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1000通りの計画  作者: Terran
第二章 リンデノートの小公女
9/99

リンデノートの小公女 4


【収穫祭】


[118]


 「いきょう?」

「左様で御座います。此度の異境は魔神領域。我々人神領域の者が参戦することはありません」


 エスクラッドから聞いた話によれば。魔神領域に出現する異境は魔神の加護を受けた者だけが参戦するという取り決めがあるのだという。

 異境へと導かれる印も、成人した魔神の加護を持つ者にしか授からず、権利の委譲も同条件の者との間にのみ成立する。

 昔は六大神の加護を受けた各大陸の種族のみで参戦するのが一般的だったが、時代が移るにつれ大陸間の移動が容易になり血が混じり合うようになったことで、神々の取り決めも変革せざるを得なかった。

 聖戦でより確実な勝利を獲るために異なる大陸の異なる種族同士で結託して世界中に現れる異境で共同戦線を敷く体制へと移行する。


 そんな中で唯一、魔神領域の魔王国だけは常勝であったことや力を示すことを国是としていた実力至上主義国家だったこともあり、六神連盟発足後も単独で自領域の異境を制圧していった。

 時代が変わって多少の歩み寄りもあり他の神々の領域へ援軍を出すことは承諾する様になったが、頑なに自領域のことは魔神の加護持ちのみで対処する方針を変えることはなかったのだ。

 しかし今回の聖戦においては魔王国のこの方針は他領域の勢力には非常に有り難かった。

 神子を失い大幅な戦力低下をしている各国は仮に自国領域内で異境が出現すれば決死の覚悟で挑まざるを得なかった。

 恥を忍んで引退した英雄達への再招集も辞さない覚悟を強いられていただろう。

 だが魔神領域の国家はこの苦境においても、物資や武具の援助を例年より多く見積もりはするものの、やはり魔神領域単独で対処するのだと宣言したのだった。

 各国はその心意気を称賛し、惜しみない援助を申し出ることとなる。


 正直なところ、どの領域で異境が出現したとしても今回ばかりは厳しい戦いになるのは確定的である。

 そこへきて魔神領域での異境出現は、さすがの世界最強と呼び声高い魔王軍でも折れるものだと思っていたのだ。

 聖戦での敗北とはそれほどまでに大きな痛手を被る。

 土地は痩せ、災害に見舞われ、飢饉が起こり、魔物が跋扈する。

 世界同士の衝突で敗北するということはそういうことなのである。

 それ故、死の危険があろうと王族を始めとし貴族や軍隊、連合軍を結成して物資も大量に投入する。

 例え大勢が戦死することになろうとも、決して敗北してはならない。

 敗北の代償は状況によって大小あれど、その異境の門が出現した神の領域全土に及ぶ。

 逆に勝利すれば領域は大いに潤い、大地は豊かになり向こう十年以上は繁栄を約束されるのだ。

 他領域への援助を惜しんで敗北されれば、次に自領域での援助を満足に貰えず共倒れになるリスクがあるため、謂わば六神連盟は一蓮托生。一致団結して聖戦へ対処するより他に選択肢は無い。


 魔神領域が単独で異境を制圧しようとする理由は実力至上主義国家という以外にもある。

 魔神領域、すなわち魔大陸アルラシアは土地に魔素こそ豊富だが、食用に適した作物が育ちにくく日照時間も短いため慢性的な食料不足に陥りやすい。

 貿易しようにも日持ちする食材しか仕入れられないため、やはり移送代を含めると高額になり問題解決するには多額の資金が必要となる。

 そこで異境への他領域からの軍派遣を免除することで、替わりに大量の援助金や物資を貰い自国の消耗を無くし当座の食料問題をやりくりしているのである。

 もちろん聖戦の負担は大きくなるが、魔族は他種族と比べても強力な力を持つ者が多くいるため単独でも何とか出来てしまうのだ。

 上級魔族ともなれば身体能力は凶暴な魔物と素手で殴り合えたり、魔力も他の種族の平均魔力量の優に倍を超える。

 更に魔眼や血統能力と呼ばれる特殊な力を有する個体もおり、単身で神子と張り合えるだけの実力者が何人も居るのだ。


 ちなみに審秘官の持つ魔眼もまた魔族由来のもので、魔眼を持つ種族の血を引いていることが審秘眼移植の条件だったりする。

 つまり審秘官は先祖に魔族の血が入っており、そのため通常の人より能力の高い者が多い。

 混血が進むことで魔眼を持って生まれる子供は減るが、多少薄くなる程度なら移植で受け入れるには問題ない。

 今や魔眼の寿命は技術の発達と共に長くなり、数世代親から子、子から孫へと同じ魔眼を継承することもあるのだとか。

 そんな強靭な肉体や特殊な力を持つ魔族としては、今回の異境をハイリスクは覚悟の上で他領域へ大きな恩を売る機会として活用するつもりのようだ。


 何にしても、これで祖父母が命を張らずに済むのなら大変有り難い。

 絶滅寸前の幼い神子達や子女が育つまでの時間稼ぎになるのだから、手放しに喜んでいる者は世界中に居るだろう。

 転生者の私としてはむしろ、魔王とか魔王軍が人類の味方で英雄として扱われる世界である。

 という部分に素直に驚いている。

 純粋な魔族というものも大変興味深い。

 いずれ会うこともあるのだろうか。



[119]

 ディルムン伯爵領は元々は見るべき所のない寂れた漁村と氾濫しやすい川が流れる見棄てられた土地だった。

 当時アルバートは商家の息子として曽祖父の時代から続く塩問屋として手堅く商売をしていた。

 そんなある日、知り合いの行商人からある噂話を聞いたのである。


 ある貴族が聖戦で跡取り息子共々落命した。

 残った家族は領地経営の知識も乏しく、あまり採算の取れない土地だったため国からの見舞金を貰ったのを機会に、土地を処分して王都へ移り住もうとしている。


 というのだ。

 農耕地として利用しようとしても利益は出なかったそうだが。注目すべき点はその土地が海に面しているという点である。

 塩で商いをする者ならば海に面した土地の所有は大きな利権になる。

 若きアルバートは他の者に遅れるわけには行かないと一も二もなく土地を購入することにした。

 代々続いた商会の実績を認めて貰い、王国へ多額の金銭を払って下級貴族の爵位を獲得。

 成り上がりの商人貴族となったのだ。


 しかし土地は思っていたより酷い状態。

 川はよく氾濫し、農耕地として利用できる土地は少なく、海岸も切り込んだ形状をしており、漁場へ向かおうにも他領の領海によって近海は塞がれておりほとんど行き場がない。

 それでも塩の取引きでなんとか採算を取ろうにも、それだけでは税を納めるのがやっと。

 とてもではないが利益など上がらず。更に新貴族としての責務や付き合いによる出費と、完全に赤字だった。


 そして数年が経ち新貴族最大の義務、聖戦への参戦招集が掛けられた。

 率いているのは練度の低い農民兵。

 とてもではないが戦果どころか、生き残ることすら困難に思えた。

 そんな中、一人の若き将がアルバートを呼び出した。

 我がエストバース王家に連なる唯一の神子にして王国最高戦力であるティアーナだった。


 ティアーナはアルバートの持つ音量調整のスキルに着目して、各軍団への伝達に使う採用されたばかりの音声魔導具の通信担当として引き立てた。

 商人として培ってきたアルバートの独特の発声は群衆の中でも聞き取りやすく、且つスキルにより大音量での発声もできるため全軍への伝達にピッタリだったのである。

 こうしてアルバートは安全な後方で、参戦前は考えもしなかったような活躍で評価され、国から褒賞を賜る栄誉まで得たのだ。

 更にアルバートにとって幸運だったのは、後方部隊に所属していた士官とのコネが出来たことである。

 士官には貴族の子弟も多く、知識の乏しい振興貴族のアルバートに必要な知恵や為になる情報を色々と聞くことが出来た。


 自分如きが得られる可能性の中でも最大級の戦功を持って自領へ帰還したアルバートは、成り上がり貴族として見ていた領民達からも立派な領主として絶賛され。連れて行った農民兵から一人も犠牲者を出なかった事から大きな信用を得られるようになる。

 それからというもの、神子ティアーナを女神のように崇めるようになり、彼女の助けとなるべく自領の再開発と新しい事業の開拓に着手する。

 生まれ変わったディルムン領は大幅な河川工事をして水の都となり。切り込んだ港を逆に利用して海運と河川運送を繋げ。王国の血管となる物流網を敷いたのだった。

 その功績は王国の河川事業に積極的に取り組んだことが評価され、物流の革命を起こした功労者として伯爵位を与えられることとなったのである。


 強力なスキルも持たず、人生のどん底にまで落ちた時に与えられた神子ティアーナからの一声が全ての成功の始まりであり。恩情を返すべく人生を女神ティアーナに捧げるために邁進したことが今日までの大成功を生んだ。

 神子亡き今、アルバートはティアーナの娘リヴィアゼア姫に尽くすことを次なる生き甲斐としたのであった。


「これが、嘘偽り無いディルムン伯爵家の。わたくし達一族の神子様並びに姫様に対する忠誠に至るまでのお話ですわ」


 お茶の時間の話題にと、前々から不思議に思っていた母とディルムン伯爵家の繋がりについて聞いてみたが。

 それでやたらと慇懃な態度だったわけか。


 いやサラッと言ってるけど、王国の流通網を作るとかアルバートの手腕がとんでもないのだが。

 一代で伯爵位を得ているし、あと娘の育て方も素晴らしいですし、かなりの実力者であることは成果からも容易に察せられる。

 ディルムン家の忠誠の形は信仰。

 崇め奉る対象が欲しいのであれば、私にとっては何ら問題はない。

 今後とも仲良くしていこう。



[120]

 収穫祭の日が迫り、普段は静かで穏やかなリンデノート領もにわかに活気づいてきた。

 デイビッド医師の定期検診を受けていた私も、良い機会なので収穫祭へ参加したいことを告げてみた。

 今年は魔神領域の異境出現までのカウントダウン期間に行われる収穫祭。

 これが魔神領域以外なら不安と焦りと期待の入り混じった喧騒になっていただろう。

 だが今回は王国から遠征する者もなく、ただ結果を待つだけの聖戦となるのだ。

 となれば、ただ黙って居られないのが人間というものだろう。

 そう、噂話が飛び交うのだ。


 憶測やまことしやかな噂、最新情報からデマ情報まで。

 動けないが不安や期待がある状況で人の口を閉ざすのはなかなか難しい。

 私はそういった噂や情報を得たいのだ。

 魔神領域のものは勿論だが、引き合いに出されるであろう各国の内情、情勢、人々の興味あることから世界の動きや流れを知りたい。

 いずれ成長すれば、過去を振り返り当時の様子や情報を探ることも出来るだろう。

 だが生の声や生きている人々のダイレクトな感情のうねりは、今でないと感じ取れない。

 いずれ来る私の番の前に、歴史の教科書の知識ではない、当事者の生の記録を得たいのだ。


 というわけで、デイビッドに許可を貰おうとしているのだが。

 おそらく祖父ジェラルドに無茶をさせないように事前によく言い含められているのだろう。

 たかだかお祭りへの参加ですら渋られている。


「まだ日中は暖かいですが、遠くないとはいえ収穫祭の終わり頃は冷え込みますからね」


 許可を出さないのが前提にあるのは透けて視えているが。ここで祖父の許可の話には持って行きたくない。

 出来れば祖父に話を通さずに済ませたい。

 話が行けば、許可を出す代わりに祖父がやってくるだろうことは容易に想像がつくからだ。

 さすがに聖戦前に仕事を放り出させる訳にはいかない。それこそ収穫祭どころではない。

 なので次善策を講じることにする。

 義母オクタヴィアへ収穫祭への招待状を送るのだ。

 忙しい祖父や父がなかなか帰ってこれない今、セシリア達はイベント事に飢えているに違いない。招待して来てしまえさえすれば、祖父の許可などうやむやにして同伴することは容易い。

 私が行った、が問題になるのでも。家族で行った、なら問題にはさせにくかろう。

 まあ手近にいるギルバートでこの手が使えないのはギルバートの発言力の無さが原因である。


 早速オクタヴィア宛てとディルムン伯爵家宛てに招待状を送る。

 ついでに祖父母と父宛てにもお仕事頑張っての手紙を送る。

 もちろんエスクラッドとフランシスカには事前に祖父母や父の話題を振った上で、忙しいという言質を取り、後日二人の目の前で手紙をしたためる。

 これで二人はそうとは知らずに共犯である。


 さあ、舞台は整った。

 私は私の計画のために収穫祭という諜報戦を制する。

 収穫祭よ、せいぜい私を楽しませてくれたまえよ。



[121]

 王族の肩書きと扱いは非常に面倒である。

 私は全く予想していなかった。つまり想定外の事態に見舞われていた。

 順を追って説明しよう。


 まず私は執事長エスクラッドに話をつけて、リンデノート領の収穫祭にお客を呼ぶことを提案して、その旨を町長へと通しておいた。

 大公家の人々が来賓として来るということで盛大に祝おうと、町を上げてのお祭りムードへと活気づかせた。

 その後、予定通りに義母オクタヴィアとディルムン伯爵家へと招待状を送り、大公家使用人一同も張り切って歓待の準備に取り掛かった。

 そして両家から返事があり、準備のお手伝いをしたいとディルムン家から使用人達を引き連れたアルバートとフィアナが大量の食材と共に早々に到着。

 それから数日後にはオクタヴィアと姉兄達とお付きの使用人達が到着。

 増改築の甲斐もあり、無事全員が邸内に宿泊。

 前夜祭として一同顔合わせしつつ楽しく過ごした。


 ここまではいい。

 こうして収穫祭当日を迎えた朝早く、邸宅へ予定にない来客が到着したのだ。


「当日に突然の訪問となり大変失礼しました。こちらファナリア大公家のご邸宅で間違いは御座いませんか」


 そこには身体のラインがくっきり出るような深紅の全身レザースーツに身を包み、ゴーグルと耳付きのフライトキャップの様な物を被ったキャリアウーマン風の女性が立っていた。


「は、はいぃ。あのぅ、どちら様でしょうか」


 対応するヒルデは驚きの様子を隠せない。


「ちょっとお母様、いい加減降ろして下さいませ」

「はぁい、こちらお届け物です」


 そう言って背負っていた荷物。

 もとい少女を降ろした。


「じゃあねミストちゃん。お祭り楽しんでいらっしゃい」


 そうウィンクしながら言って後ろへ跳ぶと、着地するや否や風だけを残して視界から一瞬でかき消えたではないか。

 私は二階の自室からこっそりと探っていたが、あの女性は目にも止まらぬ速度であの場から一瞬で移動したのだ。

 とんでもない早業である。


「コホン。申し遅れました。

私はミストリア、王都のファナリア家の方々とは親しくさせていただいております。

本日はよろしくお願いしますね」


 そう言って上品に笑って様になったお辞儀をする少女は、どう見ても高貴な家柄の出であることは一目瞭然だった。

 奥の客間に通され対面した少女。

 金色がかった赤髪に翠の瞳、仕立ての良い服。それに霊視で浮かび上がる王紋は間違いなく王族の証。

 呼んだ覚えがない。怒らないから呼んだ人は挙手をお願いしたい。


「ミスト、来てくれたんだ」「来られなさそうって言ってたけど、間に合ったのね」


 と客間へ入ってきたセシリアとミルミアナ。そうか君達が犯人だったのか。


「(リヴィアゼア様、こちらは王太子様のご息女ミストリア・ファル・エストバース姫様であらせられます)」


 そっとフランシスカが耳打ちしてくれる。

 前に教えてもらったことがある。

 確か三人姉弟の長女でセシリア達と同い年。

 なるほど。同年代で身分の釣り合うセシリアやミルミアナと付き合いがあるのも納得である。

 王家の直系ともなると同じ王族の血を引く子女くらいしか気にせず遊べる相手が居ないのだろう。

 ジェラルドが現王弟であるのと同様にセシリア達の祖父クラトスも王弟、つまり私含めてミストリアとは再従姉妹の関係に当たる。

 そして今回私の送った招待状に対して、イベント事に飢えていた姉達は便乗して仲良しのミストリアまで誘ってしまい、まんまとお忍びで来てしまったと、そういうことか。

 ん、そういえばお母様とか言っていたあの女性はつまり…。


「(ここまで姫様を運んで来たのは先王弟閣下の系譜で侯爵家出身。現王太子妃にして元王国筆頭外交官。聖戦の英雄。

【トランスポーター】。

【俊迅のルビリア】様で間違い御座いません)」


 なんか肩書き多くないですか。

 しかも二つ名どころか、称号持ちともなると王国でも数名しか居ないはず。

 つまり正真正銘の大英雄だ。

 ギルバートと違って。

 しかしこんなVIP込みのお祭りになる予定ではなかった。計画続行に支障は無いだろうか。



[122]

 聖戦の英雄と呼ばれる者達がいる。

 彼等は聖戦で特に目覚ましい戦功を挙げた者や、際立った優秀さを示した者である。

 そんな彼等は時に特別な呼ばれ方をする。二つ名と称号だ。


 二つ名とは、その者を表す別称であり、特異な能力を持っていたり特殊な武術や魔術を使うことから名付けられる。

 所謂通り名というもので権力の絡まない形で命名されて定着した通称やら俗称も含まれる。

 ルビリアの場合は高速移動術式という独自の魔術を使用すること、運搬や敏捷上昇や体力と魔力回復のギフトを駆使して長時間、他者ごと高速移動を続けられることから聖戦以前から【トランスポーター】と呼ばれていた。

 聖戦での要人救出から、後方までの護送技術。

 重症者の搬送。別の戦地から指揮官を更に別の戦地へ運送。と、使えば使っただけ戦功に事欠かない。

 特に死地への高速移動からの救出劇という神業の数々をこなし、ひと度術式を用いれば一瞬で彼方まで移動することから、国王から勲章と共に俊迅の称号を与えられたのだとか。

 現王国では数名しかいない称号持ち、すなわち大英雄なのだ。


 ちなみに祖父ジェラルドの称号は【雷神】である。

 これは雷系統の高火力自動迎撃術式から命名されたとか。

 術式展開中は稲光を全身に纏い、髪が逆立ち眼が光るため、まさに雷の神のような姿を連想させたようだ。


 その娘、我が母は【剣の女神ティアーナ】と呼ばれていたとか。大小数十にも及ぶ剣を背後に円陣を組ませて、自身も飛翔しながら縦横無尽に戦う美しき姿はまさに女神の後光。

 物理的にも一騎当千の活躍。

 戦場に現れるだけで敵は慄き、味方は鼓舞された。


 転移こそ無いようだが、長距離高速移動に自動迎撃や飛翔まで、魔術にはどうやら様々な可能性があるようだ。

 大変に興味深い。

 しかし、祖父が雷神で母が剣の女神とは。

 まさかとは思うのだが、王国は私に新しき神になれと期待しているのではなかろうか。

 いやいや戦闘用のギフト皆無なので無茶を言わないで貰いたい。

 だがそう考えるとファナリア大公家を王室とほぼ同格として扱うことや、様々な便宜が計られているのも納得かもしれない。



[123]

 基本的には人間族の現王は聖戦には参戦しない。

 国王が王族として与えられる役割とは内政と血筋を残すことである。

 対して王位を継承しない第二王子以降は率先して聖戦へと向かい、国の威信をかけて勇猛に戦う英雄としての素質が求められる。

 形式上は国王を中心とした国家を形成しているが、他国からすれば接点の少ない自国のための国王より、戦場で活躍して他国を守るため助勢に駆け付ける大将軍の方が圧倒的に存在感がある。

 つまりこの世界では内政の国王と戦場の大将軍の間には明確な役割の違いがあり、国内の身分こそ違うがどちらも国にとって同じくらい重要なのだ。

 そのどちらも大抵の場合は王家が取り仕切っており、場合によっては内政向きの第二王子が王位を継がせて、戦闘向きの第一王子が将軍を務めることも珍しくないのだとか。

 異境と聖戦という特殊な事情のある世界ならではの文化なのだろう。


 そうなると大変なのは嫁問題である。

 ただでさえ跡取りに男児を求められているのに、更に強い子供まで求められるのだ。

 となれば複数の妻を取るのは必然であり義務となる。

 我がファナリア大公家も複数の子供を必要としたからこそ、婿に一族の中から第二夫人を取らせるという多少無理のある形式を取らざるを得なかった。

 跡取りの他に定期的に異境へ向かう子女まで用意しないとならないのだから、大貴族の責務はとてつもなく重い。

 この国の大貴族に腐敗貴族が少なく、せいぜいが責務の軽い中下級貴族に現れる程度なのはこうした背景からである。


 どこぞの、使っていない武具も古くなったし新しい物に買い替えたいから戦争をして消費させつつ、徴税して武具を一新しよう。

 といった戦争の無駄遣いのために同族同士で殺し合うような世界とは、歴史も文化も根本的に成り立ちが違う。

 聖戦に勝利し続けることで常に大地は富み、豊かに実り、収穫を得られる。

 一見すると豊かで余裕のある暮らしのできる世界だが。その実、聖戦での勝利が絶対条件であるため、常に綱渡りである。

 どんなに国同士の仲が良く平穏で豊かな暮らしであっても、定期的に必ず聖戦という戦は起こる。

 必勝を強いられる貴族の責任は重大で、それを維持しているからこその特権階級なのだ。

 仲違いも腐敗もしている余裕など無いのである。



[124]

 収穫祭は大地の恵みに感謝するとともに、その実りをもたらす聖戦での勝利を掴み、自分達を守り勇敢に戦う英雄達の活躍を讃え歌う場でもある。

 ここリンデノートはファナリア家並びに神子ティアーナの直轄領ということもあり、ジェラルドとティアーナの英雄譚が大好物である。


「素晴らしいです。ジェラルド様のご活躍のお話、もっと聞かせて欲しいです!」


 と大はしゃぎのミストリア姫。

 というのは伏せて今はただのミスト。

 領民の語る尾ひれはひれが多重エンチャントされた最強の雷神伝説に花を咲かせている。

 どうやらこの姫様はジェラルドの大ファンらしく、王族の一員としての理想の大英雄として目標に掲げているようだ。

 女の子なんだからティアーナの方が憧れるのではないかと思ったのだが。


「ティアーナ様は完全に人類を超えていらっしゃるので、私如きでは到底真似できません!」


 とのことで、同じ純粋な人間族でありながら生ける伝説にまでなったジェラルドの方がお気に召しているご様子。


「常にご自分にも周りにも厳しく、冷静沈着で凛々しいお姿。あれこそ王族に相応しい在り方です」


 うむ、ジェラルドを呼ばなくて正解だった。

 私の前では好好爺モードになってしまう、ただのお祖父ちゃんの姿なんて見せられない。

 そういうのはもう少し大人になってから知ればいいのだ。

 わざわざ夢を壊したり水を差すような真似はするべきではないのだよ。


「ええ、あとお祖父様はとっても強いもの」「それに剣も魔術も使えるもの」


 とセシリアとミルミアナが追従する。

 ジェラルドは所謂魔導剣士と呼ばれる戦闘スタイルが有名である。

 主に魔術のせいで両立は考える以上に難しく、大抵の場合は片方に特化してもう片方は補助程度にするのだが。

 ジェラルドは剣の腕前も魔術の完成度も超一流。

 どちらのギフトも併せ持つ、理想的な魔導剣士なのだ。


「決めたわ。私やっぱり魔術学院に入る!」


 何だかその場の雰囲気に飲まれて重大な決断をしているミスト。


「ねえセシリア、ミルミアナ。一緒に魔術学院に行ってくれるわよね」


 更にそれを姉達に押し付け始めた。

 セシリアは騎士になりたいから王立学園志望だったような。

 あとミルミアナはセシリアと同じ所でって言っていたはず。


「いいわ。一緒に行きましょう」「ええ。一緒に行きましょう」


 流されている。その場のノリに、完全に。

 こういう時は、誰か大人が冷静になるように諭したりする場面である。

 誰か、誰かおられませんか。


「お揃いでいいわね。義父様もきっと喜ぶわ」


 オクタヴィアさん。違います、そっちじゃありません。

 他に誰か、ここで反対意見が出ないとルートが確定してしまう。

 いや、魔術学院が悪いのではないけれど将来を左右する大事なことは可能性を狭めない様に、もっと冷静で多角的な視点をもってするべきで。


「いやあ、魔術学院ですか。あんまりお勧めできないですねえ」


 そこへ食べ歩きの合間を縫ってギルバートが立ち寄る。

 曲がりなりにも卒業生、魔術学院を選んだ場合の注意点や不都合な部分に関しても詳しいはず。

 理想だけでは語れない魔術学院の実態についてもしっかりと説明してくれるだろう。


「だって食堂のご飯があんまり美味しくないんですよ。

あそこ内陸だから新鮮な魚も入ってきませんし。

もしもの時の防衛だかなんだかで、流通の要所からも外れてて食品関係は全然なんですよね」


 違う。そうじゃない。そこじゃない。

 たぶん3人ともそこは気にしてなかった。


「私、お母様の魔術を継承したいの。そしていずれは音速の風神…とか呼ばれてみたいわ」


 スルーですよ。

 ギルバートの発言無かったことにされてますから。

 あとちょっと年頃の子特有の病の兆候が見られるのだが。


「なにそれ格好いいじゃない。じゃあ私は無双の剣豪ね」「じゃあ私は超絶暗黒神界の氷海煉獄賢将ね」


 ミストよ、我が姉に感染させないで貰いたい。

 あとセシリアは剣士の学校へ行きなさい。

 それとミルミアナは、もしかしてそれ前々から考えてましたか。


 あれよあれよと魔術学院へ入ることを前提とした流れになってしまい。例えここで私が口を挟もうとも、もうちょっとやそっとでは流れは変わらないだろう。

 魔術学院は祖父が理事を務めているのだ。

 勢いで選んでも悪いようにはならないだろうと、信じるより他あるまい。



[125]

 姉達が人生の分岐路を勢いで選んでいる間。

 私はというと、遠くからミストや姉達の様子を見ながらヒルデやフィアナ先生と一緒に収穫祭を楽しみ。

 その裏で網を広げ情報収集にあたっていた。


 年若い者は最近の英雄譚に夢中だが、老人達からは昔の英雄の話もちらほらと出ている。

 地元の収穫祭なので外来の客こそ少ないが、それでも外国の英雄についての噂話を拾える絶好の機会。

 引き籠もり生活の長い私に訪れた誂えられた舞台、

 これを逃す手などない。


 我がエストバース王国は時代ごとの現王こそ参戦しないが、必ず王族から一人は参戦する習わしがある。

 祖父ジェラルドは主に王族枠として過去五度にも渡り聖戦へ向かい、その全てに勝利をもたらした。

 そのジェラルドの先代の王族枠を担当していたのが、先王弟の一人にしてネームドの英雄。

 【銀嵐のホルアーソン】である。


 その様相はまさに台風。

 敵地のド真ん中へ嵐を纏って強襲、からの巻き上げた武具で銀色に輝く死の竜巻で大軍を寸断して蹂躙する。

 凄まじい量の魔力で維持する必要があったため、切り札として要所攻略に用いられていた。

 まさに人間兵器。

 しかし、三度目の聖戦にて。味方の陣営が不利となり決死の二回目の銀嵐を放ち、魔力切れになるまで蹂躙するも最後は本営を守るために囮となり討ち死にしたという。

 その壮絶な戦いぶりと散り様から、今でも昔を知る老人達を中心に王国では人気の英雄譚として語り草となっている。


 そして隣国、アルセンダルク皇国の【白焔神子ジード】。

 剣の女神ティアーナに次ぐ実力者と称される最強の神子の一角として計四度に渡る聖戦へと参戦し、その全てに勝利をもたらした。

 神子の力は絶大であり、大抵の場合は周囲への被害を考慮して強力な個としての役割、単身突撃しての獅子奮迅の活躍が基本だ。

 しかしジードの場合は、味方には一切影響のない聖なる焔を放ち、軍対軍の戦いにおいても大いに活躍したという。

 そのおかげで前線で戦う兵達との距離感が近く、真面目で誠実な人柄においてもよく知られていて、人望厚く陣営の精神的な支柱としての役割も果たしていた。


 四度目の聖戦、すなわち前回の地神領域では自陣営内に突如出現した敵性部隊から奇襲を受け、致命傷を負うも最後まで勇猛に戦い抜いて崩れかけた前線を立て直す。

 ジードは決着を見届けることなく失血により命を落としたという。

 最後の最後まで前線で戦う兵達を想い、死の間際まで致命傷を気付かせることなく戦った姿は、まさしく勇者と呼ぶに相応しかったと。

 参戦した多くの兵達、多くの国々から惜しまれ讃えられた。

 地神領域では辛勝だったとはいえ、敗北を覚悟するほどの大損害からの最後の押し上げはジード無くしては有り得なかったという。

 聖戦で勝利を掴むことはそれほどまでに過酷なものであり、幾度も参戦して生き永らえることは難しい。


【剣の女神ティアーナ】。

 リヴィアの実母である王国で最も有名なはずの神子なのだが、語られる逸話は思ったより少なかった。

 というのも若くして亡くなったため聖戦への参加は二度だけ。

 それでも何故か歴代最強の神子だとか、先代勇者より強いとかいう話題だけは出てくるのだから不思議だ。

 身内の贔屓目で話を盛っているのかも知れないが、自国の英雄を殊更に持ち上げるのはよくある話である。

 比較に出された先代勇者というのが長寿な種族で、二百年にも及ぶ歴代最長期間を聖戦で活躍したというのだから凄まじい。

 が、別大陸の百年も前の英雄らしく噂話としてはあまり拾えなかった。


 しかしこうして英雄の噂話を集めていると、純粋な人間族でありながら五度に渡る参戦で全て勝利し、生還したジェラルドがどれほどの無茶を乗り越え生きた伝説となったのか。

 聖戦を体験していない私には窺い知れないが、歴史に残る偉業として長く語られるのだということだけは分かった。


 そんな祖父の血を唯一受け継ぐ私だが、残念ながら分かり易い戦闘力とは無縁である。

 正直聖戦と聞いても全く期待感はないし、もちろん強い英雄の話を聞いてもこれっぽっちも興奮しない。

 そういうのは好きな者や得意な者に任せる。

 私はお世辞にも闘いには向いているとは言えない性格なのだ。


 いやしかし、セシリア辺りは成人したら行くと言い出しそうだが。

 それは止めるべきだな。

 闘いに向いている者が皆、戦争や殺し合いに向いているわけではないだから。



[126]

 翌日、町ではまだ収穫祭二日目をしているが、昨日とは違い語らいの場ではなく参加形式のお祭りである。

 飲んで歌って、町長公認の喧嘩祭りまで催されているらしい。

 参加者は町の東西力自慢同士や、意中の女性へのプロポーズを賭けたり、推し英雄派閥争いや、酒造一家のライバル店だったりするようだ。なんだかそっちの方が面白そうなんだが。

 リヴィアお嬢様には刺激が強いからと自宅待機である。


 ちなみにミストとセシリアとミルミアナはエスメラルダと共に、ギルバートは単身で観に行っている。

 護衛についたエスメラルダは聖戦経験こそないが実力者としてファナリア家使用人達からも信頼厚い。

 ギルバートは聖戦経験が有る上に冒険者までしている。

 養子として迎えられたのも、何も善意によってでも父ライドラスの弟子だからという理由だけでもないはずだ。

 おそらく聖戦参加の大公家枠を埋めるという打算あってのことだろう。


 大貴族には聖戦参加の義務がある。

 直接教わった訳では無いが、おそらく抜け道として実力ある者を養子として迎えて参戦させることで義務参戦枠を埋めることは条件次第で許可されているのだ。

 国の舵取りをする要職を任せるべき人材が、次々に聖戦で戦死されては内政が崩壊してしまう。

 そのために跡取りを増やそうとするが、なかなか子宝に恵まれない家だって出てくる。

 そうした事情のある大貴族を救済する暗黙のルールが養子契約なのだろう。


 我がファナリア家は当主ジェラルドの直系の子供がティアーナのみで、夫ライドラスとの間には長らく子供が産まれなかった。

 そのため婿であるライドラスに第二夫人を取らせたり、弟子のギルバートを養子として迎えたりと手を尽くしたのだろう。

 子供一人しか居ないので戦死したら血は途絶えて当家は滅亡します。を国の要たる大貴族家に強いるわけにはいかない。

 さすがにどの大貴族にも養子契約による義務参戦枠を埋めさせては恰好が付かないが、事情が事情だけにファナリア家には許可が降りたのだろう。


 そして選ばれたギルバートは見事にお勤めを果たし、軍部からは二つ名まで付けられている。

その名も【暴食の魔術師】。

 敵性魔獣の最も数の固まっている箇所へ大魔術を連射して美味しいところだけ持っていく雑なスタイルから命名されたらしいが。

 断言してもいい、絶対に理由はそれだけではない。


 そんなギルバートだが実力はやはり本物らしく、使える魔術の数、火力、魔力量のどれを取っても一級品だという。

 魔術の家庭教師の件も二つ返事で承諾されたらしいが、完全にポンコツ授業なのは報告されていないのだろうか。

 いや、きっとそこも計算ずくなのだ。

 祖父の意向なのか父の指示なのかは不明だが、ギルバートが師に向いていないことは分かった上で承諾したのだ。

 こうも任せきりでテコ入れが入らないのだから確信できる。

 つまり、私リヴィアには肉体面の虚弱さは常に報告されているが、唯一魔術の才能があるかもしれないから駄目な師をつけて伸ばさせないようにしているのだ。

 リヴィアを聖戦に行かせられる理由を出来る限り潰すために。一生安全な籠の中で過ごさせるために。

 そうとしか考えられない。


 ギルバートを師とするのは適任だったのだ。

 曲がりなりにも二つ名持ちで一流の魔術師を家庭教師としているなら傍目からすれば全く問題ない。

 羨ましいくらいだろう。

 教えるのが下手なのは演技臭くないのだが、多少は手を抜くように言われている可能性だってある。

 危険なことをさせるな、怪我させるな、急がなくていい、絶対泣かせるな、とか色々と注文を付ければ手は抜かざるを得ないだろう。

 ここまでお膳立てされては私だって乗ることにもやぶさかではない。

 いずれ魔術学院へ入学するなら程々に優秀くらいを目指そうとしていたが、敷かれたレール内で成績を残すというのも有りだろう。


 勿論、表向きは。

 表の成績など取引や交渉の材料でしかない。

 学歴で高収入を約束させたり、実力に箔をつけたり、事前情報で腕前の信用を得たり、それらを得たいからこそ成績を求めるのである。

 逆に言えば、高収入も箔をつけるのも腕前の信用を得ることも必要ないのであれば、成績に求める価値などないのだ。

 私が程々の成績を求めようとしたのは、あくまでもファナリア家の者としての名を落とさないためである。

 それをファナリア家の意向として免除すると示されるというのであれば、もはや私には微塵も価値がない。


 故に私は敷かれたレールに乗ることに異論はない。

 そうしたところで私の計画に支障はないのだから。








《余録》


作中で何度も神子ティアーナがエストバース王国では王家の血を引く唯一の神子と言われていますが。

一般的な神子は王国の歴史上、数名は名を連ねています。

割とその辺りをスルーしているのは、現代では得られる情報が古い上に出典(ソース)も同じで代わり映えがしないからです。


【創建の神子】[マグナス・モンドナック]

【静寂の神子】[ロンノフ・ビアーデン]

【礫塵の神子】[ダレク・ドリソン]


三名とも平民出ですが、活躍後に爵位をもらって家名が付いています。

活躍した時代や背景など、エピソードを語り始めればそれぞれに一章ずつ使ってしまいそうなので割愛しました。

無念。



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