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1000通りの計画  作者: Terran
第九章 グランレリアの天子
83/99

三角禁域




【世界樹】


[398]

 世界樹は地神の神託によって定められた禁域の内側に在る。

 禁域は天空から見下ろすとほぼ三角形を画いている。

 その南東の領域が世界樹の在る場所で、その禁域の外側は守り人の棲まう原生林エリア。

 その更に外側が大陸の半分を覆う広大な面積のルオラシア大生林エリアとなっている。


 大陸中央に広がる大生林の周囲は主に森人族(エルフ)の領域となっており、大小様々な国が国境を設けているのだが、割と境界は曖昧な部分が多い。

 大陸の北側は地精族(ドワーフ)の棲まう大山脈と【メリルブライト地帝国】が存在する。

 それ以外の森林地帯や山岳地帯は獣人族の棲息領域であり、部族ごとに縄張りが大陸各所に散っており、森人族や地精族と比べると規模の小さな小国や集落ばかりである。


 人神領域と比較すると大自然の広がる地神領域は開拓や開墾された土地が限られており人口密度も低い。

 かろうじて大国と呼べるのは森人族の妖精国と、地精族の地帝国のみ。

 それも森人族は正当なる直系の眷属王家の血筋の者が国に残っておらず、地帝国は眷属王家そのものが最初から無いので、どちらも世界レベルで観ると勢力も発言力もあまり高くない。


 一応、森人王族(ハイエルフ)の一派が取り仕切っているので、妖精国はかつての栄光が未だに健在だと言わんばかりに権威も発言力も昔と同等であるかのように振る舞っている。

 かつての妖精王国最後の女王の血を引いた一人娘は現天空王の第二妃として嫁いでおり、後ろ盾を得てその栄誉と威光を以て権威を主張している状態である。

 その第二妃の娘こそプロシア王女であり、その娘ティアーナ、孫たるリヴィアにもその血が流れている。


 先立ってのエストバース王国の三方公爵家の一つ、シルフィード公爵の治めるシルヴァンロード領にある風精樹の森にて、その昔移住した森人族の植えた世界樹の苗を偶然開花させたリヴィアは、次世代の新たなる世界樹の主として認められ妖精王の王笏(世界樹の苗)を得た。

 この王笏こそ妖精女王の証であり、正当なる王位継承者として世界樹から認定されてしまう。

 が、正直寝耳に水であり、その辺の詳細な伝承がシルフィード家にもまるで伝わっておらず、暫くの間は情報収集と様子見をしていたのだが。


 今回のこの地神領域旅行への同行騒ぎである。

 流石にここまで来れば先日の件の続きなのは明白で、こうして世界樹の麓を目指す旅をすることとなった理由をわざわざ尋ねるまでもない状況な訳だ。

 一応は妖精国に伺いを立ててから世界樹の苗を秘密裏に老いた世界樹の世代交代の為に植えればおそらく丸く収まるのだが、目的がはっきりしており植えるまでの筋道も概ね決まっているならばと本体で先回りして現地へ到着していた。


 個人的に言わせて貰えば、完全に妖精王国の尻拭い案件であり、王笏を手にしたから仕方なくこうして出向いているのだ。

 女王亡き後、後見人として権力を握って好き勝手した挙げ句に、正当なる継承者が邪魔だからと天王家へ嫁がせて追い出した末、世界樹が枯れてきて地神領域がボロボロになっているのは、断じてプロシアとリヴィアに責任は無い。

 プロシアにしてみれば腐り切った妖精国など滅ぼうがどうでも良いが、そこは私達の説得により聖戦の防波堤としての役割だけを期待して存続させる事にした。


◇◆◇


 しかしまあ、どうやら世界樹の現状を憂いて妖精国を見限っていたのは他国も同様だったらしい。


「は。どうやらお節介を焼こうとしていたのはお前だけではないらしいな」

「ふふふ。タイミングが重なったのは偶然、とは思えませんね。お話を聞きたいので道を空けるのを手伝ってください」

「お安い御用だ」


 禁域全体を囲むように立ち込める濃霧の結界の中に潜む無数の気配。

 犬頭屍鬼(コボルトグール)の群れへと、地上に滲み出して広がる黒い影から現れた【影王軍】がハンの意識を反映した影の指揮官に率いられて襲い掛かる。

 一番下の階級でも単騎でS級冒険者に匹敵する影の軍勢。

 たった八騎でおよそ400の群れへと突撃する。

 その間に私達は世界樹の根下へと降り立つ。


「こんな明らかな異変。放置したままでは苗の成長に悪影響が出ないとも限らないわね」


 これを感知することが可能なのかどうかは分からないが、客人が無関係とも思えない。

 しかしまあ、ここにも在るとは。

 いや、海の終着点にも在ったのだから、地の終着点にも当然在ると考える方が自然か。


「ふふふ。ここは何て呼べばいいのかしら」


 それは【世界樹迷宮】では直球過ぎるだろうか。


「名は体を表すという意味では分かりやすさも一考の余地はありそうよね」


 名は体を表すか。

 ならば【道返しの樹洞(仮)】でどうだろう。

 腐り落ちた世界樹の成れの果てが蓋をする、大地から流れ落ちた行き場を喪った残滓の吹き溜まり。


「あら。地神領域の【創世魔宮】が『道返し』だなんて小洒落ているわね。気に入ったわ」


 コボルトグールはハンの配下が何とかするだろう。

 ざっと観た所、この魔宮は【世界の淵】より許容量に余裕が無さそうだ。

 もう五千年ほど放置すれば氾濫して大地を呑み込む恐れがある。


「ふふふ。これでは世界を救済するにしても起こりうる未来を救わないとならないわね。どうしてこんなになるまで放置してしまったのかしら」


 世界樹の世代交代を怠った結果だろう。

 表面上は平静そのものだが、私達の眼にはしっかりと根の下に滞留するしつこい瘴気穢れが見て取れる。

 ここが【創世魔宮】ならば入口は眼に反応する筈だが。


「ここ、つい最近開いた形跡があるわ」


 リヴィアは最近と言うが、単位が単位なので直近の千年以内という意味である。

 まあ、時期的に妖精王国滅亡と妖精国復興に何かしら関わっていると見るべきだが。

 ひとまずハンが頑張っている内に調べられるだけ調べておこう。


「世界樹の樹齢に対して穢れの質も量も密度もずっとひどい状態ね。ふふふ。世界樹が可愛そうで、健気で、とても可愛いわ」


 樹齢はおよそ一万年以上。

 大地を流れて溜まった世界を象る上で不必要な悪性リソースの成れの果て、つまり穢れは世界樹によって集められ、根の下にある創世魔宮へと注がれる。

 しかし、【世界の淵】がそうであったように悪性リソースは世界創世の時代から徐々に蓄積されるもので、数十億年という星の寿命を想定した許容量であるべきだ。

 しかし見る限りの世界樹は、とてもではないが一万年やそこらで許容限界を迎えてしまう程度の小さな器にしか観えない。

 これでどうやって世界を維持しようというのだろうか、思わず二度見してしまう。


「つまり世代交代を経て、濾過フィルターを交換しながら維持していたのね。ふふ。けれど不思議だわ。まるでだましだまし小さな浄化槽を使用して問題を先延ばしにしているようですもの」


 そう、このか弱い世界樹では億年どころか十万年ですら保たない。

 一万年以内に新たな世界樹を植えて、新調した世界樹の勢いのある浄化作用で旧世界樹の溜めた穢れも引き受けて次の周期を耐えさせる仕組みなのだ。

 なるほど確かに、それなら氾濫を先延ばしにすること自体は可能だろう。

 しかし、それでは根本的な解決には至らない。世代交代も小まめに行わなければならず常に綱渡りである。


「それでしたら禁域の三角形の仕組みも説明がつきますね。きっと連作障害への対策と同じで、3つのエリアで順番に世界樹を植えて急場を凌いでいたのでしょう。苦肉の策といったところかしら」


 対処療法な感じは否めないが、おそらくそういう仕掛けなのだ。

 であれば他の2つのエリアの様子も観てから、この問題に着手するのが賢明だろう。


「ふふふふ。ダメね。とても、とても気が進まないわ。ふふふふふ」


 なるべく表の事件やイベントには関わらず海底下に潜んで来るべき日に備えていたかったが、こればかりは仕方がない。

 私達以外の誰にも出来ない事象の中でも、とりわけ世界崩壊に関連する要素だけは直接手を尽くさねばならない。

 だがまあ、言葉とは裏腹にリヴィアが凄惨な笑顔で楽しそうなので良しとしよう。




[399]

 まず三角禁域の各頂点のあるエリアごとに三つに分ける。


 南東側の今世界樹のある妖精国最寄りの地点を『エリアA』。

 そして北側の山脈最寄りの地点を『エリアB』。

 南西側の聖樹国最寄りの地点を『エリアC』としておこう。


 エリアAにはハン配下の影の軍勢を置いて周辺の調査をさせている。

 犬頭屍鬼(コボルトグール)は見つけ次第ジェノサイドである。

 私の見立てでは、あの近辺には清浄なる世界樹の膝下には決して有ってはならない物が出てくるはず。


「素敵ね。現状の世界樹に対する正しい知識がないと、あの方法には思い至らないわ。妖精国よりまともな認識を持った勢力があることを喜びましょう」


 それだけ相手も本気なのだろう。

 調査はハンの配下に任せておいて私達はひとまず『エリアB』と『エリアC』の確認をしておかなければならない。


◇◆◇


・[エリアB]

 大生林の周辺には大怪鳥が飛び回っている。

 飛竜でここまで飛んでこれないのも、飛竜より二回り以上大きな大怪鳥の縄張りに入れば問答無用で襲われて餌にされてしまうからだ。

 故に上空から世界樹に近付く者は居ない。

 七光の分体とPT一行が地上の森林地帯を抜けるルートを選択したのも、魔獣の蔓延る大生林の中でも比較的安全なルートが確保されている先住部族の領域を梯子して進む為である。


 『エリアB』を上空から見晴らすとまばらな木々と森が広がっていた。

 私達は『次元魔法』で存在率操作をして【飛翔】を使って大怪鳥をスルーしながら飛んできている。

 どうしてわざわざそんな事をするのか。

 それは『変身魔法』構築の際に母ティアーナの残留思念を読み取り、魔力形跡から逆算して、その副産物として復元させた【飛翔】の試運転と調整をする為である。


「ちょうど北エリアの中央付近に大きな広場と、その周りは庭園のように整地された木々の少ない地帯。ここが世界樹の在るべき領域なのね」


 整地された地帯は草こそ生い茂っているが、石畳が敷かれてまるで古代遺跡の様相をしていた。

 地下にも穢れの滞留は確認できず、新たな世界樹を植えるには絶好のスポットだと感じる。


「ふふふ。観に行かなくても次のエリアの様子は予想が付くわね。ここには少し分霊を置いて調査させておけば十分そうよ」


 リヴィアの言う通り特に見るべき点は無さそうだが念の為、『次元魔法』で位相をずらした結界だけ張っておけば次へ向かっても良さそうである。

 結論付けるには早いが、森人族がどうして高度文明を取り入れた都市を築かないのか、その理由の裏付けを再確認するに至った。


◇◆◇


・[エリアC]

 短時間の内に調整と改良を重ねた【飛翔】により物理法則を無視した動きで、逆さまのまま空中を音速以上で滑るように移動してからの突然の静止。

 姿勢も重力も慣性も空気抵抗も加速すらも全て無視している。

 実に見事な術式である。


「欠点は空を飛んでいるのに風もスピード感も感じられないことね。爽快感がなくて少し残念だわ」


 【飛翔】とは名ばかりである。

 これでは自由移動の権能のようなものだ。

 ともあれ、あっという間に『エリアC』の丁度中央に到着した。

 こちらは鬱蒼とした緑一色の世界。

 見渡せば枯れた巨大な老木を中心に巨木が連なり、なだらかな曲線を描く大樹海が広がっている。

 まるで人の手が入った形跡が無いように見受けられるが、推測通りならあの老木こそ先代の世界樹の成れの果て。

 そして根の下は空っぽの筈である。


「確認するまでもなさそうですが、ここからでも穢れはほとんど感じませんね」


 枯れても元世界樹。

 こちらは無理なく世代交代をしたのだろうが枯れ果てるまで若干の浄化作用が残っていたと思われる。

 なるほど、これで証拠は揃えられた。


「理解りきっていたことだけれど、おおよそ五千年周期で世界樹の世代交代をしていたみたいね」


 浄化作用の耐用年数は約一万年。

 五千年周期で世界樹の世代交代をさせて、浄化と穢れの受け持ちを継いで行ったのだろう。


◇◆◇


 つまりこういう事だ。


①エリアAに世界樹を植えてから五千年後にエリアBへ世界樹を植える。

 [世界樹A]浄化 [世界樹B]浄化+穢れ蓄積


②更に五千年後にエリアCへ世界樹を植える。

 [世界樹A]伐採+整地 [世界樹B]浄化 [世界樹C]浄化+穢れ蓄積


③更に五千年後にエリアAへ世界樹を植える。

 [世界樹A]浄化+穢れ蓄積 [世界樹B]伐採+整地 [世界樹C]浄化


 しかし五千年前に世代交代は行われず…。


④更に五千年後にどこにも世界樹を植えない。

 [世界樹A]浄化+穢れ蓄積大 [エリアB]無し [世界樹C]老化


⑤更に五千年後…。

 [世界樹A]老化+穢れ蓄積極大 [エリアB]無し [エリアC]ほぼ浄化無し


 そして現在に至る。


◇◆◇


 老化して穢れを過剰蓄積した世界樹Aのみで何とか支えているという大変ブラックな職場環境である。


「妖精国は滅びたがっているのかしら。ふふふふ。なら元のサイクルに戻すべきか、それとも滅びのお手伝いをしてあげるべきか悩んでしまうわね」


 私としても一度滅んでから学習させた方が成長には良い薬になると思う。

 人は失敗からの方が必死に学ぶ生き物だ。

 さて、どちらの方がより世界の為になるだろうか。


「ふふふふふふ。ダメよ、それを選ぶのはやっぱり人類であるべきだもの。ふふふふ。そうだわ。ハンの相手をしてる子の計画を聞いてから判断しましょう。ええ、それがいいわ」


 正直な所、私はどちらでも良い。

 原因と結果には等しくなる公式が成り立つべきであり、これが妖精国の因果応報ならば自然に任せて、私達の裏からの干渉はなるべく抑えるべきだろう。

 これを正すのは明らかに今を生きる人一人分を遥かに超えている。

 それに、世界を憂う善良なる一人類としてプロシアには鋏は使いようだと説いたが、今更地神領域一つ無くなるくらいなら大した痛手にはならないだろう。

 何なら代わりに海神領域でも復活させれば収支は合うのだ。

 建前ではなるべく被害の少ない道を望んでいる風に訴えたが、それはあくまでもこの世界に生きる一人分の意見でしかない。


「ではさっそく戻ってお客さまをおもてなしする準備をしましょう。ふふふ。ええ、とても楽しみね」


 何もしようとしない妖精国の意見は無視しても構わないだろう。

 今大事なのは何とかしようと足掻いている例の犬頭屍鬼をけしかけた者の意見だ。

 この何者かが世界の一員として抱いた意見ならば聞く価値があると判断する。

 仮にその答えが邪悪な思想から発生した物で、結果的に地神領域を滅ぼすことになろうとも、何とかしようと努力する姿勢は尊い。

 少なくとも私達が居なければ計画は成功していたのかも知れないのだから。




[400]

 『エリアA』に戻ると動かなくなった屍鬼が広場にうず高く積み上げられていた。


「よう、遅かったじゃないか」


 積み上げられた屍体の上に剣を突き立てて座る影の指揮官がハンの声で応対する。

 どうしてそこに座るのだろうか、実に不衛生である。


「それで、お客さまはどちらに」

「は。残念だがとっくにとんずらして影も形も無いな。だが面白い物は見つけたぞ」


 それだけ実力があるのに何故逃げられているのだろうか。

 もう少し仕事には真摯に取り組んで頂きたい。


「ふふふ。いいのよ。ハンの一番の役割はお祖母さまの護衛ですもの」


 なるほど、確かにそれなら仕方がない。

 一つの仕事に集中するタイプに無茶な注文をしたのはこちらの落ち度か。


「ああ、そっちは順調だ。拍子抜けするくらいにな」


 だが問題は無い。

 私達は何十人と再誕人を生み出す過程で、その物に蓄積された記録や軌跡を読み取る力は随分と鍛えられている。

 先日の【飛翔】を再現してこれらの技術がほぼ完成されたと実証された訳だ。


「見つけたわ」

「…ひとまず俺の見つけた物を報告しておくが、待ってる間に『なり損ないのダンジョン』もどきがいくつも発見された。中はおそらく表層一階のみ、内部までは探索していないが蟻がうじゃうじゃしていたな。これが周辺に2つあった」

「6つよ。その一つの近場に隠蔽で隠れているわ。ハン、お連れしなさい。丁寧にね」


 ESPで座標を送る。

 ハンはまだ慣れないのか顔をしかめるが、健康上問題ない仕様で便利な力なので早々に慣れて貰いたい。

 慣れない内の感応頭痛など私達の慢性頭痛に比べればくすぐったい程度である。

 影王軍はハンの指示を受けて行動へ移す。

 が、既に私の関心事は『なり損ないのダンジョン』とその用途についてだ。

 遅い仕事は誰にでも出来る。


 ハンが頑張っている間に『エリアBとC』に配置した分霊を通して調査した内容を確認する。

 『エリアB』は予想通り特に見るべき箇所が無い。

 敢えて挙げるならば、五千年以上前に新たな世界樹を植えて妖精王国を遷都する予定地まで整地済みであった事が確認された。


「それだけの年月を経ても世界樹の座は広場になっているのだもの。きっと当時には素晴らしい精霊術師さまがいらっしゃったのね」


 中々に用意が良い。

 しかし時の流れには勝てず五千年もあれば周囲一帯は森に覆われてしまい、遺跡の土台部分をかろうじて判断出来る程度の痕跡しか遺っていなかった。

 とは言え、森人族の文明としては人間族のように完全に森を切り拓いて興す物ではない。

 これは文明を否定したり自然信仰が根強いからという理由だけでなく、一定周期で遷都しながら生活する文化を持っていたから自然物をなるべく利用した都市計画を立てる様式になったとも考えられる。


「ハンは当時のことを知っているのかしら。最初の神魔大戦の最中に来たと言っていたから、一万年前と五千年前は間に挟まっていそうね」


 短命種の時間間隔では五千年もあれば国は何度も滅んで生まれてを繰り返しているので想像するには年月が大き過ぎるが、1/10スケールの五百年周期で考えれば多少は分かり易いだろうか。

 それでも歴史的な大事件があれば古の伝承が途切れるには十分な時間だろう。

 おそらく五千年以上前の世界樹の世代交代で何かが起こったのだ。


「五千年前だと悪魔大戦かしら。だとすればこの辺りまで魔族に侵攻されて世代交代ができなかったと考えれば自然よね。ふふふ。その時に王さまが亡くなったりしたら伝承が途切れてもおかしくはないもの」


 そして今現在持つ情報を統合すると、数百年前にリヴィアの高祖母である最後の妖精女王の時代にも何かが起こった。

 その際に世界樹の苗を臣下に持たせて海外へと持ち出し、新たな世界樹を育てられそうな土地を探して植えるように命じたのだと考えれば、なるほどシルフィードの件も辻褄が合う。


「老いて弱った世界樹でも浄化が間に合わなくならなかったのは、世界に散らばって植えられた苗が少しでも手助けになっていたからなのね」


 あれも本来は大地を流れる世界を象るリソースの流れを整える適切な配置があったのかも知れない。

 仮に世界樹が穢れを浄化することで成長するのであれば、風精樹の森に植えられていた個体は栄養不足で育たなかったと考えられる。

 結果的にリヴィアの原液の魔力という超高濃度の混沌瘴気を注いだら急成長したのだから有り得る話である。


「あの時は何となくああすれば喜ぶ気がしたのよ」


 喜…んで、いたのだろうか。

 幼い子供は過度なストレス下や毒となる成分に晒され続けると身体の発育が早まり、耐久力のある大人の身体へと作り替える為に成長期を前倒しで始めてしまうという自己防衛反応を起こす。

 それを世界樹にも当て嵌めれば、成長することなく幼木の時期が長い方がより幸せだと言えよう。


「そうね、子供は幸せであるべきよ。でも親から何もしなくていいと期待されないで過保護に飼い殺されるのも幸せだとは思えないわ」


 なるほど、確かに。

 他でもない、リヴィアがそう言うのならそれは真実なのだろう。


「あら、私はずっと幸せよ。ふふふふふ」


 やれやれ。

 私達が私とリヴィアで分離分担した事で、思考に相互感性が生まれて客観性を明確にしやすくなったのは良いが、各自の認識や認知のズレも明確にしてしまったようだ。

 私達はかつて私であった者同士。

 同一であり、今は別個でもある。

 別の危うさを内包することにもなりかねないが、その時はその時である。


◇◆◇


(おい、下級兵だけでは少し厳しい。戦力の追加転移の許可をくれ!)


 ハンは随分と手こずっているらしい。


(ダメよ。その戦力のままで何とかしなさい)


 Oh.どうやらリヴィアはハンを甘やかさない方針らしい。


(クッソ、第一級災害指定魔獣が出てきたんだぞ。これは完全に想定外だろ!)


 ふむ、確かに第一級は想定外。

 分霊を通してイメージを共有すると闇人族(ダークエルフ)と巨大な蚊が視える。


(ふふふ。想定外なんてよくあることでしょう。決して殺してはダメよ)


 おそらくあれは死の医者の異名を持つ災害級魔獣、病源蚊(ドクトルモスキート)のようだ。

 単体の戦闘力はCランク相当で大した事は無いのだが、特性が非常に厄介である。


(だからそのために戦力が要るって話をしてるのに…クッソ!)


 確かに8体居ても影の下級兵では捕獲に適さない。

 戦闘力こそSランク相当だが、病源蚊の捕獲難易度もS級。

 加えて大量の死兵蟻(デスアント)死兵蜂(デスビー)の群れと、それを操る闇人族の闇死教(ダークビショップ)相手では手が全く足りないだろう。


(ダメよ。ハンはその戦力で十分だと判断して配置したのでしょう。ふふふ。過去にそう判断した自分を信じなさい)

(こんの悪魔がッ…!だから)

(ふふ。ハンなら自分の言ったことの責任を取れると信じているわ)

(駄目だ、話にならない…)


 私の見立てでは簡単には負けないまでも、おそらく任務は失敗するだろう。

 そして私と同じだけの情報処理能力を持つリヴィアにもそれは予想済みである。

 つまり、リヴィアはハンに任務失敗して貰うつもりということだ。


「いいのよ。いざとなったらどうにでもできる、なんて言い訳で依頼人に甘えを許容させるのは職業意識としては二流でしょう。私はハンにそんな子になってほしくはないのよ」


 まあ、この旅の間ずっと余裕と煽りと他者への見下しを続けていたハンは、そんな態度でも実力があるからこそ許されていただけである。

 本人に悪気が有ろうと無かろうと、公平な立場からすれば特別扱いが実力とイコールである以上、例外は認められない。


「ふふふ。ちゃんと任務を達成できれば改める必要もないのよ。それが真の特権と自由でしょう」


 実にお優しい。

 ハンには今後も特権を許すつもりがあるからこそ、リヴィアは増援を認めないのだろう。

 彼は私達にとっても特別な存在である。

 出来得ることなら今後も対等な関係を維持したい気持ちはとても理解できる。


 それでも彼は失敗するだろう。

 それはとてもとても残念である。






《あとがき》


リヴィアはハンと対等な取引と、それに見合った特別な待遇を許しています。

つまり、対等な立場ではない他の再誕人と違って一切の甘えは赦されません。

甘えが赦されるのは庇護の対象に限られます。

これは当然至極の対応です。


他の再誕人=部下

ハン=フリーランス

と表現すれば分かり易いでしょうか。


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