03:新居
引っ越し業者が帰った後、リビングの整理を終えると両親は早速新しく開店するパン屋へ準備に行った。
そのため、奏と凛子で荷物の整理をすることとなった。
「じゃあ、この荷物は母さんたちの部屋に運んどくね。」
「ありがとうございます。」
新しく兄になった奏は率先して重い荷物を運んでくれ、いつもニコニコとしている。
人当たりも良く穏やかな感じなので新しい兄を心配していた凛子としては安心だ。
ダンボールを両親の部屋に運ぶ奏の背中を一瞥すると、凛子は以前の住まいから持ってきた家具とダンボールだらけの自室に入った。
部屋を見渡す凛子。
そこで一番気になったのは隣の部屋と繋がっている引き戸だ。引き戸の先には奏の部屋がある。長居する家ではないとはいえ、成人した異性同士の赤の他人が扉の繋がった部屋であるというのはいかがなものだろうか。それにこの引き戸の前に家具を置いてしまっても良いのだろうか…?
……まぁ、兄さんもあまり家にいないらしいし気にすることないか。
凛子はあまり深く考える性格でもないため、そう考えに至るとベッドを引っ張り引き戸の前に設置する。
ガラッ
すると突如として引き戸が開いた。
内心驚いた凛子だが無表情で戸の先を見つめる。そこには奏がいた。
「あっ、ごめん。引き戸どうしようかと思って凛子ちゃんに聞こうと思ったんだけど、もう家具置いてたんだね。」
「いえ、兄さんにも意見聞くべきでしたね。」
「あはは、大丈夫だよ。俺は部屋に物少ないから引き戸に家具とか置けないんだけど、どうせ家にあまり居ないし凛子ちゃんの好きにしてね。」
奏のその言葉で奏の部屋をチラリと見ると、室内には敷布団と無造作に積み上げられた服があるだけだった。全く生活感のないその部屋は、本当に短期間だけ居候するつもりだということを物語っている。
「それにしても兄って呼ばれるの新鮮で良いなぁ~。俺、兄弟は上にしかいないからさ。末っ子なの。」
「そうですか。」
「凛子ちゃんは一人っ子なんだよね?」
「はい。」
「…」
「…」
「じゃあ、俺は仕事行くね。晩御飯も外で済ませてくるから~」
奏はニコリと笑ってそう言うと足早に家を出て行った。
…自分が口下手なせいで奏を困らせてしまったのかもしれない。新しい家族が出来たからにはもう少し会話の勉強をしなければ。
それなりに反省する凛子。
凛子は気を取り直すと自身の部屋の片付けを再開した。
一番最初に開けた箱は湿気注意と書かれた段ボールだ。凛子がその箱を開けると様々なハーブの香りが鼻を掠める。ミント、リコリス、乾燥したオレンジピール等の葉や花、果実等の乾燥されたハーブが綺麗にガラス瓶に詰めてある。全て凛子のコレクションだ。
凛子の趣味はハーブティーを淹れることで、将来は自身のハーブティーショップを開くことだ。そのために貯金を頑張っている。調理師専門学校を卒業後、凛子は都内の飲食店に就職し開店資金を貯めているのだ。
いつも基本無表情の凛子だが、ハーブコレクションを眺める瞳は幸せそうだ。
引っ越しを機に小さな野菜用冷蔵庫を購入しすでに部屋に置いている。前日から電源もつけており、冷蔵庫内を冷やされているため準備も完璧だ。凛子はせっせと冷蔵庫にハーブ瓶等を入れた後、隣の棚にこつこつ集めたカップティー等も並べ始めた。
凛子はそうして自分の幸せな空間を作り上げていくのだった。