無実の罪で断罪されて辺境へ追放された悪役令嬢ですが、無口な近衛騎士が信じて一緒に来てくれたので今度こそ幸せになります
王都の広場で婚約破棄を言い渡されたのは、ちょうど三日前のことだった。
セシル・ルヴェール王子に平民出身のマリア様との恋愛を邪魔したという理由で、私ことリディア・アルフェンは婚約を破棄され、侯爵家から追放され…辺境への永久追放を命じられた。
正直に言って、王子が指摘した「悪行」の数々には身に覚えがない。
いや、むしろ私、マリア様の相談に乗ってたんですけど!?
王子との仲を応援までしてたんですけど!?
だが、あの場で何を言っても無駄だと判断した。
なぜなら、貴族たちの目は、すでに憐憫か軽蔑の色に染まっていたのだから。
もう、誰も私の話なんて聞いてくれないのね。
こうして私は、わずかな荷物と最低限の所持金だけを持たされ、辺境へ向かう馬車に乗せられることになった。
これが簡単な私の今までのあらすじ。なかなかひどい目にあってる。
完全にテンプレ展開じゃない。
次は「ざまあみろ」展開が来るパターンかしら? ……もうそんなの、来なくていいんだけど…
そして今、私はその辺境行の馬車の前に立っている。
そんな私の前に、見慣れた騎士の姿があった。
「リディア様」
彼の名前はエリオット・グレインだ。
王城近衛騎士団に所属し、私が王子の婚約者として王城に出入りするようになってから、ずっと専属護衛を務めてくれていた青年。
背が高く、がっしりとした体格。銀灰色の短い髪に、深い青灰色の瞳。
そんな美しい造形をしているが、表情に乏しく、必要最低限しか喋らない。
(いわゆる無口系イケメンってやつね。でも、こんな時にまで護衛に来てくれるなんて……彼も最後まで真面目ね。
そんな彼が今、私の前で深々と頭を下げていた。
「リディア様、辺境まで、護衛をさせていただきたい」
「……エリオット?」
「これは私のわがままですので私費での雇用という形になります。報酬は不要です」
淡々とした口調だが、その声には確かな意志が宿っていた。
「あなた、立場が危うくなるわよ。断罪された令嬢の護衛など…」
「構いません」
「なぜ?」
「…リディア様は、無実だからです」
その言葉に、私は息を呑んだ。
無実だと言ってくれる人間が、まだこの世界にいたなんて。
「その根拠は?」
涙が出そうになるのを必死にこらえながら、私は冷静を装って聞いた。
「あなたが、そのような下劣な真似をする人間ではないと、この何年間も見てきて知っているからです」
彼は顔を上げた。その瞳は真っ直ぐに私を見つめている。
「それだけ、では根拠として弱いかもしれません。ですが、私にとっては十分です」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
涙を流すのは我慢した。侯爵令嬢としての誇りは、まだ捨てたくなかった。
「……そう。では、お願いするわ」
声が少し震えてしまったけど、気づかなかったことにしよう。
「はい、喜んで」
エリオットは短く頷くと、御者台に上がった。
こうして私たちは、辺境への長い旅路についた。
辺境の村に到着したのは、それから十日後のことだった。
王都から遠く離れた、小さな村。
割り当てられたのは、村はずれの古い屋敷だった。
決して豪華ではないが、一人で暮らすには十分な広さがある。
思ってたより全然マシね。もっとボロ小屋を想像してたけれど。
エリオットは荷物を全て運び入れると、私に向き直った。
「では、私はここで」
「待って」
私は彼を引き止めた。
「あなた、このまま王都に戻るつもり?」
「……はい」
「戻ってどうするの。私に関わった時点で、あなたの立場も危ういはずよ」
エリオットは黙り込んだ。図星だったのだろう。
やっぱり……。このまま帰したら、絶対に彼がひどい目に遭ってしまう。
「それに」
私は自分のベッドに腰掛けると小さく息を吐いた。
「ここで一人で暮らすのは、正直心細いの。あなたがいてくれたら、助かるわ」
うわ、何この乙女な台詞! 自分で言ってて恥ずかしい…
顔が熱くなるのを感じながら、私は視線を逸らした。
「しかし」
「以前のように報酬は出せないけれど、食事と部屋は用意できる。悪い条件じゃないはずよ」
エリオットはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……では、お世話になります」
一人じゃなくなって、なかなか心強い。
こうして、奇妙な共同生活が始まった。
辺境での生活は、思いのほか静かだった。
村人たちは私の素性をある程度知っているようだったが、特に冷遇されることはなかった。
むしろ、医療や読み書きの知識を持つ私を頼ってくる人もいた。
もっと冷たくされると思ってたのに意外といい人たちね。
エリオットは相変わらず寡黙だったが、よく働いた。
薪割り、水汲み、屋敷の修繕。私が畑仕事を始めると、黙って手伝ってくれた。
料理は驚くほど下手だったが…それすらも微笑ましく思えた。
あれ、私、完全に新妻の気分になってない……? ちょっと待って、何考えてるの私!?
ある日の夕方、私が野菜スープを作っていると、エリオットが薪を抱えて戻ってきた。
「おかえりなさい」
自然と、そんな言葉が口をついた。
あ、また言っちゃった! これ完全に夫婦じゃない!
そう自認すると顔が一気に熱くなる。なんだかむず痒いわ…
「……ただいま戻りました」
エリオットは少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
それでも、その耳が少し赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
あ、エリオットも恥ずかしがってる……可愛い……って、何考えてるの私…
共同生活が始まって一ヶ月ほど経ったある夜のことだ。
暖炉の前で編み物をしていると、エリオットが珍しく話しかけてきた。
「リディア様」
「何?」
珍しい、エリオットから話しかけてくるなんて。
「一つ、お話ししたいことがあります」
彼は暖炉の火を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「私が、あなたの無実を確信していた理由です」
「……聞かせて」
編み物の手を止めて、私は彼の方を向いた。
「あなたは、城で出会う使用人や騎士見習いの若者たちに、いつも声をかけていました」
エリオットの声は静かだった。
「『最近どう?』『体調は大丈夫?』『困っていることはない?』と。誰も見ていないところで、さりげなく」
「それは……」
見られてたのね……恥ずかしい。
「城の東棟の廊下の花瓶が、いつも季節の花で満たされていたのも、あなたの指示でした。清掃担当の老婦人が花を活けるのが好きだと知って、予算を回していた、と」
「よく見ていたのね」
「護衛ですから」
そう話しながら、エリオットは私の方を向いた。
「そのような方が、平民の娘を陥れるような真似をするはずがない。私はそう確信していました」
本当のことではあるけれど、なんだか胸が熱くなった。
「……ありがとう」
「いえ」
エリオットは首を横に振った。
「感謝すべきは、私の方です。あなたは、私が城に来たばかりで誰とも打ち解けられなかった頃、最初に声をかけてくれた人でした」
「そうだったかしら」
「私ははっきりと覚えています。『緊張しなくていいのよ。あなたは優秀な騎士だから、ここにいるのだから』と」
「あ……」
確かにそんなことを言ったかもしれない……覚えててくれたんだ。
胸がぎゅっと締め付けられる。
「あの言葉に、どれだけ救われたか……。だから今度は、私があなたを支える番です」
その言葉が、どれほど嬉しかったことか。
ダメ、本当に泣いちゃうかも……
私はただ、小さく頷くことしかできなかった。
視線を逸らして、涙をこらえるので精一杯だった。
それから季節が移り変わり、辺境にも冬が訪れた。
そんなある日、王都から商人が来て、面白い噂を聞かせてくれた。
「いやあ、王都はなんだか大変なことになってますよ」
商人は首を振った。
「セシル王子の評判が、がた落ちでしてね」
「……何があったの?」
まさか、テンプレ通りの展開が本当に……?
「侯爵令嬢、ええと、リディア・アルフェン様でしたか。あの方が追放されてから、城の運営が滞りに滞っているそうで」
(あ、やっぱり来た。ザマァ展開……)
商人は周りをキョロキョロして確認しながら、声を潜めて話し始めた。
「社交界の日程調整、貴族間の利害調整、予算配分の最適化。実は全部、あの令嬢様が裏で回していたらしいんです」
「それは……」
まあ、確かに私がやってたけど……王子、何も気づいてなかったのね。
「王子様は政務に疎くて、あの…ぽっと出の…じゃなくて、マリア様も平民出身だから貴族社会のことは分からなく。今や城は大混乱ですよ…」
そう言いながら商人はため息をついた。
「おまけに、追放されたリディア様が、実は使用人たちからとても慕われていたことも発覚しましてね。多くの優秀な使用人が辞職したそうです」
「そう……」
使用人のみんな……私をそんなに慕っていてくれていたのね…ありがとう。
「王子様は必死に謝罪の使者を送ろうとしているそうですが、もう遅いでしょうね。貴族派からの信頼は地に落ち、次期国王の座も危ういとか」
…完全にテンプレ通りじゃない。でも、今さら謝られても困るわ。
その後同じような軽い話をし、商人が去った後エリオットが静かに言った。
「当然の報いです」
「そうね」
私は窓の外の雪景色を眺めた。
不思議と、ざまあみろという気持ちにはならなかった。
ただ、ああ、やはりそうなったのかと、どこか遠い他人の出来事のように感じた。
「リディア様」
「何?」
「あなたは、城に戻りたいとは思いませんか」
「思わないわ。…今の生活の方が、ずっと心穏やかだもの」
それは強がっているとか、そんなものじゃなくて、ぱっと出た本心だった。
華やかだが息苦しかった王都での生活より、質素だが自由なこの生活の方が、私には合っていた。
それに何より…
「それに、エリオット、あなたがいてくれるからよ」
あ、また言っちゃった… 恥ずかしい…
その言葉に、エリオットの動きが止まった。
「……私がいるから?」
「ええ」
顔が熱くなるのを感じながら、私は彼の方を向いて答えた。
「あなたがいなければ、私はこんなに穏やかな気持ちにはなれなかったわ。いつも私のそばにいてくれて、ありがとう」
純粋な感謝を伝えると、エリオットの顔から耳まで、真っ赤になっていた。
「(わ、可愛い……って、私も絶対顔真っ赤じゃない!)」
「その……私の方こそ」
彼は視線を彷徨わせた。
「リディア様がいてくださるから、毎日が……その……」
言葉に詰まりながらも彼は私に感謝を伝えようとしてくれていた。
その不器用さが、なんだか愛おしかった。
「(ああもう、何この空気! 甘すぎる!)」
なんだか私もつられて顔が暖かくなってしまったのを感じた。
心臓がドキドキと早鐘を打っている。
そして、追放されてから初めての春が来た。
雪が溶け、大地に緑が戻り始めた頃。
私は裏庭で花壇を作っていた。
エリオットが手伝ってくれて、作業は順調に進んだ。
「これで、夏には綺麗な花が咲くはずよ」
「……楽しみです」
エリオットは土まみれになった手を見つめながら私に話しかける。
「リディア様」
「何?」
また真面目な顔してる。何か話があるのかしら。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
彼は真っ直ぐに私を見た。
「私は……騎士として失格かもしれません」
「どうして?」
「護衛対象に、恋心を抱いてしまったからです」
驚きで私の時が止まった。
今、何て言った? 恋心? 私に? エリオットが?
「……いつから?」
声が震えているのが自分でも分かった。
「初めてお会いした時からです」
エリオットは恥ずかしそうに視線を逸らした。
ちょっと待って。それって何年前だったのかしら…
「あなたが、誰に対しても分け隔てなく優しく、それでいて毅然としていて…。その姿に、一目で惹かれました」
「そう……」
なんだか心臓が、うるさい。
「ですが、立場上、想いを告げることはできませんでした。今も、私のような者が、侯爵令嬢に相応しいとは思っていません」
エリオットは再び私を見た。
「それでも、この想いを伝えずにはいられなくなりました」
彼は片膝をつき、私を見上げる。
これって、もしかしてプロポーズ……?
「リディア・アルフェン様。私と、正式に…夫婦になっていただけないでしょうか」
涙が溢れそうになった。
でも、今度はこらえなかった。
「ええ、喜んで」
エリオットの顔に、初めて見る笑顔が浮かんだ。
不器用で、照れくさそうで、それでいて心から嬉しそうな笑顔。
彼は立ち上がると、そっと私を抱きしめた。
ちょ、ちょっと、心臓が破裂しそう…
初めて触れる彼の大きな身体と、男性らしいごつごつとした腕に包まれて、恥ずかしいけれど、何だか心地が良かった。
「貴方を、幸せにします」
「ええ。私も、あなたを幸せにするわ」
「(もう、顔が熱すぎて溶けそう……でも、幸せ……)」
春の風が、二人を優しく包んでいた。
それから数ヶ月後、私たちは村の小さな教会で結婚式を挙げた。
村のみんなが祝福してくれて、ささやかだが温かい式になった。
こんな幸せな日が来るなんて、思ってもみなかった。
一方、王都では大きな変化があったと聞いた。
セシル王子は政務の失敗が重なり、次期国王の座を剥奪されたらしい。
第二王子が新たな王太子となり、国政は安定を取り戻しつつあるという。
新王太子から、私に帰還と復権の打診があったが…丁重にお断りした。
私には、もう戻る場所がある。
辺境の小さな村で、愛する夫と共に暮らす、穏やかな日々が。
ある日の夕方、エリオットと二人で丘の上に座り、夕日を眺めていた。
「ねえ、エリオット」
「はい」
「私、あの時、無実ではあったけど断罪されて良かったかもしれない」
彼は驚いたように私を見る。
「…私があのままだったら、あなたとこんな風に並んで座ることもなかったでしょうから」
本当にそう思う。あの断罪がなかったら、私たちはどうなっていたのだろうか。
「でも今はいろいろあったけれど、幸せになれた。……リディア、愛してる」
エリオットは私の手を握りながら、以前より穏やかになった表情で話す。
「私も、愛していますよ。これからも…よろしくね」
「ええ、もちろんです」
夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。
悪役令嬢として断罪され、全てを失った私。
でも、本当に大切なものは、ここにある。
王都での栄華も地位も、このささやかな幸せには敵わない。
真面目すぎる騎士と、小さな幸せと、穏やかな未来。
それで十分だった。
いや、それ以上の幸せなんて、想像もできなかった。
「(これが、私の本当の幸せ。テンプレ展開だろうと何だろうと、私は幸せよ!)」
こうして私たちは、辺境の地で静かに、でも確かに幸せな日々を紡いでいく。
それが、私たちの選んだ未来だった。
(完)




