13:BBQサプライズ~凛子サイド~(未編集)
”餃子キング”というでかでかとした文字と餃子頭に手足が生えたキャラクター、餃子の頭には王冠も乗っている。このイラストは白字のシャツにプリントされているものだ。
凛子は適当に入ったアパレルショップでその奇抜なシャツと向かい合っていた。
真剣な表情でシャツを見つめる凛子。
…よし、これ可愛いし買っちゃおう。
売れ残って割引されたそのシャツが気に入った凛子は即決することにした。
今日は仕事が休みなのでショッピングに来た凛子。お気に入りのオーガニック食材の店で乾燥ハーブを購入した後、ついでにウィンドウショッピングをしている。
「あれ、凛子ちゃん?」
凛子が餃子キングのシャツを手に取った時、見知った声が背後から聞こえてきた。
振り返るとそこには、奏の職場のアルバイトである咲奈がいた。
「咲奈さん、お久しぶりです。」
奏が行方不明になった際に何度か奏の職場を訪れていたので、咲奈とも顔見知りになった。咲奈は凛子より年下で若いがしっかりしているうえに人懐こいので、凛子としても話していて楽しい知り合いだ。
「ひっさしぶり~、ってか名前呼び捨てで良いしため口にしてよ~」
「すみません。まだ人と話すときため口になるの慣れなくて…えっと、咲奈ちゃんって呼んでも良いですか?」
やっと奏の名前を呼び捨てに出来たくらいなのに、咲奈を呼び捨てにするのは凛子にとってはハードルが高い。
「うん‼ちゃん付けも嬉しいよ‼」
咲奈は嬉しそうに歯を見せて笑う。花が咲くようなとても可愛らしい人だ。
「今日はお仕事お休みなの?」
「はい。着れなくなった服があるので、新しいのを買おうかと。ちょうど可愛いの見つけたんです。」
「おぉ~、いいね。どんなの買うのか見せてよ~‼……⁉」
咲奈は凛子が買おうとしている餃子に身体の生えたシャツを見て硬直した。
…???
え?これ買うの??
これ…可愛いの?
凛子のファッションセンスを前にして咲奈の時間が止まってしまう。
なんとか気を取り直して凛子の姿を見ると、咲奈は何かが腑に落ちた気がした。
凛子は今日はくすんだ紫色のワンピースに着古しているであろう白色のカーディガンを着ている。ちなみに靴はスニーカーだ。何だろうこのおばちゃんファッションは…凛子の顔立ちが整っているために、服とのミスマッチ感が際立っている。
「どうかしましたか?」
首を傾げる凛子の瞳は真っすぐで澄んでいる。
うっ…アパレルに関わる身としてこんな逸材を放っておくことはできない。
「あ、あの凛子ちゃん?その服はちょっと…なんて言うか凛子ちゃんには合わない気がするなぁ。良かったら私と一緒に服選ばない?」
言葉を慎重に選んで言う咲奈。
「いいんですか⁉」
咲奈の提案に凛子は嬉しそうに身を乗り出した。無表情のままあまり変化はないが、目がキラキラとしており喜んでいるのがわかる。
「うん、実は夜まで暇だったし、私も凛子ちゃんとお買い物したいな。」
咲奈は凛子の手を取る。喜んでくれたようで何よりだ。
最初の凛子の印象は表情が変わらず平坦な声で話すのでとっつきにくいと思っていたのだが、何度か話すうちに無表情は無表情なりの表情があるのもわかった。凛子は素直で真面目で思いやりのある子だ。奏にもったいないほどのよくできた妹である。
「そう言えば今日奏が職場の人と夕食を食べて来るって言ってました。咲奈ちゃんも行くんですか?」
「そうなの~。年に一度同系列の店舗のスタッフたちで食事するのが恒例なんだ。今日は近くのショッピングビルの屋上でBBQだよ。」
「へぇ、ポスターとかで見たことあります。駅チカで気軽に出来るし屋根もあるので良いですよね。お洒落な空間のところも多いみたいですし。」
凛子は自分がレストランで働いていたり将来は自分のお店を開きたいと思っているので、人気の飲食店等はチェックするようにしている。さすがにBBQに一人で行く勇気はないので、行ったことはないが。
「興味あるなら凛子ちゃんも来る?」
「え?いいんですか?」
BBQは気になっていたので誘ってもらえるのは嬉しいし、奏も参加するようなので心強い。
でもほぼ知り合いのいない集まりに自分が参加しても良いものなのだろうか。
「実は一人急に来れなくなった子がいるからむしろ助かるよ‼」
「じゃあ、是非参加させてください。」
今日は両親も外食をすると言っていたので、自分の食事をどうしようか迷っていたところだ。
「そうとなったら思いっきりお洒落して奏君を驚かせちゃおう‼」
咲奈は張り切ってそう言うと、餃子キングのシャツを棚に戻し凛子の手を取ってお勧めのアパレルショップが揃うビルに連れて行ってくれたのだった。
「あ、あのこの服装でも本当に大丈夫でしょうか…?」
咲奈の全身コーディネートに着替えた凛子は珍しくそわそわしており、恥ずかしそうにスカートを抑えている。
凛子は着慣れない白地に薄い水色の花があしらわれた膝上丈のチュールスカートを履き、デニムブラウスをスカートにインしている。ブラウスには同じ生地のボウタイが付属しておりふんわりとしたリボンが可愛らしい。白のスニーカーは凛子が履いてきたままのものだが、靴下はマスタード色のショートソックスを咲奈に勧めてもらった。
「めっちゃ可愛いよ‼」
咲奈は自信満々に豪語する。
「で、でもこんな短い丈のスカートなんて履いたことなくて…」
凛子がこれまで履いてきたスカートで一番短いものは中高の制服スカートでそれはひざ下丈で履いていた。
「むしろ脚が綺麗なのに出さないほうが勿体ないよ‼私なんて今マイクロミニ丈のショートパンツで太ももめっちゃ出してるくらいなんだから大丈夫だよ‼」
確かに咲奈の服装は太ももが露わになっているし、街中で見る女性達も普通にそういう丈のボトムスを着用しているのをよく見る。そう言われると膝上のスカートは普通な気がしてきた。慣れない丈なのでそわそわしてしまうが、お洒落な咲奈が太鼓判を押してくれるし問題はないのだろう。
その後咲奈は化粧室でヘアメイクも手際よくしてくれ、いつもストレートで放置されている髪はハーフアップのお団子スタイルに結ってくれた。最近はシンプルなメイクも自分でしている凛子だが、さらに手を加えてくれて目はぱっちりで唇はぷるんとみずみずしい。
咲奈に全身コーディネートしてもらった姿は自分でも驚く程の変わりようだ。今回咲奈は可愛いをコンセプトにコーディネートしてくれたらしい。
ちなみにこれを機に使い古された鞄も新調し、咲奈にはたくさん助けてもらった。
凛子の全身改造が終わった頃にはすでに空は暗くなっており、BBQの開始時刻が迫っていた。
奏はこの姿を見たらどう思うだろうか…?褒めてくれるかな?
「お待たせ~!咲奈ちゃんの参上だよ~‼」
咲奈は凛子の先を歩くと同僚たちが集まるテーブルへと元気良く声を掛けた。そこには15名ほどの男女が集まっており、アパレルショップ店員なだけあって皆お洒落だ。
咲奈に服等を見繕ってもらって良かった。自分で着てきた服だと浮いていたに違いない。
「おっせーぞ‼」
「咲奈が最後だかんね~」
咲奈の登場に同僚たちが集まる。咲奈は職場でも人気者のようだ。
しかし奏の姿が見えない。たくさんの人が立ち上がって咲奈のところへ来たので奏が見つけにくいだけだろうか。
「あれ?その子誰?」
咲奈の後ろに控える凛子に気付いた同僚が尋ねる。
「こんばんは。」
凛子は無表情ながらも緊張しつつ声を出す。
「今日一人来れなくなったじゃん?だから友達連れて来たの~‼」
咲奈が凛子の肩を抱く。
凛子は咲奈の友達という言葉に照れてしまう。
私、咲奈ちゃんと友達になれたんだ…‼
友達が少ない凛子にとって咲奈の何気ない言葉がとても嬉しかった。
「えー‼ありえないくらいの美少女‼」
「こんな可愛い子がいるなら紹介しろよな~‼」
同僚達が各々に声を出し凛子と咲奈をさらに囲む。
「凛子と言います。よろしくお願いします。」
ガシャンッ
凛子が名乗ったと同時に同僚たちの後ろで何かが落ちる音がした。
<BBQサプライズ~奏サイド~>
年に一度の職場関係者との食事会。今年は屋上BBQを予約したらしい。
「よっ、奏にしては早く着いたじゃん。」
いつも遅刻をしてくる奏に別店舗の顔見知りが声をかけてくる。
「うっせ、今日は最後の方客が来なかったんだよ。」
奏は店で勤務してから合流した。
周りを見ると食事会開始時間の5分前だというのに半分も集まっていない。きっと仕事が長引いているのだろう。
集まっているメンバーはすでに持ち寄った食材をカットしたりと準備を始めている。ちなみにメインの肉と酒はこの店で提供してもらい、他の食べ物は参加者が各々1つずつ持ち寄ることになっている。やる気のない奏は職場からここに来る途中に買ってきたサラダチキンだ。そのままでもいいし適当に焼いても食べれるだろ…という感じで目の前にあったものを買っただけである。
少しずつメンバーが集まってきて、各々がBBQの準備を手伝っている。そんな中奏は何も言われない限りは座ってボーっとしていた。奏のこのような態度はいつものことなので同僚は特に気にしていない。
確か今日は両親も外食をすると言っていた。凛子は仕事が休みみたいだが晩御飯はどうするのだろうか。凛子は自分の食事しか準備しなくて良い日はかなりの手抜きをする。スーパーで割り引きになったサラダを買って食べるだけだ。
今日も適当な食事をしていないと良いのだが…一応ちゃんと晩飯を食べるように言っておくか。
奏はそう考えるとポケットからスマートフォンを取り出す。
そのとき、「お待たせ~!咲奈ちゃんの参上だよ~‼」と言う聞き慣れた煩い声が聞こえる。奏と同じ店舗で働く咲奈が遅刻してやってきたらしい。咲奈は今日シフトに入ってなかったはずなのに遅刻なんて珍しいな…。
その声が聞こえると同僚たちは咲奈を出迎えるために集まる。
咲奈は元気で愛嬌もあるので職場の人気者だ。BBQの準備をしていた多くの同僚が立ち上がって咲奈を囲んだので、椅子に腰掛けている奏は同僚の背中で咲奈の姿を確認することは出来ない。
同僚たちの背中を横目で見ながらも、奏は気にせず凛子にメッセージを送るためにSNSのアプリを立ち上げる。
「あれ?その子誰?」
「こんばんは。」
「今日一人来れなくなったじゃん?だから友達連れて来たの~‼」
「えー‼ありえないくらいの美少女‼」
「こんな可愛い子がいるなら紹介しろよな~‼」
同僚たちはまだ咲奈と立ち話をしているようだ。一瞬凛子に似た声が聞こえたが、周りの喧噪で錯覚したのだろう。どうやら急遽来れなくなったメンバーの変わりに咲奈が友人を連れて来たらしい。
容姿の良い女性らしく男女ともに盛り上がっているようだ。
新しくやってきたメンバーに興味のない奏では聞き流しつつ、凛子にメッセージを送るために文字を打ち込む。
そして、送信ボタンを押そうとしたときのことだった。
「凛子と言います。よろしくお願いします。」
ガシャンッ
はっきりと聞こえた声色と名前に驚いてスマートフォンをテーブルの上に落とす奏。しかし、スマートフォンは放置しすぐに立ち上がると同僚の群れを搔き分ける。
「凛子!?」
まさかと思い声の主を確認するために群れの前に出ると、そこには咲奈の隣で立っている凛子がいた。
凛子は今朝着ていた母親のおさがりであるワンピースではなく、デニムニットに膝上丈のふんわりとしたスカートを履いている。髪もハーフアップのお団子姿で、このようなガーリーな格好は初めて見る。もしかしなくても咲奈が全身コーディネートをしたのだろう。
くっっっそ可愛いじゃねぇえかー‼
いつもシンプルで大人びた格好ばかりの凛子が歳相応でしかも可愛い系のガーリーファッションを着ているのは新鮮だ。
グッジョブ、咲奈様‼
でもな…でも、それはこんな人が集まってるときにするのはやめろ‼
すでに何人かの男の凛子を見る目がハートになっちまってるだろうが‼
奏は少し恨めしそうに咲奈を睨むが、凛子は褒められたと受け取ったようで親指を突き出しウィンクで答えていた。
「奏、咲奈ちゃんに見繕ってもらったんだけどどうかな?」
「いやいや、なんで凛子がここにいんの⁉」
奏ではすぐに凛子に駆け寄り、凛子をこれ以上見られないように凛子の正面に立ち同僚たちに背を向ける。
しかし、奏での身長も高いわけではないので、あまり効果はない。
「偶然会ったから今日のBBQに誘ったんだ~」
咲奈がニヤニヤしながら奏を見て言う。
「屋上でのBBQに興味があったので、参加しちゃいました。」
凛子は嬉しそうに言う。
男たちの目がハートの状態なのですぐに凛子を連れて帰ろうと思ったが、凛子がこんなにも喜んでいるのに無理に連れ帰るわけにはいかない。
「そ、そっか。慣れないことも多いだろうし、俺から離れないでね。」
奏はそう言うのが精一杯だった。
もちろん同僚たちには奏が凛子の知り合いであることに対して根掘り葉掘り聞かれたが、奏のいつものスルースキルを発動し鉄壁の防御で対処した。
凛子は一番端の席に座らせ、その隣は奏、前には咲奈を座らせた。周りに頓着しない奏があからさまに周りを警戒し、凛子に人を近付けないようにしている。その姿を見た周囲はすぐに奏の恋心に気付き、終始生暖かい視線を送るのであった。ついに奏の気持ちは友人だけではなく職場の人間にまでバレてしまった。




