ただ春を待つ
王道恋愛物です。
“いつも仲良くて良いよね”
高木和哉からそう言われると、少し胸の奥がチクリと痛み憂鬱な気分になる。私が仲良くしたいのは本当は君なの。でも、一度意識をしたら勇気が出なくてさ。きっとこれは恋なんだ。
自覚したのは12月の始め。中学最後の冬。受験が近いとは言っても、そんなに緊迫したような空気はない。北関東の片田舎では、本命は公立高校、落ちても滑り止めの私立がある。うちのクラスが変わっているのか、いまだ『どうにかなるか』の精神でいる。
誰も聞いていない退屈なサトセンの授業を受けながら、そんなことを呆けて考えていると、後ろの席の奈美から背中をノックされた。
「亜紀、土曜日ちょっと付き合ってくれん?」
「んーどっか行くん?」
「いやさ、さっきの休み時間にカラオケ行かないって話が出てさー。宮原とかもくるし、亜紀もどうかなって」
「んー考えとく」
「オッケー」
カラオケは行きたい。けれど男子が来るのかと思うと、少し恥ずかしい気がする。宮原直樹とは生まれた時からずっと一緒に過ごしてきただけあって、気兼ねなく話せる男子。だったけど、中学3年生ともなれば距離は出来る。
放課後、いくら『どうにかなるか』の精神でいても、受験シーズンには変わりない。放課後の教室にだらだらと残っている生徒は少なく、推薦が内定しているか、余裕がある人だけだ。私もその一人だけど、マイノリティーであるが故に、少しクラスメイトとは壁を感じている。
慌てる理由もなく、何となく真っ直ぐ家に帰るのも嫌で、意味もなく学校に残ってはいるが、やりたい事もない。教室にいるのが無性に居た堪れなくなって、足が自然に体育館に向かった。だん、だん、と体育館からバスケットボールが弾む音が聞こえ、ちょっと前までは楽しかったな、なんて思いが胸に入る。
地区予選2回戦敗退。残った結果はそんなもの。部活尽くしの3年間の集大成としては、少しばかり寂しいけれど、過ごした3年は青春そのもので、情熱も友情もバスケットボール部を中心に回っていた。だから、引退した今は何か物足りない。
後輩たちの様子を覗こうかと思ったけれど、無意味に気を使わせてしまうから、それはやめておいた。私の居場所がないからと後輩たちを利用するのは違う。体育館裏の非常扉前に座り、規則正しいボールの音を聞き流しながら溜息を吐く。
雪が降るような地域ではないけど、山から降りてくる風が、実際の気温以上に寒さを感じさせる。冷たい頬を冷たい手で温めながら物思いに耽っていると、誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえてくる。
「お、斉藤じゃん」
「や、高木くん」
高木くんは無遠慮に私の隣に座る。もしこんな所をクラスの誰かに見られたりしたら、忽ち噂となり学校中に広まってしまうのは明らか。私は立ち上がり、それとなく離れた。
「あれ、邪魔だった?」
「んーそんなことないけど…」
「それならいればいいじゃん」
そう言いながら高木くんが、ばんばんと床を叩く。逃げ道を塞がれ、仕方なく座ることにした。けれど言い訳は出来るように、十分に距離を取る。
彼は男子バスケ部の部長、私は女子バスケ部の部長だった。お陰で現役時代から、顔を合わせることも多く、部長の立場として相談し合うこともあった。大袈裟かもしれないけれど、学校の友達、よりも“戦友”という響きが似合う関係。けれど、引退してからは話す理由はなくなり、顔を合わせることもなくなった。
「斉藤はこんな所で何やってたん?」
「何もしてない。ぼーっとしてるだけ」
「余裕じゃん」
「ん、推薦決まってるから」
「ずりーな」
お互いの今の距離感を合わせる様に、軽口の応酬から始まった。お互いの今なんて何も知らない。先生の悪口、噂話。話すことは尽きなかった。
次の日の放課後も同じ場所に向かうと、すでに高木くんがいた。昨日と同じ位置にお互いが座る。話したい事はもうない。だけど何となく来てしまった。
「…ボールが弾む音とバッシュが擦れる音って、こんなうるさいっけ」
私はむしろ心地いいって思っていたから返答に困る。けれど、そう感じる気持ちは想像出来る。
「未練がまだあるんかもね、きっと」
「そうなんかなー…」
「男子はあと少しだったからねー。そうもなるよ」
言い終わった後に、いらない事を言ったかなと少し後悔した。悔いを刺激するような事を言う意図はなかったけれど、高木くんには違うように聞こえたかもしれない。
地区予選の決勝。残り10秒、逃げ切れば初の県大会。その中で高木くんは失敗をした。ゴール下で強引に体を捻じ入れ、ボールを死守…したかと思えたけれど、結果は審判の笛が吹かれた。プッシングの判定にしてはキツすぎると思えたけど、それは身内贔屓なのかもしれない。それが契機になったのは明らかで逆転負けとなった。
誰も高木くんを責めなかった。彼のお陰でここまで戦えたのは確かだし、部長として、キャプテンとして立派にチームを支えていた。だから、誰も責めなかったんだ。
それが彼を責めているという事に誰も気が付かずに。
高木くんはバスケ部のチームメイトと疎遠になっていった。空気を読めない全校代表の直樹…宮原直樹くらいしか一緒にいるのを見ていない。
「そういえば斉藤はカラオケ行くん?」
「んーどうだろ。高木くんは?」
「直樹がうるさいからね…斉藤も直樹が行くんだし来ればいいじゃん」
「何であいつがっ、て…いいや、めんどい」
直樹とは家が“ご近所さん”だけあって、文字通りずっと一緒に過ごしてきた。中学1年までは変わらず仲良く過ごしてきたけど、中学2年にもなれば仲良い男女は噂の的になる。何度も噂が立ち、その度に否定をしてきた。悲しいかな、否定をすれば噂は強まる。それに気付き、私は直樹と距離を取る事にした。…けど馬鹿代表の直樹は気にする素振りもなく、今に至る。
「やっぱ行かないかなぁ。あんま知らない男子の前で歌うの恥ずいし」
「それじゃあ俺も行かないかな。女子の前だと歌えないし」
「嘘つけ」
「ははっ」
笑い顔を見て不覚にもドキッとした。前はよく見ていた顔。久しぶりに見た純粋に笑った顔が、その、とても、かっこよく見えてしまった…。顔が赤くなっている自覚があり、つい顔を逸らして誤魔化す。
「あ、いたいた和哉。あれ亜紀もじゃん。あれ…もしかして…」
「違うよ馬鹿直樹!そんなんじゃないから!」
「いきなり怒鳴んなよ、ただの冗談じゃん」
「もう…最悪」
「ははっ、本当いつも仲良くて良いよね、二人とも」
その言葉にチクリと胸が痛む。そして自覚した。私はこの人が好きなんだ。
「それでだけど、カラオケどうすんだよ」
「んー奈美と相談してみる」
「俺は直樹が行くなら行くよ」
「うし。それじゃ亜紀はさっさと決めろよ」
「名前で呼ぶな、馬鹿」
結局最後には私と直樹とのじゃれ合いになってしまい、それを見て高木くんが笑う。引退するまではこれが普通だった。無くなった今、とても青春の味がする日々だったことを知った。
一晩考えた次の日、奈美にカラオケに行くことを伝えた。他の女子と話していたり、笑い合っているのを見るのは嫌だけど、見ないのも嫌だなって…もう言い訳出来ない。目を閉じるとすぐに高木くんの顔が浮かび上がる程度に恋をしていた。
そして迎える土曜日。国道沿いにあるカラオケに向かう。うちからはそこまで遠くないから歩きで向かう。遠くない距離でも自転車に乗るのが田舎民だと解釈しているけれど、遮蔽物になるような高い建物がない田舎は風が強すぎる。整えた髪が崩れるのを、少しでも避けたかったのが本当の理由。
カラオケ屋さんに着くと、入り口前から駐車場に20人以上は集まっていた。うちのクラス以外の子もかなりいる。いや多すぎでしょう、と内心で突っ込まずにいられない。
「あ、きたきた。亜紀、やっほー」
「ちょっとちょっと奈美。こんな来るんて聞いてないけど」
「いやね、亜紀には人数は言うなって宮原がさ。私も亜紀来ないときついし…めんごめんご」
「いや別に怒ってる訳じゃないけどさ。これ、怒られない?」
まだ人数が増えていく。もう一クラス分はいそう。
「はいお待たせ!いっぱい集まってくれてありがと!こっから受験までみんな遊ぶ機会もないからさ!今日はさ!みんなで騒いじゃおうぜ!」
直樹が馬鹿みたいに大きい声で開幕の挨拶をすると、まばらに“おー”とか“騒いじゃおー”という声が聞こえた。ある程度の良識と常識がある学年で良かったなって思う。
「あ!あと!酒とか煙草は絶対なしな!この時期に見つかったら洒落になんねーから!見つけ次第、ここにいる奴全員でぼこすからな!」
この状態で飲酒や喫煙が見つかったら、内定取り消しになるんじゃないかと不安になる。どうしよう。もう帰りたい。けれど、そんな気持ちとは裏腹に入場が進む。
大部屋なんて普段入ることなんてない。こんな人数がいても意外と狭くないんだなって感心する。けど、どこに座ったら良いのかも分からない。奈美も同じらしく、二人でキョロキョロしていると、高木くんと目が合ってしまう。思いっきり心臓がドクンと跳ね上がる。
「斉藤もやっぱ来たんだ。こっち空いてるよ」
「うん」
言われたままにそちらに向かうけど言葉が出ない。
「えーと、確か高木くんだよね。私,福島。よろしくね」
「知ってる知ってる、女バレなら顔と名前くらい分かるから」
高木くんと奈美が話すと、少し心が落ち着かなくなる。友達が友達と話すだけでこれだ。これだから恋なんてしたくない。
「お、福島と斉藤じゃん。今日はよろしくー」
「ちょっと。こんな多いなんて聞いてないんだけど」
「あれ、斉藤も聞いてなかったん?」
「だってお前ら二人、いっぱい呼んでるって知ったら絶対来ないじゃん」
「まぁ来ないかもな」
「な?だから良かったじゃん」
良くないから文句言ってるんだけど…って言うのも意味はないから言わない。奈美は宮原とハイタッチをしている。裏切り者め、という目を向けるけど、奈美はこっちに気が付かないで直樹と話し始めてしまった。
「斉藤は何歌うつもりなん?」
「…え、あ。うー…まだ決めてない」
急に話しかけられて、頭がストップしかけた。何歌うのって、何歌えば良いんだ?何歌えば可愛くなるんだ?
「斉藤はあれ好きじゃん。ほら打首獄門同好会の米の歌。お前んち通ると聞こえてんぞ」
「…ちょ、ちょっと!馬鹿なん!?本当に馬鹿なん!?」
「は?本当のことじゃん。福島も知ってるだろ?たまに布団の中から出たくないーって…」
「はいはい、分かったから宮原は私とお話ししましょうねー」
奈美が宮原の首根っこを抑えて、話を切ってくれた。切ってくれなかったら、多分帰ったと思う。
「…打首聞くんだ?」
「…うん」
もう言い逃れは出来ない。確かに聴くけど、まさか私を二郎に連れてってーなんて歌うのが正解だと思えない。最悪だ。
「俺も好きなんだよ、打首。まじで面白いしさ」
「え」
聞き直そうとしたら、曲が流れ始めた。ちょっと昔の曲でなんとなくしか知らない。歌い出したのは、元バスケ部の野原くん。ふと高木くんを見ると、また目が合った。今度は心臓は反応しなかった。敢えて野原くんを見ないようにしていて、私を見ている訳じゃない。
「そうだ、奈美。ドリンクバー行かない?」
少し怖くなって、ここから離れたかった。
「おー行こ行こ。男子達もなんかいる?」
「サンキュー。それじゃあコーラ」
「俺は野菜っぽいやつで」
部屋を出てドリンクバーに着くと、奈美が「ちょっと」とベンチを指差す。なんとなく内容は分かるけど、無視する訳にもいかない。
「亜紀さ、高木くんって怖い人なん?」
「そんなことないけど…男バス絡むとアレかも」
「めっちゃ怖かったんだけど」
確かにあの死んだ目は怖い。まだ恨んでるのだろうか。それもなんか違う気がするけど。まぁ言えはしない。
「それで、いつから好きなん?」
絶対言われると思った。高木くんと会った時から、バレたって確信してた。でも正直助かった。私も言いたかったから。恋愛なんてちゃんとしたことないし、奈美には聞いて欲しかった。
「分かんない…けど最近だと思う」
「かーー!良いねぇ。青春だねぇ」
「後生だからいじらないでくれぇ…」
私が顔を覆った振りをすると、奈美が吹き出して笑い、私も釣られて笑う。
「奈美だって宮原のこと好きなんじゃん?そんな気がするんだけど」
「ん、いやさ。あれさ。んー…否定はしない」
「青春じゃーん」
再び笑う。奈美がいてくれて良かった。
「合コンかよ。うざ」
視界の外からそんな声が聞こえた。けど誰もこっちを向いていない。けれど、私たちに向けられた言葉な気がした。
「…ん。そろそろ戻ろっか」
なにか釈然としない気持ちがあるけれど、待たせている手前、長居もしていられない。部屋に戻ると、私が座っていた場所には知らない女子が座っていた。私の席って訳ではないから、飲み物だけ置いて離れることにした。
「お待たせ、置いとくよ」
自然に言えたと思う。面白くはない。もしかしたら高木くんや直樹に止められるかもって期待もしたけど、残念。それはなかった。
余っていそうな場所を探して座った。けれどこの席からは、高木くんが女子と笑い合ってるシーンがよく見えるから意識して目線を逸らす。見続けてしまうし、見ていれば辛い。見ていなくても辛いけれど、少しだけマシだ。
「斉藤さん、久しぶりー」
話しかけてきたのは、さっき歌っていた野原くん。よりによって男バス関係者。今は話したくないと思ったけど、無視なんて出来るはずがない。
「野原くん、やっほー」
笑顔を貼り付けて挨拶し返す。元からそんなに話したこともないから対応に困る。
「斉藤さんが来るの意外だなって思ってさー。真面目に家で勉強してそうだし」
「そんなことないよー。勉強そんなしないし」
「そうなん?あ、推薦決まってるんだっけ」
「んー…」
なんで知っているのかも気になるけれど、今この場でそれを言うデリカシーの無さに腹が立つ。でもイライラをぶつけることはしたくない。ちらっと高木くんを見る。高木くんは女子と話している。
「さっきも思ったけど、斉藤さんって和哉と仲良かったっけ?今もそっちに行きたそうじゃん」
その口調には、隠しもしていない敵意があった。
「斉藤さんは直樹とくっつくんかと思ってた。意外と男だったら誰でも良かったん?」
「ちょっと!」
奈美が仲裁に入ろうとしてくれたけど、その声で周囲がざわついたのを感じた。奈美もそれを感じとったのか、続く言葉はなかった。野原くんは満足したのか、笑いながら手を振って離れていった。周囲の奇異な視線だけ残して。
「奈美ごめん。やっぱ帰る」
「ん、そうしよっかね」
「ごめん、でも大丈夫。一人で帰るね」
「亜紀…」
半ば無理に離れてしまったけれど、誰かと一緒にいる余裕はもうない。
「推薦組ざまぁ」
部屋から出ていく時にそんな声がしたけれど、振り返れなかった。誰が言ってたかなんて恨まない自信がない。だから確認したくない。
家に着くと、誰もいなかった。それがなんだかとても悲しく思えて、何年ぶりか分からないけれど、声を出して泣いた。推薦を受けるっていうことがそんなに悪いことなのか。人を好きになることがそんなに悪いことなのか。悔しくて、悲しくて、むかついて。気持ちが溢れて止まらない。
どれくらい泣いたのか…もう涙は止まったけれど、目の奥は相変わらず熱い。鏡を見るまでもなく、目が腫れぼったくなっているのが分かる。
喉が渇きキッチンで水道水を飲んでいると、ちょうど家のインターホンが鳴った。誰にも見せたくない顔をしているから居留守にしようかと思ったけれど、モニターに映る人を観て、慌てて玄関まで駆け寄りドアを開ける。
「奈美…」
「亜紀…ごめんねぇ」
奈美が私の顔を見るなり泣き出す。私も釣られて、また涙が出てきた。もう出し尽くしたと思ったのに。さっき飲んだ水道水が、もう目まで循環してきたのかもしれない。泣く奈美をギュッと抱きしめながら、そんなくだらないことを考えた。
「ごめんね。私、なんかいっぱいいっぱいになっちゃって…奈美も置いてきちゃった。ごめんね…ごめん」
「うん…一人にしちゃってごめんねぇ…」
声を出せば出すほど、涙が溢れてくる。
「…泣いてるとこ言いにくいんだけどさ、中に入るか、場所移さん?」
ぬっとインターホンには映らない場所から直樹がいた。…それに高木くんも。瞬間的に手で顔を隠す。誰にも見せたくない顔だっていうのに、最も見せたくない人がいるなんて。
「な、なんでいるの!?」
「はいはい、大声出すと近所の人が気にするから、さっさと中入ろうぜー」
「そんな急に入れられる訳ないでしょ!」
「じゃあ30秒で支度しろ、はい、1、2、3」
「…もう!」
確かに近所人から見られたら、余計なことを言われて、面倒なことになりそうなのは正論だと思う。リビングに戻り、余計な物をクローゼットに押し込む。男子に見られちゃいけないものはないはず。それでもやっぱ抵抗がある。
「…本当に入るの?」
「ほら、うちも親に見られたら面倒だから早く」
「うー…どうぞ…」
観念して家に招き入れることになった。けれど高木くんは動かなかった。
「…高木くん?」
「…斉藤、まじごめん」
「…ん」
その一言だけ言い、家に入っていった。初めて好きな人が家に入るのに、嬉しさが全く湧いてこないのが悔しい。もっと普通の時に来て欲しかったな、と内心でぼやく。
男子にはソファーに座ってもらう…というより勝手に直樹が座ったんだけど。私と奈美は相向かうように座布団に座る。
「んじゃ早速だけどさ。健太に何言われたん?」
健太は野原くんのこと。
「んー…私と直樹がどうとか、推薦がどうとか…って」
「なるほどなー」
「…いや、俺のことも何か言ってたんじゃない?」
「…ん。男だったら誰でも良いんだー、みたいなこと」
「思い出したらムカついてきた」
ムカつくことも出来ないで、気持ちが沈んでいく一方だから、怒れる奈美が少し羨ましい。
「ったく。何やってんのあいつ」
普段は馬鹿で阿呆で空気読まなくて雑な直樹だけど、正直なだけで悪い人間ではない。共感して怒ってくれるのは、少し嬉しかった。
「…でもさ、結局は俺への当てつけだろ」
高木くんが口を開く。多分、それは間違っていないから、私も直樹も口を噤んでしまう。
「…バスケ部じゃないから知らないんだけど、何でそんな拗れちゃってんの?」
「面倒だから端折るけど、最初は和哉が悪い。後はアイツらが悪い。単純だよ。みんな本音言わねーから気まずくなって、いつの間にか嫌い合ってんの」
「それじゃ何も分かんないじゃん。もっとさ…」
「ん、男子が意外と面倒くさいのは分かった」
「分かれば良し」
直樹が話を切って気付く。あの空気感や過ごした時間に対する裏切りみたいな気持ちは、詳しく説明してもきっと通じない。奈美も何となく察したのか、それ以上は追求しなかった。
「そもそも誘い過ぎたってのがあるな。うちのクラスの雰囲気と違うんは知らなかった。まじでごめん」
「…ん。多いなとは思ったけど、文句言われたのは直樹のせいじゃないし。だから謝らないで」
謝られると情けなくて泣きたくなるし、と心の中で付け足す。本当に直樹に謝られることでもないし。
「高木くんは、もうみんなと仲良くする気はないの?」
「…いや、そんなことないけどさ」
「今日な、健太たちにも声掛けたのもそれでなんだよ。終わったあとにでも話せればなって。まーさーかー、あんな絡み方してくるとは」
「それならうちらが呼ばれたのはついで?」
奈美が冷えた目で直樹を睨む。演技なのが分かるから本気ではない。けど、そういうことには聞こえる。
「いやいや、ついでなんかじゃないって。アイツら女子呼ばないと来ねーし」
「「最悪」」
奈美と声が揃う。これは最悪としか言いようがない。本当に合コン的な感じで呼ばれたのか。それはムカつく。
「違うんだって。亜紀と福島じゃないと駄目な理由がちゃんとあるんだって…言えねぇけど」
「うっさい、名前で呼ぶな」
「お前だってさっきから名前で呼んでんじゃねぇかよ」
「文句あるん?」
「文句しかねーよ」
やっぱさっき謝らせれば良かったかもと思い直し、直樹を睨みつけるが、全く堪える様子はない。“はいはい”と奈美が私の頭を叩く。少し痛い。ごめん。
「俺と斉藤が話してたから、やっかんでんだよ」
高木くんの言葉で全員の動きが止まった。少し和やかな空気が一変した。
「…やっかんでるって…アイツ、亜紀のこと…」
「はいはいはい、今のなし。今のはなし!」
「隠してた訳じゃなそうだし、別にいいだろ」
身に覚えはある。練習中に視線は感じてたし、不意に近くにいるし。話しかけてくる訳でもなかったから、私が自意識過剰なんだと思っていたけれど。気のせいではなかったのか。急に顔が脳内に浮かび、寒気を感じた。
「…もっと最悪じゃん…」
「…一応聞くけど、脈は」
「ない!無理!ありえない!」
「ですよねぇ…」
つい大声が出てしまう。馬鹿直樹の戯言で、髙木くんの反応が気になるけど、ずっとむすっとしてることしか分からない。私が誰かに想われているのを、少しくらいは面白くないとか思ってくれているのだろうか。焦る気持ちが止まらない。
「だから斉藤。つまんない事に巻き込んだ。本当にごめん」
「え、いや、うん…平気だよ」
私に向かって高木くんが頭を下げる。それを見てドギマギしてしまう。多分、ものすごく気持ち悪い声を出した。顔が赤くなっていくのを感じ、下を向いて隠す。奈美が私の頭を優しく撫でてくれる。ニヤニヤしてるのが何となく伝わってくる。
「そっか。ありがとな」
その言葉には返答出来なかった。口を開ければ心臓が飛び出てきそうなくらい跳ねていたから。
「真面目な話ね。今回の失敗ってさ、全部宮原の杜撰な計画のせいな気がしてきたんだけど」
「福島もやっぱそう思う?実は俺も」
そうやって茶化すように直樹と奈美が話している。
「やっぱこの時期に大勢集めちゃ駄目だったな。みんな余裕ねぇんだもん」
「当たり前じゃん。私だって身内以外の推薦受かった子が遊んでたら、そりゃ羨ましくなるもん」
「受験が落ち着くまではなぁ」
この二人には何を言われても良いけど、推薦受かった子だって、普段から真面目に頑張ってきたんだよって思う。この時期だけじゃなくて、ずっとコツコツやってきた結果、推薦もらえたんだし。悪く言われる覚えはないんだ。…けれど、それを分かってくれる子は少ない。
「高木くんはどこ受けるん?」
「俺?俺は前崎第一。ここらだとバスケ最強だし」
高木くんがバスケを続けるのは意外だった。てっきり嫌になっちゃったって思ってた。
「あ、バスケ辞めると思ってた顔してる」
「え、うん。…やめないん?」
「やめない。今度こそ遠慮なしでやりたいからさ」
「そっか、強いね」
「まずは受からないとだけどな」
「私も近くの高校だから、高校でもよろしくね」
自然に言えたけど、恥ずかしい言葉だったかも。でも、なんか通じ合えた気がして嬉しかった。でもやっぱ積極的すぎたかも。気持ち悪かったかも。不安だ。
それからは、あの後は空気が壊滅的になってすぐ解散した話だったり、誰かと誰かに噂話だったり。さっきまでボロボロに泣いていたのが嘘のように笑って話していた。
みんながいて良かった。
1月になった。冬休みは暇だったけれど、今日は奈美と初詣に行く約束をしていた。近所の神社だけど、勉強で引き篭もってばかりの奈美の気分転換になればどこでも良かった。
「それにしても寒くない?」
「寒い。何で夜にしたんさ」
「お昼頃すごく混んでるんだもん。インフルとか気を付けないとでしょ」
「それもそっか。けど…混んでるよね…」
小さい神社でもお詣りシーズンともなれば、多少は着飾り、屋台も出ている。同級生もちらほらと見掛ける。それなり以上の参拝客で賑わっていた。
「お、千代だ。ちょっと待ってて」
確かバレー部の子。私は面識はない。おーい、と走っていく奈美を見送り、近くの自販機の隣で待つことにした。
「こんばんは、斉藤さん」
急に後ろから話しかけられ、びくりと肩が上がる。この声は野原くんだ。拒否反応が表情に出そうなのを何とか押し込める。
「今日は一人なんだ。直樹とか和哉はいないのー?」
「友達と来てるからね」
「ふーん。でも今いないじゃん。良かったら話さない?」
「今はいなくても行き違いになったら嫌だし…」
「大丈夫だから。あっちの方、誰もいないから話しやすいよ」
そう言って野原くんが私の腕に手を伸ばした。咄嗟に避けることなんて出来ず腕を掴まれる。
「ほらほら、ちょっとだけで良いからさ。話したい事があるんだ」
掴まれている腕を振り解こうとするけれど、どんどんと引っ張られてしまう。声を出したくても口が震えて、とても声が出せない。
「おい!」
低い声と共に肩を掴まれて、反対方向に勢い良く引っ張られれて、野原くんから離れられた。私を引っ張ってくれたのは高木くんだった。肩を掴まれたまま引っ張られたから、そのままの勢いで抱きつく形になる。これはこれで動けなくなる。
「なんだよ。やっぱ和哉いんじゃん」
「健太、文句あんなら俺に直で来いよ。周りに手を出すんじゃねぇよ」
好きな男子に密着している状況で、冷静でいられるはずもなく、だからと言って、本気で凄む男子を見て怖くなる。お陰で足が震える。
「…もうどうでも良いや。じゃあね、斉藤さん」
笑いながらそういう野原くんが不気味に見え、唾を飲み込む。スタスタと去っていくのを見届けると、足から力が抜け、ストンと尻餅を着く。
「…怖かった。助かった」
ぽろっと片言の言葉が口から出てくる。
「…ごめん。その、咄嗟だったけど、あれだよな。めっちゃ馴れ馴れしく、その、触っちゃったよな…」
「ううん、助かった」
ぼやっと照れている高木くんが可愛く思える。そう思った途端に、今更ながら触られた箇所を意識して恥ずかしくなる。
「斉藤が見えたから話しかけようと思ったら、健太もいてさ。居合わせたくないから様子見てたらあの野郎、まじで碌でもないやつだったな」
「うん。怖かった。でも、高木くんが来てくれて嬉しかったよ」
「…そっか」
本心を出した。今すぐ少しでも出さないと爆発してしまうんじゃないかと思えるくらい、感情が止まらずに溢れてしまう。
「…斉藤さ、もし斉藤が良かったらだけど」
「うん…」
「あれ、亜紀どうしたの座って」
高木くんがなにかを言い掛けていると、奈美が帰ってきた。空気の読めなさが段々と直樹に似てきた気がする。
「あ、やっぱ高木くんもいたんだ」
「福島、直樹見なかった?」
「あっちの方で焼きそば買ってたよ」
「また食ってんのか、さんきゅ」
「そうそう。男子が良かったらだけど、一緒に回らん?」
「ん、別に良いんじゃん」
「よし、そんじゃ亜紀も立って行くよー」
うん、と頷き立ち上がる。まだ一緒にいられる、それが嬉しかった。しかし。
「そうだ!宮原に用があったんだ。ちょっと二人で回ってて!」
奈美が再び走っていく。ゆっくりもせず、言いたいことだけ言って嵐のように去っていく奈美に呆気に取られる。分かっている、これはパスだ。私にパスを送りつつ、自分も直樹のとこに行くのが、しっかり強かで奈美らしい。
「回っててって言われてもな」
「思ったら即行動が奈美なんだ。すごいんです」
「そっか、いい奴だしな」
「うん…それで、さっきの」
勇気を出して聞いてみる。どうしても気になってしまう。私の勘違いかもしれないけど、とても個人的に夢見すぎてるのかもしれないけど。とてもいい雰囲気だった気がする。
「ん、また今度でもいいか?」
「ん。また今度ね」
残念な気持ちも正直ある。けれど気持ちを共有出来た感じがして特別に思えた。
けど、なかなか“今度”が訪れないまま、あっという間に2月になってしまった。うちのクラスも流石に受験の追い込みの雰囲気になっている。
相変わらず誰も聞いていないサトセンの授業は退屈ではなくなり、ほぼ自習の時間と化していた。サトセンも分かっている上で何も言わないでいてくれる。学校全体が受験生の応援をしてくれているように思えて、大人の余裕を感じた。
私は私で、前みたいに居場所がないと嘆くこともなくなり、今は放課後に女子みんなで勉強会をしている。もちろん希望者だけって名目はあったけど、今はクラスの女子全員が参加している。私も一緒に勉強に混じって、分からないところがある子の相談に乗っている。とても良いクラスだ。
今日は2月14日。受験生だとしても、この日だけは浮ついた雰囲気になっている。中学最後のバレンタイン。2ヶ月後にはみんなバラバラになる。好きな人と会うこともなくなるかもしれない。だから、今日だけは勉強を忘れて、恋愛に染まった日になっても、何にもおかしいことはない。と、自分に言い聞かせる。せめて言い訳くらいしないと、これからの勇気が出ない。
私は今日、高木くんに告白する。
「奈美どうしよう。心臓が止まらない」
「止まらなくて良かったよ」
高木くんには“今日、良かったら一緒に帰りませんか”と事前に伝えた。簡単に“わかった”とだけ返答してくれた。バレンタインの日に異性から誘われるということが、どういう意味を持つのか。そんなの誰だって知っている。
クラスが違えば、教室を出るタイミングも違う。私のクラスは早く終わったから、玄関のロッカー前で待つことにした。通り過ぎていく生徒に生暖かい目で見られてる気がする。しつこいけど今日はそういう日。誰かを待っていれば、そういうことだ。けど、いくら学校中にバレても、機会を逃して言えませんでした、なんて結末にはしたくない。
深呼吸をしながら考えをまとめていると、高木くんと直樹が向かってくるのが見えた。もう一度覚悟を決める。
「それじゃあ亜紀。私は行くね」
「うん、頑張ってね」
「亜紀もね。夜に電話する」
奈美が走っていき、直樹に声を掛けている。なんて話しているのかは聞こえないけど、堂々としてて、凛としてて、とてもかっこいい。頑張れ、ともう一度心で応援する。
「…悪い、待たせた」
「うん…それじゃ帰ろっか」
帰り道、どのタイミングで声を掛けて良いのかさえ分からず、無言のまま歩く。先日降った雪がまだ残り、いつもより世界が輝いている。ここしかないなって思い、勇気を搾り込む。
「高木くん」
返事がない。けれど、歩くのをやめて私の方を向く。高木くんの目は私を見ている。
「あのさ、こんなこと言われても困っちゃうだろうけどさ。もう分かってるだろうけど」
「斉藤、好きだ。斉藤も同じなら俺と付き合ってくれよ」
「え?」
「こういうの、男から言わないとカッコ悪いじゃん。で、どう。駄目か」
「だ,駄目じゃない!私も!私も高木くんが好き…です」
勢いのまま言ったけれど、声が小さくなっていく。もしかして夢を見ているのかも。起きた記憶もなければ、どうにも現実味もない。
「そっか。良かった、やっと言えた」
「…え、本当に?嘘かな。それとも気を使ってるとか」
「こんな嘘つかないって。もう正直言うけどさ、2年の頃から意識してた。部長になって初めて顔合わせした時に、その、可愛いなって思ってさ…ちゃんと好きだなって思ったのは…恥ずかしいな、これは」
頭を掻いて照れている。その仕草が今はとても可愛くみえる。
「…私も部長になってから意識しちゃってたんだ。気になってた。引退してからも高木くんのことばかり考えてた。心配だったし…」
話してる途中で涙が出てきそうになる。けど泣きたくない。泣くもんかと堪える。
「だから卒業する前に、ちゃんと伝えなきゃなって」
「…ごめん、抱きしめていいかな」
「…無理、死んじゃう」
ハハっと笑い、私を抱きしめることはなかったけど、頭を撫でられる。嬉しいのかどうかも分からないくらいに、心臓がうるさく鳴る。とても前なんて向けない。
「チョコはあるん?」
「あ、そうだった。えーと、これ良かったら食べてね。一応手作りだから、不味かったらごめん」
「美味そうじゃん、ありがと。さて、あっちはどうなったかな」
「あっちも上手くいくといいね」
「だな」
そう言いながら。高木くんの手が私にそっと触れる。
「手は握っていい?」
「…お、おいおいで…今はドキドキしすぎ。これ以上は本気で無理」
「了解、おいおいね」
まだその手は握れない。けどいつかきっと、その時が来る。それを待つことが出来る。高木くんは受験がまだ終わっていない。付き合っても、遊べるのはちょっと先の話だ。
今はただ春を待つ。
どうでしたか?
少しでも自分の時はこうだったなって思えていただけたら嬉しいです。




