗せた。そのまま斜めを向いた顔で窓際の机を見つめる。

「まあ、何にせよ。本人が登校してから――」

 宗次郎がそこまで口にすると、

「――ッ!」

 何かの気配を察したのか雪野が急に立ち上がる。雪野が教室の入り口に素早く目をやる。

「どうした?」

 その様子に宗次郎が慌てて後に続いて入り口に目をやった。

「この気配――敵!」

 雪野がイスを後ろに蹴飛ばしながら身を前に傾け机の間を走り出す。

「敵? 誰もいねえぞ、千早!」

 誰の姿も見えない入り口。

 そこに向かって駆けていく雪野の背中に宗次郎が呼びかけると、

「――ッ!」

 その背後で窓ガラスが音を立てて割れた。

 それは二人が心配げに見つめていた――まさにその窓際の席の窓ガラスだった。

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