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旦那様を寝取った? ありがとうございます! じゃあ私、おもちゃ会社をやるので!

作者: 久遠れん

 私の旦那であるエリック伯爵はとにかく自由奔放な人だ。


 いい意味で自由奔放ならよかった。彼は悪い意味で自由奔放だからたちが悪い。


 女遊びはするし、仕事はさぼって飲みに行く。そのほか細かいことを上げるとキリがない。


 ため息は日々止まらないし、そろそろ我慢の限界だなぁと頭の片隅でずっと考えていた。


 だから、これは本当にいいきっかけだったのだ。


「貴女の旦那様、あたしにメロメロだから! 女として魅力のない人はすっこんでたらぁ?」


 気分展開に出かけた貴族店で鉢合わせたドミニク・ベンジャール男爵令嬢に言われた言葉。


 それが最後の一押しになった。


「そうですか! では貴女に差し上げます! 返品不可ですので!」

「はぁ?!」


 きっと本人は軽い嫌みのつもりだったのだろう。


 けれど、私としては色々と限界だったし、愛想もつきていた。


 物心つく前に両親が「伯爵家同士で釣り合いが取れているから」と勝手に決めた婚約で、幼馴染ではあったけれど、昔から女遊びがひどくて愛情なんて一度も抱いたことがない。


 本当は結婚なんてしたくなかった。ただ、家のメンツを考えたら婚約破棄ができなかっただけ。


 でも、もうそんなのどうでもいい!


 いい笑顔で言い切った私は、くるりと踵を返して入ったばかりのお店を出る。


 馬車に乗って自宅にまっしぐら。


 出かけたばかりの私がすぐに帰ってきたので怪訝そうな執事をスルーする。


 だって彼は旦那のいいなりなので頼りにならない。


 結婚当初から別々だった自室に戻り、結婚するときに「いつか必要になるかもしれない」という予感と一緒にもってきて隠していた離婚届を鍵付きの引き出しから出す。


 すでに記入済みのそれをもち、軽い足取りで玄関へ。


 いままでの重荷を全部捨てていいと思ったら、身体がすごく軽かった。


 背中に羽が生えたようだ。鳥ってこんな気分なのかもしれない。


 表情を整え終わっている執事に離婚届を渡す。


「それ、旦那様に渡しておいて。私は今日をもってコレツキー伯爵夫人の名前をお返しします!」

「奥様?!」


 渡した紙が記入済みの離婚届だと気づいたらしい執事が慌てるのを横目に、私はさくさくとお屋敷を出る。


 馬車は使わない。コレツキー家のものなので。


 ヒールのある靴は長距離を歩くのにちょっと足に負担がかかるけれど、幸い私は運動が嫌いではない。


 気分がいいのと相まって疲れも感じない気がした。


 カツカツとヒールの音を高く響かせながら、私は貴族にあるまじき行動力で、少し離れた場所にある実家まで徒歩で帰ったのだった。




▽▲▽▲▽




「ただいま戻りました! 出戻りです! 離縁してきました!!」


 実家の玄関を開けて、これまた貴族の女性にあるまじき大声で名乗りを上げた私に、お屋敷の中が騒がしくなる。


 バタバタと玄関に最初に駆け付けたのは私が生まれる前から父に使えている老執事だ。


「お嬢様! いったいどうなされたのです?!」

「口にした通りです。離縁してきました」


 にっこりと笑って告げた私に、老執事の表情がこわばる。


 わかるわ、離縁して出戻った貴族女性への世間のあたりはきつい。


 バツイチという肩書は、女性にとって貴族社会で汚名でしかない。


 でも、それがなんだというのだ。私は自由に生きると決めたのよ。


 私の元旦那様だって、大概自由気ままに過ごしていたのだから、私が自由に生きてはダメな道理がない。


 むしろ、私は通す筋は通してきたのだから、褒められるべきだ。


「シャルロット! なにがあったのですか?」

「お母様! 私は離縁してきました。私の自室はまだありますか? そちらをしばらく使わせていただきたくて」


 どこまでも明るく告げる私に、お母様が目を白黒させている。


 私は元旦那のアラン様との婚約や結婚に関してマイナスなことを両親の前で口にしたことがなかったから、想像外の展開なのだろう。


「どうしたんだ、騒がしい。喧嘩でもしたのか?」


 今度はお父様の登場だ。


 私はますます笑みを深めて笑顔を作った。


「県下ではありません。離縁です。復縁は致しません。万が一勝手にそのようなお話をされたら、私は貴族籍を捨てて庶民になります」

「シャルロット?!」


 ぎょっと目を見開くお父様にはこれくらい言わないとだめだと思う。


 だって、本人の意思を無視した縁談を強引に進めたのはお父様だから。


 まぁ、貴族の婚約と結婚で本人の意思が介在するほうが稀だけれど。


「部屋に戻りますね。ドレスを着替えて、今着ているものを送り返さないといけません」


 だってこれは一応は元旦那のアラン様に伯爵夫人として買ってもらったものなので。


 そんなものをいつまでも身に着けているつもりはない。


 ネックレスや指輪も全部コレツキー家に送り返すつもりだ。


「着替えたら少し出かけてまいります。馬車の準備をしておいてくれるかしら?」

「畏まりました」


 驚きで声も出ないのか絶句している両親を横目に老執事に声をかける。


 彼は恭しく頭を下げて一礼した。


 コレツキー家の執事はアラン様のせいでいつも私を小馬鹿にしていたから、これがあるべき執事の姿だと感心してしまう。


「ま、まて! 話を!」

「話すことなどありません。結果が全てです」


 離縁した。その結果が全てだ。


 にこりと笑って私はお父様の言葉を切り捨て、靴擦れで痛む足を隠すように軽やかに階段を上った。






「そんな感じで離縁して今って感じよ!」

「はは、お前は相変わらず思い切りがいい」


 場所は変わって、バスティアン公爵家の応接室で私は熱弁をふるっていた。


 相手は侯爵のエリック様。私のもう一人の幼馴染である。爵位は比べるべくもなくエリック様のほうが高いのだが、幼少期に王宮で開かれたお茶会で意気投合して以来、仲良くしていただいている。


「やっと解放されて清々しているの!」

「だから俺はあれだけ『結婚はやめておけ』といっただろう」

「そうね。でも、あの時は私も子供で家のことを考えていたから」


 ため息交じりにそう口にすると、エリック様は肩をすくめた。


 アラン様と結婚して三年が過ぎている。


 十六歳で結婚したから、今の私は十九歳だ。よく三年も我慢したと思う。


「再婚はするのか?」

「どうかしら。バツイチをもらってくれる物好きがいるのか疑問だし、そもそもしばらくは自由を謳歌したいわね」


 エリック様は「そうか」と頷いて紅茶に口をつける。


 私は「それよりも!」と対面に座っている彼へと身を乗り出した。


「聞いてほしいことがあるのよ!」

「なんだ?」

「事業を立ち上げようと思うの!」

「ほう」


 エリック様の視線が細められる。


 値踏みするような眼差しが注がれるが、怖くはない。


 この事業に関して、私はかなりの自信があるからだ。


「伯爵夫人として色々なお茶会に出たのだけれど、そのどのお茶会でも子供がいるご婦人たちのお悩みを聞いていたの」


 思い出すのはコレツキー伯爵夫人として出席したお茶会の数々。


 私以外のご婦人たちは旦那様の愚痴とか、夜会での噂話とかを楽しそうにしていた。


 いつもあえて聞き役に回って相槌を打っていたのは当時からちょっとした目論見があったからだ。


「その中でも! 幼い子供がいるご婦人たちのお話を聞いてピンときたの! 幼い子供を狙い撃ちにした商品があってもいいのではないかしら! と!」


 子供がコップやお皿を落として割った、子供にもっと玩具を与えたいけれど、どこの商品も似通っていて買う気が起きない。


 そんなお話をたくさん聞いたと私が口にすると、エリック様は考え込むように視線を伏せた。


 長いまつげがエリック様の端正なお顔に影を落とす。


 幼馴染でもちょっとドキッとする色気のある表情でエリック様がささやくように口を開いた。


「そうか……幼い子供相手の玩具か……」

「対象年齢はゼロ歳から三歳くらいがいいと思っているの。それ以上の年齢の子供たちの玩具はそれなりにあるのだけれど、三歳以下の子供に与えても安全な玩具が少ないのよ」

「なるほど。安全というのは具体的には?」


 視線を上げたエリック様の瞳が楽しそうに私を映している。


 私はあらかじめ考えていたことなので、すらすらと疑問に答えた。


「まず、飲み込まないこと。小さな部品があってはダメ。小さい子供はなんでも口に入れるから。それに、細い部品も危ないわ。目に入れば失明してしまうから。一つの部品が呑み込めないくらい大きくて子供の小さな手でも持ちやすくて、楽しく遊んでもらえる玩具がいいと思うわ」

「ふむ」


 エリック様が一つ頷いた。


 控えていた執事を呼んで、紙とペンを持ってくるように言いつける。


 少しして、すぐに執事が紙とペンをエリック様に渡した。


 受け取って、ローテーブルに紙を広げたエリック様はそこにすらすらと文字を書いていく。


 大人しく待っていると、エリック様はなにやら楽しそうに顔を上げた。


「いくら必要だ?」


 話が早い。


 私が足を運んだ理由を的確に組んでくれたエリック様に、内心で笑いが止まらない。



 頭が柔らかくて有能なところがどこかの誰かさんとは大違いだわ。


「そうね、ざっと金貨100枚の融資が欲しいわ」

「いいだろう」


 金貨一枚で平民の一か月分の給料だ。


 けれど、貴族相手に商売をしようというのだから、思い切った額を用意しなければならない。


 エリック様にとっては大した額ではないにしろ、さすがに両親には頼めない金額だ。


 私の両親は女が起業なんて、というのが目に見えているのもある。


「返済プランは?」

「まとめてあるわ」


 私はエリック様に許可を取って紙とペンを貸してもらい、迷いなく返済可能な額と期間を記入した。


 私がサイン済みのその紙を渡すと、エリック様はじっくりと読んだあと「いいだろう」と頷く。


「これなら問題はない。手助けは必要か?」

「信用できる人が何人かほしいわ。私には人の伝手がないの」

「俺から三人ほど斡旋しよう。シャルロットのほうで見極めてくれ」

「ありがとう!」


 これで一つ目の課題はクリア。


 弾んだ声でお礼を伝えた私に、エリック様の目元が優しく和む。


 どき、と再び高鳴った心臓を押さえつけるように笑みを浮かべて、私は一つの雑談を口にした。


「そういえば、縁談のほうはどう? うまくいっているの?」

「だめだな。眼鏡に叶う女性がいない」


 さらりと返事を返される。


 エリック様は私の二つ上だけれど、いままで結婚したこともなければ、そもそも婚約者がいたこともない。


 優しくて誠実で真面目。


 こんなに好物件なのに縁談が中々まとまらないのは、エリック様の選り好みが激しいからだ。


「どこかで妥協しないと」

「お前のようにか?」

「うっ」


 アドバイスのつもりが呆れた声音で言い返されて言葉に詰まる。


 視線をそらした私に、エリック様が浅くため息を吐き出した。


「用はすんだんだろう。帰るといい」

「そうね。失礼するわ。また経過報告に来るわね」

「ああ」


 ソファから立ち上がってカーテシーをした私を、エリック様は静かな瞳で見つめていた。




▽▲▽▲▽




 初めての経営がすぐにうまくいく! はずもなく。


 というのも、元旦那であるアレン様が事業に横やりを入れてきたからだ。


 深夜、私が事務所として使っている邸宅に不審者が現れた。


 幸い、残って作業をしていたエリック様から紹介してもらったマルクが持ち前の筋肉を生かしてとらえてくれた。


 連絡を受けた私が翌日事務所を訪れると、すでに尋問した後で、犯人はアレン様の指示であると吐いたらしい。


「事務所を荒らして、事業の資料を獲ってこいと命令されていたようです」

「頭が痛いわ……。金庫に保管していて正解ね。でも警備も増やしましょう。幸い、まだ資金に余裕はあるわ」

「そのほうがよいですね」


 マルクの報告に右手でこめかみを抑える。口にもしたが、頭痛がする。


 確かに一方的に離縁してきたけれど、腹を立てる筋合いでもないでしょうに。


 元々はアレン様があまりに好き勝手にするから私が痺れを切らしたのだし。


 はあ、と息を吐き出して気分を変える。


 エリック様が紹介してくださったマルクをはじめとする部下の三人は全員優秀だ。


 元々大工だったというマルクは筋骨隆々でたくましく、手先も器用で私が出した指示通りに設計図を書いて、試作品を作ってくれる。


 他にも数字に強い会計担当のジーク、商会との繋ぎを作ってくれた人脈にたけたニコラがいて、三人を中心にそのほかにも何人か部下を雇った。


 先日、お茶会で披露した積み木の玩具が好評だったから、そのうち邪魔をしてくるだろうとは思っていた。


 アラン様は私が成功するのをただ見ている人ではないことくらい知っていたから。


 いままで流通していた積み木はどれも木をそのまま削っただけのものだったけれど、私が作ったのは目に見ても楽しいカラフルな積み木だ。


 塗料は人の口に入っても問題のないものを念入りに調査した。


 形も従来の四角一辺倒ではなく、円柱形のものや三角形のもの、半円形やアーチ状などいろいろと試行錯誤してこだわった逸品だ。


 エリック様が贔屓にしている貴族御用達の商会に卸すために、量産の体制を整えているところでの横やりに、今後どんな邪魔をしてくるのかしら、と私は呆れた気持ちで遠くを見た。






 アラン様は本当に私のことを潰したいらしい。


 エリック様曰く「顔に泥を塗られた」といろんなところで愚痴をこぼしているのだとか。


 貴族男性の再婚は女性より容易だし、そもそもメロメロになっている男爵令嬢のドミニク様がいるのだから、私のことを邪魔する時間があるのなら、とっとと再婚をすればいいのに。


 そういえば、ドミニク様もドミニク様で私の邪魔をしてくる。


 具体的には、お茶会で覚えのない悪評を流されていた。


 曰く、私の作っている玩具のカラフルな色は子供が舐めると病気になる、などという内容だ。


 誹謗中傷もいいところである。


 おかげで私はご婦人方の前で積み木を一つずつ舐めることになった。


 貴族としてありえない行動をとったが、私の体を張った無罪の証明でご婦人方の疑念は晴らすことができた。


 恥は別にどうでもいいけれど、余計な手間をかけさせられたことは恨んでいる。


 そんなこんなでやっと商品の発売にこぎつけたわけだけれど。


 発売日を一週間後に控えた私にはやるべきことがあった。


 これ以上、横やりを入れられないようにアラン様とドミニク様を抑え込むことだ。

 

 とはいえ、どうしたものか。


 最近ずっと事務所にしている邸宅で唸っていたからか、話を聞きつけたエリック様が私の元まで足を運んでくれた。


「面白い提案をしに来た」

「……お話は聞きましょう」


 口元をゆがめているエリック様の表情は悪い悪戯を思いついた時のそれだ。


 私は幼馴染だから知っているけれど、こういうときのエリック様の提案は大抵ろくなことではない。


「そう嫌そうな顔をするな。シャルロットにとってもいい話だ」

「本当に……?」


 どうしても疑ってしまう私に近づいて、エリック様が耳元で囁くように言葉を落とす。


 その内容を聞いて、にやぁと私もエリック様同様に悪い笑みを浮かべてしまった。


「いいですわね!」

「だろう?」


 のちに、この場に偶然に居合わせていたジークには「魔王と悪魔がいた」と評されることになる。




▽▲▽▲▽




 バスティアン公爵家でお茶会が開かれることになった。


 貴婦人だけではなく紳士の社交場としても利用するようエリック様が呼び掛けたらしく、お茶会には普段は姿をみせない方々も揃っている。


 その中にはアラン様やドミニク様もいた。


 このお茶会は商会に商品を降ろす前の発表の場も兼ねているのだ。


 だから、お茶会の席は私が仕切った。


 パティシエが腕によりをかけて作ったケーキやクッキーに、遠方からあえて取り寄せた少し珍しい茶葉を使った紅茶。


 それが苦手な人のために一般的なものもちゃんと用意した。


 色とりどりのお菓子が並べられて、舌だけではなく目も楽しませてくれる。


 公爵家のお庭も庭師が今日のためにいつも以上に念入りに手入れをしてくれたから、花々が綺麗に咲き誇っていた。


 私はエリック様にエスコートされて、庭園に足を踏み入れる。


 一斉に視線がこちらへ向けられたので、鍛えられた表情筋を使って穏やかに微笑む。


 皆様の前で立ち止まったエリック様の腕から手を放して、私はカーテシーをした。


「本日はお集りいただき、ありがとうございます。さっそくではありますが、私が作った玩具の紹介をさせていただきたく思います」


 ニコラが積み木の玩具を綺麗に並べたカートを押してくる。


 私の前で止まったカートの上に乗せられたカラフルな積み木を前に、私は朗々と声を張り上げた。


「こちらの積み木は一歳から三歳までの幼い子供を対象にしております。一つ一つ丁寧に職人が作っており、子供でも握りやすく、また口に入れても飲み込むことはない大きさとなっております」


 視線が積み木に注がれる。普通の積み木は色を塗らないから、そのあたりの説明も忘れない。


「もちろん塗料は安全性に最も気を使っております。そうですわ、アラン様。ぜひなめてみてください。体に害がないことの証明を手伝っていただければと思います」

「っ」


 私が指名したアラン様が体をびくりと揺らす。


 驚いた顔でこちらを見つめるアラン様んに、にこりと笑いかける。


「離縁したとはいえ、元は夫婦です。よろしくお願いしますね」

「なぜ私が! お前がやればいい!」


 にこりと微笑んだ私に対して、アラン様の声は強気でいながらもこわばっている。


 それはそうだろう。アラン様は絶対にこの積み木を舐めたくない。


「私は一度皆様の前でやっております。解毒薬を口に入れていたのだ、といういわれもない噂が流れている以上、私以外の方がやるのが適任です。そうですね、ドミニク様でも構いません」

「!」


 噂を流した張本人に矛先を向けると、こちらも肩を大きく揺らした。


 私はますます笑みを深める。


「それとも、できませんか? お二人で共謀して、この積み木に――毒を塗っているから」


 私の発言に、場が一気にどよめいた。


 貴婦人の方々も、紳士の方々も、信じられないとアラン様とドミニク様に視線を注ぐ。


 大勢の責め立てるような眼差しを受けて、二人は固い面持ちでこちらを睨む。


 エリック様がつかんでいた二人の怪しい動き。


 手下を使って私が披露する積み木に毒を塗ろうという計画を、あえて泳がせた。


 確実な証拠を掴むために。


「なんの証拠があってそんなこというんだ!」

「そうよ! これは罠よ!!」


 アラン様とドミニク様が反論する。けれど、その程度は想定の範囲内。


 私の隣のエリック様が動く。


「お前たちが雇った下手人はとっくに捕まっている。連れてこい」


 エリック様の言葉に、待機していたマルクが薄汚れた犯人を連れてきた。


 散々に尋問をされた跡である犯人はひどく怯えた様子でエリック様から視線をそらしている。


「そいつなど知らぬ!」

「お前の主人はそういっているが?」


 エリック様の絶対零度の視線と声音に、犯人の男が悲鳴を上げた。


「お許しくださいお許しください! ドミニク様に唆されたのです! アラン様の命令を聞けば、一夜を共にしてくださると!」


 またしても大きなざわめきが起こった。


 どよめく人々が注目するのは名前のがったドミニク様。


 顔を真っ赤にして震えているドミニク様が言い返すより早く、エリック様が口を開く。


「ドミニク令嬢、貴女はずいぶんと俺にも言い寄ったな。『シャルロット様は酷い方だから、手を切ったほうがいい』だったな?」

「事実じゃない! その女は旦那様であるアラン様を裏切ったのよ!!」

「お前がアランと不倫をしたからだ」


 バッサリと切り捨てたエリック様の言葉に目を見開いたドミニク様が歯を食いしばる。


 次の攻撃はアラン様に向いた。


「アラン、お前はずいぶんと女遊びが激しいようだが、嫌がる平民の女性を金にものをいわせて手籠めにしたそうだな。訴えが上がっている。シャルロットが愛想をつかして当然だ」

「濡れ衣だ!」

「そうか? 相手の女性に悪いからここでは公開しないが、お前がそのことを自慢している音声は魔道器で録音済みだ」

「っ」


 唇を噛みしめたアラン様に、エリック様がにこりと笑う。


 綺麗だからこそ迫力のある怖い顔だ。


「このことは全て陛下にも奏上済みだ。シャルロットを毒殺しようとしたことを含め、今までに起こした数々の問題により失脚は免れない。陛下はアランとドミニク令嬢に、仲良く平民になれと仰せだ」

「?!」

「な、なんでよぉ……!!」


 愕然と目を見開いたアラン様と、泣き崩れるドミニク様。


 彼女からしたら伯爵夫人に収まるはずがとんだ目論見違いだろう。二人に同情するつもりはないが。


「だが、名誉挽回の機会を与えてもいい」


 エリック様の言葉にアラン様が震える声で「なにをすればいい」と問いかける。


 エリック様はすい、と美しい所作で積み木を指さした。


「お前たちが舐めろ。毒が付着していない証明がされるのであれば、今回の一件は不問となる」


 エリック様の最後通牒に、アラン様ががくんと膝をついて項垂れた。


 ドミニク様がますます激しく泣き出す。二人のその姿は、言葉より雄弁に事実を物語っている。




▽▲▽▲▽




 アラン様とドミニク様を待機していた騎士に引き渡して、冷めきってしまった場をエリック様が巧みな話術で盛り上げてお茶会は終了となった。


 私はエリック様の執務室にお邪魔してソファでのんびりとお茶を飲んでいる。


「どうだった? 少しは落ち着いたか?」

「ええ。……自業自得とはいえ、少し後味が悪いけれど」

「どうしてだ? 乗り気だっただろう」


 不思議そうなエリック様に、私はため息を吐き出した。


 確かに最初はおもしろそうと同委はしたけれど。


「あそこまで追い詰めるなんて、聞いていなかったわ」

「毒殺されかけたのに、優しいな」


 呆れた声で言い返されて、私は肩をすくめる。


 別に情があったわけではない。


 ただ、生まれてからずっと貴族として生きてきた二人が平民になったところで、何もできずに野垂れ死ぬ未来がわかるから、言葉通り少し後味が悪いだけだ。


 私はあの二人にちょっと痛い目を見てもらえればそれでよかったから。


「意地悪な男は嫌いか?」

「どうかしら」


 エリック様の思わぬ問いかけにぱち、と瞬きをする。


 はぐらかした私の答えに、執務机に座っていたエリック様が立ち上がった。


 ゆっくりと傍によってくる姿を見上げる。真摯な瞳と視線が絡み合う。


「なぁ、シャルロット」


 静かに、少しだけいつもより低い声音で。エリック様が口を開いた。


「俺と結婚しないか?」


 単的で直截な告白に、再び瞬きをする。予想外のお誘いだ。


 エリック様に嫌われていないことは知っていたけれど、そういう対象として見られているとは思わなかった。


 エリック様の手が伸びてきて、長く伸ばしている髪を一房掬い上げる。


「俺は、ずっとシャルロットが好きだったんだ」

「……初耳です」

「口にしたことはない。俺が出会ったときにはシャルロットはアランの婚約者だったから」


 記憶を掘り返す。両親がアラン様と私の婚約を結んだのが、私が一歳のとき。


 エリック様と出会ったのは五歳の時だ。


「たしかに」

「横取りしようと考えたこともあるが、お前は愚痴をこぼすことはあっても結婚を嫌がってはいなかったから、躊躇した」


 髪の毛にキスを落とすエリック様の瞳には、焦げ付くような執着が見え隠れしている。


 私はカップをソーサーに戻して、エリック様を見上げた。


 彼の手から私の髪が躍るようにして逃げる。


「嫌だと口にしても、何も変わらないと諦めていました」

「その感情に気づかなかったのは俺の落ち度だ。だが、俺は二度も機会を逃がす男ではない」


 エリック様がカーペットの上に膝をつく。


 ソファに座る私を見上げる瞳には、優しさと少しの焦りの色がある。


「なあ、俺ではだめだろうか」

「……夢が、あったんです」


 無言で続きを促される。私はぽつぽつと言葉をこぼした。


「たくさんの人を、笑顔にしたかったのです。子供たちだったなおさらいいな、と思っていました。だから――再婚しても、きっと私は玩具を作ることをやめられません。公爵夫人が事業を手掛けていても、大丈夫ですか……?」


 後半は不安が顔を出して、少し声音が揺らいでしまった。


 エリック様は小さく目を見開いて、笑み崩れる。


 愛おしいものを見つめる眼差しに、心臓がうるさく跳ねて仕方ない。


「そんなのいいに決まっている。それに、シャルロットの玩具事業はいい収入源になりそうだしな」


 エリック様の手がそっと私の指先に触れた。


 宝物に触れるように手を取られて、指先にキスを落とされる。


「俺の伴侶となってくれ」

「――はい」


 誰かに必要とされたかった。愛ではなくてもよかったから、事業を立ち上げることを選んだ。

 

 でも、こうして私を大切だと伝えてくれる人がいるのなら。その愛に応えたいと強く願う。


 私は嬉しさから滲む視界で、懸命に頷くことしかできなかった。






 そうして公爵夫人になった私は、エリック様の助言に助けられながらどんどん事業を拡大して、王国随一の玩具事業の主となるのだった。





読んでいただき、ありがとうございます!


『旦那を寝取った? ありがとうございます! じゃあ私、おもちゃ会社をやるので!』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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