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12:凛子の夢


比較的月や星がはっきりと見える夜、凛子は仕事を終えると職場であるレストランを出た。

凛子は基本的に早朝から夕方までのシフトに入っており、午前中にはランチの仕込み、ランチタイムの調理、ディナーの仕込みを受け持っている。そのため夕方には仕事が終わることが多いのだが、今日はディナーの調理担当が急遽休みとなったので凛子がヘルプとして入ったのだ。


久しぶりに朝早くから夜遅くまで立ちっぱなしで働くのはしんどい。それに急遽夜に仕事が入ったので、家族の夕食を作ることが出来なかった。両親や兄さんは何か夕食を買って食べたのだろうか。自分も今日は何か買って帰ろう。流石に帰宅後一人分の夕食を作る元気はない。




「え…兄さん?」

凛子は目を丸くする。家にいるはずの奏が立っていたからだ。


「お疲れ様、凛子ちゃん。近くで用事があったから、一緒に帰ろうと思って。」

奏が微笑む。

もちろん用事等なかったのだが、珍しく夜遅くに仕事が終わると連絡を受けて迎えに来たのだ。


「ありがとうございます。」

凛子が奏の元に駆け寄る。そして二人は肩を並べて歩き出した。


「これから夜遅くなったり雷が鳴りそうなときは俺に連絡ちょうだい。仕事ない日なら迎えに行くからさ。」

「それは流石に申し訳ないです。」

「俺がしたいだけだよ?」

「でも…」

大人にもなってそこまで兄にしてもらうのは申し訳ない。正直雷の日に一緒にいてもらえるのはありがたいが…。


「ま、気にせず連絡してね。」

自分が凛子と一緒にいたいだけなのと心配なだけなのだが、流石に凛子に負担をかけてしまうか…。



「…。」

「…。」

暫く二人は無言で歩く。お互いが互いに何を考えているのかわからないが、居心地は悪くない。



「あのさ…良かったら、兄じゃなくて奏って名前で呼んでくれない?」

「え…?」

凛子はその言葉で奏を見る。奏は少し照れくさそうにしていた。


同時に凛子は不安になった。はじめてできた兄弟で浮かれていたのが奏には負担だったのだろうか。やはり甘えすぎていたのかもしれない。



「いや、悪い意味じゃなくて…むしろ良い意味というか…」

兄としてではなく男として見て欲しいからとは言えない奏。


「良い意味ですか?」

「うん。もっと仲良くなれたらなって…。敬語もなくして、父さんみたいに気軽に接してほしいなと思って。」

いや、父ではなく男として見てほしいのだが…今はこんな理由しか思いつかない。


「…。」

考える表情を見せる凛子。

奏はそんな凛子をドキドキしながら見守っていた。


「じゃあ、私のことも凛子って呼び捨てにしてくださ、あ…してほしいな。」

凛子は少し照れているようで目を合わせない。しかし、先程の沈黙は敬語や呼び捨てが嫌だったのではなく、自分を呼び捨てにしてもらうかを悩んでいただけのようだ。


「うん‼凛子、改めてよろしくね。」

奏は満面の笑みを見せた。

凛子は奏のこんなにも弾けた笑顔を見たことがなかったので内心驚いたが、同時に自分も嬉しい気持ちになった。




「あ、何か晩御飯買って帰っていいですか?…いいかな?」

最寄り駅に着いた凛子が尋ねる。まだまだ敬語が抜けずに苦戦しているようだ。


そんな凛子を見た奏は微笑ましい気持ちになる。勇気を振り絞って提案して良かった。恋愛に関しては経験値の高い友人たちのアドバイスを参考にすべきだな。凛子との関係が一歩前進した気分だ。



「実は…」




「え、兄さんじゃなくて奏が作ってくれたんですか!?」

家に帰ると、奏が準備した夕食がダイニングテーブルに並んでいた。献立はオムライスとサラダだ。本当は凛子のように何品か作ってみたかったが、ほぼ料理をしたことのない奏には不可能だった。オムライスはケチャップライスが若干焦げ、卵が上手く包まっていないが味は食べれるレベルのはず。もう寝てしまった両親にも出したが、特に母親は初めての息子の手料理に喜んで食べていた。


「凛子ちゃ…凛子みたいに上手くできなかったけど。」

「嬉しい‼私手料理ってお父さんのもの以外あまり食べてことなくて。」

予想以上に喜ぶ凛子。もちろん調理師専門学校で生徒が作ったものを食べたことはあるが、やはりそれとはまた違う嬉しさがある。


凛子は本当に嬉しそうに出来の悪いオムライスを頬張ってくれた。凛子がこんなにも喜んでくれるなら、また何か料理をしてみよう。




凛子は食事を終えると、御礼にハーブティーを淹れた。御礼と言っても、近頃は食後ハーブティーを二人で飲むことが恒例になっている。今日は肌寒いので身体を温める効果のあるハーブティーだ。シナモン、ジンジャー、ネトル、オレンジをブレンドし、オレンジの甘味とスパシーな風味がある。

いつものように二人は向かい合ってハーブティーを味わう。


「何か音楽かけてみよっか。」

奏はそう言うと、部屋で寝ている両親が起きないような静かな音量で軽快なジャズを流した。


ジャズに耳を傾ける凛子。


「この曲良いですね。私あまり音楽聴かないので…。」

奏は本当に色々なことを知っていて凄い。私はいつもハーブのことばかりでつまらない人間なんだと感じてしまう。


「俺もあまり詳しくなんだけどね。動画サイトで適当に曲探して聞いてるんだ。」

「私も今度探してみようかな。明日ハーブティー飲むときも奏のお勧め教えて欲しいです。」

「ふふ、じゃあ俺も他に良さげな曲探しとくよ。」


「こういう曲をお店に流してみたいな…。」

凛子がぽつりと呟く。


「店?」

自分の働いているレストランのことだろうか?奏が首を傾げる。


「あ、私…将来自分でハーブティー専門の喫茶店を開いてみたくて。」

照れたように言う凛子。自分の夢を話したのは父に次いで二人目だ。


「え!?凄い‼」

奏が声を上げる。凛子がしっかりと貯金をしているとは思っていたがそんな目的があったとは。

きっと調理師専門学校を選んだのも夢のためなのだろう。


「まだまだ勉強中で…私は人と話すのは苦手だし、不安だらけです。」

「それでも夢に向かって努力して本当凄いよ。それに苦手なことがあっても良いんじゃない?どちらにしろ一人で店をするなんて不可能だし、凛子はハーブティーをブレンドするのに集中したら良いよ。」


「あ、ありがとう…。」

不安に思っていたことを奏に励ましてもらって気が晴れた気がした。やはり奏の言葉は元気が出ることばかりで魔法みたいだ。


「…俺が接客しても良いし。」

ぼそりと小さな声で言う奏。


「え?」

凛子が聞き返すと、奏は照れた表情を隠すように顔を隠して立ち上がった。


「俺、先にお風呂入っちゃうね‼」

そして、そそくさと部屋に服を取りに行ってしまったのだ。


今奏は自分のハーブティーのお店で手伝ってくれると言ったように聞こえたのだが気のせいだろうか…。


小さな声だったのではっきりとはわからないが、奏と一緒にお店を開いたら楽しそうだ。今の両親のように笑顔が絶えない楽しい生活になりそうだ。


「そうなればいいのに…」

凛子の小さな呟きが誰もいなくなった静かな部屋に響いた。


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