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1000通りの計画  作者: Terran
第十章 トリニテリアの賢姫
98/99

医療特権



[436]

 学院までの道路に入り、後は到着を待つばかりとなってからは自然と政策案の話になり、昨日までの内容で詰めておきたい部分について質問や確認を受けていた。


 実際の所、私達が何から何まで企画の詳細を詰めなければならない訳ではない。展望を話して聞かせて、同意を得られれば政策は成る。

 どう実現させるのか、細かい部分は丸投げでも良い。

 勿論それも含めて私達が全ての指揮を執っても良いのだが。

 私達の意図するそれは、彼等が聞いて、考察して、理解して、どんな意味が有るのかを学ぶ機会を与えるのも含めて、政策の一環だと考えている。


 優れた社会システムとは、優れた一人が成立させる物であってはならない。

 誰にでも替えが利いて、誰がやっても同じ様に回ってこそ、システムとして完成する。


 レアルヴィスタとハバートートは、ジェラルドという抜きん出た個が支柱となることで今日まで繁栄し、維持されてきた。

 もしこれで本当にリヴィアが噂通り、ただ美しいだけの、自力では何も出来ない虚弱な弱者で、周りに守られるばかりの姫であったならば。

 ジェラルドが築き上げてきた栄華はこの先十年と経たずに翳りを見せ始め、衰退し、英雄世代の交代が終われば、昔語りに語られる「かつての栄光」へと成り下がるだろう。


 盛者必衰は未成熟な社会においては必定なのかも知れない。

 社会が成熟するまでは、浮き沈みを繰り返しながら、先達の成功と失敗から学び、積み上げ、重ねて、研磨し、模索しなければならない。

 その過程もまた、成熟には必要な手順なのだ。


 私が直接手を出せば、今より更なる繁栄も、百年の進歩も、千年の安泰も、思いのままだろう。

 だが私達が居なくなった後はどうなる。

 自ら踏みしめて歩ませず、過程を無視して一足飛びに駆け上がった文明は維持出来るのだろうか。

 その先に、更なる進歩は起こるのだろうか。


 自力で自分達の世界を救える様に成れるのだろうか。



◇◆◇



「児童専門の医療施設ですか」


「はい。それにカウンセリング関係もですが、これを福利厚生の一環としてレアルヴィスタ各地に建てようと考えています」


「今の医療体制では不足であると考えているのですね」


「ええ。確かにエストバース王国は他国と比べても医療先進国と呼ばれて、技術も支援も比較的充実していますが。それでも私から観れば不十分です」


「そうは言いますが、浮遊大陸から聖人の派遣の無いエストバースでは医療魔術の発展は生命線でしたから。国を挙げて支援を強化してきた歴史があります。現在も各医療機関への援助で国の財政を逼迫させているのですよ。

いくら児童専門と言えど、医療行為を行う施設となれば従事者には相応の資格が必要となりますし、薬剤の価格の一定の割合は国が援助する制度が適用されています。

現在のエストバース王国には医療施設をもっと増やして欲しいという声が各領地から寄せられていますが、財源にも限りがありますから増やしたくても増やせないのが実情なのです。

『今のレアルヴィスタに必要な物』という課題の答えとしては間違いなく正解ではありますが、こればかりは実現するのは難しいと言わざるを得ません」


「ふふふ。ではお祖母さま。具体的に医療の『何が』そんなに多くの財源を要しているのでしょうか?」


「…それは、まず医療従事者の教育です。一人育てるにも他の技能を必要とする職種の数十人分、下手をすれば百人分に相当する費用が掛かります」


「ええ。人の命を左右する職種ですから、必要とされる医療技術や知識を学ばなければならない範囲は膨大です。それは新技術が増えれば増えるほど、年々僅かずつボーダーラインも上がりますからね」


「それだけではありません。様々な薬剤に掛かるコストです。治療を必要とする病や怪我は一定ではありませんから。中にはとんでもなく希少な素材を必要とする薬も有りますからね。

治せる技術はあっても、治せる薬が無いことには手の施しようがありません。かと言って治せる見込みがあるのに何もしない訳にも行きません。そうなれば相場より高額になってでも、別の割高な地方から希少な素材を取り寄せなければならなくなります。そこから取り寄せられる量より更に必要になれば、もっと割高な地方から取り寄せなければならなくなります。

医療に終わりなんて有りません。患者が居なくなる日は来ないのですから。そうして手を届かせようと広げれば広げる程、必要とされる費用は右肩上がりに膨れ上がるのです」


「それが、今のエストバース王国の医療の行き詰まりをもたらしているのですね」


「はい。何とかしたいとは国の上層部では誰もが思っています。ですが、こればかりは我々の力だけでどうにかなる問題ではないのです。希少とされる素材を得る画期的な方法が確立されない限り、行き渡る事はありません。

リヴィア、貴女の頭脳ならその内のいくつかを確立する方策を考え付けるかも知れませんが、ここレアルヴィスタでは薬草の栽培には不向きですし、例え一つや二つの素材がどうにかなった所で医療界全体としては微々たる変化にしかならないのです」


「ええ。そこで私の案が必要となるわけですね」


「ここまで聞いて、それでもまだ何とかなると。そう言っているのですか…?」


「ええ。エストバース王国が抱える悩みを綺麗に解決する方策が、私にはあるではありませんか」


「……出来るのですか?」


「その一端は、先日お見せしたはずです」


「世界樹の恵み、万能の霊薬…。あれは量産出来る様な物では無いでしょう?」


「はい。私にしか創れないですから、あれとは別になりますが。ふふ。それでも十分に実現可能だと断言できます」


「世界樹を利用するのですか…」


「はい。有効活用します」


「私は世界樹について多くを知りません。それに妖精国があの体たらくですからね。きっと世界中で今は貴女にしか知り得ない物でしょう。

ですから重ねて問います。それは、人類に齎しても問題ない物なのですか?」


「それについてはもちろん考えてあります。ですから先日の霊薬のような奇跡は使いません。あくまでも、広く受け入れられるまでは今の医療技術に即した内容で提供するに留めます」


「しかしそれは…。万能の霊薬でなければ救えない僅かな数の命を救うのと、より多くの中度以下の傷病者の命を救うのを、天秤にかける様な選択です」


「ええ。なので今回の案では万能の霊薬は創らずに、より多数の幸福のために世界樹を利用します。そのために、霊薬でしか助からない命には諦めていただきましょう」


「淡々と告げるのですね、意味を理解した上でも尚。

私が言える立場に無いことは承知していますが、他に問える者が居ない以上、この確認をしなければなりません。

リヴィア、自分達だけは霊薬の恩恵に預かりながら、それでも冷徹に判断を下すのですか…?その気になれば、貴女には救えるのに…!」


「はい。ふふふ。お祖母さまはおかしなことを聞くのね」


「おかしな事、ですか…?」


「ええ。だってこの王笏は私達の所有物ではないですか。所有物の定義を決めたのは神ではなく人類です。なら、その定義通りに私達が私物を私的利用することに、他ならない人類から咎められる謂れはありません。私物で誰を救おうとも、それは私達の勝手ですもの。

棄てられた妖精王家。忘れ去られた世界樹の苗。その上で私達は法を冒してはいないのです。それどころか人命を救おうとしているの。なら私達が誰を選ぼうとも、今さらどなたが口を挟めるのでしょうか」


「その覚悟は…、命の選択の…。いえ、これ以上の確認は蛇足にしかなりませんね…」


「そういうことです。では、話を戻しましょう」


「分かりました。それで世界樹を利用した資源ダンジョンでの養殖産業の一環として、薬剤の素材栽培等をするつもりなのですね」


「ええ。レアルヴィスタは最前線ですから、水薬を中心に医療物資は大量に消費されています。大半は支援物資という形で提供されていますが、足りない分は王国と自領のそれぞれが埋め合わせる形で財政を圧迫させています。

ふふふ。それも薬剤そのものの費用だけでなく、西端のレアルヴィスタまでの運送コストも余計に掛かっているのですから、無駄が多すぎます。希少でもない薬剤を高額で購入しているようなものです」


「だから現地栽培でコストを軽減させようと言うのですね」


「ええ。何も希少な薬剤だけが財政を圧迫しているわけではないでしょう。何でもない普通の水薬でいいのなら、御大層な技術なんて必要ないもの。

最新医療を更に進めようと言っているのではありませんから。その程度のことなら人手さえ確保できれば、今からでも十分収支に影響させられるだけの成果を出せるはずです」


「そうですね。本当に、貴女には驚かされますね」


「どうかしら。私の出した政策案は全て、意表を突かない凡庸な、ごく当たり前な内容を、ただ適切に配置しているだけよ。

世界樹という一手を除けば、他は何も特別なことはしていないし、する気もないわ。

民の暮らしの安定には奇をてらった特別な案なんて必要ないもの。意表ばかり突こうとする者は、結局のところ実力が足りてないからそうせざるを得ないのよ。

真の知恵者ならただ堅実に、不要を廃して、必要なところに必要な力だけ込めていれば、それだけで上手くいくものだと思うわ」


「その、貴女の言う当たり前を現実に出来る王が、果たして世界にどれだけ居ることか…。

私が貴女を評価する点は具体的な方策の内容についてだけではありません。必ず、収支を黒字にする手堅いビジョンが添えられている所です。

どの案もそうです。自分の打てる手の強味をよく理解していて、余計な事をしない。そこまでの力を有しておきながら自制して、決して全力は出さずに堅実な手を打とうとする姿勢は、まるで老成した賢王の采配ではありませんか」


「ええ。私は決して全力は出さないわ。おそらく一生機会は来ないでしょう。それこそ、世界が終わりでもしない限りは。ふふふふ」


「…話は理解出来ました。

それで、先の案そのものは福利厚生としての小児科やカウンセリング施設でしたね。小児科の方は、児童専門とは言え医療従事者を雇う目処はあるのですか?」


「そこは何とかなるわ。余計なことをせず、診断だけを専門にやってもらうつもりですもの。調薬は別の担当が他の施設で行います。施術も簡単なもの以外は別の担当に他の施設でやらせます」


「治療院の仕事を完全に分業するのですか」


「ええ。診断だけなら細かな施術ができなくなって引退した老医師でもできますし、専門の学舎を卒業したばかりの新任の医師でもサポートできますからね。

調薬の得意な医師や施術が得意な医師が、逐一軽度の患者の診断まで担当している現状の体制では、患者の回転が滞ってしまい効率が悪すぎます。

技術の高い医師には、相応に難易度の高い施術を専門に担当させ続けるべきです。逆にまだ腕のない若い医師には、簡単な施術を多く回して経験を積ませて技術を磨かせるべきです」


「成る程、合理的ですね。まるで治療の工場の様です。しかしだからこそ、国の支援無くしては実現の難しい方法でしょう」


「治療術師達は魔術協会の派閥が取り仕切っていると聞いたわ。それならお祖父さまに働きかけてもらいましょう。同じ時間を働かせるなら、それぞれの技術に見合った仕事をさせるべきよ」


「ですが、現場では過労で倒れる者も居ると聞いています。彼等の体力も無尽蔵ではないのですよ?」


「ええ、ですから師弟に限らず国の定める見習いの制度を設け、巡回問診を担当させましょう。更に直接治療行為に及ばない専業の助手という職種と資格も作りましょう。治療術師の免許を取れなくても専業助手の資格は別の免許制にするのです。

現在はそれぞれの弟子が助手をしていますが、助手の資格については定めがあるわけではなく、師の個人的な判断に任されています。

ふふふ。これはいけないわ。扱いかた一つで大変危険な器具や薬剤もあるというのに、協会が資格を要求するのは治療術師本人だけで助手に求めないのは明らかにおかしいでしょう?」


「それは勿論、前々から問題視する声も上がっています。それでも一々助手にまで資格を要求していては人手不足に陥り、円滑な治療行為に支障が出るという反対意見が強いのです。

一口に治療と言っても多岐に渡りますし、施術の腕を磨くにも師が責任を持つという制度の利点もありますからね」


「それでも、難易度は治療術師より落としてでも助手の資格制度は必須でしょう。永らく治療術は秘伝という形で自らの技術の価値を高めるという、患者を救う行為とは何ら関係のない理由で秘匿されてきた悪しき歴史がありますから。

お祖父さまの働きで魔術協会改革によって秘匿されてきた多くの治療技術や間違った技術は精査され、少しはマシになったようですが、まだ足りません。

それに、才ある弟子の出世を望まない師がいつまでも飼い殺しにして治療術師の資格を取らせないという事例もあるみたいではないですか。度し難い愚かさですね。

他にも面倒で技術の要求される施術を代わりにやらせて、失敗すれば責任をなすりつけたり、彼等のモラルに任せた結果やりたい放題です」


「耳に痛い話ですね。確かに、助手の資格制度が導入されれば不透明だった師弟制度の不正は是正されるかも知れませんが。実際は治療術師の手の足りない部分を無資格の弟子に担当させる事で水増ししている事例の方が多いのです。

当然、これは褒められた行為ではありませんが、師が責任を持つという点がグレーだからこそ現状もギリギリ回っているのが実情なのです。

貴女の言うやり方が正しいのは分かりますが、現場の事情を鑑みれば切り替えるにはまだ時期尚早だと判断せざるを得ません。

恥ずかしい話ですが、まだ治療術師界隈は混迷の時代の真っ最中で、正道を通すにはあまりにも未成熟なのです」


「医学界はもっと純粋に実力至上主義であるべきだわ。でもそう。なら仕方がないわね。

ふふふ。ではこうしましょう。下の引き上げが難しいなら、上を引き上げればいいのよ」


「それはどういう事ですか」


「今も王家専属の宮廷治療術師制度はありますが、これは王族に限った物で国一番の治療術師を王家が独占している状態です。もちろん王族の命は下々の者とは比べるべくもなく貴い物ですから、それは構わないのですが。彼等の多くは、普段あまり仕事がありません。

では何をしているのかと言えば、カウンセリングという名目で越権行為としか思えない政策への口出しを王族相手にして、それを仕事だと言い張る始末です。

それは国一番の治療術師の仕事ではないでしょう?」


「いいえ、それは違います。宮廷治療術師は王族の命を預かるのが仕事です。勿論、貴女の言うような癒着が公然と行われた歴史もあるでしょう。

しかし宮廷治療術師とは、王族の心身どちらのケアもしてこそ彼等の仕事なのです。決して治療行為だけが仕事という訳では無いのですよ」


「ふふふ。それは詭弁です。大方、長い歴史の中で命を助けてくれる専属治療術師しか信用できなくなった暗愚が彼等の地位を引き上げていった結果、現在のそうした役割なのだと、仕事の一環だと固定観念で認識させられているだけです。洗脳ですね。

私に言わせていただければ、王族の悩み相談なんてしている暇があるなら他者にも治療を施すべきですし、現役感を維持しながら己の治療技術の向上に時間を割くべきでしょう。

専属という立場にあぐらをかいて治療行為をしなかった影響で腕が鈍り、結果的に患者を安楽死させるのが仕事になった歴史をどう説明すると。技術向上に努めていれば救えたであろう事例がなかったとは言わせないわ」


「ですが、リヴィア…。昔は今よりもっと治療技術は拙く、知識も限られて対処は難しかったのです。それに神々の加護を強く受けた王族は平民の様に軽い病になど罹りません。王族の罹る病のほとんどは重い難病か、不治の病ばかりです。出来る事と言えば対処療法で永らえさせるか、体力的に難しいなら安楽死を決断するしか選択肢が無かったのですよ」


「ではお祖母さまは、宮廷治療術師は役に立っていると言うのですか?」


「そういう役割もあるという話です。残される遺族に覚悟を決める時間を作り、最期は無駄に長引かせて苦しませるくらいなら、と安楽死で看取らせる。それもまた必要とされた役目だったのです。

ですが、そうですね。私も心情としては宮廷治療術師の在り方に疑問を抱いています。どんなに理由を並べた所で、貴女を治療出来なかったのですから…」


「ええ。では宮廷治療術師は撤廃しましょう。ふふふふ。ずっと前から、役に立たない宮廷治療術師は要らないと思っていたの」


「それでは今後貴女の体調は誰が診るのですか…」


「ふふふ。やっぱり、私の体調管理をしていたデイビッドは町医者なんかではなく、レアルヴィスタの宮廷治療術師だったのですね」


「はい…。デイビッドをしても貴女の体調不良の原因は突き止められませんでしたが…」


「それはもういいのです。撤廃すると決めたのですから。ふふふふ。それに、ちゃんと治療術を学べば私のほうが上手にできると思うのよ。これからは私自身が自分を診察すればいいわ」


「いいえ。例え貴女自身はそれで良くても、形の上では専属医を付けなさい」


「お祖母さまがそうして欲しいならそうします。ふふふ。それでは新たに【国家医療師】の制度を設けましょう。宮廷治療術師という特権階級は治療術師を目指す者の目標となっていたというのも事実ですから、【国家医療師】には医師を志す人が増えるような素敵な特典も盛り込みます」


「はぁ…。それは、予め考えてきていた本題という事ですね…。

では尋ねます。【国家医療師】とはどんな役職にするつもりですか?」


「まず、宮廷治療術師と違って師弟一組に限定せず複数人を定めます。そして【国家医療師】の仕事の一つに王族関係者や王宮内の従事者の検診を仕事の一つとして定めます。選ばれた内のどなたかが担当すれば済みますし、交代制にしてもいいでしょう」


「それは、宮廷治療術師の仕事の範囲を拡大したものという解釈で良いのですか?」


「概ね、その通りです。でも、一つ大きな違いがあります」


「大きな違い、ですか」


「ええ。私は【国家医療師】には【聖者】の代わりとなる象徴を務めてもらうつもりです」


「!!」


「基本的に【国家医療師】には固定給で従事してもらいます。何人治療しても、何時間仕事をしても、お給料は据え置きです」


「それは、あまりにも条件が厳しくないですか…。治療術師になるには多額の費用を必要とします。一流の治療術師の雇用料金が高額なのは、掛かった費用とその技術に見合う対価です。それを安売りしてしまえば大勢の治療術師達の地位が脅かされてしまいます!」


「ですから、【国家医療師】は他の治療術師とは完全に別物になってもらいます。

具体的には、独自裁量権を与えて好きな時に好きなだけ治療をする事を許可します。必要な薬剤は国で揃えます。経費は全て国で持ちます。

ですから、持てる技術の全てを使って治療に専念させてあげるのです。薬が手に入らない、他の下らない仕事のせいで時間が取れない、派閥の影響で自由に仕事が選べない。そんな理由で技術がありながら燻っている『本物の治療術師』を雇います」


「……」


「好きなだけ救っていいと、私が許可を出します。

些事に悩まされることなく自由に治療に専念していいと、私の権力で許可を出します。

金銭を気にすることなく手に入る可能性のある薬なら何でも使っていいと、私と国が許可を出します。

治療行為の邪魔となる者を黙らせるだけの後ろ盾となり全ての責任を国が負うと、私の名で許可を出します」


「………」


「固定給で、仕事量に見合わない金額しか支払われなくても、きっと雇用して欲しいという治療術師は必ず現れます。

本来、人を救いたいという意志は、お金や政治や人付き合いなどに悩まされるべきではないのです。とことん理想を追い求めた、まさしく神話に語られる聖人の様な治療術師を、私達が作り上げましょう」


「リヴィア。貴女の語る理想は…、魔術協会の治療術師派閥の者からすれば笑われてしまう様な物です」


「ええ。理解しています」


「…ですが。ああ、本来なら止めるべき立場ですが」


「はい」


「悔しいですね。どうしてその発想を思い付かなかったのか。ええ、是非私も、その様な事が実現するのであれば観てみたいものです」


「ふふふ。さすがはお祖母さまです」


「ですが、本当に実現可能なのですか?」


「可能か不可能かで言えば、可能です」


「実現させたとして、どの様な効果を期待しての事ですか。それに、これは既得権益に抵触しかねない危険な思想ですよ。このアイデアはあまりにもリスクが大きいのではありませんか」


「いかに自由な立場の【国家医療師】と言えど、どれだけ救ってもいいと許可を出したところで、救える命の数には限りがあります。国中の患者の数からしてみれば、【国家医療師】の救える人数も、治療費用も、負うべき責任も、大した数にはならないでしょう。

理想の内容そのものは大掛かりでインパクトはありますがその実、維持にも実現にも医療関係の予算全体からすれば大したことはありません」


「そうですね。プロパガンダとして活用という意味でなら費用も許容範囲内でしょう。どれほどの効果が見込めるのかは分かりませんが、聖人の派遣の無いエストバース王国では市民達からは概ね歓迎されると見て良いでしょう。

ですが、あまりにも挑発的ではありませんか。貴女はいずれレアルヴィスタの統治者となります。その時に他の勢力に無用な敵を作る様な危険な政策は、足を引っ張ることにも繋がりかねませんよ」


「どうかしら。ふふふ。誰だってご自分の命は惜しいものでしょう?」


「どういう意味ですか」


「ふふふ。お祖母さま。もし、もしもです。この【国家医療師】の中に『聖法術師』が紛れていたらどうでしょうか」


「治療術師ではなく治癒が可能な聖法術師…、ですか?」


「はい」


「それは…、そうですね。…そういう事ですか。

もし仮に聖法術師が居たなら、他領の貴族家を黙らせるのは容易になるでしょうね…。しかし、アテはあるのですか?」


「ええ、もちろん。ハンと同様に、人知れず優れた能力を持つ者は存在します」


「分かりました。それなら私にその人物との面会を取りつぎなさい。その力が本物で、十分理想の実現に足りえると判断したならば、この案は前向きに検討しましょう」


「ええ。近いうちに会わせると約束するわ」


「それで、小児科やカウンセリングの件ですが、薬剤の生産が軌道に乗る様なら許可しても良いと考えていますが、どの様に実現させますか?」


「これらの施設は今後、領民を増やしていくのであれば必ず必要になります。子供の医療体制や兵役後の傷病者のケアが十分な国家とあれば定住者はさらに増えるでしょう。

まずは様子見で施設を造り、試験的に運用をして、薬剤の生産が進んで軌道に乗ってから徐々に増やす形でどうかしら。従事者も、大掛かりな施術の必要ない医師という条件なら成り手もいるはずだわ」


「分かりました。どちらも【国家医療師】の案との相乗効果の期待出来る物ですからね。様子見をしながらというのであれば前向きに検討しましょう」








《余録》


・国家医療師の活動費ですが、まるで些細な物と言っている様に思われるかも知れませんが、割ととんでもない額になります。

要約すると、国家公認BJ先生です。国が費用全額持ちます。


幼少期より主人公が定期的に飲まされていた「苦いだけで効果の無い薬」は、年間の費用で観ると国家医療師達を経費込みでも余裕で運用出来る額だったりします。

:一瓶(一ヶ月分)で2.5億Bt。(約50億円相当)

これ一瓶で何人の命を救えるのでしょうか。


因みに、主人公は自分の身体には無意味である事を七光の名義を得てからレポートをプロシアへ提出して調薬をやめさせています。

どうせ気休めなので、現在はそれなりに良い栄養剤を苦くして飲まされています。

はい。苦いのはやめて貰えませんでした…。



・聖人の派遣されないエストバース王国では治療術師の地位が相対的に高くなります。

また、聖者認定を受けた治癒(聖法)術師も極端に少なく、高齢の平民出の聖者が一人きりです。


ダンジョンベルトがそうである様に、大地に多くの穢れが流れ込む地であるとされ、西の海岸は魔大陸が近いという事も有り、聖気の力が弱まる土地という認識が持たれています。



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