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六、復讐者 5

「君は、ついていかないの……」

 ベンチにうなだれるように座り氷室はポツリと呟いた。全身を覆っていた防寒具は既に脱いでおり、ベンチの脇に丸めて放り置かれていた。

 やや傾いた昼の陽射しがうつむいた氷室のうなじを照らす。

「別に……ついてく理由なんてねえよ……」

 氷室の横で四肢を無造作に投げ出すように座った宗次郎が答えた。

 宗次郎は両の足を億劫げに組んで座りベンチの背もたれに両腕を拡げて預けていた。腕をだるげに伸ばしてもその指先は氷室に届かない。二人はそんな距離を取り同じベンチに座っている。

「……」

 うなだれ下を向く氷室。地面に突っ伏すことはやめたがまだ顔は上げられないようだ。氷室は宗次郎や前を通り過ぎていく人びとの視線から逃れようするように虚ろに地面だけを見つめる。

「……」

 宗次郎もまた相手の顔を見るのはバツが悪いようだ。一度チラリと氷室の方を窺うが、すぐに反対側へと首ごと目を向けた。

「……」

 二人は同じベンチに座りながら、互いにまったく別の方に顔を向けしばらく無言で陽にあたる。

「僕のことを心配してくれてるの……」

 氷室が不意に俯いたまま口を開いた。

「まあ、心配してないってことはないけどよ……」

「そうだよね……心配なのは僕がもう一度、あの娘達にちょっかい出すことだよね……」

「まあ。それはある」

 宗次郎が鼻の頭を掻いた。

「別に……もう完全にフられたよ……安心してよ……」

「そっちじゃねえよ」

 宗次郎は反対に向けていた顔を更に反対側に捻る。

「……」

 氷室は一切顔を上げようとしない。

 二人は何をする訳でもない時間を同じベンチの上で別々の方向を見て過ごす。

 完全に元の静寂と喧騒を取り戻した市民の憩いの公園。土曜の午後を各々に過ごす人びとが二人の前を通り過ぎていく。

「俺が残ったのは、確かにお前があいつらを、もう一度襲ったりしないかどうかってのが一番だ」

「……」

「で、これはついで。無駄だと思うが一応訊いておくよ――」

 宗次郎はようやく顔を正面に戻した。そのまま深く後ろに首を垂れ、横目で氷室を窺うように見る。

「〝ささやかれ〟た相手――だ」

「……」

 氷室は宗次郎の視線にも顔を上げない。

「実は俺も一度〝ささやかれ〟てな。丁重にお断りしたけど。あれは〝誰〟だと思う?」

 宗次郎は横目の視線を直ぐ戻した。そのまま垂れた頭で上空を見上げ、陽射しをまともに受けて眩しげに目を細めた。

「『誰』? 誰か具体的な人だって言うの?」

「『具体的な人』だろうよ。人間の言葉しゃべってたんだから」

 宗次郎は左手を曲げて額の上に持って来た。上腕で作り出した影で目を覆い空を見上げ続ける。

「僕には、分かんないよ。普通に家で勉強してたら、不意に耳元でささやかれたんだ」

「俺も同じだな。ま、勉強はしてなかったけど。で、お前で俺が知る限り、ささやかれたのはクラスでもう四人目だ」

「……」

「クラスだけでだぜ。一学年上の先輩もいたけど。それにしても同じ学校に五人だ。未確認なのが一人まだ校内にいるようだし。千早の周辺の人間が狙いを付けられているのは間違いない。だったら、具体的な誰かだろ? 意図とか意思とかを持った誰かだ」

 宗次郎は背中を気だるげな仕草で預けていた背を前に戻した。そのまま組んでいた両足も解き、立てたヒザの上に両の手首を乗せて前屈みになる。

 宗次郎は己の真剣さを現す為にかその姿勢で上半身だけ捻って氷室の方を向く。

「僕には聞き覚えのない声だったよ」

「そうか? 俺はどっかで聞いたことがあるような気がしたんだが」

「……」

 氷室はようやく宗次郎に顔を上げる。

「いや、誰って訳じゃないんだが……じっくり思い出してみると、何処かで聞いた気がするんだよな……」

 ようやく氷室と目が合った宗次郎は、相手の目の光を見ながらまるで己の内側だけ見ているように呟く。

「誰? でも、これだけ学校の人ばかり狙うとなると……」

「そう。勿論、この学校の生徒だろうな。先生かもしれないけど」

 宗次郎は己の考えにふけろうとしたのか、左手を口元に持っていく。そのまま自分の頭の中を覗こうとするように目を半目に伏して地面を見た。

 その地面ふっと人影が落ちる。

 一瞬前まで誰もいなかった地面に落ちる影――


「誰だって、いいじゃないッスか!」


 その影は上機嫌な笑い声とともに宗次郎の頭上に陽気な声を落とす。

「――ッ!」

 宗次郎は驚きにバネ仕掛けの人形のように顔を上げた。

 宗次郎は顔上げるや眩しげに目を細める。そこにいた人物は太陽背後に立ち、先ずはこちらも影としか分からなかった。

 影は二人分だった。

 細身の女子の影と、小柄な男子の影。

 男子は女子の腕に絡めとられているようだ。

 柔肌剥き出しの女子の細い腕に口ごと首を固められ、小柄な男子生徒は声も出すこともできずに手足をばたつかせていた。

 息もできない様子で暴れる氷室を片腕一つで押さえつけ、 


「こんなご機嫌な力、くれたんッスよ! あれこれ考えるなんて、野暮ッスね!」


 速水颯子が細い目を更に細めて立っていた。

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