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六、復讐者 7

「速水! お前、何を?」

 宗次郎が公園のベンチから思わず立ち上がる。だが相手の力を警戒してか完全には立ち上がらない。宗次郎はいつでも飛びかかれるかのように中腰で身構えた。

「何って? 笑いに来たッスよ! この間一方的に攻撃して来たッスからね! その仕返しッスよ!」

 速水は己の腕に更に力を入れながら陽気に答える。その目は相変わらず笑みに細められ無邪気なまでに嬉しげに光っている。まるで舌なめずりでもしている狐か何かのような表情だ。

「うう……んん……」

 反対に速水に口元を塞がれた氷室が苦しげに唸る。氷室は両手を速水の腕と己の顔の隙間に差し入れこじ開けようともがいていた。その額に冷や汗が滴り落ちる。

「『仕返し』? とにかく――氷室を放せ!」

 宗次郎が曲げていた足を一気に伸ばして飛びかかる。

 速水は済ました顔で身を翻した。不意打ちをした筈の宗次郎を軽くかわす。それはまるで飛びかかる為の場所を開けたかのような滑らかな動きだった。

「くそ! 例のスピードか?」

 まるで飛びかかる前から避けたかのような速水の動き。宗次郎は首を避けた速水に慌てて向け直し舌打ちをしながら構え直す。

「『離せ』って、何故ッスか?」

「だから、やめとけって……マジ、苦しそうだろ……」

「仕返しッスからね。これぐらい苦しんでもらわないと、ダメッスよ!」

 速水はケラケラと笑う。その間一度も氷室の方に視線を落とそうともしなかった。

「あのな……」

「ふふん……楽しいッスね! 力のない人間をいたぶるのは!」

 速水は更に腕に力を入れた。

 その腕の中で氷室が更に苦しげに唸る。その腕はあらん限りの力を込めたせいか真っ赤になっており、その顔は酸素が回らずに真っ青になり始めていた。

「くそ……」

「あはは! ギリギリまで頑張ってみるッスよ!」

「『ギリギリ』って、てめえ!」

「あはは! 河中! 人の心配とは、お人好しッスね! でも、どうすることもできないッスよね?」

「く……速水……一つ言っといてやるよ……」

 氷室の顔は見る間に真っ青になっていく。その様子に軽く息を呑んで宗次郎がゆっくりと口を開く。

「何ッスか?」

「胸に――当たってるぞ……」

「はぁ?」

 速水が宗次郎の言葉に不意を突かれたのか素っ頓狂な声を上げる。

「いいか、速水! 男子ってのはな! そんな状況でも、女子の胸があたってりゃ、そりゃ嬉しいもんなんだよ! 分かるか? つまりお前のは仕返しになってないってことだ! 残念だったな!」

「あはは! アホッスね! 流石、河中! バカバカしい! バカバカしいッスよ!」

 速水が目の端に涙を溜めながら氷室を離した。そのままこちらに背中を向けた氷室の肺辺りを文字通り突き放すようにどんと押した。

「くは……」

 速水に解放された瞬間に氷室は空気を求めて大口を開ける。最後に背中を突かれたせいで肺がうまく空気を吸ってくれなかったようだ。氷室は水面に口を突き出した鯉か何かのようにぱくぱくと何度か口を開け閉めして空気を求めた。

「大丈夫か、氷室? こっち来い!」

 先ずは空気を肺に吸い込んだ氷室は、腰も抜けんばかりに慌てた様子で速水から身を離す。その氷室に向かって宗次郎が手を伸ばして引き寄せてやった。

「男の友情ッスか? 気持ち悪いッスね!」

「うるせっ! こっちだって好きでやってんじゃねえよ!」

「かは……ゲホ……」

 氷室は宗次郎の手を掴むとその場でヒザを着いてへたり込む。

「マジで息できてなかったみたいだが? 速水、お前何処までやるつもりだったんよ……」

「何処までって――気が済むまでに、決まってるじゃないッスか」

「あのな! 下手したら死ぬぞ!」

「こっちは、乙女の柔肌ヤケドさせられたッスよ。直ぐに治ったッスけど、一生物の痕が残ったらどうしてくれたッスか?」

 速水が左手を前に出す。半袖のその腕には何処にもヤケドの痕らしきものはない。

「『すぐに治った』?」

「おっと、お肌が直ぐに治ったからって、機嫌までは直ぐには直らないッスよ!」

 速水は次の攻撃の様を想像したのかもう一度厭らしい笑みを浮かべる。

「ふん……元々気分屋のくせに……機嫌ぐらいもう直ってるだろ……」

「否定はしないッスよ。確かに今の自分はご機嫌ッスよ。河中のバカっぷりのお陰でね」

「そりゃ、どうも……」

 宗次郎は速水に答えながら己のお尻に手を回した。そのままゆっくりとズボンの尻ポケットに手を突っ込む。

 宗次郎は速水に見えない位置でポケットをまさぐったが、

「何をしてるッスか?」

 その速水が既に宗次郎の後ろに回り込んでいた。

「――ッ!」

 一瞬前まで己の目の前にいた女子生徒。それがいなくなったことも認識する前に、既に己の背後に立っている。そのことに宗次郎が声も出せずに息を呑んだ。

「この……」

「ははん、河中。男子のくせに、女子に応援を呼ぼうと思ったッスね?」

 宗次郎の尻ポケットから取り出されていた携帯電話。

 それをすっと取り上げて速水は宗次郎の目の前に持っていく。

 それと同時に宗次郎は後ろに回していた腕を力一杯捩り上げられ、

「――ッ!」

「あはは!」

 ご機嫌な笑い声を上げる速水に激痛とともに全身の動きを封じられた。

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