六、復讐者 14
「ふふん」
と花応が楽しげに目を輝かせれば、
「何をそんなに自慢げなんだ?」
宗次郎はげんなりとその様子にやや上半身を後ろに退いた。
「何? 質問はそれなの、河中? もっと科学的に、聞きたいことがあるんじゃない?」
「いや、まずはそこだろ?」
「ふん! 愚問ね! 我が家に来て、科学的におもてなし中なのよ。ホストが笑顔で何が悪いのよ?」
「超絶自己満足の笑みが浮かんでるがな」
「むむ! ゲストを喜ばす為の笑顔よ! さあ、他に質問は?」
花応は何処までも自慢げな笑みを浮かべてドンと平手で胸を張る。
「質問って、お前な……」
宗次郎が困ったように視線を泳がすと、にやにやと笑みを浮かべている雪野と目が合った。
そのまま助けを求めるように相手を見つめる宗次郎に、
「ほら、色々と聞いてあげないさいよ。科学的に」
雪野は意地悪げに口角を上げて応える。
「酸化しやすいって、つまり錆びやすいことだろ? 錆びてちゃ、ジュースの缶には使えないだろ? どうなってんだ?」
一通り質問しないと話が進まないらしい。そのことを理解したのか宗次郎が口を開く。
「いい質問ね、河中!」
花応は待ってましたとばかりに更に目を輝かせた。
「お、おう……」
「アルミニウムは産出された時から酸化してるわ! いわゆるボーキサイトね! これを水酸化ナトリウムで処理して、酸化アルミニウム――アルミナを取り出すの! この後ヘキサフルオロアルミ酸ナトリウムと一緒に溶かして電気分解をするね! この時の電力がさっき問題になった話ね!」
「ヘキサ……ヘキサなんだって?」
「ヘキサフルオロアルミ酸ナトリウムよ!」
聞き慣れない単語をすらすらと口にする花応に、
「ヘキサフルおろおろ……」
宗次郎はおろおろと聞き返す。
「ヘキサフルオロアルミ酸ナトリウム! いわゆる氷晶石ね!」
「短い言い方があるなら、そっちを教えろよ。まあ、そのひょう何とかも知らないけど」
「氷晶石よ! ハロゲン化鉱物ね! 見た目が氷に似てる上に、グリーンランドで見つかってるから最初は溶けない氷かと思われたわ! それなりに希少な鉱石なの! でも今は安価な蛍石から作る合成品で代用してるから大丈夫!」
「お、おう……」
「で、勿論製造した後も取り外した酸素とは、もう一度くっつこうとするわ! 酸化ね!」
「酸化させない方法でもあるのか?」
「違うわ! むしろ酸化することで酸化アルミニウムの膜ができて、中は侵されにくくにくくなるの! いわゆる皮膜の自己補修作用ね! よくできてるでしょ?」
花応はまるで我がごとのようにふふん鼻を鳴らして胸を張る。
「お菓子とってきて、ジョー」
「ペリ」
その様子に長くなると見たのか雪野は缶ジュースの続きに手をつけ、ジョーはテーブルを離れて食器棚に向かった。
「そうか……まあ、そうだな」
「でも、油断は大敵!」
花応がびしっと宗次郎を指差した。
「お前はアルミニウムの寄り合いか何かの広報官か?」
そのあまりに自慢げな様子に、宗次郎は噴き出しそうになる笑みを不機嫌を装って隠して聞き返す。
「何よ、アルミニウムの寄り合いって? 勿論協会ならあるわよ」
「そ、そうか」
己の突っ込みに真面目に返された宗次郎。その困惑に目を泳がせた視線の先に、ポテトチップスの袋を抱えたジョーが戻ってくる。
「ちなみに、そのジョーのポテチの袋も、アルミニウムが蒸着されているの。アルミの蒸着袋は気体遮断性、防湿性、遮光性に優れてるから。こういうスナック菓子の封入にはもってこいなのよ」
花応が席に着いたジョーの手元の袋を指差して捲し立てる。
「そうか」
「そうよ! で、酸化しやすいってのは、欠点なんだけど。一番気をつけないといけないのは、一気に酸化するような時ね。アルミニウム粉のような粉末のアルミニウムは、可燃物で粉塵爆発を起こす可能性があるの。インゴット状なら皮膜が酸化から守ってくれるけど、粉末じゃあそうもいかないからね。アルミニウム粉は条件によっては、第2類危険物よ」
「ふうん。粉塵爆発ってのは、都市伝説か何かの類いじゃないのか?」
「むむ、開かない……」
両手が包帯で巻かれているせいかうまく袋を開けられないらしい。雪野がポテトチップスの袋を開けようと、袋の開封口を左右に引っ張りながらその場で固まる。
「違うわ。そりゃ、身近な穀物粉をばらまいて爆発――てのは単純過ぎるでしようけど。元より燃えやすいもの――例えば炭坑の粉塵なんかは、ちゃんと対処しないとダメなのよ」
「お前の家にはないんだろうな?」
「あるわよ。アルミニウム粉ぐらい」
「あっさり『ある』とか言うな! 爆発物がある一般家庭――」
宗次郎が慌てたように部屋のあちこちや廊下の向こうに顔を向けと、
「――ッ!」
ボンッという爆発音がテーブルの上に鳴り響いた。
「きゃっ!」
「おわ!」
その爆発音に花応と宗次郎が喚声を上げてイスから飛び上がると、
「ご、ゴメン……」
一気に全開に開いてしまったらしいポテトチップスの袋。音を立てて開いたその袋から、中身をテーブルにぶちまけた雪野がぽつりと謝った。