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六、復讐者 19

「結局、折り返しの電話はなしか……分かってたけど、ダメな人ね……」

 その少女は深々と腰掛けた座席でため息交じりに呟いた。その少女の向こうを景色が流れていく。

 少女は移動する車内にいた。ゆったりとした座席が並べられた鉄道車両の中だ。高速鉄道のいわゆるグリーン車の窓際の座席に少女は慣れた様子で深々と腰掛けていた。

 少女の右の手の中にはホーム画面を表示した携帯が握られている。画面のライトが少し暗くなっていた。電話の返信もメールの着信も、しばらくその携帯にはなかったことがその暗くなった画面が物語っていた。

 車内の席は満席だった。だが少女の隣の席だけがぽつんと空いている。そこには少女のものと思しき旅行カバンが無造作に置かれていた。少女が座席を二つ予約してカバン置きに利用したようだ。その証拠に少女は巡回に回って来た車掌に、カバンの横についたポケットから二席分のチケットを空いていた左手で抜き出し差し出して見せる。

 二座席を一人で独占する少女は車掌に見せたチケットを懐に戻そうと左手をカバンのポケットに差し入れる。だが左手は利き腕ではなかったのか、元の場所にはその左手ではうまく戻せなかった。しかし右手は離せないと言わんばかりに少女は左手でチケットを強引に捩じ込む。

 チケットを戻した少女は深く腰掛けた座席で携帯を持った右手を真っ直ぐに伸ばしてその画面を見つめる。

 見たくて見ている訳ではない。そうとでも言いたげに少女は目を細めて、己のアゴを殊更上に持ち上げて画面を下に見るようにそのモニタを見つめた。眉間には軽く皺が寄せられ鼻は少し膨らませている。口元にいたっては固くつむられた上に左の頬で口角をくっと上げていた。

「……」

 少女はその不機嫌な面持ちを崩しもせずに携帯の画面をしばし見つめる。気乗りはしないが連絡を待っている。そうとでも言いたげに少女は離して持った携帯から不快げに歪めた視線だけは離さなかった。

 少女がしばらくその画面を眺めていたことを証拠づけるように携帯からふっと完全にライトが落ちてしまう。

「……」

 少女は直ぐさま携帯の画面に指を走らせ電源を復活させる。手早くそのままその指を動かしてロックを解除するが勿論電話やメールの着信はない。

「たく……」

 少女はようやく目を携帯から離しブラウスの胸元のポケットに突っ込んだ。不機嫌なその目の色はそのままに気だるげに身を窓に寄せる。少女は携帯をつっぱるように持っていた右手で己のアゴを支え、窓枠にヒジを着いてその外を眺めた。

 トンネルに車両が入り窓の景色が写り込んだ車内の様子に取って代わる。

 光の乏しくなった窓は黒いガラスにうっすらと少女自身の姿も暗く写し出す。

 己の顔を不意に見せつけられる形になった少女はその特徴的なやや吊り目の目で己の瞳を覗き込んだ。

「キラリティに、エネンチオマーって感じね……あなたは……」

 少女は窓に写った暗い己に語りかける。

 トンネルは随分と長かった。少女は写り込んだ自分の頬を左手を差し出して触ろうとする。

 勿論窓に写り込んだだけの己の頬にその手は届かない。コツンという小さな音とともにその手の動きは見えない壁に阻まれる。同じように差し出されてきた写り込んだ左手に拒絶されたかのように、少女は本物の左手の指先はそこで止まる。 

「似ているのに……決して重ならない……右手と左手……」

 ガラスに写り込んだ左手はその鏡のような世界では右手に見える。

 少女はそのまま重ならない己の左手と鏡の中の右手をじっと見つめる。

 己の写り込んだ姿の向こうをトンネル内の照明が少女を貫くように流れていく。

「……」

 少女はもう一度己の写り込んだ瞳を覗き込む。そこには先程までの不機嫌な色が抜け、やや目もとの緩んだ己の瞳が見える。

 わざと不機嫌を装っていたのかもしれない。少女は考え事をしている内にその目元から力が自然と抜けていた。そこに写っていたのは年相応の少女の柔和な顔だ。

「ふん!」

 その様子に少女自身が驚いたように鼻を鳴らしたのと、少女の穏やかな顔を一瞬写し出した窓が光を取り戻したのは同時だった。

 長いトンネルは終わったようだ。それでもまだ山がちなのか直ぐに次のトンネルに入る。

 そこに写ったやはり不機嫌に目を細めた自分自身。少女はその己の姿に視線を鋭く投げつける。まるでその視線で己の顔をその表情にピン留めしようとしたかのようだ。

 トンネルは短く幾つか続いた。その度に明るい外の光と、暗いガラスに写った己の姿が交互に現れる。

 不快感をあらわにした表情に戻った自身の姿。その姿は外が暗くなる度に何度も写し出された。

「待っていてね……お姉様……可愛いくって憎くて仕方がない妹が会いに行くわよ……」

 幾つか続いた短いトンネル。

「あなたと私は鏡像対掌性……決して重ならないエネンチオマー……」

 トンネルの最後に写ったのは一際憎悪に目を剥いた自分。

「一人で逃げ出して……絶対に許さないんだから……」

 そのことに満足したのか少女は光を取り戻した車内で一人ほくそ笑んだ。


(『桐山花応きりやまかのんの科学的魔法』六、復讐者 終わり)

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