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09:変化


「兄さん、今日は晩御飯家で食べますか?」

朝食を終え、2人で片付けをしていると凛子がふと質問をしてきた。

いつもわざわざ晩御飯の有無を聞いてくることはないのにどうしたのだろうか。

最近の奏は毎晩きちんと家に帰宅している。友人との約束がない日は晩御飯も家で食べており、今では毎日きちんと夕食のが必要かどうかを凛子に伝えていた。


「いや、特に決めてないけどどうかした?」

凛子は基本毎晩家で夕食を食べている。もしかして今日は夜に外食の予定等があるのだろうか。


「実は今日夕食は外で食べてくるつもりなんです。」

「珍しいね。友達と?」

「職場の人が美味しいハーブ料理のお店があるので誘ってくれたんです。」


それは男?と聞きたくなる気持ちをぐっと抑える奏。

最近凛子は簡単なメイクをしたりとお洒落に気を遣い始めている。さらに綺麗になった凛子に変な虫がつかないか気が気ではない。


「そっか。それなら気にしなくて良いよ。俺も外で適当に済ませてくるし。」

「はい、わかりました。明日はちゃんと作りますね。」


「……凛子ちゃん、俺今日休みなんだけど凛子ちゃんが働いているお店行っても良いかな?今日お店の近くで用事あるし、せっかくだから凛子ちゃんの働くお店でランチでも食べたいなと思って。」

もちろん用事なんてない。ただなんとなく凛子の言う同僚が気になるのだ。


「大丈夫ですよ。今日出勤したら兄さんのテーブル予約しておきますね。」

そう答える凛子にほっとする奏。凛子も一度自分の職場に来てくれたことがあるので、自分も一度行ってみたいと思っていたところだ。






約束した時間丁度に凛子の働く店に着いた奏。凛子は少しお高めのレストランの厨房で働いているらしく、基本厨房から出ないようなので姿は見ることは出来ないだろうが運よく顔だけでも見れたら良いななんて思ってしまう。


店の中に入るとすぐに女性店員が声を掛けてくれる。女性店員は奏の容姿を見て頬をピンクに染めている。

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」


品の良いクラシックが控え目に流れる店内、席もほぼ埋まっていて人気店であることがわかる。凛子の作る食事は全て美味しい、そんな凛子の働く人気店だ。きっとここの食事も美味しいのだろう。普段来ないような価格の店ではあるが、最近は家で食事をすることも多く遊んでもいないので財布に余裕はあるから問題ないだろう。


「山根か佐野かで予約してると思うんですけど。」

営業スマイルを携える奏。山根は凛子の苗字で佐野は奏の苗字だ。


「あっ、佐野様ですね‼山根さんから伺ってますよ。こちらへどうぞ。」

店員はそう言うと奏を窓際の2人席に案内してくれた。凛子は奏の苗字である佐野で予約を取ってくれていたらしい。


こんな客がいんのによく俺の分の予約が当日に取れたな…。

奏はそんなことを思いながら店内を見渡すがやはり凛子の姿は見えない。昼のピークを過ぎた時間に来たが、忙しいのに変わりはないのだろう。



「兄さん‼」

メニュー表を見ていると、今朝も聞いたばかりの声が聞こえた。


顔を上げると、制服のズボンにトップスだけを着替えた姿でこちらにやってくる。髪は後ろで1つに結んでおり、急いできたのか少し乱れていた。


少し大きめの声を出したのと綺麗な容姿もあって凛子はすぐに周りの客に注目された。本人は全く気付いていないようだが…。多くの男性客が凛子を見て目をハートにしていることに少し苛つきを感じてしまう。


「凛子ちゃん‼」

奏は自分の存在を示すように少し大きな声を出した。

凛子のこと見るんじゃねーよ、芋野郎共。


「すみません、待たせちゃいましたか?」

凛子はそう言いながら奏の正面に座る。


「え、出てきて大丈夫なの?」

気付けば水のグラスが2つテーブルに置かれている。凛子もすこし休憩するつもりなのだろうか。


「はい、今日兄さんが来るって伝えたら店長がその時間に休憩できるようにしてくれたんです。」


店長ナイス‼

奏は心の中でガッツポーズを取る。


「そっか。一人だと寂しいなって少し思っていたから嬉しいよ。」

「私もわざわざ来てもらって嬉しいです。」


最初は人見知りしていたのか、最近の凛子の奏に対する態度が変わった。これまで淡々と無表情で会話をしていた凛子だが、今では自分から話すことも多いし表情も多少変わる。

そのことが奏はとてつもなく嬉しかった。


「何食べましょうか?」

「そうだな…おすすめはある?」

2人はそんな会話をしながら仲睦まじくメニュー表を見る。

凛子のお勧めが多く何を食べるか迷ったが、結局海鮮トマトパスタとミックスグリルセットにした。この2つを分け合って食べることにする。




「あれ?山根さん?」

食事を終え、デザートを待っていると1人の男性が声を掛けてきた。

顔を上げると厨房服を着て、眼鏡をかけた黒髪の男性がいた。背が180㎝程あり傍に立たれると少し威圧感もあるが、温和で真面目そうな雰囲気がそれを緩和している。

わざわざ話しかけてきて何だコイツ…どう見ても二人で食事してるとこに来る必要ねーだろ。

奏は相手を睨んでしまいそうだったが、凛子の同僚のようなのでその気持ちをグッと抑えるしかない。


「久米野さん、お疲れ様です。休憩終わったんですか?」

無表情で尋ねる凛子。

この久米野という男は凛子の同僚で共に厨房で働いているようだ。


「うん、こちらは?」

久米野が奏を見る。


「兄です。今日は初めてお店に食事に来てくれたんです。」

「そっか。」

久米野はあからさまにホッした表情を見せると奏に笑顔で挨拶をした。

兄なのは間違いないのだが、凛子の言葉にもやもやしてしまう。


「いつも凛子がお世話になってます。」

奏も感情を隠し無理やり笑顔を作る。


「いえいえ、こちらこそ山根さんにはいつもお世話になっていて。…あ、山根さん今日のディナーの予約の時間が30分早まったんだけど大丈夫?」


その言葉に奏の肩がピクリと動く。

コイツが凛子にディナー誘った奴か…完全にデートとして誘ってんじゃねーか‼


凛子の表情を見ると凛子は久米野の好意に気付いてはいないし、今のところ凛子が久米野に好意を持っている感じはしない。久米野と話すときは無表情で抑揚のない声だ。



久米野は凛子との会話を終えると奏にお辞儀をして厨房に戻って行った。

久米野と交代するようにデザートも届いたので、二人はデザートを食べ始める。


「…凛子ちゃん、職場の人と仲良さそうだね。」

久米野との関係を探りたい奏が言う。

久米野は凛子とこれまで出かけたことがあるのだろうか。凛子は久米野のことをどう思っているのだろう。


「仲良しかはわからないですけど、最近は自分から会話するように頑張ってるんです。」


…それは何で?

そう質問したいが、凛子が久米野と仲良くなるためだと答えたらと思うと怖くて気軽に質問出来ない。


「そっか…。頑張ってるんだね。」

そう答えるのが精一杯だった。


その後、凛子は厨房から呼ばれてしまい少し早めに休憩を切り上げて仕事に戻ってしまう。




奏は会計を終えると凛子の働く店を出た。

空を見上げると空は雲に覆われていて、自分のもやもやしている心情を表しているようだ。


チッ…久々にパチスロでも行くか。

どうしてもイライラが治まらない奏、自分でもどうしてこうなっているのかわからない。


凛子が心配だから?

でもそれだと何故他の男と一緒にいることに苛つきを感じるのだろう。


…久米野という男は礼儀正しく真面目な印象があって、ギャンブルや夜遊びとは無縁そうだ。

俺とは真逆の場所にいる人間、凛子とお似合いだ。

最近は自分も夜遊びやギャンブルを控えて家に帰る日も増えた。おかげで凛子や両親との会話も増えたし、心身共に健全な気がする。でも俺は所詮逃げ癖のある糞野郎で猫を被っているだけ。






奏がパチスロ店を出ると外は暗くなっており小雨が降っている。スマートフォンで天気を確認すると夜中にかけて雨が強くなり地域によっては雷が落ちるそうだ。


…凛子がまた雷で怖がるかもしれない。きっと一人でやせ我慢してしまうだろう。


奏は小走りで家に帰る。

そして、自分と凛子の傘を取るとまたすぐに家を出て最寄り駅へと走った。


凛子に駅まで迎えに行くと連絡しておいたが、凛子からの返事はまだない。凛子はあまりスマートフォンを見るタイプではないのでいつも返事は遅い方だ。返事が遅くてもおかしくはない。


夕食を終えるとすぐに解散すると言っていたので、今から駅に行って待っていれば落ち合えるだろう。



駅に着く頃には本格的に雨が降ってきた。雷の気配はまだない。

朝の天気予報では雨の予定はなかったので、多くの人が駅前で足止めをくらっている。


奏は家の方向の改札が見える位置で凛子を待つことにする。

待てども待てども凛子の姿は見えず、凛子に送ったメッセージに既読もつかない。


凛子がこんな遅くに帰ってくることは今までなかったのに…奏の中に焦燥感のようなものが芽生える。


雷が怖くて動けなくなっているのだろうか…?

それとも久米野との時間が楽しくてそんなことも忘れてる…?


凛子に電話をしてみても良いのだろうか。

ずっと同じことを悶々と考える奏。


このよくわからない気分の悪さは何なのだろう。凛子への心配?それとも自分への心配?

なんだか凛子が久米野と共に離れて行ってしまう気がする。



奏が待って1時間程したとき、改札に凛子の姿が見えた。

凛子の姿をやっととらえた奏は安堵とともに笑顔になる。

しかし、その表情はすぐに強張ってしまった。


凛子が一人で帰ってきたかと思ったのだが、隣には久米野が居た。夜遅いので凛子を送り届けてくれたのかもしれない。


凛子は久米野に丁寧なお辞儀をして改札に向かおうとするが、それを久米野が引き留めた。

凛子が久米野に向き直ると、久米野は凛子の両手を握って熱い視線を送る。


そんな二人の姿を見た奏は頭を殴られたような衝撃を受けた。怪我をしたわけでもないのに胸が痛い気がする。


ここからでは二人がどうような会話をしているのかわからない。暫く会話をすると、久米野は凛子を抱きしめた。


…何なんだ、この気持ちは。

奏は堪らず二人の姿を見ないように俯いた。


無表情がデフォルトの凛子もアイツにあの笑顔を見せるのだろうか。楽しそうにハーブの話をするのだろうか。何かアイツに似たキャラクターのグッズをプレゼントするのだろうか…。




「あれ、兄さん!?」

するとすぐ目の前に凛子の声が聞こえる。

顔を上げるといつもの凛子がいた。もう久米野の姿も見えない。


「…。」

何と言っていいのかわからない奏。顔は苦虫を嚙み潰したかのような表情をしている。


「もしかしてわざわざ迎えに来てくれたんですか?」


「うん、突然雨が降ってきたから。」

奏の声は暗い。


「ありがとうございます。たくさん待たせちゃいいました?」

「ううん。はい、これ。」

奏は持っていた凛子の傘を手渡す。


「いつも兄さんにはお世話になってますね。寒いですし、帰ったら温かいハーブティーを飲みましょう。」

凛子は傘を開いて歩き出そうとする。


しかし奏は立ち止まったままだ。

凛子が動かない奏に首を傾げている。


「ごめん、俺今から予定あるから。」

奏は凛子と目も合わせずそう言うと、身を翻して早足で改札に入って行った。

あまりの早さに凛子が答える間もなく去ってしまう奏。



友達と約束でもあったのだろうか…?また奏が帰宅した時に御礼を言おう。


しかし、それが叶うことはなかった。


奏が以前のように家に近寄らなくなってしまったのだ。


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