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1000通りの計画  作者: Terran
第十章 トリニテリアの賢姫
96/99

太元城の一夜




[433]

 エストバース王国で二番目に大きな領であるハバートート領都にある貴族街の最奥。そこに聳え立つのは白と赤を規準とした堂々たる風格の【太元(ルシアナ)城】。

 深緑や濃紺に黒や鼠色といった昏い色合いの【天貴(トリニテリア)城】とは打って変わって、華やかで綺麗なイメージを見る者へと与える。

 ここまであからさまだと、対比として意図的に明るい色彩を使っているのだろうと窺わせる。

 私としては城の色など何色でも構わないのだが、あの昏い色調の天貴城の方が落ち着く気がするのは慣れによる物なのか、それともリヴィアの好みなのだろうか。

 門が開かれ城内へと私達の乗った馬車が入る。


「話の途中ですが休憩にしましょう。行きは急ぎという事もあり腰を落ち着ける暇すら惜しみましたが、貴女には無理をさせてしまいましたね。出来れば学院まで一息に向かいたい所ですが、私にも少し寄る所がありますから今日の所はここで休んで明日になってから出発しましょう。

城内であれば何処へ行っても構いませんが、なるべく大人しくしているように。分かりましたね」

「ええ、わかったわ」


 ここはファナリア大公家の所領地。王国第二の都。

 ハバートートは東西に伸びる巨大な土地で、平均的な大きさの領なら三つはすっぽり収まりそうな程大きい。

 東に隣接するクリムワイエ特別区の魔術学院と西に隣接するレアルヴィスタ間を通り抜けるだけでもかなりの距離がある。

 いくら舗装された道とはいえ魔導具と魔術によって強化された魔馬でもなければ一日で駆け抜けるのは困難だろう。

 領の南北にはダンジョンベルトと呼ばれる東西から運ばれた魔素の流れる地脈同士がぶつかる断層があるとされ、それぞれ毎年一つから三つの新しいダンジョンが発生する。人神領域一のダンジョン多発地帯として有名だ。


「ここが領都なのね」

「殿下。城内へご案内致します」


 古来より危険地帯として認識されており、王国が建国されるより遥かな昔から土地の大部分が未開の魔境となっていた。

 それでも人類は逞しいもので、いつの頃からか尽きる事のないダンジョン資源を求めて恐れ知らずの人々が暮らし始める。

 彼等ダンジョン専門の開拓者は探索者と呼ばれ、冒険者組合が発足するまで合法非合法問わずダンジョン資源に群がり少なからず経済へと貢献した。

 探索者達はダンジョンの発生しない比較的安全な場所を見つけて拠点を作り、その拠点に商人が集まり迷宮街となり、利用価値を見出した国の介入により下級貴族達が治める様になる。

 しかしそこはダンジョンベルト。人を寄せ付けぬ魔の領域。

 人気不人気、交通の便などの理由で管理し切れないダンジョンからは歴史上幾度も氾濫が起こり、その都度発生した魔物達の襲来によって迷宮街が興っては壊滅していった。


「ねえ、どうして私は今まで一度もこの地に足を付ける機会を与えられなかったのかしら」

「申し訳御座いません。私共ではお答え致しかねます」

「そう。ふふ。いいのよ。答えられないのなら仕方がないもの」


 ハバートートが王領を除いて最も巨大でありながら歴代の王が所領地としなかったのも、やはりその扱いにくさ故である。

 何度壊滅しても時が経てばまた懲りない探索者達は迷宮街を興す。いくら危険でもそこに尽きぬ資源があれば自然と人は集まる。

 流れ者の手でも届く利益が有り、そこから人と物流が出来れば管理者は必要となる。

 勇猛果敢な口上を述べる貴族の子弟は己の領地を築かんと名乗りを上げて迷宮街を治めようとする。そして一時の栄華と没落を、人を変え時代を経ながら繰り返す。

 しかしそれでは統治能力に難のある者や、ある程度貯め込んだら逃げてしまう者が現れてしまい、繰り返される内に次第に統治者の居なかった頃より酷い無法地帯となっていった。


「家族の誰かは滞在しているのかしら」

「いいえ。現在は殿下お一人で御座います」

「そう。なら挨拶はお祖母さまが到着されてからでいいわね。資料庫へ案内して。そうね、城内にいる間は付いてきた従者と護衛達は休ませていいわ」

「承知致しました」


 やがて王国はハバートートを細かく区分けして分割統治という形で一定期間毎に代官を派遣する形式を採用する。

 土地や任期を区切るのも善し悪しはあったが、少なくとも無法地帯ではなくなった。

 当たりの区域と外れの区域やら、商人の賄賂やら、貴族間の縁故採用やら、不公平や不満も不正も多かったが、それでも国としては危険なダンジョン多発地帯をある程度管理出来ればそれで良かったのだ。


「ここは不思議と心も身体も落ち着く気がするわ。しばらくここで読書をするのであなた達は下がりなさい」

「はい。後ほどお食事の準備が整いましたらお声掛け致します。それでは私共はこれにて失礼致します」


 その不良債権ながらも必要悪を内包してでも一定の秩序を持ったハバートートを維持しなければならなかった理由。それは西方レアルヴィスタこと人類圏の絶対防衛戦線までの補給経路の確保である。

 ハバートートの南北に流れるダンジョンベルトに挟まれた中間の安全確保こそが王国の目的。正直な所、南北の迷宮街がどうなろうとも中央一帯の安全と補給経路さえ無事なら優先順位は二の次三の次だったのだ。

 そんな歪ながらも維持されてきたハバートートの秩序が完全に瓦解したのは、王国の目的の一つだった補給経路の先にあるレアルヴィスタの壊滅から始まった。


(ようやく一人になれたわ。資料庫の外には警備がいるのでしょうけど、それだけね。城内に家族が一人もいないだなんて、ふふふ。異常事態が起きてることを隠す気がないのかしら)


 崩壊した海神領域から押し寄せる大津波と無数の海魔の群れがレアルヴィスタを呑み込み、神話の時代より数々の魔王軍や海の怪物の襲来を跳ね除けてきた英傑国はこの時事実上の滅亡をした。

 崩壊の余波は荒れ狂う海嘯の如く大陸を遡り、ハバートートにある多数のダンジョンへと穢れを注ぎ込みながら波及して、次々と連鎖氾濫を引き起こす。

 【大魔海嘯】と後に呼ばれるこの歴史的大災害で、何年にも渡りエストバース西方一帯が人の住めない魔境と化した。


(せっかく招待されたのですから、少し分霊で探りましょう)


 【大魔海嘯】の影響はエストバースだけに留まらず、表面上は距離の離れている同じ断層上にある隣国にも少なからず被害が出たという。

 王国は総力を上げてハバートートとレアルヴィスタ奪還に挙兵。

 一度目は大敗して退却。二度目は三方公爵家の協力を得てハバートートからレアルヴィスタまでの街道を奪還。

 三度目はジェラルドの指揮の下でレアルヴィスタを奪還したという。


(お姉さま達はミストリアさまと国内の視察旅行中なのね。義母さまは婚活旅行をさせるつもりだったのでしょうけど、お父さまは三人が自由に振る舞える最後の機会として満喫させたかったみたい)


(お兄さまは義母さまと王都で大事な打ち合わせをしている所かしら。ふふ。義母さまはブレないわね)


(お父さまは、そうよね。今は王城から動けるはずがないもの。優秀すぎるのも考えものかしら。それでも力不足を嘆くのね。星が足りていれば事件は防げたかも知れないと思うのも仕方がないわ)


 結局、最終的には自ら先頭に立って迷宮攻略の陣頭を取り次々と難関ダンジョンを制覇したジェラルド以上の適任者は居なかったのだ。

 最初はレアルヴィスタ領奪還の旗頭としてプロパガンダの為に指揮を執らせたのが始まりなのだろう。それがよもや国内の百年迷宮を複数攻略する程の傑物となろうとは、先王はそこまで予見出来たのだろうか。

 私達がエストバース城へ立ち入れば過去の情景を読み取る事も出来るだろうが、それはこちらから断ったのだ。機会が訪れたとしてもまだ先の話になる。


(ふふふ。過去の情景ね。それなら代わりにここの記憶でも読み取ってみましょうか)


(あら。お母さまはあまり資料庫には訪れていなかったの。ふふふふ。読み物より剣術や魔術に興味があったみたいね)


(そう。ギルバートやお姉さま達にも少し教えていたのね。ふふ。教えかたは個性的なのかしら)


 今この太元城にはファナリアの家族は他には居ないらしい。

 これが代々続く貴族家であれば、誰か親類の中から代理の一人でも置いておくものだが。ファナリア家は血統こそ王家と同等以上ではあるが、残念ながら祖父の代から独立したばかりの新しい家系なのだ。

 いくつもの領地と広大な土地を有していながら、それらを常に統治しきれる程の人員は居ない。

 家臣に任せるにも、やはり人手不足は否めない。

 ジェラルドは側近達に爵位を与えて代理を置いてはいるのだが、如何せん人を選ぶ気質が邪魔をして数が足りていない様だ。

 それに、代理として任せる土地や街の大きさに相応しい格の者を、必ずしもとは言わないが置いておく必要もあるのだ。

 法律で定められている訳でもないのに常識とされているのだから、実に面倒くさい。


(どうかしら。私達だけで統治してしまってもいいのだけど。ふふふふ。正道を通るなら、私の代でなるべく多くの善い子を育てなければならないわね。お姉さま達に良い縁談が結べて多くの跡継ぎが産まれてくれれば、それに越したことはないのだけれど。それももうしばらくかかりそうよね)


 資料によれば、ジェラルドの母方の家系であるレアルファス公王家は、高位の貴族家としては異例なほどの細い家系であった。

 代々子供はほとんどが一人、偶に二人。多くても三人で、それも滅多に無い。

 しかも女児が多く、稀に産まれた男児が複数の妻を取っても、子供はそれぞれ一人居るか居ないかという先細りの一族である。

 ジェラルドの母も一人しか産んでいない。

 プロシアとの間にもティアーナ一人。そのティアーナが産んだのもリヴィア一人なのだ。

 危機感を感じるレベルの繁殖力の低さである。

 この分では正攻法ではリヴィアの代も繁栄は望めそうに無い。一度はお蔵入りさせたが、いざとなれば人工的な繁殖も視野に入れるべきだろうか。

 一応は希望的な一手は打っておいたのだが、そちらは当人次第である。


(ふふふふ。それも楽しみの一つね。できれば早い段階で結果を出してほしいところだわ。

今回のところは地下の神殿跡を調査するのはやめておきましょう。いずれ正式にここへ招待された時の楽しみに取っておかないと、既知ばかりでは退屈してしまうもの)


 何にしても強き統治者としてその才を遺憾なく発揮したジェラルドは、拡げ過ぎた勢力を維持する段階で問題を抱えてしまったという事である。

 資料庫の記録には【大魔海嘯】の後の復興までの様子が書かれている。

 王国は他国の支援を受けながら幾度も遠征軍を送り込み、徐々に領域を取り戻して行った。

 エストバース王国が他国の戦力を当てにしてまで奪還に乗り出すとは、この地が如何に重要だったのかを窺わせる。

 その歩みが劇的に進んだのは壊滅から実に五十年以上の歳月を経てからで、資料では多少ぼかされているがジェラルドは相当無茶をやらかしていたらしい。

 ふむ、元気があって大変宜しい。


(壊滅する前の英傑王国も弱かったわけではないのに、それでも呑み込んでしまう【大魔海嘯】がどれほど絶望的だったのか、とても興味深いわ。資料だけでなく実物を体験してみたいわね)


 私達の今居る太元城も、復興してから神殿跡地に建てられた物らしい。

 こんな危険地帯に囲まれた場所に重要な施設を建てるのはどうかと思うのだが、逆にそういう場所だからこそ建造する理由があったのかも知れない。

 一族が少ないファナリア家にこんな立派な城がいくつも在った所で持て余すばかりなのだが、象徴として飾っておく必要があったのだろう。

 いざという時の為に大きくて堅牢で重厚そうな外観をしている。

 確かに良い建造物だ。ダンジョンが生まれる際に局地的ではあるが付近で地震が起こるのことから耐震設計をされている点も良い。そして何より、重そうな所がまた素晴らしい。


(ふふ。どんなに堅牢な守りの城を建てたところで、最後の守りが役に立つ場面まで追い込まれたら僅かな時間稼ぎくらいにしかならないのに、人々はそこに安心感を覚えるなんて矛盾していて可愛いらしいわ)


 重さは大切な要素だ。大きくて重心が安定していると尚良い。

 下手に理屈を捏ねる必要すらなく、ただそこにあるだけで見る者に力強さと安心感を喚起させられる。

 歴史上幾度も興亡を繰り返した地だからこそ、建造する城にも不落や頑強さを彷彿させる外観を意識した造りにしたのだろう。

 私の様に効率や合理性、効果的であるかどうかを重視して講釈を垂れるまでもなく、深層心理に従って計算ではなく純粋な願望や想いから理念を構築して理想的な建築物を造ったのだ。

 時に本能という物は計算を凌駕する知恵を生むから侮れない。


(見せかけの安心感程度で来たる大災害への恐怖心が和らぐなら安いものね。本当の克服は自らの力で乗り越えてこそなのに。未だ何も救われていないのに油断できるだなんて、人はどこまでも愚かで、とても幸福な生き物よね)


 そうだとも。人は安心感を得る為に生きている。

 そして、安心感に囲まれて育った人は、弱くなる。

 ジェラルドは先陣を切って人々を励起させ、自らの威を示して絶望を克服させた。

 だが未だ何も解決などしていないのだ。

 人神領域からすれば依然として海神領域は落ちたままであり、今後また第二第三の【大魔海嘯】が起こらないとも限らない。

 再度起これば再びレアルヴィスタは壊滅し、連鎖氾濫がハバートートを呑み込む。


(お祖父さまは民に甘いのが素敵なところで、それと同時に残酷なところよね。海神領域の迷宮の氾濫周期が複数かぶる日が来れば、この仮初の平穏なんて数日で終わるのに、それを警告しないもの。絶望を知る日を一日でも少なくしようと民には黙って上層部だけで解決の糸口を見つけようとしているわ。

ああ、いじらしいお祖父さま。ふふふふふ。これは私達がなんとかしてあげなくてはならないわね)


 なるほど、リヴィアがそれを望むのなら良いとも。

 私としてはどちらでも良い案件なのだ。

 【大魔海嘯】を起こさない事は可能である。既に海神領域の中心は押さえている以上、やろうと思えば領域内の全てのダンジョンを短期間に攻略させる事も容易い。

 ならばこそ選択肢も選べるという事だ。


 計画を立てよう。

 簡易的ではあるが、なるべくリヴィアが満足する様な計画を。

 幸いというか不幸にもというべきか、時間は限られている。




[434]

 その日の晩餐。

 プロシアが帰宅し、城の留守を任されていた老家臣のベルギオンと共に食卓を囲んで数年ぶりの挨拶と近況報告など話し合う機会を得た。 

 久し振りに再会したベルギオンは白髪が増えたからか、前に会った時よりずっと老けた様に見えた。


 それはそうだ。

 ベルギオンはジェラルドの少年時代からの側近として仕えていた最古参なのだから、ジェラルドの年と同じ様に老いて行くのが当然である。

 リヴィアがもっと幼い頃、王都からの送迎に同行していた精強な頃のままの筈が無い。いや、あの頃から既に最盛期からすれば大分衰えていたのかも知れないが、それ以前の姿を知らない私達が持つイメージはその当時の物のままだった。

 何となくだがこうして談笑しながらも、この人もリヴィアが政権を握る頃には引退するのだと思うと感じ入る物がある。


 しかし、家臣達の高齢化は深刻な問題である。

 短い滞在期間ではあったが、先の天貴城で紹介された重臣達も高齢な者ばかりだった。

 太元城では未だ最低限のごく一部の者しか紹介はされていない。いずれ時間が有る時に改めて面通しする事になるのだろうか。

 祖父母がその辺りを考えているのは分かっているし信用もしている。

 次代を支える人材の育成も見えない所で行っているのだろう。特に父や母の世代の家臣は責任重大であり多忙を極めてあちらこちらへ出向いていると予想される。

 現在は都心部以外の、私達が足を伸ばしていない各街の代官に赴任させて経験を積ませているのだと推測する。


 いくらリヴィアが暫定的に次期当主となるとしてもまずは外堀と地固めからなのだ。

 面会も所謂長老世代から順々に、それこそ家臣達の序列通りに顔合わせをさせるつもりなのだろう。

 前世の議員と似たような物だ。こちらとしてもその方が覚えやすくて助かる。

 現場レベルの若い世代との顔合わせはもっと先になりそうか。

 善かれと思って敷いてくれたレールなのだ。ここは素直に渡らせて貰おう。


 プロシアもベルギオンも最初こそ何を聞かれるのか少し身構えていた様だが、リヴィアは折角の機会だからとベルギオンに昔の祖父や母の暮らしの様子等を聞いている。

 安心したまえ、リヴィアは必要に迫られない限りは聞かれて困る事を根掘り葉掘り聞き出す様な真似はしない。

 互いに今起こっている事件には触れず肝心な部分を避けながらも、共通の話題だけを歓談してそれなりに楽しく過ごせた様だ。


 決して健全とは言えないが、それが彼等と私達の選択なのである。

 最善とは言えない選択をするのは贅沢だ。

 その贅沢が許される我々は、とても幸福である。



◇◆◇



 食事が終わり、後は就寝するだけになってからプロシアに呼ばれて明日の予定などの簡単な連絡事項を告げられた。

 おそらく、残りの政策案についてもこの場である程度聞いておきたいのだろう。

 もしかしたら日中の用事というのも先の二案についても新鮮な内に何かしらの手を打つなり、概要をまとめていたのかも知れない。


「ところでお祖母さま、最近の帝国の好景気に湧いた勢いは素晴らしいものがありますね」


「ええ、多方面からそう聞いています。それがどうしたと言うのですか」


「『ライジング特報』、『Aネクサス』、『ハンターズ』、『ホットスナップ』、『雷電通信』、『ケットウォーク』、『キルシェ』、『ゼガスニュース』と。

どれも最近話題の帝国や各国の新聞や情報誌です。このような度し難い文化を、どなたが広めたのかは存じませんが。これからは徐々に報道による情報の共有や時代の風潮が形作られる世の中になるのでしょうね」


「私も聞き覚えのある名がいくつかありますね。ですがそれ以上に驚きました。いつの間にこれだけの情報を集めていたのですか」


「ふふふ。新聞や情報誌集めは贔屓の商会を通じて集めてもらっているわ。

まだエストバース王国には新聞に相当する報道の文化は入ってきていませんが、同じ人神領域内の帝国から技術が輸入されるのも時間の問題でしょう。そうなれば記事を売るのに適した、人々の関心を誘い注目されやすい情報は瞬く間に伝わってしまいます。

これでは民衆が新聞の言いなりになってしまうわ」


「それは考え過ぎではありませんか。いくら帝国が民衆の声に自由をある程度認めているとはいえ、虚偽の情報やあからさまな誇張を許すとは思えません。例えあったとしてもすぐに淘汰されるでしょう」


「どうかしら。見せたい物だけを見せて、伝えたい事だけを伝える手段として、新聞はとても大きな力を持っていると思うの。

それにエストバースがこの文化を取り込まなくても、他国に対する噂話は勝手に拡がるものでしょう。もしそうなれば私達は窮地に立たされてしまうかも知れないわ」


「では仮にそうなったとして、具体的にどの様なリスクを懸念しているのですか」


「そうね。例えば帝国でこんな話がありました。

ある商会が新発売する水薬を新聞の広告で大々的に宣伝しました。もちろん値段なども広告で発表されています。

そこで、別のとある農村地で経営していた老舗の魔法薬屋の作る水薬が、新聞の広告の値段の倍の値段だったことが判明します。地元では古くからその値段だったので誰も不思議に思いませんでしたが、この度新聞の流通によって最新の水薬とは大きく値段が違っていたことが知れ渡りました。

それから間もなく、その老舗の魔法薬屋の客足はぱったりと止んでしまいます」


「それは当然でしょう。値段に倍の違いもあれば少し距離があっても安価な水薬を求める事に…いえ、その前に一つ確認しなければなりませんね。その水薬の効果について言及されていませんでしたので。

双方の水薬の治療効果に大きな違いがあったのではありませんか?」


「さすがはお祖母さまです。ふふふ。ですが、いいえ。傷の治療効果にさほどの違いはないものと思ってください。むしろ新発売される水薬のほうが即効性があるくらいです」


「それなら尚更、新薬の方に取って代わられるのは当然の成り行きでしょう」


「でもその老舗魔法薬屋のある地方では、調合に使っている薬草の栽培がうまくいっておらず、原価を鑑みれば決して不当な値段ではなかったのです」


「そうですか。必ずしも新聞の発信地と届けられた地方との流通や査定が近似するとは限りませんからね。

その老舗の魔法薬屋は適切な値段で商売をしていた所を、新聞による情報の共有によって損害を被ったという訳ですね」


「ええ。誰が悪いというわけでもなく、情報に踊らされやすい民衆は簡単に扇動されてしまいます。だからです。私が度し難い文明だと評価した部分ですね。

まだ多くの民は情報の拡散スピードについていけるだけの移動手段を持っていないのに、情報による扇動だけが一人歩きして異様に早く拡がる。それは統治者にとっても大衆にとっても毒となります」


「貴女の言いたい事が分かりました。

つまり、先の二案を実行する前に、もし現状のままのレアルヴィスタの情報が伝われば、国内はともかく国外の大衆にしてみれば明らかにリスクに合わないと思われてしまう。大衆の噂が具体的な影響力を持つというのですね」


「ええ。そして現在のエストバース王国にはそれを撤回するための新聞に匹敵する媒体がありません。例えすぐに改善したとしても、国内は御触書で対応できたところで他国へ拡散された情報はどうにもならないのです。従来通り人の移動する速度のまま、じっくりと時間をかけて拡がるのを待たなければならないわ」


「それは、王国でも新聞を作るべきという事ですか」


「本国の民に大きな不満はなくても、他国の市民はそんなことまでは知らないわ。全ての兵の言を届けられるものではありませんから。

ここが新聞の厄介なところで、伝えられる情報には文字数による制限があるわけです。そこで端的に限られた情報だけを要約して伝われば、見ようによってはリスクに見合わない補償だけで命を張らされている劣悪な最前線、というイメージにすり替えることも容易になってしまいます」


「それはいくらなんでも悪意に偏らせた穿った見方ではありませんか。仮に新聞社にその様なことをする者が現れても、正式に帝国に口利きすれば撤回させる事も出来るでしょう」


「ふふふ。ええ、口を封じるだけなら容易です。それでも一度世に出た噂を消すのは簡単ではありません。それに形の無い噂と違い、新聞は形として残ってしまいますからね」


「それが真実だとして。そのような文化なら尚更、大衆が力を得てしまう手段をどうして帝国は規制していないのですか。貴女の懸念を聞く限りでは、これは貴族社会への反逆の元となり得る劇薬でしょう」


「ええ、ですからきっと国で規制はしているでしょう。発行物の検閲も行っているはずです」


「では、帝国がそれらを怠らなければ、貴女の言う恐れる事態にはならないのではありませんか?」


「本来ならば規制や検閲で取り締まれる物です。それでももし、一度限りで構わないと捨て身の覚悟でネガティブな記事を流布しようと企む者が現れたら、その限りではありません」


「捨て身の策……。そんな手段を使いそうなのは、邪教が絡む可能性ですね」


「ええ。おそらく邪教ならばこの媒体を逃したりはしないでしょう。ふふふ。知恵の回る者が扇動するのであれば、規制にならない範囲で僅かなネガティブ要素を潜ませた記事を長期間に渡って世間に浸透させて、機を見計らってから別の策と同時に仕掛けることくらいするのではありませんか?」


「…!それなら、既に帝国の新聞社には邪教徒が紛れ込んでいる可能性も十分にあると」


「ええ、それどころか。ふふふ。民間の新聞社を立ち上げた創始者こそが、最初から計画的に興した可能性も考えられそうです。

…例えば、そう。異なる世界の知識を持つ者であれば我々の知り得ない文化を武器にする策も思いつくのではありませんか」


「異境人の生まれ変わり。【転生者】ですね…!」


「私は主に文献でしか知りませんが、かつての邪教といい【呪災】といい、強硬策はもちろん甚大な被害をもたらしましたが。情報戦という搦め手を使わないと考えるのは慢心が過ぎます」


「ですがリヴィア。それはあくまでも貴女の憶測で話しているのではありませんか。具体的な策を講じるべきだという根拠や、国を動かすに値する確かな情報はあるのですか?」


「いいえ。根拠はありません。確かな情報も有りません。ふふふ」


「では不安がらせるだけの憶測を並べ立てて、見えない敵に怯えながら不確かなまま動くのを促そうとでも言うつもりだとでも」


「いいえ、いいえ。ふふふふ。憶測は所詮憶測です。それに根拠も確かな情報も要らないのです」


「では、どうするというのです」


「ですから、それはそれとして置いておいて。レアルヴィスタの三番目の政策案として私達で新聞社を創ってしまえばいいではありませんか」


「…王国には告げずに、独自に始めてしまうと言うのですね」


「ええ。ですから、新聞を限定的ながらレアルヴィスタ領内で広めて、後は王国側に調べさせてその危険性と有用性を勝手に気づいてもらうのです。

そこから派生するであろう憶測も根拠も何もかも、説得するべき王国側に考えてもらえばいいではありませんか。

だって、今まで無かった物を一から説明するなんて、それこそ非効率そのものですから。形のない謳い文句なんて並べるより、目に見える実績一つあれば説得力は十分ですもの。

ねえ、合理的でしょう?」


「それでももし王国が危険性や有用性について慎重策を取る方針になったらどうするつもりなのですか。先程も話に出てきましたが、大衆の声が力ともなり得る事にも当然気付くはずです。諸刃の剣なのは知恵持つ者であれば必ず思い至るでしょう」


「それがもし、諸刃で自分だけ傷つかないとしたらどうでしょうか」


「…何を、しようとしているのですか」


「ねえ、お祖母さま。私達は『エルヴィアス』なのですよ?」


「リヴィア。それはいけません…!

地上において『エルヴィアス』の名は軽々しく使ってはならないものなのですよ。この名に込められているのは歴代の天王達の築き上げた信頼、実績、威光。世界中に認められ続けてこそ今も受け継がれる重き象徴なのです。

間違っても便利な道具の様に扱ってはなりません」


「もう、人聞きが悪いわ。私だってそれは承知しているもの。ふふふ。でもさすがはお祖母さまだわ。私が何をしたいのかすぐに察してしまわれるのですから」


「確かに、検閲にエルヴィアスの名を使えばレアルヴィスタの新聞の情報に偽りが無い事を示せます。それは決して帝国では真似できない物ですから、後追いであってもその優位性は揺らがないでしょう。それは分かります。

ですが、私的な目的の為にエルヴィアスの名を用いる事には賛成出来ません」


「もう。お祖母さま、早とちりしないで。ふふ。私達はエルヴィアスの名は使わないわ。検閲も他の者にやらせます。本当に名を使わなくてもいいのです」


「…続けなさい」


「ええ。ですから、名を使っていなくても使っていても、他国の者には確認しようがありません。使っているかも知れない。それだけで十分なのです。後ろ暗い者たちなら勝手に自分たちに不利な場合を想定して解釈してくれますから。

ただ抑止力に、新聞を悪用しようとする者たちへの牽制になればそれで役目は果たせるもの」


「ブラフという事ですか」


「それはどうかしら。どちらかと言えば案山子のほうが近いわね。ふふふ。こちらは特に何もしなくても、相手は勝手に見張られていると思って動きにくくなるでしょう?」


「…それは、効果はあると思いますが。実際に工作が判明した時にはどうするつもりですか」


「その時はその時よ。悪用された情報を打ち消す声明をカウンターで切れば、後手でも一手でひっくり返せるもの。

帝国の民間の新聞社がどれだけ大衆から支持を得ているのか正確なところは知りません。それでも私達という後ろ盾の前には、それこそ信頼、実績、威光に大差がありますから。相手にもならないでしょう」


「危険ではありませんか。レアルヴィスタの発信する情報には実行力がある事を危険視されれば、手段を選ばず何かしらの手を打ってくるのでは…」


「それは大丈夫よ。あくまでも私達の普段創る新聞は地方新聞に留めますから。いざという時に世界向けに発行するのは、カウンターが必要になった際にだけです」



◇◆◇



「分かりました。一度整理しましょう。問い質す内容をまとめておきます。今日はもう遅いですから、明日の移動中に改めて話の続きをしましょう」


「はい。ふふふ。お祖母さま、そう難しい顔をしないで」


「いえ、私はただ。貴女がこの状況を楽しんでいる様に観える事に不安を感じているのです…」


「もう。課題を出したのはお祖母さまよ。それに答えているだけなのに、このやり取りに不安を感じる要素なんてどこにもありはしないわ」


「貴女はもう、私が何を言うのか全て想定済なのではありませんか…?」


「どうかしら。でも、最後には賛成してくれると思っているわ」


「リヴィア。そういう所ですよ…?」






《あとがき》


・真実の報道。

それはドラマでもよく取り沙汰されるテーマです。

何が虚偽で何が真実なのかは、マスコミに力がある設定では伝えたい側の心意気一つで容易に覆ってしまいます。


ですが、対マスコミには偽りを看破して嘘を付かせない天空王家エルヴィアスの力は絶大でしょう。

主人公達の言うように、確実に真実を使える側の言い分は常に正しくなります。そして、それ以外の報道は全て暫定的な参考情報となる訳です。

これは酷い。


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