闇王の臣下
[401]
結論から言えば、ハンは少々自惚れていたようだ。
(どうして追加転移を認めなかったんだ?)
(分かりきったことを聞くのを好まないハンが自らその禁を破るなんて、これは応えなければなりませんね)
しかしそれはハンの実力不足だけが原因とは言い切れず、相手が悪かったのも大きい。
(先ほども言いましたが、ハンの目算と経験則を信じていたからです)
おそらくハンの見立てでは大抵の事はどうにでもなる予定だったのだ。
過剰戦力とすら思っていたのだろうと容易に想像が付く。
(クッソ…、悪かった。俺の負けだ。俺の判断が甘かった!これで満足なのか?)
(ふふふふ。もちろん『いいえ』です。とても不満ですよ。どうして指示を完遂しなかったのですか?
ハンの最大の価値は誰よりも強い実力者であることでしょう。それを捨てるだけの価値が、ご自分の自惚れにあるのですか?)
これは辛辣を通り越して死刑宣告に等しい。
ハンの判断が甘かったのは間違いないが、かなり裁定が厳しい気がする。
(私にはそうは思えません。一時の油断を甘受するためにご自分のアイデンティティを懸けるなんて、とてもまともな思考ではありませんもの。これは重症ですね。どうしたら直せると思いますか?)
(言い訳はしない。必要だと思うならギアスでも何でもやってくれ)
(ええ、ハンのアイデンティティを守るためにも処置は必要です。もっとその価値を正しく認識する必要がありますね)
こらこらリヴィアよ待ちなさい。
ハンの脳を弄るのは無しだ、別の方法にしなさい。
(あらあら…。いいわ。あなたの希望通りギアスを掛けましょう。他の方々はともかく、あなたはもう失敗してはダメよ)
(ああ、分かった。それでいい)
(私はハンのことは信頼しているわ。だから大切なお祖母さまの護衛を任せているの。これは他の子には任せられないもの。私はただ、必ず期待に応えられるハンのままでいて欲しいのよ)
事実として、リヴィアはちゃんとハンの事は信頼しているのだろう。
どんなに余裕や油断を漏らしても肝心な部分ではしくじらないと思っている。
再誕しても何も残っていないハン自身のアイデンティティこそ、彼の僅かに残った確かに本物だと想える要素を大事にさせたい、という感情にも嘘は無い。
だがそれでも何か形になる担保が必要だと思ったのだろうか。
この契約は呪いだ。
リヴィアの大切な者を護らせるには今の覚悟では足りないという戒めであり、同時に強制的に契約を守らせる事でハンの生前と変わらぬ己の確かさを再確認させ続ける。
つまりこれは愛情表現なのだ。
祖母プロシアへの愛と、ハンの魂を縛る愛。
どちらの幸福をも願った祝福の呪縛。
もっとも、ハンにリヴィアの気持ちが伝わっているかどうかは甚だしく疑問ではあるが、それは言わぬが花だろう。
将来リヴィアの旦那となる者は、この愛情の重圧に押し潰されないか心配になる。
(特に何も感じ取れていないでしょうけれど契約を更新したわ。それで、制圧には配下をあと何騎必要なのかしら)
(…ああ。復帰に時間が必要だから待機中の兵士級8騎との入れ替えと、【玉珊瑚ダンジョン】攻略中の精鋭級の騎士3騎、英雄級の魔道士2騎の編成を転移してくれれば十分可能だ)
(いいわ。けれど魔道士は1騎のみで20時間後に転移させましょう。それまでにダンジョン攻略組は切りのいい所まで進んでおいてくださいね)
(今すぐでも構わんのだが?)
(ダメよ。ちゃんと相手にも回復の時間を与えないと公平ではないもの。一度失敗したハンが再び強者を名乗るなら、万全の状態の相手と再戦して倒してこそ汚名を雪げるというものでしょう)
(は。分かった分かった。騎士道精神みたいなもんだろ)
(嫌ね。騎士道精神なんて似合わないものは求めていないわ。ふふふ。命のやり取りでもなければ戦争でもないのだから、これは遊戯の再戦を申し込む立場のハンが守るべき最低限のマナーの話よ?)
(あ〜クッソ…!そうかい、…そうだな。どうやら俺はまだ傲っていたらしい…)
(ええ、私はあなたの成長に期待していますよ)
ハンのプライドがボッキボキにへし折られている。
これが他の者の言葉ならば弱り目に追い打ちを掛けている構図なのだろうが、そうではないのだ。
リヴィアの場合、これらの全てが紛うことなき本心であり、純粋に善意からくる言葉なのだから尚更たちが悪い。
勿論、相手は正体不明の敵に対して大戦争など望んでいないだろうが、この作戦自体には相応の覚悟を持って臨んでいるのは明白。
ハンはその覚悟に応えて真剣勝負だと判断したからこそ、補給が済み次第容赦なく追撃を掛けようとしていたに過ぎない。
だがリヴィアにとってはこの程度、児戯なのだ。
勝って当たり前、ハン一人でも勝って当たり前。ハンの配下のみで更に使用ユニットに制限をかけた状態で、勝つか負けるかのゲームを仕掛けさせている認識なのだろう。
真に傲慢なのは誰かなんて明らかである。
「そうね、そうあるべきだわ。強者にこそ公平な勝負を語るに相応しいの。傲って負けても勝負だもの、負けは負けよ」
どうしてこんな認知になったのか。
私がそう教育したからだ。
仮にハンが弱者ならば不公平な勝負を仕掛けても赦される。
それは弱者の権利だからだ。
まあ、とは言え今回の戦いはハンには不利な要素が多過ぎる。
数的不利、ユニット制限は勿論。地形破壊禁止。火気厳禁。土壌汚染禁止。犯人は生きた状態で捕獲。
それに第三者に目撃されてはならないし、それはつまり結界の内側のみが有効フィールドとなる。
要するにフィールド外へ退却させても敗北だ。
病源蚊も生け捕りにしなければならず、群れ相手に索敵と並行して行わないとならない。
「それでは私達はお待ちかねの、世界樹の調査に行きましょう。ふふふふ」
しかもハン本人はプロシアの護衛最優先。
とてもではないが人一人に求める労働としては完全にアウトだ。
私達に可能なレベルからすれば極限まで緩くしたとはいえ、ハンにその条件達成を求めるのは酷では無かろうか。
[402]
翌日、夕刻。
『エリアA』の広場には昨日収容して無くなっていた犬頭屍鬼の山の替わりに、蟻と蜂と蛭で積み上げられた新たな山が盛られていた。
そして頂上で項垂れるように座る影の指揮官。
影の軍勢なので表情は分からないのだが、昨日よりだいぶ元気が無いように窺える。
(あ、あの。終わりました)
昨日あの後めちゃくちゃ凹んだのだろう。
慣れない敬語になっている。
(お客さまはどちらかしら)
(あ、はい。こっちです)
捕獲しているという事なのだろうが、だとしても勝ってるのにテンション低いな。
(自爆しそうな勢いだったんで、拘束して封印を掛けてようやく大人しくなりました)
存在率操作と異なる位相に身を置いているので姿は観えないが、現在の形態は大人版リヴィアを仮想モデルとして構築した女神モード(仮)にしている。
(そんなに畏まらなくてもいいのよ。ハンの話しやすいように話しなさい)
(…ああ、分かった。だが一つ問題があってな)
七光(色違いティアーナモデル)と比べると、知性と神秘性や高貴さこそ共通するものの、快活さや強さの印象は薄く、代わりに荘厳さと畏怖の印象を強調した容姿となっている。
(小迷宮の一つに拘束しているのね。すぐに向かいましょう)
◇◆◇
今回は転移魔法ではなく、今研究中の存在率操作による位置移動で小迷宮にいる分霊の場所へと出現する。
魔力の痕跡無し、魔素干渉も無し、分霊や己の存在に紐付けされた媒介が必要ながら、コスト面でも証拠の残らなさからも中々に使えそうな新しい転移技術である。
これで転移のバリエーションは八つにまで増えた事になる。
何処のどんな理由で既存の技術のどれかが使えなくなるか分からないのだ。
転移に限らず、今後も既に実現した技術であろうとも、何十何百とバリエーションを増やして、あらゆる場面で通用するように準備をしておかなければならない。
「〝いつまで拘束するつもりだ、貴様ら如きでは高貴なる言葉は理解出来んだろう。無意味な事に時間を使うな〟」
(こうしてずっと未知の言語を使っていて何も聞き出せない状態だ)
小迷宮の奥に影の魔道士の術に囚われ拘束されている闇人族混血の女性が居た。
「この国に居るんだから共通語は話せるんだろう。出来るだけ質問には素直に答えた方がいい」
「〝貴様では話にならん。一応警告しておくが、早く解放した方が身のためだぞ〟」
「〝あら、デカルヴ語なんて珍しいわね。太后さまはお元気かしら〟」
古代語の一つ、デカルヴ語は古の時代に闇人族が使っていたが、今は一部の高位階の者しか使わない超マイナーな言語である。
「〝そんな、何故話せる者がここに…。何処に隠れているのだ、話す気があるなら姿を現すのが礼儀だろう!〟」
キョロキョロと辺りを見渡す闇人族。
紫の髪、吊り目にアイスブルーの瞳、長い耳、浅黒い肌に死霊術師の衣服。
どう観ても闇人族そのものだが、絶妙な混じり方をしている。
「俺が知らない言語で話されても付いていけないのだがな…」
(あら、ごめんなさい。分霊を介してあなたの本体の頭を指で突きますから、合図を返したタイミングで転写しましょう)
「〝私の配下の言葉は理解しているのでしょう。では質問に答えてください〟」
どうやらリヴィアは自分だけで尋問に挑戦したい模様。
まあ聞き出すだけなら大事にはなるまい。
私達の意識の分離をしてからまだ個別の他者意識への干渉の経験が無い。
実験も兼ねて、好きにさせてみよう。
「〝くっ、拷問でもするつもりか、無駄な事を。言葉を解そうとも口を割らせられなければ無意味。痛みも、薬も、精神操作も我には通じぬわ〟」
名も知らぬ闇人族よ、ドクター曰くそれはフラグと言うらしいぞ。
「〝生年月日はいつですか〟」
姿を見せないまま正面から事務的に語りかける。
「〝無駄だ…〟」
強固な精神力で無関心を貫く。
「〝この季節だとベリーが実り始めるわね〟」
今度は横から情景を思い浮かべて優しく語りかける。
「〝無意味だ…〟」
心を無にしているところ大変申し訳ないが、リヴィアは彼女の鼻の傍で果実の匂い成分をほんの僅かに漂わせる。
「〝故郷の名産は何かしら〟」
潮の香り、木箱の香り、土の匂い、太陽の匂いを分けて僅かに嗅がせる。
「〝…知らん、な…〟」
霊体に僅かな揺らぎを観測。
連想しそうになったか。
「〝最近髪を切ったのね〟」
まるで挨拶をするかのように明るく問い掛ける。
「〝いいえ…〟」
余裕の振りは難しいと感じたのか、いよいよ絶対防御態勢を取る事にしたらしい。
「〝病源蚊を飼うのは大変でしょう〟」
興味津々に尋ねる。
計画に関係ある事柄で更に防御を誘導。
「〝いいえ…!〟」
防御に夢中で精神を頑なにしているところを、後ろからスルリと幽体で手を延ばして過去の断片を超能力で読み取る。
「〝太后さまは居城から動けないのね〟」
闇人族は女王国。
現在の当主は数代前の女王の妹で、太后の座で国政を取り仕切っている。
「〝…ッ!?〟」
突然、外部の者の知るはずの無い情報を看破されて動揺が走る。
霊体が揺さぶられる。
すかさず最近の記憶を読み取る。
「〝あらあら。ダメよ、落ち着いて。呼吸を整えて、いつもの暗示とおまじないで中庸に戻ってみたらどうかしら〟」
彼女のいつも行う精神調整法を言い当てて、対処法をトレースさせて想像力を刺激する。
「〝…ッ……………やめろ…〟」
何とか平静を保とうと復帰を急いで焦る。
精神力を振り絞って想像の排除を試みる。
「〝闇死教だなんて立派なのね。それで今回の計画の遂行に選ばれたのね〟」
これは出逢う前に障りを読んでいた内容と、技術的なリーディングで継ぎ足した揺さぶり。
今読んだのではない個人情報も織り交ぜて輪郭の無い混乱へと導く。
「〝や…、巫山、戯るな…!〟」
図星だと、読まれてると、咄嗟に思ってしまった模様。
こうなると対応が後手になり、どこを防御しようと意識しているか超能力でなくても容易に読み当てられる。
「〝死を承知だなんていけないわ。ちゃんと生きて、還って、報告して、いっぱい褒めてもらわないと、あなたは頑張っているもの〟」
甘い願望を、理想のエンディングを囁く。
先程読み取った太后のイメージを逆にこちらから流す。
「〝…や、だ…、覗く…なぁ……〟」
もう局所以外の大部分の守りを諦めたらしい。
一気に精神防壁は狭まり、読み放題になる。
「〝ふふふふ。いいわ。素敵な夢ね。ふふふふ。私が叶えて差し上げましょうか〟」
太后の施したと思われる呪力による情報漏洩対策がはっきりと見て取れる。
ここを下手に刺激してはならない。
まずは精神を弱らせ外堀から埋める。
「〝も…やぁ…、なに、なになになに、やだやだやだぁ、なんなの…ぉ…〟」
死霊術師や呪術師は精神力と邪気による防護が強固。
だが戦闘で疲弊して魔力を消耗した今ならば、ちょっとした技術だけでも十分に弱らせられる。
「〝素敵なお母さまね。太后さまもあなたを特別気にかけていらっしゃるのね〟」
霊体が震え、目に見えて動揺する。
おや、どうやら母親は弱点だったようだ。
リヴィアの幽体の細い指が、弱った精神の隙間からヌルっと奥深い部分に滑り込む。
「〝…だ…え…、入っ…て…こ、なぃ、でぇ…〟」
生者の記憶はリアルタイムで更新されるので大変デリケートである。
極力傷付けない為に慎重を期して、必要な情報の抜き取りの前に弱点をもう少し攻める。
「〝いい子、いい子ね『ビッラ』。もう大丈夫、あなたは何も悪くない。とてもえらいわ〟」
解きほぐすように、こちらも霊力で呪力周辺に干渉して束縛を緩める。
精神的な弱さの根幹。昔の幸せな記憶を深層心理に呼び起こさせる。
「〝…ひっ……ぐ…ッ!…も、妖精国…、やらぁ…ッ…!〟」
一瞬、精神の手綱を手放した隙をついて情報を一気に抜き取る。
呪力は接合部の緩んだ隙間から位相をずらして整合性を保たせることで干渉させない。
「〝いいのよ。誰も怖いことなんてしないわ。あなたは皆の願いを叶えるの。これからたくさんの幸せが待っているわ〟」
彼女の心に直接、深い愛情のこもった声が届く。
だいぶ目も虚ろになっている。
もう理性は働いていないのだろう。
ただ言われる言葉全てを無防備なまま受け入れている。
「〝かえる…、も…、うぅ…かえる…のぉ…、ひっ…、う…っ…、おう、ちぃ…、ッ…〟」
深層心理の奥底まで深く沈み過ぎて幼児退行してしまったようだ。
リヴィアが慈愛に満ちた表情で、精神の最も脆い純粋無垢な部分を覗き込んでいる。
触らずに、ただ眺めていた。
もう必要な情報は全て得ている。
これ以上は明らかに不必要な干渉であり、ただ愛でるという目的のためだけに深入りしている。
「う、んんッ!すまん、まだ尋問中だったか?」
外部から咳払いが聞こえた。
どうやらフォーカスで集中している間に、ハンはデカルヴ語の転写が完了していたらしい。
「もう、いいところだったのに。でもいいわ。知りたい事は全部識れたもの。ふふふふ」
ともあれ、脅しもせず、痛めつけもせず、上手に情報は得られた。
まあ、あんなに時間を掛けてじっくりやる必要があったとは思えないので、過分にリヴィアの趣味が入っている尋問であったが。
あれくらいなら問題無いだろう。
「…あぅ…ぁ…、ひっ、あぁぁ…う…。ウアアアアァァァ〜〜ッッ!!」
(一体どんな拷問をしたら一流の戦士を子供泣きさせるほど追い詰められるんだ…)
(あら、そんな可愛そうなことはしていないわ。少しだけ昔のこととか、幸せな思い出をよみがえらせてあげただけよ)
確かに、やった事についてリヴィアは全く嘘を付いていない。
後遺症も無いだろうから間違いなく大成功だろう。
(ああ、それは恐ろしいな…)
ふむ、傍目から見てリヴィアがした事と言えば何気ない質問や話題を振ったり故国のことや彼女の生い立ちについていくつか話しただけである。
実に平和的で優しい取り調べだったと言えるだろう。
◇◆◇
[403]
彼女の名前は『テュラハ=ヴィレディア・ロシャーク・イルブランド』。
闇人族はかなりの長命種で、若々しい見た目からでは分かりにくいが彼女の齢は500歳を超えている。
闇人族と森人族の混血で、母親が800年以上前に妖精王国の生家ロシャーク男爵家から追放されたという。
その後は放浪の末に闇人族の青年と出会い、紆余曲折を経て妻として迎えられゴールイン。
後にイルブランド伯爵家の長女として誕生したのが彼女である。
「〝申し訳御座いません、陛下。知らなかったとは言え陛下にあの様な無礼な言動、到底赦される行いでは無いと心得ております。斯くなる上は我が心臓を陛下に捧げ、死後の魂を以て償う覚悟でありますが。恥を忍んで申し上げます。どうか太后陛下の密命を御報告差し上げるまでは、何卒猶予をお与え下さりたく存じます〟」
真面目かな。
心臓捧げるとか、死後の魂で償うとか、闇人族の感性は馴染みが薄くてどうしてもオーバーに捉えてしまいそうになるが、これが彼等のスタンダードなのかも知れない。
あれから落ち着いたテュラハの前にリヴィアは姿を現し、彼女からこれまでの経緯を聞き、謝罪を受け入れた。
「〝顔をお上げなさい〟」
彼女は闇人族の長である太后から密命を受けて、百年前の海神領域の崩壊に乗じて難民として地神領域へと渡航。
秘術を用いて純血種の森人族のフリをして、跡取り問題に悩んでいたロシャーク男爵家と接触。叔父である当主と示し合わせて経歴を詐称し、隠し子という肩書きを装い潜入した。
「〝今までとても苦労してきたのですね。その身一つで亡き母を捨てた妖精国で暮らす毎日は、さぞ屈辱的な日々だったのでしょう〟」
「いやいや、それはどうなんだ?
理由はどうあれ神みたいな扱いの世界樹奪って、呪われた伝染病撒き散らして、ついでに妖精国滅ぼす計画だったんだろ。限りなく純黒に近い黒じゃねえか」
「〝陛下…。陛下からその様な温情に満ちたお言葉を戴く資格など我には御座いません。偉大なる陛下の御前にしてそれと気付かぬ未熟な己を只管に恥ずばかりで御座います〟」
妖精王亡き妖精国に世界樹の膝下で繁栄する資格無しと断じた闇人族は、すぐにでも世界樹の移転を提案するも交渉にすらならず。
世界樹の怒りを買う、災いが降りかかると特使を介して度重なる警告を繰り返すも森人の長達は頑として受け入れられる事もなく。
世界樹の災禍が訪れる前に、何としてでも最後の妖精女王の遺した王笏を奪取しようと、世界樹そのものを人質にして脅迫する計画を進めたのだという。
「〝ヴィレディア。今さら妖精国のことなどどうでもよいのです。急ぎ故国へと戻り、太后さまにお伝えなさい。
最後の妖精女王の王笏は既に喪われ、妖精国は所有しておりません。であれば王席に座する資格を有していない者を交える必要はないのです。
この度の計画は妖精国が交渉に応じられる前提で立てたものであれば、その前提が崩れた今、改めて考えなおす必要があります〟」
「テロリストVS詐欺王国の構図だな。どちらもロクなものでは無いが、どう考えてもお互いが納得する落とし所なんて最初から無いだろ」
「〝それが事実であれば、ご再考戴けるよう進言申し上げる事に躊躇いは御座いません。しかし太后陛下と言えど確たる根拠となる物が無ければ、おいそれと国と民の待望を背負った大望の策を取り下げる訳には参りません…〟」
太后の計画とは、冥府の入口とも呼ばれる闇人族の領域にある大奈落に蓋をするように世界樹を植えることで世代交代をさせて、不浄の地の穢れを浄化。
瘴気で蝕まれた大地を豊穣の地へと甦らせ、逆に大生林側には死病と屍鬼を溢れさせて負の瘴気で満たす事で条件を満たし、逆に大奈落を継承させるという世界規模の大事業らしい。
世界の正と負のバランスを保ったまま、損な役割を引き受ける国をそっくり入れ替えるという壮大な計画なのだ。
最終的な世界の収支をプラマイゼロにする、実に素晴らしい計画ではないか。
今まで良い所取りだけしてきた妖精国が何故それを受け入れないのかが私達には理解不能である。
それに、少なくとも闇人族は森人族と違って世界樹のサイクルを忘れなかったのだから、そういう意味でも適任だろう。
「ふふふふ。〝では代わりに、いずれ私達が直接出向き問題を解決に導きます。そして、真に世界を案じる者に祝福があらんことを願いましょう。
けれど根拠ね。それなら太后さまにはそうね、これを持ちなさい〟」
「それは、林檎か。まさか知恵の実とか言わないよな…?」
「〝なっ!まさか、これはッ…!〟」
宙空から眩い光とともに出現させたのは妖精王の王笏に実っていた林檎。
そこに多量の添加物(生命魔法)とメッセージ(転写魔法)を付加して、ヴィレディアの手元までゆっくりと降下させる。
演出は特に意味は無いのだが、ちょっとしたサービスである。
「〝これを友好の証として授けます。きっと今回の件にも一時の猶予を納得していただけるわ〟」
「《解析》。ほう、神話級の遺物だな。俺にも一つ分けて貰えないか?」
「〝嗚呼。陛下の恩賜、確かにお預かり致しました〟」
何やら大仰な反応だが、見方を変えればご挨拶の菓子よりの代わりに高級な果物を贈るだけなのだ。
あと再誕時に若返ったハンには必要無い。
効果としては、食べれば若返ってその分寿命が延びたり、欠損した肉体を時間を掛けて再生させたり、弱った身体機能が回復したりする。
あくまでも食べ物なので生き還ったりはしない。
手ぶらで帰すのも何なので、これで暫く大人しくしていて貰おう。
◇◆◇
その後、ヴィレディアは秘術により姿を切り替え、森人族の聖者にして治癒術師の大家ロシャーク一族のテュラハ・ロシャーク子爵として妖精国へと戻った。
先代当主のロシャーク男爵より出世していたり、稀少な聖法術の使い手としても活躍して聖者認定されていたり、実は正体が闇人族の元女王親衛隊だったり、死霊術師としての腕前は準賢者級だったり、迷宮核の護符を使い工房化したダンジョンを支配する迷宮主であったり、闇人族のエリート中のエリート闇死教であったり、暗殺者としての腕も高いという。
驚愕の経歴の数々を持つ大英雄級の傑物であることがサルベージした情報から読み取れた。
それこそ、一国の上位五指に入る実力者だったのだ。
どうりで制限戦とは言え、再誕人の暫定トップエースであるハンが目算を誤るわけだ。
闇人族のトップエージェントが妖精国転覆計画を担っていた、という事実からも本気度を窺える。
彼女は妖精国内での活動を一区切りつかせたら魔大陸へと向かうつもりだと言う。
計画変更に伴い一度は本国へ報告に戻るが、この件の決着がつくまではロシャーク子爵としての身分は継続しておくのだろう。
彼女から齎された情報は計画や世界情勢だけではない。
特に脳内データから直接ダウンロードした情報の価値は計り知れない。
迷宮主。聖法術。死霊術。魔獣使い(テイマー)。それも最高ランクの技術の数々。
残念ながら迷宮から拾ってきた再誕人では、ハンのような例外を除けば、一流ではあっても国のトップランクや超一流の使い手はほぼ居ない。
今まで目にした最高位の技術を有しているのは、自己流のオリジナル技術や家族を除けば、ハンとヴィレディアの二人だけである。
例えばルドルフやセドリックは一流だが国のトップランクではない。
今の闇人族の長である太后は、元世界十二賢者の一員でもあった高位席次の女傑だと言われている。
噂では禁術に手を出して、それを極める為に賢者の席を返上したのだという噂だが。
同じく知識の探究と技術開発に打ち込む者として、逢える日がとても楽しみである。
《余録》
主人公にとって『世界樹』は既に家族の一員です。
扱いとしては使い魔やペットの様なものですね。
リンデノートでエリックに頼んで作っていた家庭菜園でもいつも豊作でしたが、植物関連の相性は良いみたいです。




