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一、科学の娘12

 ――敵ペリよ……人間を逆恨みする者の末路ペリ……

 花応の脳裏にジョーの言葉が甦る。 

「そうよ! 敵でしょ? 私達は!」

 スライム状となった天草が右手を振り上げた。

 それは人間にはあり得ない程のしなりを見せながら、保健室の天井に一度ぶち当たる。

「――ッ!」

 花応はその様子に立ちすくんでしまう。

「桐山さん! 危ない!」

「キャッ!」

 花応は己を襲った衝撃に思わず悲鳴をあげた。

 だが花応は己の身に何が起こったのか分からなかったようだ。

 気がつけば千早に覆い被さられ、自身は保健室の床に背中から倒れている。

「何? どうなってるの!」

 花応は己の状況を把握せんとか、千早に上に乗られたまま慌てたように首をめぐらせた。

「ぐ……」

 だが視覚よりも先に、その耳に千早のうめき声が届けられる。

「千早さん!」

 花応が目を剥く。

 千早の制服の背中が、斜めにばっさりと破けていた。

「いたた……やっと……名前で呼んでくれたね……」

「何言ってるの! あなた……私をかばって……」

 花応が千早を支えながら立ち上がろうとする。

「……」

 その向こうでは、スライム状の腕を振り回す天草の姿があった。

「今度は友情ごっこ? そんなのは、二人でやって! 私は独りがいいの! 私は放っておいて欲しいの! 私は――」

「く……」

 花応に支えられてやっと立ち上がった千早。そのまま苦痛に声を漏らしながら、手近にあったパイプイスに手を伸ばした。

「ちょっと……戦う気? こんなの異常よ! 先生を――ううん、警察を!」

「……」

 花応に答えず、千早は今度も花応をかばわんとしてか、無言でクラスメートを背中に隠そうとする。

 天草がその透明な両手を異常な角度で振り上げた。人間の腕には曲がりようがない形に両手がしなる。

 天草の両手が完全に背中の向こうに隠れた。

「私は〝透明〟になりたかったの!」

 天草の右手が放たれた。



「――ッ!」

 千早のハイプイスはなす術もなく弾き跳ばされる。

 続いて襲ってくる天草の左手。

「この!」

 千早がとっさに振り返り、花応に抱きついた。

「千早さん!」

 花応は一瞬で千早の意図を悟る。だが花応にはどうすることもできない。

「キャーッ!」

「――ッ!」

 花応は悲鳴を上げて、千早はあまりの痛みにか悲鳴も上げられずに吹き飛ばされる。

 二人を襲った天草のムチと化した左手。その衝撃を全て己の背中で受け止め、千早は花応の体をかばったまま宙を舞った。

「――ッ!」

 今度も衝撃を引き受けたのは千早だった。

 一階にあった保健室。その窓ガラスと窓枠を千早の背中で打ち破り、二人は保健室の外へと投げ出された。

 投げ出された先は校舎に挟まれた中庭だった。

「キャッ!」

 今度も小さな悲鳴を上げて、花応はその中庭に放り出される。

 流石に最後までは己独りで衝撃を受け切れなかったようだ。千早は空中で花応を手放してしまい、二人して地面に転がっていく。

 校舎中の窓が開けられていた。

 この少し前から起こっていた物音。それを不審に思ったのだろう。生徒や教師達が三々五々窓から顔を覗かせていた。

「マズいわね……」

 千早はそう呟くと、よろめくように立ち上がる。それでいて更なる攻撃に立ち向かおうとするかのように、倒れたままの花応をやはり背にかばいながら保健室に向き直る。

「ちょっと……逃げないと……」

 花応がようやく立ち上がる。

「そうね。桐山さんは逃げて。ここは私が何とかするわ」

「なっ? 何を言ってるの! こんなのあり得ないわ! あなたが何とかできる訳ないじゃない!」

 壊れた窓の向こう。半透明になった少女のシルエットがゆっくりとこちらに歩いてくるのが見える。

「そうね。〝今の〟私には少々きついかもね」

 千早が目を細めてその様子を見つめた。

「だから――」

「だからって逃げる訳にはいかないの――あの子、借りるわよ」

 千早が花応にかぶせるようにそう言うと、キッと鋭く上空を見上げた。

「へっ?」

 花応もつられて視線を空に向けると、

「ペリ! 花応殿! 大丈夫ペリか?」

 慌てた様子で滑空してくるジョーの姿が目に飛び込んでくる。

「あんなペリカンに何ができるっての? そうだ! てかね、あんまり信じられないけど、その……ままま、魔法少女ってのが、本当にいるらしいのよ!」

「……」

「信じてって! 私だって言ってて恥ずかしいんだから! あいつが捜してたの! ほら、さっきしゃべってたでしょ? あのペリカン! あいつ自体があり得ないのよ! あのジョーって子が〝ユキノ〟って人を――」

「ユキノ?」

「そうよ! ユキノって人が魔法少女で、敵をやっつけてくれるって――」

「雪野は――私の名前よ」

「へっ?」

「千早雪野よ、私の名前は。桐山さん、やっぱり私の名前知らなかったんだ。ちょっとがっかり」

「へっ? へっ? へっ?」

「ペリ! 雪野様ペリか? 感激――」

 ジョーが涙を流しながら空を滑り落ちてくる。

「話は後! 不思議生命体のジョーね? ジョー! 〝アレ〟をお願い!」

 千早が迫りくるジョーに手を差し出した。

「ペリ!」

「やっぱり、あなた! 私の敵じゃない!」

 天草が窓の向こうで右手をふるった。

「――ッ!」

 花応には何が起こったのか分からなかった。

 ジョーと天草の攻撃。それらが千早の目の前で交錯した。

 その衝撃に花応は思わず目をつむってしまっていたからだ。

 花応が目を開けた時には、天草の右手が打ち払われたかのように弾き返されていた。

「ペリ……」

 ジョーはアゴを外さんばかりに開いて、地面に激突している。

 そしていつの間にか手にしていた魔法の杖らしきものを構え、

「そうよ……私の名前は千早雪野。お恥ずかしながら、魔法少女――ま、『元』だけどね」

 少々はにかみながら千早は――千早雪野は、花応に振り返り優しく微笑んだ。

2015.12.19 誤字脱字などを修正しました。

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