清濁
【守り人の里】
[390]
ここまでの話をまとめよう。
◇◆◇
・祖母プロシアからの緊急の要請を受けて学院を病気療養という名目で休学扱いにして出発。
・馬車や走竜車を乗り継ぎ、クリムワイエ区からファナリア家の所有する最大の都市ハバートート領へ。
・ハバートートから更に西方にあるジェラルドの母方の所領であるレアルヴィスタ公爵領へ。
・騒ぎにならないようにハバートートの領都やレアルヴィスタの城には寄らず、別邸にて変身魔法と変装魔術を駆使してお着替え&旅行の準備。
・レアルヴィスタ西の海岸沿いにある海神領域難民のパウラ特区に向かい、護衛のデルフォスとハンを加えてから飛竜便で海を渡る。
・ハンの操竜技術と強力な強化術式を用いて、たった一日で魔大陸を経由せずに大陸間移動を実現。
・到着した地神領域の端、海神難民の移住した港湾都市プレネプタルで波濤の賢者ウルボラの歓待を受ける。
・二手に分かれてプロシアとハンは妖精国へ、七光とデルフォスは世界樹の麓を目指す。
・七光は道中の安全な旅路を地神へ祈願して、ウルボラの弟子と地元レンジャーの二人を案内として出発。
・様々な問題に出会いながらも五日間かけて世界樹の守り人の里へと到着。
・里は伝染病の流行にて危機的状況に陥っていた。
・そして、感染者を救うことにしたリヴィア。
◇◆◇
という所までは良い。
問題は「どう救うか」である。
「ッ…七光様。私は何をお手伝いすれば宜しいでしょうか」
「これを着けて、まずは症状の出ていない者を全員集めなさい」
「はい直ちに!」
デルフォスに抗毒抗菌のカチーフをマスク代わりに渡して指示を出す。
まずは感染者と未感染者とに分ける。
防疫の術式は既存の物でも通じるかも知れないが、一応今回の症例に最適化した物を編み上げておく。
「ちょっと、駄目ですよテントから出てきては」
オドントからは里の様子がおかしいと分かってすぐに里から少し離れた風上の丘でテントを建ててそこで大人しくしているように言われていた。
彼には毒への耐性はあるが、感染症にまで効果があるかと問われれば種類によってまちまちだ。
「方針の変更です。緊急時に該当するとして指揮権を行使しようと思います」
「確かに緊急事態ですが、もし七光様が病に感染されては我々では責任を負いきれません」
「オドントは医学への心得があるのですか」
「ああいえ、専門的なものまでは。ですが【毒耐性】のスキルはありますし他の者より適任でしょう」
食中毒や虫刺され、土壌汚染による体調不良であれば毒への耐性で何とかなるだろう。
だがこれは伝染病。
それもおそらく生物由来の感染症である。
毒素ではなくウィルスによる明確な攻撃である以上、毒への耐性だけでは防げない。
「では私はテント内で過ごすという条件の下で、私が指示を出して里の異変の原因調査と解決の糸口を探る手伝いを皆さんにしていただきます。
これでよろしいですか?」
「それなら…。ですがあまりここで立ち止まるのも危険です。通行の許可を取って進むなり、原因を究明するなり、どちらであれ三日経っても進展が無ければ引き返すことを承諾して下さい」
「いいでしょう。ではさっそく、里長に連絡して協力を取り付けてください。それと集めていただきたい物があります」
救い方に関しては十分注意を払わなければならない。
あまりにも劇的では予期せぬ噂が立ちかねない。
分かり易いやり方で、迅速に、且つ再発防止にもなる方法を選ばなければならないのだ。
この世界の人類も伝染病の猛威は過去に何度も経験している。
魔術と水薬の発達により大抵の病気は克服してきたが、それでも新型の伝染病には後手に回らざるを得ないのはどの世界でも共通らしく、対策を確立するまでは後進国を中心に大きな犠牲を出すことになる。
それにここは地神領域。
生物の宝庫とまで呼ばれるルオラシア大生林で発生したとなれば原因の究明には多大な時間と費用と労力を費やす事になる。
これが自然発生した物なら解決しても問題無いのだが、もし仮に人為的に引き起こされた物なら解決は逆に更なる危険を背負い込む結果にもなりかねない。
だからこそ、救うにしてもしっかりと事前調査を行った上で計画を立ててから実行に移すべきである。
当然ながら手段も厳選する必要があるだろう。
能力があるからと言って大局を観ずに、野放図に救いの手など振りまくものではないのだ。
だがまあ、リヴィアが救いたいと言うのであれば仕方がない。
私はその意思に従おう。
私には前世において未知の病気への対策を強いられた経験は有る。
そしてあの悪夢のような経験を忘れた事は無い。
トラウマとまでは言わないが今尚拭えない心の中のしこりとして残っているのも事実。
これがその解決の糸口になる可能性もあると考えれば、決して看過出来ない必要な手順なのだと自らを再度奮起させるには十分な理由だった。
大丈夫、私なら出来る。
何の為に古今東西の書物を読み漁り、あらゆる能力を伸ばしてきたのか、むしろ出来ない根拠を示す方が難しい。
だが、そうか。
これはリヴィアにとっては初めての世界に対する明確な救済行為。
今まで散々企ててきた理論上の救済計画と違って現場での実演である。どんなに規模が小さかろうとこれは紛れもなくリヴィアの初陣なのだ。
ならば言い直さなくてはならない。
大丈夫、私達なら出来る。
[391]
暫くするとネオンとグラートが補給から帰ってきた。
「はあ…。オラスベリーのジャムが、ジャムが売ってないなんてよお」
「元気出して下さい。ほら、もうテントに着きますよ」
オラスベリーはマナの多い森にしか自生しない珍しい植物に成る果実である。
世界樹にほど近い地域や精霊の聖地とされる清浄の地域で見られるが、ほとんどが採取地として一般に開かれるような場所ではないので流通量は限られる。
「ネオンただいま戻りました」
「おかえりなさいネオン。収穫はどうでしたか」
「ええと、その。ごめんなさい。どこも物資が足りなくて、お芋と乾物が補給できただけです」
聞き込みによると、この地域で最初の症状が確認されてから約1ヶ月半といった所。
土地柄から食糧の蓄えは十分なのだろうが、労働力が減り、いつ収まるとも知れない状況では節制ムードになるのも当然だろう。
「期限が近いポーションと物々交換で何とかって感じだな。病は治らないが体力は回復するから、備蓄の食糧と引き換えても欲しいみたいだった」
この世界で最もメジャーな回復薬、すなわち水薬には様々な種類があり、傷薬や解毒、強壮剤や栄養剤としても重宝されている。
「保存食はまだ残ってましたけど、手持ちのポーションを半分差しあげたら新鮮なお野菜を分けてくれたんです」
「リーダーは感染を警戒してるが、ありゃ魔病だろうな。俺達に感染する可能性は低いだろうが、体力の無い年寄りには厳しい」
おや、探るより先にグラートから病に関する情報を得られるとは。しかし魔病と言っても書物でも具体的な記述の曖昧な俗称のような物だったはず。
前世で言うところの風土病のような物だろうか。
「魔病。学名ではなさそうですが、一体どんな病なのですか」
「魔物や魔獣が運んでくる病とか呪いとか言われてるものだ。他の大陸ではどう呼んでるのか知らないが、大抵の場合は近場に元凶となる魔物が居る。
昔依頼で行った村で似たような症状を見たことがあるからな」
「でも里の人達も周辺の森やその先を調べても全然それらしい目撃情報が無いみたいなんですよ」
なるほど、おそらくグラートの言っているのは瘴気症の類だろう。
強い瘴気や魔素に晒され続けると起こる体調不良のことである。
長期間土壌が汚染されれば野生動物の魔獣化の原因にもなる現象。それだけに迷信や非科学的な捉えられ方もされており、一般的な『悪い物』の認識で対応も地域毎に違いがある。
しかし、これは瘴気症とは異なる物だ。
「確かに聞いた限りでは近い症状ではありますが、まだ断定はできませんね」
このまま瘴気症として片付けてしまうのも良いが、不自然さと違和感を残すことになる。
一般的に瘴気に障られるのは弱ってるものや潜在魔力量の低い者からである。
魔力の高い森人族が瘴気症に陥るには、余程の高濃度に汚染された瘴気を撒く魔物が居なければおかしい。
それでは必死に探し回ったであろう原因となりそうな魔物の情報が無いのは矛盾する。
それほどの高濃度の瘴気ならば直接目視せずとも痕跡からでも確認出来るからだ。
「どうすんだい。ここに留まるのも危険かもしれないんだろ」
「それについては先ほどオドントと三日目の期限を設けて進むか戻るかの判断をすることに同意しました」
「三日か。まあそれくらいなら俺も構わないが」
「私もそれでいいです。でも留まっている間にできそうなこととなると。簡単な怪我の治療くらいなら習得してますが、魔病相手では祈祷で苦痛を和らげるくらいしかお力になれそうにないです…」
巫術には幻痛を引き起こしたり、逆にトランス状態にして肉体の感覚を遠ざける術があると前に読んだ書物にあったが、それはそれで興味深い。
ネオンが行使する場面があれば是非とも観察させて貰うとしよう。
「まずは感染の拡大を抑えるためにできることからしていきましょう」
そう言ってそれぞれに役割を与えて情報収集と感染の予防措置を講じていった。
◇◆◇
今まさに伝染病の蔓延が起ころうとする最前線に遭遇するなど、人生においてそうそう起こり得るイベントではない。
あまり外界と交流の無い閉じられた集落。
年に十回訪問客があるかどうかという場所だけに、私達が来なければもう一ヶ月近くは放置されていた可能性もあるのだから、下手したら手の付けられない状態になっていたかも知れない。
既に一月半の間に多くの命が喪われているのだ。
人口80名ほどの小さな里だが、守り人の里は世界樹のある禁域を囲むようにいくつも点在している。
初期対応が為されないまま飛び火していっていけば、気が付けば禁域の三角形から周囲に広がる形で大パンデミックを引き起こす可能性もあるのだ。
これは最悪を回避する幸運なのか、出くわしたこと自体が不運なのか。
まあ、それでも敢えて予定より早く到着したことに意味を見出すのなら、この偶然も幸運なのだと思っても良いのかも知れない。
少なくとも、リヴィアが救うと判断したのだから彼等が確実に救われる未来は確定している。私がそうさせる。
手順に則って解決するまで間に合わず人死には出るかも知れないが大丈夫。
いざとなれば多少のロスタイム程度なら新鮮な魂と死体を使えば後遺症も損耗も無く、限りなく復活に近い形で再生させられる。
分霊の特訓やアーティマトン製造のために今まで散々屍体で遊んだり実験してきた甲斐があると言うものだ。
要するに、私達の手に掛かれば生き死ににも5秒ルールと言わず5時間ルールくらいは適用されるのだよ。
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折角の機会なので、『治癒術』を試してみようと思う。
残念ながら本体は別の件で忙しい。
プロシアと分かれてすぐにこちらは分体に任せて本体は先回りして世界樹に行ったからだ。
他の分体も海神領域関連や、人神領域での支援の手続きに出払っていて手が回せない。
しかし単体のみで新技術を開拓するとなると、そう単純には行かない。
治療術ならば命法術を主体とすれば良いが、治癒術は聖法術を主体として組まなければならないのだ。
治す治療は、科学知識や医療技術をダイレクトに反映できるので実力だけでもねじ伏せられる。
癒す治癒は、患者本人の肉体や意思の力や奇跡に頼らなければならず理屈では解決しない。
聖法術と邪法術には意思や感情も要素として影響を及ぼすので、未熟な内は術師の志向性が効果に反映されてしまう。
例えばここへ至るまでの旅路なのだが、あのお祈りはまさしく志向性が反映された物だった。
リヴィアは邪法への適性が高い。
そしてお祈りには聖気も邪気も多分に含まれていたのだろう。
検証の為にと割と魔力も結構注いで発動させてしまった。
あの時のリヴィアのお祈りにはプロシアの旅先を案じる深い愛が込められていたのだろう。
では、善なる愛と邪なる愛は人にどんな影響を与えたのか。
プロシアの行き先に居た悪意の強い領主なんかはあの晩に大きな精神干渉を受けたようだ。
聖気により良心を刺激されて己の罪業に対する負い目を増幅させ、追い打ちをかけるように邪気により深い鬱状態を誘発。
→耐えられず首を吊ってしまった。
魔獣は聖気に当てられて通常の野生動物としての正気が呼び戻されたが、しかし同時に邪気に当てられて異様な興奮状態も誘発。
→錯乱してストレスマッハで自傷行為の末に墳死。
盗賊団も錯乱して幻覚茸に逃げて過剰摂取。
麻薬カルテルがどうなったのかは知らないが似たような物だろう。
ともあれ、祈るだけで半径100km以上の広範囲に渡り悪意ある者がバタバタと自滅してしまうのだから効果の程は伺える。
これではまるっきり呪いである。
『勧善懲悪』やら『破邪顕正』を祈ったのが効いたのかも知れない。
そう言えば初日のBBQで『焼肉定食』も実現していたような。
要するに、聖法術も邪法術も同じ物なのだ。
聖気で発動させれば祝福に、邪気で発動させれば呪詛となるのだろう。
だからあの晩のお祈りは、聖法術で強制的に懺悔状態を引き起こさせ、無防備になった精神が邪法術に直接攻撃されて負の方向へトリップさせてしまったのだと推察できる。
自責と罪の重さで小悪党は押し潰されて逃避するしかなくなり、大悪党は生きていることが不可能となった。
もし仮にこのまま制御出来ない状態で感染者を癒そうとすれば、下手すれば病は治ったのに精神が死んでしまうかも知れないのだ。
それは拙い。実に拙い。
成功させても別の要因で死なれては、まるで失敗したかのように見えるではないか。
それだけは何としてでも避けなければならない。
身体の病を癒やすだけでなく心の病も撲滅してしまってると言えるので、ある意味では完璧な医療なのかも知れないが、そういう話じゃない。
病は根絶しましたが里民は絶滅しましたでは、全て無かった事にするために里ごと焼き払って物理的に消毒するのと何ら変わらない。
勿論、病の原因は突き止めるつもりだが里民を救うのが先である。
研究は後からでもできるが命にはタイムリミットがあるのだ。
治す前に細かく調べるよりも、身体が治ってから事情を聞き出す方が効率的である。
解らないと治せない治療術ではタイムリミットが過ぎてしまうだろう。
だから状況的にも、理屈は解らなくてもとりあえずスカッと治せる治癒術を選択するのが正しい。
何せ、里民を救ってからでも病の研究は可能なのだから、治癒で治してから治療技術を確立すればいっぺんに二つも技術を得られるのだ。
ついでに里民も歓喜するだろう。
リヴィアには善行を積ませなければならないので一挙両得である。
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感染者の隔離と治癒の準備を進めること一日。
この里の民も大元は森人族の部族の一つで、遥か昔に文明を拒否した者達の分派した末裔である。
当時の妖精王の言い付けを守り、許可無く立ち入る者を追い返す幻惑の霧を発生させる精霊術を維持し続けている。
その歴史は少なくとも五千年以上は続いているのだと言われている。
いくら長命な森人族と言えども恐らくは数十世代は経ているのだろう。
その間、文明を発達させることもなく昔ながらの暮らしを続ける彼等には、新しい物を受け付ける余地は無い。
その為、魔導具による医療道具の持ち込みには拒絶反応を起こしてしまい、治療に必要な簡単な検査キットすら使わせて貰えないのだ。
治癒の目処が立たなければ治療をと思ったが、どうやらこの様子では受け入れて貰えそうにない。
いよいよ選択肢が狭まり、何としてでも治癒を成功させなければならなくなったのだが。裏で遠隔の治癒術の実験を試みたものの、これが難航した。
何せ必ず邪気が混じる。
癒して自然治癒力が増した細胞が異常増殖を繰り返す癌細胞化したり、癒やした部分が本体の意思とは関係なく動いたり、変色して急激な変異を引き起こしたりと。
およそ一般にイメージする癒しとは程遠い結果ばかりであった。
出力調整しても、感情の起伏を利用しても、程度こそ異なっても異常な反応は健在で、聖気に邪気が混ざっているという発想そのものが間違っているのだと思い知らされた。
要するにリヴィアの聖気とは邪気なのだ。
そして邪気は聖気であり、どちらも同じ物であった。
だからそもそも別個の物ではなく、聖気を強めれば邪気が強まり、邪気を弱めれば聖気も弱まってしまう。
どちらも同じ物だからだ。
そこで発想の転換。
生み出した聖気(邪気)をそのまま放出せずに、一度創造魔法で要素の錬成フィルターを通して、限りなく聖法術に適した正方向のエネルギーへと加工してから治癒術式に乗っけるのだ。
この方法では直接術式へ注ぐのではなく亜空間錬成を経由するので三度手間となり工程が複雑化する。
ひと手間ふた手間加えて純度を上げてから正式に術式へと組み込む。
生の聖邪気を使っては精神的な破壊や異常反応を起こすので一度成分調整聖気へと加工するという事だ。
そして、この策は素晴らしい成果を上げる事になる。
仮説だが、元よりリヴィアに限らず程度の差こそあれ、聖気に混じり気の無い者など居ないのだと思われる。
ごく自然に混じり気や雑気混入は必ず起こるものであり、ただ修行を重ねてもそれを取り除くのは容易な事ではないのだと推測する。
その根拠となる裏付けとして、亜空間錬成フィルターを通した成分調整聖気を使った聖法術は、予想していた数値よりずっと高い効果を上げたからだ。
よもや一般的な『キュアウーンズ』で傷だけでなく病や精神異常まで効果が及び回復しつつ浄化作用まであるとは。
こんな効果が得られては病を癒やす『キュアディジーズ』、精神状態を癒やす『キュアマインド』、浄化作用を齎す『ピュリファイケーション』すら要らないではないか。
と思ったのだが、同じ方法で試してみた所、逆に『キュアディジーズ』でも傷の回復や精神状態の安定化、浄化作用も発生したのだから、こうなると別の仮説が生まれる。
つまり、今挙げたどの術式も元々基礎となる作用からより特化した効果を追求して派生させた姉妹術式なのだろう。
本来全ての大元となる純度の高い聖法術は対象者の傷を癒し、病から回復させ、精神状態を正常に保たせ、不浄を取り払う作用が有るのだ。
だが聖邪気自体に区別は無く、人には誰しも聖気と邪気の混じりがある。
そのため高純度の聖法術を引き出せないのが当たり前であり、術式はそれらを効果別に緩急を付けさせ、欲する作用だけを特化して引き出すツールとして用いられるのだ。
だからリヴィアの聖法術が邪法化してしまうのも、個体差から多少偏りや変質的な部分は有るものの、本来の聖邪気として当然起こり得る物で、理屈で説明の付く現象であり決しておかしな作用ではない。
まあ、何はともあれ。
結果的に超高純度の聖法術を行使する目処は付いたのだから良しとしておこう。
この研究の続きは病を治してからでもじっくりやれば良い。
ひとまず伝染病を治癒する術式を付与した簡易聖気フィルター付きの結晶石型の魔法具を作製して、PTメンバーと里の術士へと配布することにした。
◇◆◇
「こんなに早く治療法を見つけてしまうなんて。それに七光様の魔術具は本当に素晴らしいです」
「数は十分にありますから、里の者達にも配って使い方を教えてください」
私が素材に選んだのは石ころ。
この辺りで採れる御守にも使われる飾り石を触媒にすることで里の者にも忌避感を持たせない道具として認識させ、回数制限のある消耗品型に構成したので使い切れずに少々余ったとしても問題にはならない。
「まさか俺が治癒術を使う日が来るとは思いませんでしたよ。流石は賢者様のお弟子様ですね」
「魔力は使用者のものを消費しますので、くれぐれも無理はしないようにしてください。一つを使い切ったら必ず二時間は休憩を挟むようにしましょう」
その後の調査で隣の里でも伝染病は蔓延しており追加の魔法具を量産することになったが、後は彼等に任せれば収束へと向かうだろう。
「は、ははは。七光様の実力を疑ってた訳ではないのですが、プロシア様が無茶をさせるなと言っていた意味がようやく理解できました…」
「デルフ。くれぐれも、しーっ…ですよ?」
沈黙のジェスチャーで口止めしておく。
この分なら約束の三日どころか明日にもこの里の者の処置は完了するだろう。
そんなことより、この『万能治癒術式』の扱いをどうするべきか。
おそらく価値があるのは治癒効果そのものより、使用者の魔力を込めた聖邪気を純化聖気へと変換するフィルターである。
天空人に知られれば大事になるのは火を見るより明らかだが問題はそれだけではない。
聖法術の稀少価値が下がるのも大混乱を招くだろうが進歩からすれば必要な通過儀礼である。
聖人や聖女の立場を脅かすのも間違いないだろうが、真に民を想う聖者ならば喜んで受け入れるべき事態であり、そうあるべきなので拒否権は認めない。
私は違反や虚言を忌避する天空人が己の言に責任を持たないなど有ろうはずが無いと信じている。
従って、彼等の日頃の言を信じるならば当然この件で不都合なんて有るはずがないので、今後どうなろうと私の知ったことではない。
治癒に善悪は無い。
それを扱う者の善悪に左右されるのは人の営みの範疇であり、それを善行に使おうが悪行に使おうが自己責任で自由にすれば良い。
科学者に良心の呵責など邪魔なだけだ。
悩む暇があればもっと真理を解明させた方が生産的である。
だから私が気にするべき問題は、天空人の秩序でも特権階級の都合でも聖者達の価値でもましてや善悪の垣根でも無く、純粋に自分の計画に支障をきたすか否か、その一点に尽きるのだ。
このまま辺境の一事件を人知れず大事に至る前に解決して、使われた技術もこれ限りにして蓋をするか。
一度人に振る舞った以上は生み出した者の責務として然るべき手順を経て公表するべきなのか。
己の都合を第一にするか、律儀に妥協するかの選択をしなければならない。
これはリヴィアに負わせるべき問題ではなく、私が責任を持つべき課題である。
公表するなら早い方が良い。
ならば遅くとも、今回の旅が終わるまでに決断しなくてはなるまい。
《余録》
この世界では癒やしの力は大変貴重で有り難いものです。
癒やしの奇跡と医学による治療は棲み分けられており、先進国では状況によってどちらが適切なのかも認識されています。
治癒師の数は人類の数に対して圧倒的に足りておらず、昔は治癒至上主義や独占がまかり通っていたようですが、現代では治療術の普及により怪我や病気による死者はかなり減っています。




