見えざる淵の底
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初日を含めて5日間、海神領域の島々を復活させる日々が続いた。
学院の方は何やらちょっとした事件があったようだが身内に被害が出ていないので泳がせておく。
あの転生者は勇者を仕留め損なったらしい。
リーサも学院での生活があるので祝日だった初日以外は兄姉達に歌い手の役割は譲ることとなった。
第一王女マリナルーサや第二王子バルタックは領地や領海の統治権について真剣に考えており、百年前の資料が難民特区に持ち運ばれていないか捜している。
仮に見つかったとして、百年以上も昔の資料なのだ。現在の統治権については当時の領主が存命でなければ大した意味は無いと思うのだが、参考資料くらいにはなるだろうか。
そもそも領主であろうとその子孫だ何だろうと、一度完全に手放された土地である。
海王国や竜王国の法がどうなっていたのかは後で書館で調べるとしても、エストバースでは土地を手放して二十年も経てば所有権の放棄と見做される。
定期的に領主名簿の更新の時期が有り、管理者が誰なのかを明確化しなければならないのだ。疑わしい場合は抜き打ちで監査が入る事もあるという。
まあ、ダンジョンなんていう物が自然発生したり魔獣や魔物が出現する様な世界なので、その辺はしっかりと明らかにしてないと取り返しのつかない事態に発展しかねない。
そうした理由から前世の世界と比べても、土地は誰かが管理していないと非常に困るのだ。
独立貴族となるギルバートがガルミンダンジョンの踏破でガルミン地方をそっくり与えられる予定なのもそれが理由の一つである。
誰も管理しない土地に在る難関ダンジョンを攻略出来るのならば、攻略した貴族に管理を任せるのがコスト的にも妥当だろう。
そして、ダンジョンの所有権を商会に売り渡す貴族が居るのも同じ理由からだ。
貴族家が所有したままでは万が一氾濫なんてことになれば責任を取って被害の賠償金支払いが出来ずそのまま爵位返上ともなりかねない。
だが法に則って管理権を委託してしまえば責任の全てを取る義務から解放される。
領主である以上はいくらかは責任を取る必要はあるが、契約の際に万が一の場合の賠償金の配分など委託した商会側に負担させられる。
初代は武勇を馳せても、その子孫が同じ事を出来るとは限らない。
ただでさえ貴族になれば聖戦の義務も発生するのだ。ダンジョンの管理権を持っていてもいざという時に自力で解決出来ないのであれば、委託して恒常的にいくらかの利益だけ受け取る方を選ぶのも当然の成り行きだろう。
だからこそ、私はガスフィ達に海神領域内のダンジョンの一部を攻略させた。
例え所有権を主張されても、放棄されていた土地は国に帰属する。
そこへ更に、実際に放棄された土地にあるダンジョンを正統なる王族が攻略したのであれば誰も異を挟む余地は無くなる。
勿論、そんな事をしなくても今更百年も前の土地の所有権を主張する様な輩は居ないだろう。だが筋は通しておいて然るべきだ。
失われた王国の土地を、無力で憐れな王がただ女神の慈悲で与えられたのではなく、女神の助力を得た王が自らの手で取り戻した、のとでは民からの印象がだいぶ違う。
私達としてはどちらでも良い。
どちらでも良い以上、より使い勝手の良い方を選んだというだけの話である。
第二王女シェリエラは再誕人として生まれ直せる状態の遺骸が何処かにないかと、復活した海神領域の島々の調査に従者のエギルと共に乗り出した。
彼等が意欲的にそれぞれにやれそうな事を自ら考えて率先して実行している姿は実に好ましい。
海神領域内の主だった迷宮の攻略を私と手勢で簡単に済ませるのではなく、援助や訓練を指導するに留めて彼等を鍛え上げ、自身の手で迷宮を制覇させた実績が自信に繋がったのだろう。
かつての海神領域を崩壊へと導いた聖戦の大敗から連鎖したダンジョンの同時多発氾濫。
その現況となった迷宮群を自ら攻略して雪辱を晴らしたのだ。
亡国を取り戻したという実感と、成し遂げたという達成感から、海王国復活を心から歓喜し、死した親族や祖霊と民に胸を張って報告出来たという。
まあ、位階核による能力の飛躍的な上昇や、既存の技術を超えた武具という援助をしたのだ。
固有魔術の構築も手伝ったし、武術師範は古の大英雄達。
しかも死んでも遺骸さえ持ち帰れば復活させられるという保証付き。
これだけの支援があったら攻略出来ないという事態を想定する方が難しい。
差があるとしたら攻略までの期間だけである。
私の見立てでは、位階核無しの場合の冒険者基準で彼等の地力を総評するのなら。
[ガスフィーク] S級中位:文句なく英雄ランク
[マリナルーサ] B級上位:そこそこだが内政向き
[シェリエラ] B級中位:性格が戦闘には向かない
[バルタック] A級下位:サポートや内政向き
[ファルアリーサ] S級上位:大英雄の素質有り
[エギル] A級上位:護衛としても秘書としても有能
[パルナ] L級上位:並の神子よりずっと強い
といった所だろう。
侍女だが竜人族の血の濃いパルナは、血が覚醒してからは頭二つ抜けた実力を身に着けた。
たぶん現役の頃のジェラルドや現在のギルバートより強い。ひょっとしたら百年前に覚醒していたら世界最高戦力の一人だったのかも知れない。
竜人族の血を少し引いているファルアリーサの潜在能力も兄弟姉妹の中では突出している。
直接戦闘型ではないサポートタイプでありながらガスフィークより膂力が強いのだから竜人族の血は凄まじい。
竜人族は百年前の時点で既に絶滅危惧種だったらしい。
竜王国の王族も竜人族の血が流れているだけでベースは水精族である。
惜しむらくはパルナ本人は当時竜人族としての自覚が無かったらしく、侍女として仕えていたので大して戦闘訓練を受けていなかった点だろうか。
まあ、水精族と混血が進んでいて未覚醒の竜人族は見た目では違いがほとんど無いので気付かれなくても仕方がない。
覚醒した状態の竜人族ならば特徴的な竜の瞳孔や魔力の質で判別できる。
覚醒後は膂力がまさしく竜のそれであり、骨も皮膚も圧倒的な耐久性を持ち、物理的な耐性だけでなく熱や毒にも強い。
魔力も上級魔族でもないと比較にならないほど圧力が高く、およそ人類の常識を超えている超人そのものである。
その分、燃費が悪くて運動後は特によく食べてよく寝る。
竜人族は血が覚醒すると肉体は不老期へと移行して、老いが緩やかになり長命化するという体質を有する。
竜王国の王は血の覚醒した王族が継ぐしきたりがあるらしい。
継承は次世代が無理でも王が長命なので何代かの間に血を覚醒させた親族が現れるまで待つのだとか。
一説によれば竜人族の始まりは、太古の昔に滅んだ古神龍が人の姿に転じた際に水精族と交わって生まれたのが祖先であるとも言われている。
現在は竜王国の滅亡と共にその血統も途絶えたとされているが、もしかしたら各地に散った難民の末裔の中にも、ちゃんと捜せば竜人族の血族が見つかる可能性はある。
竜人族の覚醒は、戦いの中で限界まで闘争心を引き出して突破したり、命の危機の瀬戸際まで追い込まれて肉体の限界以上の力を出そうとしたりと、かなり際どい方法での例くらいしか伝わっていない。
それらも実行すれば必ず覚醒する訳ではなく、血の濃さだけでなくバイオリズムや月の満ち欠けにも左右されるという。
ファルアリーサとパルナは強力な魔物との戦闘を経て覚醒したのでこの方法には一定の効果があるのは実証出来たが、何分サンプルが少なくて確実かどうかは定かではない。
憶測だが、血が薄れるに連れて覚醒させるのが難しくなってきたのかも知れないし、種族因子が関係している可能性も高い。
やり方が根性論過ぎて私の価値観と合わないので、別の方法が無いのか調べてみるべきだろう。
ああ、そう言えば書館の文献に竜の血を飲んで竜の力を得るとかいう伝説があったが、あれが竜人族の覚醒方法から着想を得ていたという可能性もありそうか。
何しろ少数民族故に竜王国滅亡以前から文献が少な過ぎて詳しい事は何も分からないというのが実情なのだ。
一応飛竜や下級竜ならば捜せば棲息しているみたいなので実験は可能かも知れないが、上級竜でないと効果が無いのであれば実験をするのは難しい。
上級竜はとっくの昔に絶滅しているのだから。
何はともあれ海神領域の中心となった王国やその衛星都市の再建には今暫くの時間が必要だろう。
自作の神遺物『憧憬の望郷』の効果で街並みは再現したが、ゴーストタウンである事には違いは無いのだ。
街は人が住んでこそ生きた街として機能する。
各大陸へと散っていた水精族達を海神領域へと人知れず徐々に移住させていく計画については、海王国の面々を中心にそれぞれの族長と協力して推し進めるだろう。
その為に宴会での顔合わせだったのだから有効活用して貰いたい。
リヴィアがやらなくてはならない仕事など、実のところ先日の奇跡というパフォーマンス以外にこれといって無いのだ。
後は当面の活動資金や資源の援助を用意するくらいである。
それも一時的な物に過ぎず、安定して水産資源を活用出来るようになれば自力で運営可能になる日もそう遠くないだろう。
とは言え、それはあくまでも通常のシナリオルートの場合の話である。
残念ながら海神領域は大きく出遅れているのが実情である。
ただ国の運営を軌道に乗せるだけならばそれでも良いかも知れないが、世界崩壊の危機は黙って待ってはくれないのだ。
早急に力ある国家に、列強とは言わずとも最低限自力で聖戦に参戦可能なレベルにまでは復興して貰わなくてはならない。
勿論、私達としては戦力としてアテになどしていない。
海神領域は顕在である、というハリボテではないポーズが出来ることそのものに意味がある。
敵の計算に無視できないイレギュラーな変数を加えることが有効な場面はいくつか想定される。
まあ、使わなくて済むのならそれに越したことは無いが、手は足りないより少し余らすくらいが丁度良い。
わざわざ、どうなるか分からない様な状態で相対する理由など無い。
危機的状況で場を盛り上げるのはフィクションの中だけで十分なのだから。
少なくとも私に限って言えば、余力があるかも分からない内に非合理的な戦略など立てない。
もしも、リヴィアの人生が物語として語られるとしたら、主に私のせいで酷くつまらない物語になるのではなかろうか。
まあ、だとしても面白さより目的達成の方が大切なのだから手を緩める理由にはならないが。
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海王国の一件は手ずから仕上げなければならなかったので留守にしていたが、創世魔宮攻略の対策も進めなくてはならない。
試し新素材を使ったSドールを製造してみた。
試験用にコズメタルを部分採用したSドールType.Aと、ふんだんに用いたSドールType.B。
アルトリウムを部分採用したSドールType.Cと、ふんだんに用いたSドールType.Dの計4パターン。
素材ならいくらでも生産できるのだからケチらずに一番良いパターンだけ造れば良いのではないかと思われるかも知れないが、比較実験にはより詳細なデータ収集のためにパターンが必要である。
また、アルトリウムは素材量だけでなく手間暇が大きく掛かるので本体の拘束時間が長くなる。
残念ながら本体の時間は有限なのだ。
土台さえ整えば分体だけで生産可能なコズメタル製なら短期間で量産出来るので、通用する範囲内の階層ならコズメタル製で対応したい。
というのが本音だ。
例え人手と資源が無限にあったとしても、時間は有限である。
ならば何故宴会に参加などしたのか。
それは当然、嘘をつかない為である。
この世界の嘘と殺しと盗みは魂を濁らせる。
嘘と一口に言っても、虚偽を語ったり、悪意を持って伝えるべき内容を閉ざしたりりさえしなければ濁りの原因にはならない。故に詐欺師は濁るが私達が濁る心配はない。
殺しと言ってもこの世界の神の加護だけを受けた生物の殺生しか該当せず、魔物や異神の加護を受けた転生者を殺害しても濁る事はない。
盗みは本人の心が濁らせる原因なので、悪意や自分本位が要因で無ければ引っ掛かる事もない。
気を付けて善良に生活していれば何も心配要らないが、それ故に必要な手順は踏む必要があるのだ。
話を戻そう。
現在までのSドール最新モデルは筋繊維にミスリルパッケージ、骨格にアダマンタイト合金を採用しており、世間基準で言えばかなりの高級品だったりする。
このSドールを素体としたコズメタルの部分採用モデルなら効率を落とさずに量産も可能である。
早速データ収集のために実験を開始。
◇◆◇
【第六層】
『妄顔蝠』までは既存のSドールでも対応可能だったが、効率を上げるには部分コズメタル仕様の方が何かと都合が良かった。
何しろ反応速度が違う。
それにコズメタル繊維を神経組織として組み込むのは反応速度だけでなく、より精密な動作を可能とし、特に魔石の投射と回収効率で既存個体を大きく上回る結果を出した。
作業効率アップは時間の節約になり、時間的な余裕が出ればその分Sドールの投入数も減らせられる。
時間辺りの出現数が同じである以上はいくら効率化しても撃破数は変わらないが、必要となる手を節約させられれば浮いた労働力を別所へと回して負担を軽減出来るのだ。
そして、何をするに魔核の量産は必需である。
これなら一層から六層まで全て部分コズメタル仕様のSドールにバージョンアップしても生産に掛かった労力分のリソース分を取り戻すのにそう時間も掛からないだろう。
ここで更にアスタリウムの量産も出来たら繰り返し利用可能な魔石としてもっと効率が上がりそうなのだが、残念ながら百どころかあと十も創れば手持ちのリソースが尽きるほどのコストが掛かる。
権能で虚獣核からも創世力へのリソース変換が可能になったとはいえ、それ単体が小世界であるアスタリウムを創造するのは容易ではない。
出来れば新素材をもっと大量に創って経験と試行錯誤を積み上げたいが、今はまだ外のダンジョンで魔核を集めてSドールを製造して、そのSドールを使って虚獣核を生産するラインを地道に増やしていくより他ない。
その為にも創世魔宮の攻略と狩りの効率化は常に課題なのだ。
【第七層】
『呪蛟蛇』は表面もコズメタル繊維の多層構造で覆った高級モデルで対応することにした。
部分コズメタル仕様でも対応可能ではあるが、被弾を無視できないと効率が落ちる。
それに呪蛟蛇は大量には湧かない上に図体に見合った大粒の虚獣核を形成するので必要数を揃えたとしても十分に元を取れるという判断である。
【第八層】
『闇礁鱶』にはフィールドによる損耗が無いのでモデルチェンジは他の層を優先しても良さそうである。
相変わらず何も学ばず罠に引っ掛かってくれている。
まあ、虚獣には脳も核もついてないし防衛本能の無いタイプはひたすら襲い掛かるだけの現象でしかない。
まともな世界法則では抗うすべが存在しないというだけで、学習しないので対処可能であれば常に同じ手段が通じてしまい、原因と結果が繰り返されるだけの単純作業化するのである。
世界が世界として機能しつつ、異世界との接点である異境と聖戦が定期的に開き続ける限り、創世魔宮のリソース供給も尽きる事が無い。
そういう理由で、ここは私達にとってはこの上なく都合の良い自動狩りに適した養殖場なのだ。
しかも虚獣を魔物化させて虚獣核として回収すればするほど僅かだが世界の歪みが解消されて星の寿命も先延ばしにされるのだから一石二鳥である。
異境や迷宮崩壊からしか採取出来ない創世力を補充出来るのも大変有難い。
【第九層】
『腐瘴獣』は面倒の代名詞と言えるほど狩りにくくて仕方がない。
何しろ層全体が腐蝕性の瘴気に覆われており、しかも層そのものが広くて深い。
更に腐瘴獣自体も純粋に強い。
天井や床や壁も深度が進むにつれて濃度が増しており、不用意に触れられないSドールやアーティマトンからすれば、ただでさえ運動エネルギー制御の難しい空中戦を余儀なくされるのだ。
苦戦しない訳がない。
全方面への感度抜群かつ向きを変更する必要なく姿勢や慣性を無視した機動で縦横無尽に機敏に動く六脚型の殺人ロボット。
更に何でも溶かす液体金属製のボディから繰り出す一撃一撃が驚くほど正確で致命的。
と例えれば伝わるだろうか。
これを王水の海に潜水しながらの探索中に倒さなければならないのだからハードである。
当然ながら全身をアルトリウムコーティングした超高級モデルのSドールか、概念殻を強化したエリートアーティマトンでもないと損失の無い継続的な狩りには耐えられなかった。
旨味が薄いのに要求スペックがやたらと高い、つまり不味いのだ。
ここは当分の間、通り道の確保だけになりそうである。
【第十層】
『疱蜻蜒』には部分アルトリウム製のSドールでも対応可能だった。
実験の結果、疱蜻蜒には明確な攻撃や回避パターンが存在しており、蜻蛉型の見た目通りあまり複雑な機構はしていないらしい。
まあ、音速以上の慣性を無視した飛行能力とマッハ10の狙撃を両立するにはデータの元となった生物が極めて絞り込まれ、結果的に構造上の効率ルーチンまで模写していると考えるのが妥当である。
本来虚獣に法則の壁は存在しないが、リソースの元となったナニカの情報の一部は複雑に絡み合いながらも行動や構造に反映されている。
だから、よく観察してパターンを割り出せれば予測回避や防御も不可能ではない。
当然だが音速を観てから対処できる反応速度と運動能力は必要なので、理論が解ったからと言っても大抵の生物には対応は無理なのだが。
この場合の狙撃対策としては、距離的な不利を覆すには密度で対抗すれば良い。
つまり、等間隔にSドールを配置して疱蜻蜒が湧いた傍から撃破する物量作戦が望ましい。
優れた個人の技巧や速度も狙撃距離であろうと物量の暴力で無効化できるのだ。
疱蜻蜒の唯一の弱点は効率化し過ぎた構造上の脆さにある。
魔石散弾を一発でも命中させれば魔物化の最中に網で捕獲可能である。
こちとら機械化が進み大部分を自動化した戦争を歴史として経験してきた世界の知識を有している。
いかに優れた戦闘機乗りとて、高度に機械化を果たした正確無比な攻撃には屈したのだよ。
なあに、第九層の対応を限定的にした分の労働力を回して補給線も物資を魔術でバケツリレーすれば事足りる。
◇◆◇
以上で前回までの踏破階層の自動狩りの目処は立った。
第十層をくまなく探索した所、広さは大領地がすっぽりと収まる程の広さがあったが第九層よりやや広い程度だと思われる。
となるとここが折り返し地点なのだろうか。
空間が歪んでいて正確な深度までは分からないが、おそらく入口から10km前後といった所だろう。
階層とは言っているが幾重にも階が重なった上で層となっているので、大領地を端から端まで行ったり来たりとkm単位の深さを階で何百と分けて広がっている中を探索する事になる。
これを地続きに繋げれば第九層だけでも人神領域フラタニア大陸全土がすっぽり収まる程の面積になりそうだ。
仮に地上戦力全ての人民が大英雄級でも、この広大な第九層を虚獣に追われながら踏破するには例え百年や二百年掛けても足りない。
となると現状は踏破不可能である事を除いても、既に数千年分は攻略が進んだと言える。
我が事ながらよくやった物だ。
これでリソースの確保効率はまた飛躍的に向上するだろう。
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ひとまずSドールやアーティマトンの製造がつっかえているのでここで締めにしても良かったが、次回までの課題を確認するために更に偵察をしておくことにした。
手持ちの新素材の在庫の大半を使う計算で第十層までの対策を立ててしまったので、以降の階層は本当にただ探るだけである。
それと少々言い訳がましいが、現状の手札でこれより優れた技術や素材が今後どれだけ進められるのか不安に思ったというのも含まれている。
要するに創世魔宮が思ったより難物で先々の目処が立たないのだ。
時間が無制限ならいずれ攻略出来るだろう。だが時間制限付きとなると正直どこまでやって良い物か判断材料が足りない。
だから集められる内に情報を集めておきたい。
◇◆◇
【第十一層】
ここへ来てようやくというか。私の求めていた虚獣と遭遇した。
『死精霊』と命名。
触れるだけでなく発する霊波を浴びるだけで生命力が枯渇して死に至る。
概念殻で影響力を減退させてもエリートアーティマトンの生命力がごっそり持っていかれたので、これは控えめに言って致命的である。
しかも肉眼では目視不可。
魔力感知では判別に向かないので、霊視や特定の魔眼か天眼が必須という非実体型の虚獣である。
そう、非実体型だ。
つまり非実体型の核を素材にする分霊核の更新に使える可能性が高い。
これは乱獲待ったなし。
Sドールには奪われる生命力は無いが攻撃手段を持ち合わせていない。
かと言って剥き出しの分霊では虚獣の情報圧を突破出来そうにない。
そこで私は秘蔵の超能力兵タイプのアーティマトン部隊を現地投入する事にした。
霊波を遮断するにはPKが最も燃費や効率面で優れているのは実証済である。
実戦投入した結果、一応は対処可能と判明。
しかし超能力兵は数が限られる。
その開発プロセスから、子供の遺骸を素材にしなければ開花させても中途半端な性能にしかならないからだ。
再誕人ならばもっと成長性にも融通が利くのだが、こればかりは仕方がない。
具体的な打開策を講じるまでは護衛用のSドールとチームを組ませて対処していく事にした。
【第十二層】
天井や床や壁の濃度が更に上昇。
宙空の空洞部分ですら入り混じった情報が塵となって舞っている。
要するに空気層が半ダークマターなのだ。
これでは生命体はどうやっても活動不可能である。
しかも徘徊している虚獣が、まさかまさかの恐竜型だった。
『憤怒竜』と命名。
こちらを察知するや否や、咆哮を轟かせて襲い掛かるのだから凄まじい迫力と衝撃だ。
物理法則を完全に否定した二足走行に見せ掛けた地表を蹴らない非接触走法で、顔もないのに口や牙はやたらデカイ。
しかも体力が無限だからなのか、重量も無視しているせいなのか、とにかく挙動にも突進にも躊躇いが無い上にしつこい。
齧り殺すまで絶対に暴れるのを止めないという堅い意志を感じる。
全長はおよそ3m〜100m。個体差というより元にしてる肉食恐竜のベースに多数種類が有る。
走り、跳び、泳ぎ、這い回る。
齧り付きを回避されるや否や後頭部から新たに大口を開いて齧り付く、虚獣が形だけ再現してるのは分かっていても途轍もなく違和感ある挙動と法則無視の機敏な運動性能。
巨大な個体は相応の大きさの複合魔石が必要になるので専用の特別製を生産しなければならないだろう。
◇◆◇
第十一層と第十二層を併せただけで深度4km以上あるので偵察は途中で断念せざるを得なかった。
よもやたった二層で上部把握済みの層の半分に迫る深度と広大な総面積があるとは、文字通り底が知れない。
これは後日また準備期間を確保しなければなるまい。
不安定なダークマターであれほど高密度かつ巨体を維持させられるとは、やはり深度による高圧化はそれだけ許容する矛盾の幅を広げるのか。
第十二層の横幅は第十層より若干広かった事から、おそらく創世魔宮の形状が雫型をしている物と推測される。
下側の方が全体的に広くなっており上下対称では無いということだ。
となると折り返し地点ももう少し先なのだろう。
あの様子ではアルトリウムの量産は避けられないだろう。
試しに巨大な合成魔石を使って魔物化させた憤怒竜の外殻は、何とコズメタル武装では表面しか傷付けられなかったのだ。
それ以上となると、少なくとも武具はアルトリウム製の物を配備しなければならない。
これ以上無いくらいの最上級の新素材開発というアップデートを経ても尚、まさか半分も攻略が進まないとは。
実に手強いではないか。
まあ創世魔宮制覇の成否は世界救済計画とは何ら関係ない寄り道なのだが、当方の戦力や技術力の確認に適した場所が他に見当たらないのだから今後も利用していく予定である。
現状でも、国が匙を投げた百年迷宮だろうが、世界が不可能と判断した不可侵領域の千年迷宮だろうが、今や自ら音頭を取らなくても命令さえ下せば制覇してくれるだけの手駒が揃っているのだ。
こうして直接指示を出さなければならない創世魔宮攻略は私達にとって計画の合間にするには丁度良い気分転換になっている。
ああ、そう言えばドクター達から計画について聞きたい事があると言われていた。
どうやら先々の計画の内容まで興味津津らしいが、大まかな画こそあるが移り変わる状況によっていくらでも路線切り替え出来る作りなのだ。
詳細とか言われても、全てを説明しようとすれば時間が掛かり過ぎる。かと言って最終目的を話すつもりも無い。
そうすると、可能性の高そうな部分だけ適当に見繕って、理想を含んだ内容でも匂わせて理解を得ておけば良いか。
ああ、誰か私の納得する方法で世界を救ってくれないものだろうか。
《余録》
語り部が言うように、彼が居なければどんな物語になっていたでしょうか。
その世界線では、とある現地人が主人公となり、表側の世界の事件や流れも今とほとんど同じで、終盤までの経緯もほとんど変わりません。
ですが、バトル多め、策謀、事件、ドラマ、駆け引き、恋愛、冒険、逆転、戦争、悲劇、成長、陰謀、逆境、決戦、と様々な王道展開で物語は進みます。
そちら側の主人公は、こちら側でもちゃんと産まれていますし、語り部がやってくるのが確定するまでは分岐もしませんでした。
さて、本来の主人公は誰だったのでしょう……?
答えはいずれ明かされるかも知れませんし、明かされないかも知れません。




