ブリーフィング(2)
「なぜ私なんだ!?」
モーリンの言葉はイチの予想通りではあったが、それでも食い気味に聞いてしまう。
「ひとつ、緊急事態ですのでより良い人材を探している時間はありません」
「ふたつ、単独でのダンジョンアタックの経験が豊富な人員が必要です。リャン・ハックマンの弟子であるあなたが最良と判断しました」
「みっつ、今回の見張りは某支部が管轄していたので、事件が露見した場合某支部の責任が重大視されます。信頼できる人間が他に見当たりません____」
「ちょっと待て」
イチはモーリンの言葉を遮った。
「つまり、私に不始末の尻拭いをさせるつもりだな」
しかし問題は少女の侵入から半日しなければ次の者が入れない点にある。
ラプダンジーの塔は前述のとおり行方不明者も発生し、命が助かったとしても身体に後遺症を残しかねないトラップが数多く設置されている。もし少女がそういった性質の罠にひっかかっていればまず無事では済まず、発見が遅れれば悲惨な状態になっている恐れが増してゆく。
半日にひとりだけ、という仕組みの裏を突いて塔の内部で待機し仲間の応援を待つという方法も通じない。
どうやら滞留阻止の為に一定時間同じ階層に留まっていると良くないことが起きるらしい。
「どの道どんな理由があろうと、少女ひとりの侵入も阻止できなかった責任は問われるぞ。万一奇跡的に無傷で救出できたとしても責任を問われるのは変わらないだろうが」
正論である。
モーリンはイチの言葉に頷いて答えた。
「ですが、仮に軽度の害で救出できれば賠償責任が発生したとしても金額に交渉の余地があります。それに、情報を封鎖する手段がないわけではありません」
モーリンは続ける。
「某支部の管轄である以上、某支部が始末をつけなければ支部自体の信頼問題になります。だから私としても某支部の関係者で解決したいのです……………例え最悪の結末を向かえたとしても」
____勝手に人を専属みたいに思ってくれるなよ。
イチは決して某支部の専属冒険者ではない。あくまでフリーの身である。たまたま支部長代理のリャン・ハックマンと浅からぬ縁があり、慣れもあって一番依頼を請け負う事が多いだけなのだが、いつの間にか支部の職員から緊急案件や危険度の多い依頼を直接仲介されることが多かった。
今の時代で言えば日雇いのアルバイトに正社員の仕事を任せるような感覚だろうか。
とは言え、イチとしても某支部の立場を知らないわけではない。
某支部の管理体制が不祥事続きで疑問視されているので冒険者ギルド全体での立場が危うい状態になっている。
本部から監査が入るとの噂もある。
後々描写できるとは思うが、支部長代理のリャンは「ギリギリで性格破綻者」と評判の女で、監査が入ればリャンはタダでで済まない。どころか脱法葉巻を常用している事が明るみに出れば逮捕すらあり得る。
さらに話を飛躍させるならばリャンの逮捕が決定されれば死人が出ることは避けられまい。
「やるよ」
イチは曇らせたままの表情でモーリンの顔を見ずに言った。
「報酬はそれなりの額を用意してもらうからな」
そう答えるイチの心中には、当然ダンジョンに迷い込んだ少女を救いたいという気持ちもある。
が、このイチという少女の特性として冒険者として困難な依頼に挑む事に対する並々ならぬ挑戦心がある。
時として彼女は常人には理解不能な冒険に挑むことが少なくない。
この冒険者イチが、この物語の主人公であり、この物語はバルティゴ都市国家連邦という短いがロマンに輝く時代に生きた冒険者たちの物語である。