天貴城
【レアルヴィスタ】
[423]
両開きの大扉から身なりの整えられた地元の名士や高位の貴族達が顔を伏して退場していく。
ここは謁見の間。
上階の玉座の間とは別で、貴族以外でも命があれば入場が許される大部屋である。
謁見の間に設えられた座には王だけでなく王配や王太子も座る事がある。
対して玉座の間は、当然ながら身分の高い者や親しい臣下以外に入場の許可は出ない。
勿論、それぞれの座は全て指定席で予め決まった者しか座れない。
国によっては謁見の間と玉座の間が一緒くたになっている城もあるので一概にこれが正しいという訳ではないが、身分制度に厳しいエストバースではこれが標準である。
謁見の間は配下の騎士や諸外国からの来客、祭事では市民の代表、国令クエストを解決した冒険者等も入場する関係で、一度に六百人は優に入れるくらい広く造られている。
外部の者と王やその縁者が面通しをする上で一番多く使われる窓口なので、それはもう分かり易く豪奢で荘厳華麗な内装をしているが。
磨かれた床も柱も天井にも、幾筋も通った魔導光が幾何学模様を浮かび上がらせ、魔導技術の高さを伺わせているのも、来客へと王の力と富とそれを行使する権力がある事を知らしめる為だ。
実際、防衛機構は万全らしい。
つい今しがた退場していった名士や貴族達との謁見が本日の最後である。
顔を合わせて名を名乗らせ、それを覚えて、挨拶と労いの言葉を贈り、私達が何者であるかを強く印象付ける所作と力ある言葉を発する。
城内の家臣や騎士団に始まり、城下の貴族、市民代表、老舗商会長、協会や組合代表、各地方貴族や名士達、と面通しをしていく。
謁見は毎日午後一番に一度ずつ、それ以外にも重要書類を読んだり、勉強をしたりと、これがここしばらくの私達の暮らしであり、公務でもある。
何故私達は今、城内で暮らしているのか。
これまでの話を纏めよう。
◇◆◇
地神領域への旅を終えた私達は祖母プロシアと共にエストバース王国西岸にある【レアルヴィスタ】へと立ち寄った。
ここは祖父ジェラルドの所領地で、現在ファナリア家の当主として父ライドラスが治めているハバートート領と隣接している。
大きさこそエストバース国内で二番目に大きいハバートート領には及ばないが、重要度で言えばその限りではない。
その様相は半独立した小国家である。
私達は行きに立ち寄った別邸ではなく、港湾都市の中心街の先にある凱旋門を抜けて、小山を背にした巨大な城、【天貴城】へと連れ込まれていた。
プロシアは家臣にいくつか命じてからすぐに王都へと発ってしまう。
「暫くの間ここに滞在するように。それと後で書類を持って来させますから署名をしておきなさい」
あれよあれよと言う間に城の一室へと通され、様々な書類へのサインと、歴史書やら資料の束を読むように要求されたのだ。
この時渡された書類は簡単に言えば【七光】の身分証明に関するものである。
「人ってサイン一つで簡単に存在の有無を決められるのね。ふふふ。まるで魔法だわ」
今回の旅で【七光】は、名義だけで実体のない架空の人物ではなく実在する人物として活動をしてしまった、その整合性を合わせる為のアレやコレなのだ。
が、気になる書類を私は見逃さなかった。
七光こと『フローティア・レアルファス』をジェラルドとプロシアの届け出をしていない第二子という事にして正式に親子関係にある書類を作ってしまうつもりらしい。
嘘を付けないエルヴィアスとしては偽造なんてしても大丈夫なのだろうか。と思ったらリヴィアとも正式に養子縁組を結ぶ書類までしっかり入っていた。
「まあ、素晴らしいわ!」
いやいやいやいや、何かねこのグレーな案件は。
サインする前に父ライドラスや義母オクタヴィアに確認を取らせては貰えないのだろうか。こういうのは現在の保護者の意見も踏まえて家族会議を経て慎重に行うべきものでしょうに。
いやまあ、二人の直筆による署名は書類に明記されているのは見て取れるが、あまりにも急過ぎやしないだろうか。
少なくとも私達には事前に何も聞かされていないのだが。
「ふふふふ。これが大人の都合というものなのね」
確かに、ジェラルドとプロシアの一人娘であるティアーナ亡き今、唯一の孫娘であるリヴィアを正当後継者として養子縁組を結ぶのは不自然ではない。
家が家だけにむしろそうするべきだと思うし、事情を鑑みても反対する要素は無いだろう。
貴族家としては当たり前な手続きである。
分体を使い分けられる私達にとって、表の身分や肩書きはどれだけ大袈裟で窮屈だろうと大してデメリットにはならない。
むしろ使える手札が増えるので助かるくらいである。
それは良いのだが、事前確認や手順は大切だ。
筋道を立てずに結果だけ求めるのは効率的ではあるが、十二の子供に「そういう事だ、察しろ」という態度は如何なものだろう。
能力的にはリヴィアなら問題無いが、それにしても急すぎる。
いや、これが下級市民の家庭ならある日突然丁稚奉公に出されたり売られたりするのだから、重大な決断でも年齢的な意味ではそうおかしな話でも無いのか。
「いいのよ。それに、ここに事実上の嘘は無いわ。『フローティア』は正真正銘二人の血を持った子供としか書かれていないもの。真実は同じ人物が別々の名前で全く同じ手続きをしているだけなのよ。
ふふふ。これなら処理が同時だから明確な嘘ではなくなって、事情を知らない人からは勝手に別人だと思い込みをされるだけだわ」
ちゃんと理解している様なので良いか。
要するに、リヴィアがジェラルドとプロシアの正式な子になれば、同時に七光を自分達の子として認知するという形で矛盾を収束させられる。
かなりの力技だが、事実上の嘘は無い。
私達からすれば簡単なトリックだが、法律上は問題無いし、真偽の上でも問題無い。
実に鮮やかな手口、そして合法である。
エルヴィアスの真偽の判定が意外とガバガバなのは私も知ってはいたが、こうも大胆に罷り通らせようとするとは恐れ入った。
実在する別の誰かを語れば嘘になるが、自分の別称を名乗る分には何ら問題無い。
自分の都合で既存の姓名を変えるのは処理上の関係で容易に隠せない痕跡が残るのに対して、別の家庭に入る際に新たな名前を与えるのは裏から多少手を回せば、よほど詳しく調べようとしない限りは痕跡を都合良く調整するのは難しくはない。
養子を取って新しく名前を与えるという手口なんざ前世の世界でも当たり前に行われていた。
ついでに一緒に犯罪歴を消したりするから非合法になるのであって、やましい事をしていなければ堂々と別名を名乗れるのだ。
今後リヴィアが祖父母の養子となる際に、新たにもう一つの名を得て、七光の書類上での名義人が追加されたもう一つの名である『フローティア』となるだけで、どちらもリヴィアである事に変わりはない。
まあ、あけっぴろげる気が無いだけで本格的な隠蔽工作をしている訳ではないのでいずれ明かされるだろうが、その時にはリヴィアはもう成人していて七光である事を隠す必要は無くなる。
「どうせならこの機会にもう一つ余分に戸籍を作ってしまいましょうか」
おそらくこれらの書類は予め準備だけはしておいて、本来ならば折を見て、既に決定事項ではあるが告知と周知、共有させる為だけの家族会議後にやるつもりだった手続きなのかも知れないが。
今回は緊急の案件で慌てふためき、急がなければならない口実が出来てしまい時間との勝負となり、あれこれ構っていられなってしまって後処理という形でこうせざるを得なかった。
という事なのだろう。
リヴィアの言う通り、まさに大人の都合である。
「いいのよ。誰も不幸にはならないもの。でもフローティアという名前は素敵ね。きっとお母さまの愛称と同じ『ティア』と呼ばれたりして返事をできるわ」
ああ、なるほど。
確かに色違いティアーナの姿で『ティア』と呼ばれて返事をしたら、それはもう狙っているとしか思えない程の力を持った牽制として、事情を勘繰る者達に対する抑止力となるだろう。
何しろ【七光】は怪しい。
私自身も客観的に見てその存在は胡散臭いと思う。
その胡散臭さを逆手に取って「神子ティアーナは死んでいないかも知れない」と、そう匂わせるだけでも効力が期待できる。
もし仮にもしそうなら、例え命を狙った所で無意味となる。
実際に私の調べた限り、神子ティアーナは問答無用で刺客を全て返り討ちにしている。そのどの場面でも決して犯人とは話し合わなかったという。
呪災で死亡したのは暗殺が成功した事になるのかも知れないが、今回は仮に生きていたらを想定しているのだ。
つまり、この仮定を大前提とするなら唯一の成功例である筈の呪災すら失敗したという事となり、それが真実になる。
この強力なブラフをリヴィアの命を守る盾として有効利用するつもりなのだろう。
亡き母の幻影すらチラつかせてでも確実に守ろうとは、まさに手段を選ばぬ所業、実に賢く合理的ではないか。
倫理観や正義感に溢れた者には到底共感されないかも知れないが、一番傷付く筈の肉親がそれを使うと言うのなら私は止める気は無いし、効果的で良い手だと思う。
何しろ具体的な準備に必要なのは手続きだけで、牽制そのものにはコストが掛からないのだから、予防線としては理想的である。
「ああ、私は愛されているわ。ふふ。亡くなった後もこうしてお母さまに守ってもらうなんて、まるで物語みたいで素敵よね」
例えば、完全犯罪を行うには「極太の幸運」か「絶大な資金」か「類稀なる知性」のどれかが必要になる。
幸運は不確実性が強くて真似できない。
資金は正直言って割に合わない。
そんな中で知性だけは人々を魅了して止まない。
運に頼らず、コストを掛けず、知恵と工夫だけで乗り切る完全犯罪はミステリーでは定番であり、多くの人にその手法の鮮やかさで感嘆を促す。
完全犯罪然り、作業効率化然り、事業改革案然り、そして自衛の為の牽制然り。
それがどんな分野であれ、運に頼らず、コストを掛けない、それでも十分な効果を齎すというのはとても優れた技法なのだ。
下手に倫理や正義をいくら説いた所で、本物のプロの暗殺者の凶刃の前では役には立たない。
現実的に効果のある対策を講じるのに越したことは無いのである。
それに、伝え聞く限りおそらくティアーナの性格的にも、自分の名前で娘を守れるなら喜んで合意するだろう。
故に、この件に他所様が口を挟む余地は無い。
しかし、親が子供を守るのに一々多方面へのしがらみを気にしなくてはならないとは、立場ある家系の何とも面倒な部分である。
正攻法は制限が多い。
やはりティアーナの様に問答無用で切り捨て御免をしてから、後で物証を揃える方が楽そうだが。
それはまだ駄目だ。
圧倒的な力による対処という安易な解決なんていつでも路線変更して教えられるのだ。若い内から楽を覚えさせるのは教育に宜しくない。
まずは角が立たない対処法をきっちり教え込んで、正攻法に搦手、政治や策略、陰謀から邪道へと、段階を踏みながら様々なアプローチ法を教えなくては、将来的に取れる選択肢が狭まる可能性がある。
その上で力による解決を望むのであれば、まあ私はそれに反対はしない。
《あとがき》
お伽噺のお姫様の多くはいつも夢見るヒロインですが、普段が公務やら勉強やらで毎日大変ですからね。
息抜きに夢だって見たいお年頃なのでしょう。
しかしリヴィア姫は日々多忙過ぎる計画の息抜きに現実を見てマッタリしています。
公務や勉強をしている時が一番負荷が少なくて平和なので仕方ないですね。




