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1000通りの計画  作者: Terran
第十章 トリニテリアの賢姫
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迷宮騎士




[435]

 【太元(ルシアナ)城】で一夜を明かし、翌早朝にプロシアは外出した。

 睡眠時間は足りているのだろうか。あれから政策案についての要点をまとめていただろうから少々心配である。

 向かった先は人神領域魔術協会本部だと言っていた。ついでにいくつか新しい魔導具の特許申請と、前もって用意しておく様に言われていた別案件の論文も渡してある。

 勿論、【七光】名義である。


 今回は一時的な停留。

 太元城で家臣達との面通しの必要もなく、書類仕事もなく、城内の書庫でじっくりと知識を蓄える時間が取れた。

 全てを理解しながら読み切るには時間が足りないので、首飾りにしている青く煌めく【全知の蒐集館】へと分霊を使って書物の情報を転写していく。

 その間にも、立ち入りを許可された区域の残留思念をトレースして読み込む。

 残留思念の読み取りは、場がセッティングされている方が彩度も増すのだ。こういうものは現地でやるに限る。


 残りの政策案に関しては、ここから学院へ向かう道中で確認してくるだろう。

 あれこれ別の仕事をしながら質問内容を纏めるくらい、彼女には訳ない事だ。

 リヴィアがマルチタスクを得意としているのも、プロシア譲りなのだと思われる。

 母ティアーナもその傾向があった様で、過去の読み取りからも察せられた。

 まあ、割と行き当たりばったりでどうにかしていたフシが見受けられるが、おそらくその場面場面で咄嗟に思考をすれば十分間に合うから、普段から慎重になる必要が無かったのだろう。

 他者より強いという事は、他者より余裕があると言う事である。


 常にパッシブな感知で周辺領までの範囲内なら往来する人々を網羅しているのだが、ふと明らかに目的意識を持って、この太元城のある方角へと向かってくる一団を捉えた。

 かなり速い。特殊な魔馬か。

 それにこの感情色は、歓喜、敬愛、期待、献身、誇り、狂信、衝動。

 なかなかにドロドロと時間を掛けて煮詰めた様な色合いをしている。



◇◆◇



「リヴィア。昼食を摂り次第、すぐに出ますよ」


 帰ってきて早々に、身に着けていた賢者のローブを預けながら、そう声を掛けられた。

 予定していた時刻より、やや早い。


「ええ。問題ないわ」


 少し焦っているのか、それだけ聞くとすぐに食事の手配をさせて一度自室へと戻って行った。

 食事の席でも、こちらから理由を尋ねる様な真似はしない。話す気があれば話すだろうし、必要無ければ尋ねた所で答えはしないだろう。

 しばらくの間、二人だけの静かな食事が続いた。

 私達が何も喋らないのは、察しつつも敢えてそうしているのだとプロシアも気付いている。


「少々面倒な者に勘付かれました」


 まあ、そういう事も有るだろう。

 今回は道すがら立ち寄っただけだが、今まで一度たりともリヴィアが、次期城主がこの地に訪れなかったのには当然ながら理由がある。

 直接聞いた訳ではないが、何かしらの理由がある事くらいは解っていた。


「あら。ハバートートの地にはお祖父さまの信頼する忠臣しかいないはずではありませんか」


「はい。ですが、いかに忠臣であろうとも、こちらの事情を考慮せず飛び越えようとする者は少なからず居るのです。一体どこから漏れたのか、調査して厳罰に処さなければなりませんね」


 なるほど、その面倒な者とはつまり、開かない筈の口を割らせられるだけの高い立場を持っているという事か。

 そしてそれだけの立場のある者なら、口を割る者には厳罰が与えられる事も重々承知した上で実行しているのだろう。

 だが、それは表面上どう取り繕おうともいずれは関係者経由でバレる。つまり最初からバレるのも意に介していない。

 いや、何なら口止めすらしてない可能性もある。

 確かに、そういう輩なら少々面倒そうだ。



◇◆◇



「陛下ァー!!」


 馬車に乗って城門から出て間もなく。

 突然魔馬は嘶き、馬車は急停止した。


「何事ですか!」


 魔術の防壁が衝撃を吸収して揺れ自体は軽減されたが、プロシアの厳しい声が御者を責める。

 ふむ、これは宜しくない。


「はっ!その、道を塞がれまして…」

「まさか…。リヴィア、貴女はなるべく大人しく待っていなさい」


 そう言われてリヴィアは声を出さずに微笑みながら頷く。

 プロシアはリヴィアの反応を見てから魔導具を使って外の様子を映し出した。

 馬車の外では、横合いから現れたであろう六本足の戦馬の巨体が進行方向を塞いでいる。


「無礼者、この馬車がファナリア大公家の物と知っての狼藉か!!」


 御者は道を塞ぐ戦馬に跨る禍々しい鎧に身を包む騎士に荒げた。


「フ、フ、フ、フハハハハハッ!陛下ァー!!居られるのでしょう!?

陛下の右腕にして第一の忠臣【還らぬ雲烟】ディモス・メルギアド。只今参上仕りましたぞォー!!」


 御者の怒声も何のその、まるで眼中に無いのか。

 ディモスと名乗った騎士は両の目をくわっと見開き爛々と輝かせながら、それはそれはもう心底嬉しそうな声色で出迎えてきた。


 私達は、彼の存在は当然知っていたとも。

 昼食前より既に城から出てくるのをずっと影から待っていた事も。

 しかしなるほど、こういうタイプか。

 これは確かに面倒そうだ。



◇◆◇



 【迷宮騎士】という特別な役職がある。

 それは、普通に迷宮攻略へと派兵される有象無象の騎士達の事ではない。それらはただの騎士だ。


 【迷宮騎士】とは、身命を賭して迷宮攻略に人生を捧げるスーパープロフェッショナル。

 迷宮専門の冒険者である探索者とも違い、迷宮を攻略する事が己の使命であり存在意義として神へと誓いを立てた決死の殉教者達である。


 彼等は一年の内、地上に居るトータル時間が何と1/4以下しか無いという。人生そのものを迷宮攻略の為だけに捧げており、階級が上がる程、出世する程、遠征期間と密度が上がっていく。

 およそ人間らしい生き方を捨てた狂人達だ。

 その代わり、聖戦への参加免除を始めとした貴族の義務から解放され、国を挙げてのバックアップを受けて迷宮攻略の事だけを考えれば良い環境が提供されている。

 現役時代のジェラルドが設立して自らがトップに立ち指揮した狂気の騎士団である。


 年間3〜6箇所のダンジョンが新たに発生するダンジョンベルトが流れるハバートートの迷宮駆除と剪定を役割として定められており、一人一人がダンジョンという閉じられた空間において一騎当千の実力を持っているという。

 眼の前に居るディモスからも、並々ならぬ量の魔素が身体から滲み出ているのが窺えた。

 年齢は見た目からでは分からない。若々しい五十代にも見えるし、壮絶な体験をした三十代くらいにも見える。

 長期間ダンジョンの濃い魔素を浴び続けると、徐々に老化の影響が肉体に現れにくくなるからだ。


「ディモス。一体どういうつもりですか」

「おお、これはこれは賢者様、ご機嫌麗しゅう。しかしこんな所で、奇遇ですな!もしや神のお導きではありませんかな!?」


「見ての通り、私達は先を急いでいます。これ以上の妨害は叛意有るものと見做しますよ」

「叛意、私が!?フ、フ、フ、滅相も無い!!

私こそ最も陛下に忠誠を誓った騎士であると自負しておりますれば。どうか、どうか、お気を鎮め下され。私はただ、ただ純粋に陛下の事を想えばこそ!こうして馳せ参じた次第で御座います!」


 ディモスはギラギラとした視線を馬車から降りたプロシアから微妙に外して、リヴィアの乗っている馬車を凝視している。

 ジェラルドが乗ってきたとでも思っているのだろうか、それとも他に何かしら目的でもあるのだろうか。

 とりあえず目が渇くだろうから瞬きはちゃんとした方が良いと思われる。


「陛下ァー!!私です、陛下のディモスがやって参りましたよォー!

フ、フ、フ、どうか、どうか陛下の御尊顔を拝し奉りとう御座います。何卒、何卒ォ!」

「黙りなさいディモス。貴方には迷宮街の治安と魔境区域のダンジョン制覇の任を与えられているでしょう。まずは己の本分を全うしてから、改めて出直しなさい」


「そんな、あんまりです。陛下、陛下ァァァ!!

私は陛下の為を想えばこそ、苦難に満ちた迷宮の奥深くまでこの身を投じ、誓約を果たさんと粉骨砕身の覚悟で挑めるのです!

ただひと目、ほんの僅かな時間だけでも陛下のご無事なお姿をお見せ戴けるならば、このディモス!賜りし【還らぬ雲烟】の名に恥じぬ勇心を以って、例え火の中水の中、御身の御心の示すがままに何処へでも潜り抜けましょうぞ!!」


 どうやら狂信者という噂は本当の事らしい。

 しかし『還らぬ』とは、とんでもない二つ名をしている。

 確か二つ名持ちの【迷宮騎士】は、かなり強力な【ホープ】を所持する序列上位者だった筈だが。


「最後の警告です。ディモス、持ち場に戻りなさい」

「賢者様、何故阻むのですか!陛下はご無事なのでしょう!何故ひと目だけでも拝謁する機会をお与えになられないのですか!?

まさか、まさかまさかまさか!何処か体調が優れないのですか!?ああ、陛下ァー!!」


「お祖母さま、出るわ」

「いけません!大人しくするように言ったはずです」

「ふふふ。ダメよ、彼はきっと姿を見せるまで引き下がらないわ」


 目を血走らせるディモスは口から泡を飛ばしながら必死な懇願を続け、何度も何度も呼び掛ける。

 完全に瞳孔が開いているのは、永らく地下生活を続けてきた弊害だろうか。あの様子では地上での暮らしに支障をきたしているに違いない。

 そしてリヴィアはどうやらディモスに姿を晒すつもりらしい。

 しかしどうした心情の変化だろうか、無礼者に応える義理など無いだろうに。


「騎士ディモス」

「!!?」


 リヴィアの声は大声を上げていたディモスの声を貫いてかき消す。

 馬車から姿を見せたリヴィアは、ただ一歩地に足をつけただけで場を制した。

 音を、空気を、視線を、呼吸を、風を、熱を、太陽を、全てを支配して道を塞ぐ【迷宮騎士】を一瞥する。


「私を視ましたね」


 ただ静かに目で射抜いた。

 それだけで、ディモスはずり落ちるように地べたへ降り、腰を折り、地面に頭を擦り付けるほど深く伏して、所在無い戦馬は鳴きもせず頭を下げた。


「ぁ……ぁ……!!」

「なら、為すべきを為しなさい。迷宮があなたを待っています」


 リヴィアは眼鏡を外した裸眼でディモスを見下ろしていた。

 プロシアも御者も一言も発しない。

 地に伏したディモスは固まって動かない。


「さあ、お祖母さま。用は済んだわ」


 いつの間にか馬車に乗り込んでいたリヴィアが声を掛けて、急変したディモスの様子を観ていた視線を外させた。

 眼鏡姿も、微笑みも、城を出る時と同じである。


「はい…。とんだ邪魔が入りましたね。先を急ぎますよ。出しなさい」


 時間にしてみれば僅かな間の出来事。

 周囲の者は、ただ空気を呑まれただけだったが、視線で射抜かれたディモスは細かく震えて浅い呼吸を繰り返していた。


 プロシアの命で御者は馬車を発進させて騎士の横を通り過ぎる。

 リヴィアは窓の外に一瞥もくれず、座ったままただ目を閉じていた。


 終わってみれば実に呆気なく、まるで何事も起こらなかった様に真昼の城下町の音が戻っている。

 いや、音は消えていなかった筈だが、緊張した空気が認識外へと押しやっていたのだ。


 プロシアは黙したまま、目を閉じたままのリヴィアを見つめていた。

 そんな判断の難しい表情を作らないでリラックスして欲しい。面倒事は終わったのだから。

 それにリヴィアはただ、最短時間であの場の騒ぎを鎮めて切り抜ける選択をしただけである。

 それだけで、他意はない。

 たぶん。


 しかし【迷宮騎士】か。

 あれほど濃密な魔素に侵されていながら魔人化するでもなく人の身で在り続けるとは、どうやら私達が考えていたよりこの国の魔素に対する造詣は深かったらしい。

 興味深い。



◇◆◇



 昼間に多少ごたついたものの、それ以降の道行きは順調そのもので、三つの街壁を抜けてクリムワイエ魔術学院までの道路を馬車が駆け抜けていた。

 馬車にして二車線分の道幅が設けられており、国際基準も設定されているらしい。


 エストバース王国を含めて人神領域のほとんどの国で道は右側通行である。

 というのも、家紋をあしらった剣を下げるのが主に左側であったので、ひと目見てどちらの家格が上かを判断して目下の者が道を譲る、のをスムーズに行える様にしたのが始まりだとか何とか。

 今は形骸化しているが、合理的だったからこそ浸透して国を跨いで常識となったのだろう。


 前世の出身国では、とても似たような理由で左側通行になったという話を聞いたことがある。剣同士が触れない様にと、互いに剣の側を相手に向けない左側へと寄った結果だと言われていた。

 しかしエストバースの常識に慣れ親しんだ今となっては、前もってどちらが道を譲るべきなのか明確化されている厳格な階級制度の方が、合理的で優れているのではないかと思ってしまうから不思議な物だ。


 因みに、留学生の多い魔術学院では、入学してまず最初に行うのが生徒同士による序列確認である。

 互いに自己紹介と会話で牽制して序列を明確化し、以後のゴタゴタを未然に防いだり、学院生活を快適にする為の通過儀礼の様な物だ。

 この出だしで躓いた貴族の子女は、どこかで挽回しない限りは下手すると在学中ずっと不本意な序列に甘んじるしか無くなってしまう。

 一応、ざっくりと国同士の力関係や親の身分といった要素でもある程度の区分はされるのだが、閉鎖された子供の社会とは残酷な物で、いくら親が偉くても優秀でも舐められたら終わりなのだ。


 大国の王位継承順の低い王子と、小国の王太子、果たしてどちらの序列が上なのかは、当人同士ではなく他の生徒達の評価で決まる。

 どちらが有利と判断するのかも、立場が違えば物の見方も変わってくる。

 自分の利益になりそうな側を推す者。

 容姿の好みで判定する者。

 性格の善し悪しで決める者。

 実力で評価する者。

 別の誰かを下げる為に与する者。

 子供であるが故に不完全な序列確認になるのも当然起こり得る。納得しない者も多いだろう。


 卒業すれば決められた社会ルールに則って生きるだろう。不本意でも、身分の高い者とすれ違えば道を譲らなければ非常識なのは自分とされてしまう。

 代々続いてしまう先祖の功績による身分制度には欠点も数多くある。

 合理性による利と、制度上の欠点と、果たしてどちらの方が正しいのか判断は難しい。それこそ、立場によって見え方は異なる。


 だが少なくとも、リヴィアがスムーズに王となれるこの制度が間違いであるとは思わない。

 例えどれだけの欠点があろうとも、今後この世界が甘受するであろう数多の利に比べれば些細な問題でしかないだろう。

 だから世界中の誰から違うと、間違っていると言われようとも、私だけはヒエラルキー制度を肯定しなければならないのだ。


 私が肯定しよう。

 リヴィアが支配者になれるのであれば、これは善政であると。


 私が否定しよう。

 リヴィアを肯定するのに邪魔となる考え方、思想、制度、常識、倫理を。


 私が裁定しよう。

 私とリヴィアの為に必要な物と、そうでない物とを選り分けて。


 善も悪も、必要であれば私が決めよう。

 それで天罰があると言うのなら、計画が終わった後であれば私が謹んで相対しようではないか。

 そんなものが有ればの話だが。






《あとがき》


・迷宮騎士ディモス登場。


王国で最強の騎士。

主人公(ヒロイン)より年上で忠義(ワンコ)系の騎士と言ったらテンプレですよね。


え、チェンジ?

そんなバカな…!これは何かの間違いです!

陛下、陛下ァァァ!!



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