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六、復讐者 9

「たく、アヒル声のスプレー缶には、酸欠防止用の酸素が混ぜ物で入ってるって、さっき公園で言ったでしょ?」

 花応の部屋のダイニング。部屋の主は居候のペリカンの脇腹を足の先で突いた。

 花応に頭を小突かれ気を失うように床に崩れ落ちたジョー。実際は目が回っただけだったようだ。脇に立つ花応にぞんざいに足先を脇腹に入れられるや、ごろんと技らしく床に転がった。

「ダメペリか……」

 ジョーが物欲しげに羽を嘴に突っ込みながら花応を見上げる。

「いじけてもダメよ。こればっかりは」

 花応はジョーの懇願の視線を無視する為にか大げさにお尻を着いてダイニングのテーブルのイスに腰をかけた。花応は雪野の隣に座り持って来た救急箱をテーブルに置いた。そのままやや乱暴にそのフタを開ける。

「うう……ヒーローに、なりたかったペリ……」

 ジョーは床に人間くさくヒザを着くと羽も人が悔しがるように床に叩き付けた。 

「あんなもん、もう一度買えばいいでしょ? 一本千円もしないわよ」

「ヘリウムって特別な物質じゃないの? 意外にお安いの?」

「特別な物質じゃないわ。宇宙で二番目に多いぐらいよ。地球じゃ天然ガスから取り出すのよ」

「ふうん」

「まあ、あれぐらいなら安いものね。風船用のボンベはもっとしたけど」

「じゃあ、買ってくれるペリか?」

 ジョーが希望に目を輝かせて長い首を伸ばす。

「むむ! そういえばもうネタバレしてるから、あんまり皆驚いてくれないわね。買っても無駄ね。やめときましょう」

 花応は包帯やヤケド用の軟膏を救急箱から取り出す。勿論その医薬品のラベルには『桐山メディカル』の文字が印字されていた。軟膏だけでなく救急箱の中に入っている全ての薬品には見える限り桐山の文字が踊っている。

「だ、そうよ。ジョー」

 花応に両手を差し出しながら雪野がジョーに微笑んだ。

「ペリ! ひどいペリ! 花応殿には、大した出費じゃないはずペリ!」

「うるさい! どんなにお安くっても、無駄な買物する気になんかなるか!」

「ペリ! ケチセレブペリ!」

「褒め言葉、ありがとう。お金持ちなのは否定しないわ。ケチなのものね」

 花応はジョーにブスッと口を尖らせながら応える。花応は粘着力のある包帯を雪野の腕にぐるぐると巻く。

「アヒル声になりたかったペリ!」

「日頃水鳥なのを否定してるくせに、そんなところだけプライドなしか!」

 花応がジョーにがなり立てると不意に携帯がテーブルの上で着信音を告げた。それと同時にバイブレーションが働き木製のテーブルの上でこちらも音を立てて震え出す。

「む……誰よ……」

 鳴り出したのはテーブルの端に置かれた花応の携帯だった。それはモニタを光らせて着信を主に告げるが、丁度花応達からは反対側に置かれており直ぐには誰からか確認できなかった。

「誰って、河中じゃないの?」

「そんなしょっちゅうしょっちゅう、かかってこないわよ」

 とる気がないのか花応は雪野の包帯を巻き続けた。

「河中殿ペリよ」

 携帯の横に立ち長い首を折り曲げてジョーが告げる。花応の携帯を取るのが自分の仕事と思っているのか、着信音が鳴り出したと同時に携帯を取りにジョーは歩き出していた。

「ほら、言った通りじゃない」

「別に、とる義理ないわよ」

 ようやく包帯を巻き終えた花応がぷいっと顔を不機嫌そうに背ける。

「いやいや、とりなさいよ。また誰かに襲われてるかもしれないし」

「そんなしょっちゅう襲われるわけ? どんなバカなの、あのバカは?」

「いや、まあ。確かにそうだけど」

「ふん、まあいいわ。ジョーよこしなさい」

 花応がさもめんどくさい言わんばかりに手を差し出した。

「ペリ」

「最初から素直に出ればいいのに」

「うるさいわね。もしもし……」

 花応は一度携帯を耳にあてると一言呼びかけたきり沈黙する。

「何?」

 その様子に雪野が不思議そうに眉間に皺を寄せた。

「えっと……」

「何? 何かあったの?」

 要領を得ない様子の花応の表情に雪野が思わず立ち上がる。

「何もないわよ! ジョー! 携帯よこすんなら、ちゃんととってからよこしなさいよね! 出れないじゃない!」

 花応が怒ったようにずいっと携帯をジョーに突き出した。そのモニタには今だ着信を告げるコール画面が表示されている。携帯を耳に当てただけでとってはいなかったようだ。

「ペリ! 出れないのは、花応殿だけペリよ! それにこの間、勝手にとるなって言われたペリよ!」

「うっさい、出ようと思えば出れるわよ! 何処よ! 何処押せばいいのよ! あっ! 切れた! ちょっとぐらい待ちなさいよ!」

「花応……今時の娘として、あなたそれで大丈夫なの……」

 眉間に皺を寄せて携帯とその向こうの河中に文句を垂れる花応を雪野が呆れたように見る。

「知らないわよ! 大事な用事なら、もう一回かかってくるわよ!」

「そして、もう一度とり損ねるのね?」

 雪野が呆れたように再びイスに腰を落とした。

「とれるわよ、本気出せば! ほら、来た――」

 花応の手の中で携帯が再度の着信を告げる。それは先の電話の着信音とは違ったメロディを花応の手の中で奏でた。

 その携帯にくわっと目を見開き親指に思い切り力を入れて花応が身構える。だが身構えたはいいが花応の指はその場で固まり一向に動かない。

「いい? とるわよ?」

「いや、私に断る必要ないから」

「ふん! 見てなさい――あっ、今度は直ぐに切れた! もう、せっかくとるところだったのに! バカにして!」

 そして花応の指がブルブルと震えるだけで何もできないうちに携帯はその着信音を終えてしまう。

「いやいや、それ多分メールの着信だから」

「メール? 何で雪野に、私の携帯のことが分かるのよ?」

「だって、さっきと着信音が違ったし。さっきのが電話なら、今度はメールでしょ?」

「そうなの? まったく、ややこしいわね」

 花応は携帯の操作を諦めたのか、そこまで口にすると無言でジョーに携帯を差し出した。

「ペリ……結局人に頼ってるペリ……」

「あんた水鳥でしょ?」

「不思議生命体ペリ」

 ジョーが花応の携帯に羽を伸ばし慣れた手つきでメールを呼び出す。

「ふん。非科学な生命体なんか知るか」

 花応が携帯を眼前に戻しメールに目を落とした。

「……」

 そして不意に硬直したように沈黙する。

「何? どうしたの?」

「何かよく分かんないけど……ありのままに説明すると……」

「ん?」

「速水さんに背中から胸を押し付けられて、真っ赤になってるあのバカが写ってる……」

 そう告げた花応の口の端が痙攣したように一つ震えた。

「はぁ? どっから突っ込むのよ、その写真」

「さあ? 文章も。『当たってるッス! 柔らかいッス! 幸せッス!』とか、書いてあるんだけど」

「それ、どう見ても速水さんが打ってるんじゃない! 大丈夫なの?」

「さあ?」

 花応はそう応えると乱暴にイスから立ち上がり、

「『さあ』って、花応!」

「知らない! 『死ねば?』って、返信しておいて!」

 包帯塗れの雪野の手に押し付けるように携帯を手渡した。

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