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05:ラブホ


凛子が洗濯を干し終えベランダからリビングに戻ると、テーブルの上に見覚えのあるスマートフォンがあった。このお洒落な革のケースのスマートフォンは奏のものだ。

奏は先程ベランダにいる凛子に声を掛け仕事に行ったのですでに家にはいない。スマートフォンを持って行くのを忘れてしまったらしい。


奏はいつもスマートフォンを肌身離さず持っているので、スマートフォンを忘れてしまうと大変だろう。凛子はそう考えるとエプロンを外し外出の準備をした。今日は特に予定もないので奏の職場にスマートフォンを届けにいこう。奏の職場の近くにお気に入りのティーショップもあるので、帰りにそこでハーブティーと軽食を楽しむ予定だ。


凛子は家を出ると小走りに最寄駅へと向かう。奏が家を出てからあまり時間が経っていないので、追いつくかもしれないと考えたからだ。


足早に改札を通りホームに着くと、遠くに電車を待つ奏の姿が見えた。奏に近づきたいが人で混雑しており距離を縮めることができない。そうこうしているうちに電車が来てしまい奏はその電車に乗り込んでしまった。

どうせ目的の駅は知っているので凛子も同じ電車に乗り込む。乗っている車両は違うが、到着時に急いで降りれば奏に追いつくだろう。


母によると奏は新宿で人気のアパレルショップで働いており、接客も上手いので売上にもたくさん貢献しているらしい。凛子は接客が苦手なので奏の働いている姿を見て学んでみたいものだ。


そんなことを考えていると新宿駅に電車が到着した。凛子の家の最寄り駅も繁華街なので人が多いが、新宿はそれの比ではなく人が多い。なんとか素早く電車を降りたが、凛子も奏も背が高い方ではないので人探しには不便だ。


必死にミルクティー色の頭を探す凛子。

奏の頭を見つけたときにはかなりの前方にいて追いつくのは難しそうだった。奏は職場とは違う方向の出口に向かっているようだ。仕事の前に何か予定があるのかもしれない。


凛子が改札を出る人の列に辿り着くと、改札外の人混みの中で奏が綺麗な女性と話しているのが見えた。そしてすぐに二人は歩き出してしまった。女性が奏の腕を触ろうとしていたが、奏はそれを交わしてズボンのポケットに手を突っ込む。

なんとか追いつきたい凛子だが、改札を出ても人の波だ。どうやら今日は新宿で何かイベントがあるらしく、いつもより人が多いらしい。


凛子が二人を追いかけて5分程すると、二人は”Hotel Love Paradise”という施設に入って行った。


何かホテルで用事でもあるのだろうか?ちょうど昼食時だしホテルのレストランや喫茶で食事でもするのかもしれない。ホテルであればエントランスで追いつくし問題ないだろう。

昼から宿泊施設に入る人がいることを知らない凛子はそこが男女が愛を育むための場所だと全く気付いていない。


凛子が紫色のライトが光るホテルの入口に入ると、そこで奏と女性がが部屋の写真を見ているところだった。ドアの音で二人は凛子の方へ振り返る。

そして、凛子の姿を見た湊はぎょっとした顔をしていた。きっと忘れものを届けに来た凛子を見て驚いたのだろう。


「凛子ちゃん!?」

大きな声を出して固まる奏。


「何々?奏にしては珍しいタイプじゃん。今日は3人でするの?」

「ちょっ、黙って‼」

女性の言葉にさらに焦る奏。


「どうしたの?何でここにいるの?」

奏が急いで凛子に駆け寄る。


凛子は鞄からスマートフォンを取り出すと奏の前に差し出した。

「忘れたら困るかなと思って追いかけてきたんです。」


「えっ…あ、ありがとう、わざわざ…」

奏はなんとも言えない表情で凛子を見るが、凛子はなぜ奏が困っているのかわからない。

食事の前に邪魔してしまって気分を害したのだろうか?いや、奏はそんなことで気分を悪くするような人ではないはずだ。


「いえ、私も新宿に用事があったので。では失礼します。」

凛子は二人に丁寧なお辞儀をするとホテルを出た。


自分の知っているホテルとは少し風貌が違ったが、会員制の高級なホテルなのかもしれない。奏は凛子の知らないことをたくさん知っていようなので、また食事の感想等色々教えてもらおう。



凛子が出て行ったドアを見て立ち尽くす奏。

凛子はいつもの無表情で何を考えているのかわからなかった。


「ねぇー、用事終わったなら早く部屋入ろっ。」

女性が甘い声で奏に抱き着く。


「今日はなしで。」

奏はそう言うと女性の手を払いすぐにラブホテルを出る。


「はぁ!?意味わかんないんだけど!?」

後ろで女性の怒った声が聞こえるが奏は振り向きもしなかった。





奏が急いでラブホテルを出るとすぐ先に凛子が歩いているのが見えた。見るからに真面目な格好の凛子の姿はラブホテルが立ち並ぶこの繁華街で少し浮いている。


「凛子ちゃん‼」

奏は走って凛子に追いつき、凛子の手を取った。


「わ、びっくりした。」

凛子はそう言うが、表情は変わらず驚いているようには見えない。


「あのっ、さっきのは違うんだよ。」

咄嗟に言葉が出る奏。自分でも何で焦っているのかわからないし、何を凛子に伝えたいのかわからない。


「?」

凛子も奏が何を言いたいのかわからない。奏にもわからないので当たり前だろう。


「…」

奏は凛子の手を持ったまま無言で、何かを言おうとするのだが言葉が出ない。


そこで口を開いたのは凛子だ。

「すみません、お食事の前に邪魔しちゃって。本当は職場に持って行こうかと思ったんですけど。」


「食事…?」

確かに女性をいただくつもりでラブホテルにいたが、凛子がそのニュアンスで食事と言っているわけではない気がする。


「はい、お仕事前にホテルにあるレストランに行こうとしてたんですよね?」

「えっ…」

もしやラブホテルだと気付いてないのか⁉…衝撃を受ける奏。そっち方面に疎いとは思っていたが、まさか23歳にもなってラブホテルへの認識がないとは…。


「…あはは、そうなんだよ。急遽仕事が休みになったから食事だけでもして帰ろうかと思って。」

適当に話を合わせる奏。

今日は仕事等なかったし適当に女性と遊んで酒でも飲もうと思っていただけだが、なんとなく凛子にはこの自堕落な生活を知られたくない。母親にバレたくないというのもあるが、凛子には猫を被った優しい兄だけを知っておいてほしい。


「あの、もう戻っていただいて大丈夫ですよ?」

凛子は握りしめられたままの手を見て言う。

わざわざもう一度御礼を言うために自分を追いかけてくるとは、つくづく奏は律儀な人らしい。


「いやっ、えっと…実はさっきの女の人も急用が出来たらしくてさ。」

嘘で嘘を塗り固める奏。このまま凛子と別れるのはなんとなく気まずい。もっとも凛子は奏が何をしようとしていたが知る由もないが。


「そうなんですが。じゃあ、よろしければ兄さんも一緒に来ますか?」

「え?どこに?」

「実は今からハーブティーの美味しい喫茶店で簡単な食事をしようと思ってたんです。」

休みの日はハーブを扱ったお店に行くのが趣味の凛子。今日もお気に入りのお店で読書をしながら過ごすつもりだった。ランチの予定がなくなったと言うので奏を誘ってみたが余計なことをしただろうか…。


「じゃ、じゃあせっかくだから一緒に行こうかな。」

いつもローテンションで知り合いの前では堂々としている奏だが、何故か凛子の前では動揺してしまうことが多い。自分が自分でないみたいだ。これまで周りにいる人たちと違って凛子は予想外の言動をするからだろうか…。






凛子に連れられて店に着くと、二人は向かい合って席についた。

凛子はすぐにメニュー表を手に取り真剣に見つめる。


「えっと、ハーブティー?だっけ?好きなの?」

奏がそう尋ねると凛子は目をキラキラとさせすぐに顔を上げた。


「はい!大好きです‼」

声を弾ませる凛子に奏は少し驚いた。凛子は無表情がデフォルトだったので意外な姿だ。


「そっか。じゃあ、今日は凛子ちゃんに俺のハーブティーも選んでもらおうかな。」

奏は全くハーブの知識もないし、おそらく飲んだこともないので凛子に任せるのが良いだろう。


「じゃあ、兄さんの最近の悩みを教えてください‼」

「な、悩み…?」

何故急にお悩み相談になるのだろう。困惑する奏。


「ハーブティーって使うハーブによって効能が色々あるんですよ。基本は数か月飲まないと効果は実感できないんですけど、即効性のあるものもあるにはありますし。それに香りとか味もたくさんあるので自分好みにアレンジできるんですよ。基本乾燥した葉や花等を使うんですけど、ここでは新鮮なフレッシュハーブもあって…」

楽しそうに話し続ける凛子。とてもハーブが好きなようで、いつもより大分饒舌だ。


「あ、すみません…私ばかり話してしまって。」

凛子が黙って聞いている奏に謝る。頬が少し赤くなり恥ずかしがっているようだ。


「あはは、大丈夫だよ。俺あまりハーブのこと知らないから嬉しいよ。」

凛子の新しい一面を見て何だか微笑ましく思う。雷やハーブのことを知るまでロボットみたいな抑揚のない子だと思っていたが、好きなものを前にするとこんなにも表情豊かになるのか。


「ありがとうございます。実は私も家でよくハーブティーを入れるので良かったら兄さんにもご馳走させてくださいね。」

「うん、楽しみにしているよ。」


「それで…今何のハーブティーで何をを飲むかなんですけど、どこか体調に不調があったり気分が落ち込んだりとかってあったりしますか?」

「そうだな…最近目が疲れやすいってのはあるかな。」

まぁ、単にパチスロ通いが続きチカチカした明るい画面を見すぎなだけなのだが。


「なるほど、疲れ目にはこれがお勧めですよ。アイブライトを使ったものです‼」

凛子はメニュー表の”愛フラワーティー”と書かれている字を指差す。どうやら愛と目のEyeをかけた名前のようだ。


「アイブライトは目の緊張を取ってくれるんです。」

「へー、他にも何か入ってるの?」


奏の質問に凛子は嬉しそうにする。

「他にはコモンマロウとハイビスカスがブレンドされていて、このハーブたちは網膜の再生してくれるんですよ。」

「なるほど、ハーブによって色々な効能があるんだね。」

「はい‼本当奥が深くて勉強すればするほど面白いんです。ここの愛フラワーティーはハイビスカスの酸味を上手くマイルドにブレンドしてて飲みやすいんです。」

凛子が話し続ける。



注文をした後も二人の会話は途切れることなく、いつも一人でハーブティーを飲んでいる凛子にとってはとても楽しい時間になった。

奏もいつもは人の会話に興味がないので質問することがなかったのだが、凛子のコロコロと変わる表情が新鮮でついつい質問をして会話を続けてしまう。


ハーブティーと軽食を終えた二人はすぐに解散した。凛子は自宅へ帰宅し、奏はまた繁華街に遊びに行ったのだった。


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