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六、復讐者 8

「あはは! 河中、か弱いッスね!」

 速水の手が宗次郎の手首を捻り腕をねじ上げる。

「この……」

 宗次郎は痛みから逃れる為に時分から体を浮かび上がらせた。公園の地面から宗次郎はかかとを浮かせ自身の体重が腕に行かないように背を反らせる。

 だがその動きで更に宗次郎の動きは固められてしまった。ポケットから取り出した携帯電話を手に、宗次郎の腕は反った背にぴったりとつけられてしまう。

「ひっ……」

 その様子にヒザを着いていた氷室が腰を抜かしたかのように仰向けにひっくり帰った。

「……」

 速水はその氷室の情けない姿に一瞬だけ視線を投げつける。興味をもう失ったのか、笑みの形に細められたその元より細い目の奥から蔑むような冷たい光を向けた。

「いいこと思いついたッスよ」

 機嫌を取り戻そうとしてか、速水は宗次郎の耳元で殊更聞こえるように大きくそう口にする。そしてにやけた笑みを取り戻すや、宗次郎の手の中の携帯電話を取り上げた。

 速水の指が目にも止まらない早さで前後左右に動いた。

「おい……俺のなけなしの金で買ったケータイだぞ……」

「ふふん、貧乏はお互い様ッス。壊したりしないッスよ。おお! 河中のくせに、女子に結構発信してるじゃないッスか? まあ、例のお二人だけみたいッスけどね……」

 宗次郎の携帯の発信履歴を速水は瞬く間に呼び出した。そのまま見せつけるように宗次郎の前に突き出しモニタを向ける。

「かけてみるッスよ」

「こら!」

 河中が抗議に自由を奪われた体を暴れさせるが速水はびくともしなかった。

「ただいま呼び出し中ッス」

「どっちにだよ……」

「さて、どっちでしょうッスかね? ヒントは最後の発歴の方ッス」

「丸分かりじゃねえか……てか、あいつは出ねえよ……」

「何で分かるッスか?」

「あいつは、ケータイ苦手だからな……出たくっても、出れねえんだよ……」

 宗次郎は携帯を取り戻そうと掴まれていない方の左手を必死に肩に伸ばす。その顔は捩り上げられ腕の痛みと、そこから逃れようとする力みで真っ赤になっていた。

「はぁ? 今時の女子ッスよ、あの娘も? ケータイ出れないとか、マジありえないッスよ」

 口元を懐疑に軽く歪めて速水は首だけ傾けて宗次郎の手から携帯を逃れさせた。

「知るか……本人に言えよ、そういうことはよ……」

「確かに……出ないッスね……河中が嫌われてるだけじゃないッスか?」

 速水が呆れたように電話を切る。

「かもな……」

「むむ、興ざめッスね……まあ、いいッスよ……」

 速水は宗次郎の腕を固めたまま携帯を二人の前に突き出した。その内蔵のカメラでぱちりと写真を撮る。

「おい、何だよ?」

「仲良し写メ。送っていてあげるッス。河中は女子に胸を当てられて、大喜びッスって文面で」

 そこまで口にすると速水は宗次郎の腕をどんと突き放した。

「あのな!」

 前に突き飛ばされバランスを崩し、たたらを踏みながら宗次郎は二歩三歩と前につんのめる。だが痛む腕をさするよりも、バランスを取り直すよりも、真っ先に後ろに振り返るや携帯を取り戻さんと手を伸ばした。

「遅いッスね!」

 やはり高速で打鍵した速水の手元からメールの発信音が軽やかに鳴り響く。

「あ、てめえ!」

 その様子にことの遅きに失したことを悟った宗次郎の身が固まる。

「何を焦ってるッスか?」

 速水はそんな宗次郎に向かって携帯を山なり放って投げ返す。

「何ってお前! 一度送ったメールは、引っ込められないんだぞ! それぐらい知ってるだろ?」

 宙を放物線を描いて返ってくる高価な精密機器。それを手の中でお手玉のように二三度バウンドさせて宗次郎は何とか掴んだ。

「知ってるッスよ」

「だったら――」

「『だったら』何ッスか? 〝敵〟かも知れない人間に――」

 速水の細い目がすっと更に細められる。

「背後を取られていたピンチから逃れられた――そんなことより大事なことッスか? それ?」

「な……」

 速水の視線を受けて宗次郎は思わずか息を呑み込む。

「自分、まだ敵とも味方とも言ってないッスよ」

「敵とか、味方とか……それ以前にクラスメートだろ?」

「クラスメートと、敵も味方もイコールじゃないのは、河中だって知ってるッスよね……」

「お前な……」

「……」

 宗次郎と速水が柔らかい陽の光を媒介に、互いの目の奥の光を鋭く覗き合う。

「ふふん……まあ、いいッス……ヤケド野郎の情けない姿見たッスから。今日のところは満足ッスよ」

 速水は鋭く細めていた目を笑みの形に緩める。

「ひっ……」

 その言葉に軽く悲鳴を上げて氷室がようやく立ち上がった。

「仕返しは終了ってか?」

「そうッスよ。復しゅうする気も起きないぐらい、こてんぱんに仕返ししてやろうと思ってたッスけど――」

 速水は氷室を軽く横目で一瞥する。

「そんなタマでもなさそうッスね」

 速水はそうとだけ告げるとくるりと身を翻した。無防備に背中を宗次郎と氷室に向けるや速水はそのまま歩き出す。

「速水!」

「帰るッス! これからバイトッスから! 今度はストーカーとか、なしッスよ! そうそう――」

 己の背にかけられた宗次郎の呼びかけに手だけ上げて陽気に応え、

「写メの言い訳、考えとくといいッスよ!」

 速水は最後まで二人に振り返らずに公園を後にした。

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