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六、復讐者 4

「あら何よ、花応? 残念そうね」

 陽射しが柔らかくなり始めた花応のマンションへと向かう道すがら。雪野は信号待ちの交差点で笑顔で花応に振り返る。その目には冷やかしに細められながら柔和な曲線を描いた。

「別に……」

 楽しげな雪野に対して花応はぶっきらぼうに応えた。目線を雪野にも交差点の向こうに見え始めたマンションにも向けようとしない。立ち止まった足下では足の裏が苛立たしげに地面を軽く叩いていた。信号待ちの苛立ちではなさそうだ。

「ペリ。花応殿は明日、雪野様を驚かせたかったペリ」

 返事を渋った花応に代わってジョーが自慢げに羽を上げて答える。小柄の人の背丈程のあるペリカンが大人しく人間のように信号待ちをしている。その様子に同じく信号待ちをする人びとや、交差点を渡ろうとする通行人が一様に驚きに目を見開いた。

「驚かせる? 私を?」

「……」

「ペリ! せっかく雪野様達を呼ぶんだからと、張り切って――」

「ジョー! 黙ってなさい!」

 花応がジョーの水かきのついた足を踏んだ。

「ペリ! ジョーは素足ペリよ! 動物虐待ペリよ!」

 ジョーが大げさに羽を広げて痛がり、その様子が更に通行人の目を剥かせた。

「うるさい、知るか! こんな時だけ、動物面すんな!」

 花応は何処までもそっぽを向いて応える。

「ははぁん……でも、それだけ? 河中がついてこなかったから――とかじゃないの?」

 そんな花応の視線を追うように雪野は身を傾けて尋ねる。

「はぁ? 何であいつが、今日からついてくるのよ?」

 花応はようやく雪野に向き直ると軽蔑と警戒の入り交じった視線を向けた。

「さあ、何ででしょう?」

「ふん! ほら、ジョー! ご近所さんに見られるから、一人で先に帰ってなさい! 窓は開いてるから!」

 鼻を大げさに鳴らした花応が足を追い立てるようにジョーに振った。

「ペリ」

 ジョーが慌てたように羽を羽ばたかせて飛び立つ。

「流石にお泊まりはマズいよね! でも、別に今日も遊びに来てもよかったんじゃない?」

「あんたね……毎日遊びにこられて、たまるもんですか……」

 信号が青に変わり、花応が呆れたように歩き出した。

「毎日会いたいもんじゃないの?」

 雪野は後ろ手に手をやりながら楽しげ交差点に身を踊らせる。なるべく花応の視界に手が入らないように心がけているようだ。花応に先に行かせ自身はその少し後ろを歩いた。

「はあ? あんたは何でそう、あいつと私をくっつけたがるのよ?」

「楽しいから」

「本音が出たわね……」

 交差点は直ぐに渡り終わった。川端の幹線道路沿いに建つ花応のマンション。その見るからに高級なそうな外装過多な建物が周囲を圧する迫力で迫ってくる。

「あはは! それに、花応は可愛いもの。花応に熱を上げる男の子の一人や二人ぐらい、居てもおかしくないでしょ?」

「別に可愛きゃないわよ……それに実際は、熱を〝下げる〟男子だったし……」

 花応がげんなりとうなだれる。

「あはは! 花応が気にすることないって! それともあの子がまともに告白して来たら、オッケーしてたの?」

「それは……分かんないわよ……」

「『分かんない』って、判断できないってこと? 可能性があったってこと?」

「……」

 花応は今度も視線をそらす。

「考えたくないってところ? まあ、断るなら、断る理由が要るものね。その時、目に浮かぶのは誰でしょう?」

「知らないわよ」

「分からない。知らない。考えたくない。あは! 確かにそうね! 簡単に彼氏作る娘いるけど、出遅れ組みは何処までも気後れするわよね!」

「ふん……てか、テンション高いわね。何よ、さっきから? 随分と饒舌じゃない?」

 二人で話しながら歩くうちに花応のマンションの目の前まで来ていた。花応と雪野の後ろを自動車の大きなエンジン音と、河のせせらぎの小さな音が流れていく。

「むむ……一つ心配ごとが終わったからかな? あの様子じゃ、リベンジとかもなさそうだし」

 雪野が感心したように花応のマンションを見上げた。

「『リベンジ』? ああ、復しゅうするような性格じゃないでしょ、あの子は」

「そうね。まあ、終わりよければすべてよし! All's well that ends well――ってね! ん?」

 雪野はそこまで口にすると不意に鼻を引きつらせると背後を振り返った。

「どうしたのよ?」

 先にマンションのエントランスに向かっていた花応がこちらも不思議そうに振り返る。

「何か、今……変な臭い匂いが……」

 雪野は道路とその向こうに並ぶ河川敷に目を凝らす。だが特に変わった様子はない。只車と人と、その向こうに河が流れるだけだ。

「何よ?」

「こういうのって、何て言うだっけ? ほら? 工作の授業の時とかにする匂いで……」

 雪野は目を怪訝そうに細めながら呟く。

「はぁ? 排気ガスの匂いじゃないの?」

「いや、もっと何て言うか……こいうのを言うのに、何か普段使わない言葉があったはずなんだけど……思い出せない……」

「あんたね、いくら魔法少女だからって、鼻利き過ぎよ。私は何も匂わないわよ。いつもの幹線道路の匂いだけよ」

「そうかな……確かに一瞬だけだったけど……」

「ほら、入るわよ。置いてくわよ」

 花応が構わずマンションのエントランスに入っていく。

「あ、待ってよ!」

 雪野が花応の背中を慌てて追う。雪野は一度エントランスで振り返り、道路と河川敷を見渡すが不審なところは見つけられなかったようだ。雪野は首を大きく一つ捻ると花応が乗り込むエレベータに慌てて追って入った。

 そのエレベータのドアが閉まった。

 そしてその様子を確認したかのように、幹線道路のその向こう――

「……」

 河川敷の黒い砂がふっと持ち上がり人の形を一瞬形作るや霧散した。

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