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04:雷


夜中、奏が数日ぶりに家に帰ると室内は真っ暗で静まりかえっている。すでに皆寝ているようだ。特に両親は新規開店したばかりで忙しいのでぐっすりと熟睡しているだろう。凛子のことはまだよくわかっていないが、真面目な子みたいだし寝ているはずだ。


今日は外の天気が悪く、奏が帰宅する際には雷が光り小雨が降っていた。今では窓に雨と風が叩きつけられる音が鳴っている。今晩は記録的な豪雨と雷になり警報も発令されているらしい。


奏はシャワーを浴びると、敷布団と積みあがった服しかない質素な自室に入った。いつも誰かの家で近くに人がいる場所で寝ているので自分の部屋ながら違和を感じてしまう。自室というより客室のような感覚だ。

奏は今日はあんま寝れないかもしれねーなと思いながら敷布団に寝転がった。大きくなってきた雷の音を聞きながらスマホを触る。


ゴロゴロゴロ…ピシャンッ‼

ガシャンッ


雷の音が響いたと同時に隣の部屋から何かが派手に落ちる音がした。どうやら凛子が起きていたようだ。これまで静かなので全く気付かなかった。

近くで雷が落ちたようで大きな音がしたので驚いたのだろう。窓の外から雷の光も漏れている。


ガタンッ…!

それでも隣の部屋から物を落とす音が床を通して奏の身体に響いてくる。


雷の音に驚いたわりには様子がおかしいな…。


奏は立ち上がると凛子がいる引き戸をノックした。

「凛子ちゃん、大丈夫?」


遠慮がちに尋ねる奏だが、凛子からの返事はない。


ガタッガタガタッ…

聞こえるのは何かが動く音だけ。


「開けて大丈夫?」

「…。」

それでも凛子の返事はない。


「ごめんね、開けるよ?」

少し心配になった奏は静かにゆっくりと引き戸を開ける。

すると部屋には枕元のライトだけが点いており、奏の前にあるベットを挟んで凛子が床に座り込んでいた。凛子はタオルを頭に巻き付け耳を塞いでいる。座り込む隣にはマグカップと零れたお茶が広がっておりまだ湯気があがっている。


「やけどしたの⁉」

奏はその光景を見ると急いでベットを乗り越え凛子の前にしゃがむ。

それでも顔を上げない凛子の身体は微かに震えていた。


「凛子ちゃん?」

奏が凛子の顔を覗き込む。

凛子は言葉が出ないようで、涙ぐむ目で奏を見つめ返すだけだった。


雷のが怖いのか…?


奏は優しく凛子の肩を抱くとゆっくりと立ち上がらせベットに座らせた。それでも凛子は俯いたままで身体を硬直させている。


こんなときどうすればいいんだ…あまり人を気遣うことのない奏は戸惑ってしまう。


「まずは零れたお茶拭いちゃうね。」

奏がタオルを取りに部屋を出ようと身を翻したとき、凛子は咄嗟に奏の服の袖を掴む。遠慮がちなその手は震えていた。


奏はタオルを取りに行くのをやめ、遠慮がちに凛子の隣に座った。そして安心させるように凛子の手を優しく握る。


「雷怖いの?」


奏の言葉に凛子がコクリと頷く。


「えっと…お父さんに来てもらおうか?」

ほぼ他人の自分より家族である父に来てもらった方が凛子も安心するだろう。


しかし、凛子はその問いに強く頭を横に振る。仕事で疲れている父の邪魔をしたくないらしい。きっとこれまでもずっと一人で怖いのを我慢してきたのだろう。


どうしたら良いのか困ってしまう奏、何と声を掛けて良いのかもわからないしこのまま手を握っていても良いのかわからない。



「……すみません、兄さんに迷惑かけて。」

蚊の鳴くようなか細い声で凛子が言う。


「これくらい迷惑じゃないから大丈夫だよ。俺も起きてたし。それよりお茶で濡れたりしてない?」

「はい、大丈夫です…。」

雷の音は落ち着いてきたようだが、もう少し凛子と一緒に居て落ち着かせたほうが良さそうだ。


「昔、雷が目の前に落ちて大きな木が真っ二つになったんです。それ以来どうしても怖くて…」

「そっか、それは怖かったね。…それなのにこれまで一人で耐えて凄いよ。」

俺は怖いことから逃げてるだけの人生だし、一人で耐えるなんて本当に凄い。


「…。」

「…。」


そして暫く沈黙が続いた。聞こえるのは雨の音だけだ。



トサッ

奏の肩に温もりが感じられる。どうやら凛子は寝てしまったようだ。


凛子の様子を数分伺っていたが起きる気配はない。近くにいる凛子からはいつも周りにいるような女のきつい香水の匂い等はせず爽やかな花のような香りがしている。


奏は慎重に動き、凛子をベットに寝かせブランケットを被せる。凛子の顔にはうっすらと涙の筋が残っていた。タオルを巻いた首元を見ると赤くなっており、相当強い力で縛っていたことがわかる。奏はそのタオルを優しく外すと畳んで凛子の隣に置いた。


いつも表情が変わらず静かなイメージがあったので、今日の凛子の姿は意外であった。





雨はすっかりと過ぎ去り、カーテンからは温かな朝日が入り込む。


ゆっくりと目を開く凛子、そこにはいつもも見ている天井が広がっていた。ゆっくりと身体を起こすと、掛けられていたブランケットの左側に少し重さを感じる。

そちらを見ると引き戸は開いていて、凛子のベットに腕と頭を乗せ座ったまま座って眠る奏の姿があった。


「…!」

その光景を見ると同時に昨夜のことを思い出す。久しぶりに帰宅した兄に夜中に迷惑を掛けまくった挙句一人で先に寝てしまったのだ。


子どもの頃から雷が苦手でいつも布団を被ってやり過ごしていたのだが、昨夜はそれでも耐えられず落ち着くためにハーブティーを飲もうとしていた。ベットでハーブティーを飲み始めたときに大きな雷の音が鳴り、それに驚いてハーブティーを床に落としてしまったのだ。


ベットを挟んで奏と逆の方を見ると、零したお茶やマグカップは綺麗に片付けられており、奏が掃除をしてくれたのだろう。


やってしまった…大きく落ち込む凛子。


凛子は心の中で暫く自省を続けると、静かに立ち上がりクローゼットから取り出したブランケットを奏の肩に掛けた。

そして奏を起こさないようにそっと部屋を出る。






太陽もすっかりと上がり洗濯を干し終えた頃、奏が目を擦りながらリビングにやってきた。


「兄さん!」

凛子が手に持っていた空の洗濯籠を床に置き、奏の元に行く。


「昨日は本当にすみませんでした‼」

そして勢いよく頭を下げた。


寝起きに深い謝罪を受けた奏は少し驚く。

しかしすぐに優しく微笑むと

「そんな謝らなくても大丈夫だよ。別にあれくらい迷惑でもなんでもないし。」

と言った。


「でも…」

「大丈夫大丈夫。むしろ俺が家に居る時に雷が鳴ったらいつでも声掛けてくれて良いよ。」


なんて優しすぎる兄なのだろう…奏の後ろに後光が差しているように見える。これまで一人っ子で兄弟がいるのがどういう感じなのかわからなかったが、兄というのはこんなにも頼りになる存在だったのか。


「じゃあ、昨日の御礼に朝ごはんでも作ってもらおうかな。」

黙ってしまった凛子に困った奏がそう言う。


「はい!何でも作ります!」

凛子は張り切って答えると、すぐにキッチンへと向かった。


そんな凛子の後ろ姿を見てほっとする奏。これまで家にも寄り付かない上にしか兄弟が居なかったので妹がいるのは面倒だと思っていたが、案外頼られたり世話をしたりするのも悪くないもんだな。


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