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六、復讐者 6

「あはは! 何これ?」

 雪野は花応の部屋のダイニングルームの入り口に立ち、その様子を見るやお腹を抱えて笑い出した。思わずその場で立ち止まり目の端に涙を浮かべてお腹を捩る。

 ダイニングの入り口で花応と雪野が立ち止まり、その後ろにジョーがついていた。

「うるさいわね……」

 花応はぷいっと雪野から顔をそらす。その顔は耳まで真っ赤になっていた。

 花応が目をそらした部屋で先ずは目に飛び込んでくるのは膨らまされた風船。紙の重しが吊るされたそれはテーブルや床から生えるように浮いていた。

 ダイニングのそこかしこに大量のパーティグッズが散乱している。テーブルには大量の化学薬品と実験器具も乱雑に置かれていた。

「何? 風船膨らませて、パーティグッズ買い集めて。どんなに盛り上げようとしてくれたのよ」

「うるさい。やってる内に、何処でやめればいいのかよく分からなくなったのよ。ひとまずお茶入れるから、そこに座ってて」

 花応は頬を膨らませたままダイニングの中に入る。そのまま真っ直ぐ冷蔵庫に向かった。

 ジョーがその後をペタペタと水かきのついた足を鳴らして。花応がお茶の入ったビンを探して冷蔵庫に上半身を覗き込ませると、ジョーは棚から器用にその水鳥然とした手でお盆を取り出す。さらに慣れた手つきでガラスのコップも棚から出すとその上に並べ始めた。 

「まあ、それはいいわ。この薬品らしきものと、実験器具は何よ?」

 雪野はダイニングのイスに軽く腰掛けた。

「ペリ。花応殿は雪野様を喜ばせようと、色々実験してたペリ」

「余計なこと言わないでいいの」

 ジョーがお盆を差し出すと花応がその上のコップにお茶を注ぐ。

「実験?」

「そう。科学的な現象を色々見せてあげようと思ったのよ」

「それで実験までして」

「ジョーが実験台になったペリ」

 テーブルに戻って来たジョーが真っ先に雪野の前にガラスのコップを置いた。

「別に、実験しなくたって結果は火を見るより明かなんだけど。一応予行練習してただけよ」

 花応が部屋を出て行こうとする。

「花応、何処行くの? 座ってれば」

「あんたの手の手当ても必要でしょ? お茶飲んで落ち着いてなさい。今包帯とか持ってくるから」

 花応が廊下の向こうに消える。

「ふーん。ジョー、どんな実験してたの?」

 暇になると見たのか雪野がジョーに話を振った。

「ジョーをヒーローにする実験ペリ」

 ジョーは誇らしげに胸を張りながらテーブルの一角からスプレー缶を取り出す。

「それ。花応がさっき使ってたやつね」

「そうペリ、雪野様。これでジョーはアヒルになってヒーローになるペリ」

 ジョーがスプレー缶を嘴の端に突っ込んだ。

「既にペリカンでしょ? 今更アヒルになるの?」

「ジョーはペリカンじゃないペリよ。声だけアヒル声になるペリよ。ペリ? 無くなってるペリ……」

 ジョーはスプレー缶を嘴から取り出した。噴射のレバーを押しながらその中を覗き込もうとする。だがそこからは何も噴射されなかった。目を何度かぱちくりと開け閉めして、ジョーはその中を覗き込もうとする。

「さっき使っちゃったからね。公園に捨てておかずに、部屋にとりあえず戻したやつでしょ、それ? 空っぽの筈よ」

「ペリ……雪野様を喜ばせようと思ったペリのに……」

 ジョーがしょんぼりと長い首をうなだれさせた。

「別にいいわよ」

「ペリ! それじゃ、ジョーの気が済まないペリ! そうだペリ!」

 ジョーは何か思いついたらしく、うなだれていた首をしゃんと伸ばし直す左右に振った。ジョーの首が何かを求めて左右に揺れる。

「あったペリ!」

 ジョーは一つ羽を羽ばたかせると部屋の入り口横へとと文字通り飛んでいく。

「こら、ジョー! むやみに部屋で飛ぶなって言ってるでしょ! 羽が散らかる!」

 その様子に丁度ダイニングに戻って来た花応が元々吊り目なまなじりを吊り上げた。その手には救急箱らしき四角い木製の箱を持っていた。

「ペリ! これは雪野様に、一刻も早く喜んでもらう為ペリよ!」

 花応の隣に降り立つ形になったジョー。ジョーはその横に置かれていたビールダル大の大きさの鉄の塊に向かって首を折る。

「何する気よ?」

「花応殿がスプレー缶を使い切ったから、ジョーはヒーローになれないペリ」

「はぁ? アヒル声になるヘリウムのスプレー缶のこと? もうないわよ。何本も買ってないわよ。もったいない」

「しかしペリ! 花応殿の数々の実験につき合わされたジョーは知ってるペリ! この――」

 ジョーは鉄の塊を頼もしげに叩いた。それはジョーが先に戦いで戻した使い残したヘリウムのガスボンベだった。

「このボンベには同じ〝ペリウム〟が入ってるペリ!」

「ヘリウムよ、ジョー……」

 花応が何故か救急箱を頭上に持ち上げる。

「同じペリ! 同じモノが入ってるなら、こっちを吸っても――」

 ジョーがヘリウムのガスボンベのバルブに手をかけた。

「同じペリ!」

 しゃきっと胸を張りジョーは勢いよく嘴をガスの噴射口目がけて突き出した。

 ジョーが今まさに嘴で噴射口をくわえんとした時、

「同じ――じゃないわよ!!」

 花応が持ち上げていた救急箱を勢いよく振り下ろし、木製の底をジョーの頭に叩き付けた。

「――ッ! ペリ!」

 ジョーが目から火花を散らして首をのけぞらせる。

「こういうのは、ヘリウムがほぼ100パーセントなの。そのまま吸ったら酸欠で倒れるわよ。下手したら死んじゃうわよ」

「そうなの、花応?」

 黙って見ていた雪野がジョーの様子を見ながら訊いた。

「そうよ。アヒル声用のは、同じヘリウム缶でも酸素がわざと混入されてるの。だから吸っても大丈夫なの」

「ふーん。考えられてるんだ」

「そうよ。科学的にね」

 花応が目をつむって自慢げに胸を張ると、

「でも、花応……」

 雪野が言い辛そうにその花応に呼びかける。

「何よ?」

 花応が呼びかけれて目を開けた。

「結果は同じ――みたいよ」

 雪野が困ったように頬を指で掻きながら花応に振り返ると、

「ペリ……」

 ジョーが目を回しながらダイニングの床に倒れていった。

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