3階 スライムの泉
イチが3階を探索している時である。
急に開けた空間があらわれたかと思ったら、まるで公衆浴場のような泉が現れた。
清らかな水は心地よく鼻腔に水本来の香りを運んでくれる。
よほど穢れのない水なのであろう。瓶にでも入れて持ち帰ればそれだけで売り物にできるはずだ。
_____だが、今は関係ない。
イチは心の中でピシャリと興味を断ち切った。
山猫階級の冒険者の間でこんな言葉が流行っていた時期がある。
『ダンジョンで身体を清めるようなもの』
酷く愚かな行いを指して使う言葉である。
特別多いわけではないが、駆け出し冒険者の中にはどういう思考回路でそうなるかはわからないが冒険中に穢れた身体を探索中のダンジョンなどで見つけた泉に浸かって清めようとする者が少数いる。
そういった連中は殆どの場合妙な目に遭って冒険者の道を閉ざされる事になる。
こういった泉には高い確率で危険生物が潜んでいる。
先に出て来た触手類やプチクラーケンなどの無脊椎動物、危険な魚類に、取り分け危険なのがスライムだ。
スライムは現在では品種改良されて無害化された個体が多いが、この当時は決して小さくて可愛い生き物ではなかった。
この不定形で半透明の水飴のような生物の生態はこの当時まったく解明されておらず、今でこそ菌類の一種という事が知られているがこの当時は魔族が異界より召喚された魔物だと信じられていた。
_____やだなあ、もう。
そういう危険があるので本来であればこのような泉にはイチでなくてもある程度知識のある冒険者は決して単身で近づかないが今回は事情が違う。
泉の奥に新たな道が見える。
他の通路は探索済みではあるが上の階に上がる階段はまだ見つからないし、先に少女が囚われている可能性だってある。
進まざるを得ない。
泉に浸かると衣服が水に濡れるのは当たり前だが、冒険の最中に衣服を濡らして得をすることなど何もない。
が、かといってここで裸になるのはリスクが高すぎる。
こういう時に衣服が濡れるのを嫌って全裸で渡河を試みる者がいる。それは場合によっては合理的だが、こういう妙なダンジョンの中の水に触れる事は妙な危険を招く。
そしてイチはこういう水に足を踏み入れる場合の対処を心得ている。
イチは背負ったリュックの中から小さな籠を取り出し、その中から太ったネズミのような生き物を出すと泉に放り投げた。
ダンジョンネズミの名で呼ばれる品種改良されたネズミの一種で、飼育が簡単で容易に繁殖するなどはネズミと同じだが、普通のネズミよりも足が遅く、餌をあまり必要とせず、生命力が強い上に他の生物を警戒しない。
更に地面に降ろすと何も考えず真っすぐ走り出す為にダンジョンなどの探索に重宝した。
現代では動物愛護の観点から危険察知の為に使われる事は稀だが、発展途上国の貴金属鉱山では未だに飼われていたり、更に品種改良された種が地雷など現代兵器の除去に利用されている。
この当時も動物愛護の精神は芽生えていたが、ネズミはその精神の対象から外されていた。
ダンジョンネズミは泉に放られると必死に泳いで陸に上がろうともがいていたが、しばらくすると泉の表面が突然蠢き、半透明の水飴のような生物がダンジョンネズミを取り込んだ。
_____やはりスライムか。
ダンジョンネズミはスライムの中から脱出しようともがいているが、頭だけ外に出され徐々にスライムの中で動けなくなりピクピク震え始めた。
身体に性急な危険はないが、どうやら交尾されているらしい。
このことから推測できることはこのスライムは繁殖期にあるらしい。
スライムの生態として、いくつかの行動をサイクルで繰り返すことが知られている。
捕食期にあるスライムは粘液の成分が酸性となり捕えた生物の肉体を溶かし養分を吸収する。捕食期が終わると繁殖期になり今度は捕えた生物の中に自身の粘液を流し込み捕えた生物を宿主として内側から成長してゆく。
このふたつのサイクルの間ではそれぞれの個体で違った動きをするが、その動きはそれぞれで異なり中には遊びのような事をしている個体も目撃されている。
_____やだなあ、もう。
イチは更に腰のポーチから砂のようなものが入った小瓶を取り出すと泉にそろりとつま先を降ろした。
イチとてまだ若い少女である。
自身の肉体にあの粘着質の生物が飲まれる事を考えると気が気でない。
が、対策はあるもののそれは一度泉に足を踏み入れないと使えない。
泉は深くなく、腰が浸かるくらいの深さしかない。
イチは下着が水を吸い肌に張り付く感覚が嫌だった。
一瞬、水面が蠢いたかと思うとイチは下半身に何かが吸付いてゆく感覚がして鳥肌がった。
_____うひいいいいいいい~~~~~!
スライムが纏わりつく感触は、油か水飴の風呂に浸かるような感触とも言われている、露出している肌の部分に冷たくヌプヌプとした感触が襲う。
現代でも実際にスライムに触れた事がある読者も少なくないから想像には難くないであろう。
_____いやだなあ!本当に嫌だ!
スライムはイチの衣服の隙間から彼女の体内に入り込もうとしているのと同時に、身体の自由を奪うため徐々に上半身にも粘性の身体を伸ばしている。
放っておけばダンジョンネズミと同じように頭だけ出された状態で寄生されてしまうのを待つばかりだ。
_____気持悪い冷たい粘っこい!
イチは予め用意していたガラスの小瓶の蓋を開けると己に纏わりつくスライムに中に入っていた砂のようなものを振りかけた。
するとスライムは潮が引くかのように急いでイチの身体から離れていく。
その無機質な外観から感情は読み取れないが、どうやら焦って苦しんでいる様子だった。
イチが振り撒いた砂は有毒な岩石を砕いたもので、スライムのように身体全部が消化器のような生物にとっては最大限有効な忌避剤となる。
こうなるとスライムからすれば捕食だの交尾どころではない。
身体に取り込んでしまった毒を体外に排出しようと安全な水底に潜って回復を優先せねば命に係わる。
イチは後の事を考えて最低限の量しか撒かなかったが効果は覿面で下半身を包んでいた不快な感触が一気になくなった。
_____この感覚が好きっていう人間の気が知れないな!
現代でも無害化されたスライムの中に自ら取り入れられて粘液の感触を楽しむ者がいるが、イチには理解できない。
スライムの拘束が解けて溺れまいと必死にもがくダンジョンネズミを回収すると、急いで泉からあがった。
泉の先の通路を抜けると上に上がる階段が見つかった。
濡れた衣服が身体を冷やすが、乾かしている余裕もない。
最低限の水分を絞り出すと少々疲れた表情で階段を上がった。
_____しかし、見つからないな。
少女はまだ姿が見えない。
イチは不信感を感じ始めていた。
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イチ ぼうけんしゃ
【LV : 33】
【体力: 405】
【気力: 901】
【状態: ぬれ】
・スライムを撃退した。
・毒砂を半分消費した
・衣服が濡れている。体温が下がりやすくなってしまった。装備重量が増した。




