丸呑み、そして 丸吞みシーサペント大量発生事件7
場面は船上に戻る。
海中から突如現れたシーサーペントがシーナに襲い掛かろうと首を伸ばし彼女を呑み込む直前、イルハが魔槍ラットスレイヤーを手に疾風のような足捌きでシーナと丸呑みシーサーペントの前に割って入った。
「僕が相手になるぞ! ____やぁっ!!」
イルハは怪物の頭に狙いを定め、砲弾のような一撃を繰り出した。
事実、イルハの槍の一撃は砲弾は言い過ぎにしろ、ライフル弾に相当する破壊力を誇ったと言われている。
ラットスレイヤーは馬上で用いる騎士槍を小型したような2mに満たない特殊な槍で、一見すると馬上槍の特性を全て捨てた珍妙な武器に見えるが、イルハはこれを勿論敵を貫く槍として使うが、それ以上に敵を叩きのめす鈍器として使用した。
古の技術で作られた槍で、どんなに振り回しても決して折れる事なく、そして込められた魔法で病魔を振り撒く者を退けたと言われている。
イルハはそのラットスレイヤーを鈍器としてシーサーペントの首に横から叩きつけると、
「てあっ____!!」
仰け反った隙を狙って怪物の首の根本に槍を突き刺した。
その様子を横目で確認したエルビアニカはひとまず安堵した。
イルハがいればシーナは守れる。
しかし安堵するには早かった。
「あっ」
とタオ・メイメイが叫び、指差す方向には海中から上がったミュルガルデの身体に丸呑みシーサーペントが吸い付いて離れないではないか。
ミュルガルデは見事なもので殆ど気を失う寸前に見えたがイチが囚われた肉柱を離す事無く、宵闇の海中から太陽光が煌めく海面に戻って来た。
しかし、だれの目から見てもミュルガルデの表情は既に体力の限界に達しているように見える。
「メイメイはそのままウィンチを引き上げて! シーナ、なんか良い魔法はないのかい!?」
エルビアニカは叫びながら水面でせめぎ合いをしているシーサーペントにカーペイト10式ライフルを向けて射撃を開始した。
協力な3号ライフル弾は多くの鳥獣にとって有効な武器であるが、丸呑みシーサーペントの胴体はまだ海中にあり、ミュルガルデが呑まれている首を狙うわけにもいかなかったので弾丸の多くは海面に衝突した瞬間に砕けてしまうか、上手い場所に命中した弾丸も一撃で海獣に致命傷を与える事などできやしなかった。
「そんな人を便利に使おうとされましてもシーナといえど出来る事と出来ない事が………」
先ほどのシーサーペントから逃れたシーナは揺れる甲板上で安全地帯を求め右往左往していたがエルビアニカの助けを求める言葉を聞いて狼狽した。したが、
「海風の記憶……、海の黒……、お父様の背……、揺れて輝く水面……、____お父様! 私に力を!」
シーナは可能な限り速やかにマナを集中させ驚異的な速さで魔法を完成させた。
するとミュルガルデを包んでいたシーサペントの身体がエメラルド色の泡に包まれ潜水能力を著しく失わせた。
これはシーナが幼少の頃、海で溺れた恐怖から閃いた『水に浮かぶ魔法である』
「今です! 撃ちまくってください!」
「でかした!」
エルビアニカは海面で自由を失い混乱したように見えるシーサペントに火力を集中。シーナの魔法で身体の大部分が海の外に露出していたのでミュルガルデを誤射しないよう慎重に怪物の喉元に銃弾を連射した。
怪物はあの不快な鳴き声を響かせながら、流石に命の危機を感じたのか身体から血を噴き出し海を赤く染めながらついに咥えていたミュルガルデを口から離した。
「やった! やりました! やりましたよ!」
「喜んでる暇なんかないよ! シーナ、イルハ、ミュルガルデを引き上げるんだ!」
ミュルガルデはどうにかシーサペントから逃れたものの、その顔は体力の限界を迎えて血の気を失っている。「まさか内臓でもやられているんじゃ」とエルビアニカは気を揉んだが、とにかく2人を引き上げる事が先決であった。
イルハの協力もあり、どうにかミュルガルデとイチが包まれた肉柱を甲板上に引き上げたエルビアニカはミュルガルデに呼びかけた。
「ミュルガルデ! ミュルガルデ! 大丈夫かい!?」
ミュルガルデはゼェゼェと辛そうな呼吸を繰り返していたが生命に別状はないようで、
「わ、私は大丈夫です……。イチさんを、お願い………」
ミュルガルデはそういってゲホゲホと咳をした。どうやら水を深く飲み込んだらしい。
しかし、流石ミノタウロス族の体力と言うべきか、ミュルガルデは十分に酸素で肺を満たすと、徐々に顔色を取り戻していった。
「イルハがやってくれている」
エルビアニカが言ったように既にイルハは解体用のナイフを使ってシーサペントの首を縦に割いてイチを救出しようとしている。シーナもそれを手伝い、タオ・メイメイはショットガンを構えて周囲を警戒している。
「____うっ……」
なんとかイチをシーサペントの中から救出したイルハは、イチの惨状を見て思わず呻いた。
外の世界に晒されたイチの姿は、顔は真っ青になり、シーサペントの体液で美しいクリームゴールドの髪と新調した瑠璃色の水着はベトベトに汚され、外から見ても左の足首と右の上腕が折れてしまっているのがわかった。
そして、なによりイチは呼吸をしていなかったのである。




