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1000通りの計画  作者: Terran
第九章 グランレリアの天子
80/99

ルオラシア大生林



[387]

 翌朝。

 プロシアとハン、リヴィアとデルフォスの2班に別けて出発する前に入念な打ち合わせをした。


 賢者ウルボラは昨夜の宴の後で急患が出たと聞いて救護院へ向かったり、街で変死騒ぎがあったとかで忙しく飛び回り、今もまだ帰っていないらしい。

 立派な人物だと聞いていたが、こうも引っ張り出されてはおちおち休んでもいられないだろう。

 普段から民に親しまれ頼まれ事に追われているのだとしたら、私達が昨日の内に到着したのはたまたまスケジュールが空いている日で運が良かったのかも知れない。

 あれだけ呑んでどんちゃん騒ぎをしたその足で徹夜でトラブル解決に乗り出す職業賢者130代男性。

 身体が丈夫なのは実に素晴らしいことだ。


「デルフ。七光のことはくれぐれも頼みます」

「我が主の命、身命を賭する覚悟で臨みます!」

「騎士サマ口調」

「だ、黙れ、今だけだ。出発したら冒険者らしく振る舞う予定なのだ!」


 騎士デルフォス改め、A級冒険者デルフは護衛であると同時にお目付け役といった所か。


「ハンもプロシア先生のことをよろしくお願いしますね」

「ああ、了解した」


 ハンの実力ならば道中に危険は無いだろう。


(連絡と護衛のために全員の影に兵を忍ばすが、いいな?)

(ええ、任せます)


 ハンの能力の一つ、『影王軍』は影の私兵軍を意のままに操る【一雫の希望】で授かった特別なギフトだ。

 階級別に保持しておける影の数に制限はあるが、百体以上居る一番下の階級の兵士一体でもS級冒険者に匹敵する能力値を持つというまさに反則級。

 これ一つで国一つと戦争しても勝てるであろう力でありながら、他にも【一雫の希望】を複数有しているというのだから底知れない。


「七光様。本日から同行します。俺は今回のパーティのリーダーを務めるレンジャーのオドント。こっちがシャーマンのネオンと、ウォーリアのグラート」

「ネオンです。ウルボラ様の下で修行中のシャーマンです」

「俺はグラートだ。一応組合所属のB級ウォーリアってことになる」


 オドントは地元森林警備隊の中隊長をしている。

 目的地の世界樹までの案内と守り人との顔繋ぎと交渉を担当する。

 ネオンとは昨夜顔合わせしている。

 賢者ウルボラの内弟子なのだから腕前は確かなのだろう。


「グラートは冒険者組合からの出向だが森林警備隊の一員として長期契約してる。レンジャーとしての腕前も確かだから前衛を務めてもらいます」

「グラートさんここに来てからもう三年くらいでしたっけ」

「おう。魔導師様の護衛としちゃ物足りないかもしれねえが、こっちもA級昇格が掛かってるんで頑張らせてもらうつもりだ」


 個人で長期契約している冒険者とはつまり信用のある人物ということになる。

 経験を積ませながら様子見してゆくゆくは引き抜くつもりなのだろう。

 前世で言うところの契約社員みたいな制度だ。


「プロシア先生の下で勉強させていただいている七光です。魔導師と呼ばれるには日が浅くまだ至らない身ですので、そう畏まらないでください。道中よろしくお願いしますね」


 とりあえず全て事実である。

 プロシア学院長の下で魔術学院に通い、魔導師に内定しつつも本資格はまだ揃ってない中途半端な状態にある。


「A級冒険者のデルフ…だ。七光殿の身は私が守るのでお前達にはそれ以外のことを頼む。以上だ」


 少々堅くてぎこちないが、まあ良しとしておこう。

 おそらくプロシアから色々と厳命されていて気負っているのだろうか。

 ご苦労様である。


「ウルボラ様は間に合いませんでしたね。ご自分で案内すると張り切っていたのですが」

「ああ、今朝も港の方で騒ぎがあったみたいだからな。何でも停泊中の船から大変な物が見つかったらしい」

「ほらお前達、世間話よりまずルート確認」


 オドントは取り出した地図を広げて見せる。


「目的地の世界樹の守り人の里はここ。現在地はここで、なるべく国境沿いは通らずに面倒な領地を避けると…。

少々遠回りにはなりますがメドラ川を船で遡り、シメリア川の支流を経由して鼠人族の領地で一泊。

現地で鼠人族の案内を付けて、隣接する天狗族の領地で引き継いでもらいます。彼等の案内でニシキノ山道を抜けて、クザ迷宮跡地で一泊。

クザを越えれば本格的に大生林へ入るので、そこからは危険地帯を迂回しながらレンジャー用のキャンプ地を経由しながらルオラシア大河の連絡船も使って道中で三泊。

見積もりとしては多少の余裕を見ていますが行程に遅れが無ければ六泊目は守り人の里になる予定です」


 地図の精度はどの程度かこれだけでは判断出来ないが、安全を優先して選んだルートなのだろう。

 船を乗り継ぐとなると人目に付いてしまうが、全てを徒歩だけで行こうとすると悪路も多く天候にも左右されやすくなってしまい、下手をすると片道だけで優に二十日以上は掛かってしまうので已むを得ない。

 というわけで特に異論は無いが、実に退屈そうな道程である。


「宿泊施設については配慮しているんだろうな。七光様に野宿はさせられない」

「あんたがどんなお坊ちゃん冒険者かは知らんが、ここは地神領域なんだぜ。大生林を抜けるのに高級宿の渡り歩きなんざできねえぞ。

それこそリーダーの言ってた面倒な領地にでも寄らないなら、夜風と天露さえ凌げればいいくらいの妥協はしてくれないとな」

「なっ、そんな場所で寝泊まりしろと言うのか!」


 デルフォスには私の正体は教えられていない。

 プロシアの弟子で魔導師というだけだ。

 それでもプロシアからは要人として扱うように厳命されているのだろう。


「いやそこまで酷くはねえが、気持ちの問題のことを言ってんだよ。森じゃ何があるか分からねえんだから天候に見放されれば当然予定通り行かねえのもザラだし、野宿もやむ無しだろ」

「まあまあ。何かあっても近くのキャンプ地とか集落に駆け込めるルートにしてるみたいですからきっと大丈夫ですよ」

「ああ、もちろん心配するような事態にならないようにルート選びはしている。

だが大自然相手では思う通りに行かないことはある。グラートはただ不測の事態は付き物だということは納得していただきたいと言いたかったんです」


 別に仲違いをしてる訳ではないのは観れば判るが、要するにデルフォスは警戒度の引き上げないし引き締め強化を訴えることで、今後もし何か問題があった際の対応の失敗率を下げるために布石を打ったに過ぎない。

 ついでに自分が番犬であることをアピールしたかったのだろう。

 部下を連れて来ていれば代わりにやらせるつもりだったのかも知れないが。

 どちらの陣営にとっても落とし所など最初から概ね決まっているのだ。

 これは必要な駆け引き、つまり茶番である。

 実に非合理的だが、依頼人側と請負人側とのお作法的テンプレ交渉手順なら仕方ない。


「私は構いませんよ。先生からは野営対策の魔導具も預かっていますし、自前でも用意しています。もちろん、使用することになれば後で使用感や意見などレポートに協力していただきますが」

「私はプロシア様からそんな話は聞いてませんよ」

「依頼人様がそう言ってるんだからいいんじゃないか」

「七光様は高名な魔導具技師なんですよね。頼らなくちゃいけない場面にならないようにしたいですけど、どんな魔導具なのか魔術師としてちょっと興味もあります」

「ふふふ。使うかどうかは地神様のご機嫌次第ですね」


 ひとまず、野営なら野営で望む所である。

 としておけば余計な悶着も起こらないだろう。

 若くして魔導師となった魔導具技師という肩書きなら多少変わり者と思われるくらいで丁度良い。

 まあ、プロシアから預かっているのは野営中でも夜風や天露から身を守る護符や、野盗や魔獣に襲われても大概の攻撃なら何とかなる護りの腕輪とかなのだが。


 自前の野営キットについては事前に開発していた物でハン達にも持たせている。

 こんな事もあろうかと、予め七光名義で権利関係の処理だけ済ませておいた未発売の作品である。

 七光名義の魔導具を七光として振る舞うリヴィアが使うことに何らおかしな事などあるまい。




[388]

 二手に分かれて世界樹を目指す道程。

 プロシア班は海神領域の自治区から北側回りで森人族の領地を通りながら、首都への到着予定日繰り上げを告知しながら進んでいく。

 いちいち重い腰で予定を早めない森人族へ、徐々に首都へ近付きながら繰り上げて到着する旨を圧力を高めながら押し込むのだろう。

 非公式の訪問という事で行く先々の領主に挨拶しつつ口止めして、それでも情報が漏れて伝わるのを逆に利用するつもりだと思われる。

 大胆かつ効率的な方法と言えよう。

 ルートとしては首都までほぼ直進するので目立つ移動手段は使えずとも到着は早いだろう。


 プロシアが目を引いている間に、七光班は南西側回りで獣人族の領地を川を使って抜けながら、なるべく森人族の領地に入らないルートで世界樹へと先行する。



◇◆◇



〈初日〉

 出入国に審査の要らない鼠人族の領地では、魔獣の謎の大量死で各地が混乱していたが、夜に立ち寄った集落では魔獣肉バーベキューパーティーの真っ最中だったのでそのご相伴に預かった。



〈二日目〉

 国家に所属していない独立した部族である天狗族の領地では、普段立ち込めている霧が晴れてサクサクと進めた。

 過去に攻略された元百年迷宮である【クザ樹海】の跡地という中立地帯では、手配中の盗賊団が集団で幻覚茸によってラリっていたのでオドントの知り合いを通じて最寄りの森林警備隊に突き出した。



〈三日目〉

 大生林に入ってから大河こそ渡れたものの日が落ちてからは天候が荒れてしまい、同じ船で渡ってから道中を共にしていた商隊に野営キットをお披露目したら大変喜ばれて後日商談を結びたいと申し出られた。



〈四日目〉

 いくらか弱まったものの降り続ける雨と増水の影響で船のルートは使えなかったが、商隊の駐屯地に招待されて密かに森人族の領地を抜けるのに協力して貰い、直進ルートを進めたので結果的に予定より時間が短縮された。

 どうやら野営キットを喜んだ商人は地神領域でも指折りの大商会の跡取りだったらしい。



〈五日目〉

 ルートは変更されたが守り人の里までの道すがら霊獣に導かれた先で里の民と偶然出会い、彼等の案内でその日の内に里へ到着した。

 六日間の行程で十分だったのだが、思いの外順調な旅になってしまったらしい。



◇◆◇



「七光。そちらは変わりありませんか」

「ええ、滞りなく」


 里に着いてから梟の姿をしたプロシアの使い魔を通じて連絡を取り合い、互いの無事を確認して道中あった事を報告した。


「随分と早くに到着したということは事件などは無かったようですね」

「プロシア先生も無事で何よりだわ」

「こちらは明日には首都へ到着して、明後日には交渉に入る予定です」


 どうやらあちらもイレギュラーこそあったものの道行きそのものは順調だったという。


 農場での害獣の大量死。

 領主の急な代替わり。

 麻薬カルテルの一斉摘発。

 冒険者組合の不祥事発覚。

 外交官の失踪。


 どうも聞いただけでも分かるくらい地神領域はあちこちで事件が起こっていて治安が宜しくない模様だ。

 土地柄か、街道の整備された地域が限定されており街から離れた森の中に潜む反社会的な集団も多くなるのだろう。

 大生林は比較的浅い地点にも未開地が点在しており、危険地帯が生活圏と隣り合わせの地域も珍しくないという。


「里の者は絶対中立を信条としているので正式な許可なく通す真似はしませんが、許可され次第すぐに案内を付けられるように友好を築いておきなさい。

貴女ならそう難しくもないでしょう」

「ええ、それは任せてください。状況が状況ですからね」


 地神領域最大の国家と謳う妖精国ですらそんな有り様では後進国と言われても仕方がない。

 まあ、どちらのルートも安全な道を優先したとは言え生きている魔物や魔獣には遭遇しなかったので、運が良かっただけでなく最低限の整備はされているのだと信じよう。


「…里で何か、起こっているのですか?」

「あら。地神領域で問題の一つもない地域なんて、どこにも無いのではありませんか」

「もし面倒事であれば距離を取りなさい。万が一があってからでは遅いのです」

「心配はいりません。ふふふ。よくある里の悩み事くらいです」

「嘘は無いと誓えますか?」

「ええ、『エル』の名に誓って」


 さっそく教えられた名の持つ意味を使ってみる。


「分かりました、今はその言葉を信用しましょう。くれぐれも危ない事には関わらず、体調管理にも気を付けなさい」

「プロシア先生も。少しでも危ないと思ったら遠慮なくハンを使ってください」


 多少は異質さを感じるかも知れないが魔境人として紹介した以上、実力は疑わないだろう。

 【一雫の希望】持ちの魔境人とは、お伽噺や都市伝説に近い存在である。

 公式に実在する事を知っているのは天空人に六神連盟と不可侵領域に隣接する国家の上層部だけで、後は実際に不可侵領域を乗り越えて奥地まで探索した命知らずくらいなものだろう。

 プロシアは立場上知っていておかしくない。

 【一雫の希望】についてはジェラルドも保有しているらしいので、その力が絶大である事は承知の筈である。

 道中五日間を共にして実力に疑いは持っていないだろう。


 さて、プロシアとの交信を終えた私達はテントの中で状況を確認し、よくある隔離された里の悩み事を解決して友好を築くために行動を開始することにした。


 里は半壊。

 伝染病に侵された死体だけの家は焼かれ、先日の雨で鎮火したがまだ焼け跡が生々しい。

 感染を免れた一部の里の者は対策に追われ、樹海へ薬草の採取に出ている。

 道中にも報告に挙げなかったキナ臭い事件は多々あったが、これと比べれば些細な問題である。




[389]

 治癒術とは、治療術とは根本的に異なる。


 まだ学院へ入学したばかりで治癒術も治療術も本格的に教えられていないので『リヴィア』としては行使する訳には行かない。

 例外としては現在のように『七光』として活動し、プロシアの許可があった場合が挙げられる。


 そもそもリヴィアには治癒も治療も必要無い。

 必要ならば直接教会の治癒術師を呼んだり治療院の医療術師を呼べば事足りるからだ。

 それどころか産まれてこの方、一度たりとも怪我を負った事実が無いのだから自力で癒やしたり治さなければならない状況とは無縁である。

 そしてリヴィアとしての一生を生きるのならば、これから先も怪我とは無縁の人生を送ることになるのだろう。

 上級貴族家の子女が怪我なんてしたらそれこそ大事件である。

 つまり滅多に起こらないのが当たり前で、治癒も治療も一般教養として授業で軽く習う程度で十分なのだ。


 まあ、異世界転生のお約束では自力での治癒や治療の目処の立たない物語は基本的にハードモードであり、習得出来る環境なのにしないのはかなり異常なのだと転生者の再誕人が話していた。

 そうは言うが、普通子供が治癒なんて使ったら聖人だ何だと騒ぎ立てられ、それこそ異常扱いになるのは明白である。

 何故わざわざそんな見える地雷を踏まなければならないのか。

 私の方こそ疑問を投げかけたい。


 バレないように習得して、見られても口止めするまでがお約束らしいが、どこまでもお花畑で御目出度い認識である。

 少なくともこの世界で治癒を軽々しく使うなど正気の沙汰ではない。

 治療にしてもどれだけの学習と研鑽を積み重ねなければならないか。

 せめて前世で医師免許を取ってからもう一度言って欲しい。


 はっきり断っておく。

 この世界の『治癒』は半ば奇跡に近い力であり、特別な血筋でもなければ使えない。

 この世界の治療の難易度は前世と全く同じであり、よほど勉強して専門の知識を得て経験を積まなければ習得は出来ない。

 ましてやリヴィアは治療術のギフトも持っていない。

 しかし私の知識と裏で繰り返した生体研究の土台があるので、やろうと思えば治療術はおそらく完璧に近い形で行使できるだろう。

 前世では実際使う場面こそなかったが医師免許の試験自体は通っていたので、どちらの世界の医療知識も持ち合わせている。


 だから問題なのだ。

 治療は完璧にやるべきである。

 つまり手加減は出来ない。

 一度でも披露すれば最後なのだ。

 遺体から過去の人物をほぼ完璧に再現して構成することで再誕させられる私には、治療ごときの技術ならばいとも容易く何時でも何処でもどんな状況であろうといくらでも簡単に熟せてしまう。


 大叡館の禁書すら全て読破して理解したリヴィアの頭脳ならば、不可能とされている治療すら容易だろう。

 ましてや私には『生命魔法』すらある。

 永遠の命も、永遠の若さも、永久再生も、魂さえ無事なら問題なく実現させられる。

 だから表では使うべきではない。

 この能力は人の営みの範疇を遥かに超えてしまっている。

 何処までならセーフかなど、医療において厳然たる境目など存在しない。

 そのパラドックスを回避するには全く使わないという選択肢しか無いのだ。


 だがそれは表向きの話。

 私にも自分ルールがある。

 リヴィアでやるには決断が必要なことでも例外を設ければその限りではない。

 例えば私の使う別の名義『アイダ』ならばいくら人を救おうが構わないと自らに定めている。


 では七光はどうなのだろうか。

 魔導具技師という仮面では人を救うのには適さないだろう。

 手が無い訳ではないが、実行するべきかどうかの判断は非常に難しい。

 しかし決断を遅らせる訳にも行かない。

 黙っていれば明日を迎えられない命もあるのだ。


 やれやれ、こうなれば最後の決断はリヴィアに委ねるより他あるまい。

 自ら定めたルールに反しない条件で救うのならば、この里の者は配下にしなければならないだろう。

 リヴィアの寵愛を受ける者は無条件で救う。

 このルールの優先度は他のルールより高いからだ。


◇◆◇


 テントの外で控えていたデルフォスを中へと招く。


「七光様。プロシア様とのご連絡は済まされたのでしょうか」

「デルフ。しーっ」

「え、何を…」

「あなたの忠誠心は本物だと見込んでお願いがあります。プロシア先生にも話してはだめよ」


 そう言って認識阻害のヴェールを取る。

 これは必要な手順である。


「何を為さるのですか…」

「きっと旅の目的も、私がどんな人物なのか何も聞かされていないのでしょう。けれど納得できないことを押し付けられても困惑するばかりよね」


 目隠しをゆっくり外して目を開く。

 見開いた瞳は緑と紫のオッドアイ。


「誰にも口外しないと約束できるわね」

「そ…んな…。ティアーナ…さま…」

「ふふふふ。どなたかと勘違いなさっていませんか。ここに居る私は魔導具技師の七光です。いいですね」

「は、ハイッ!」


 ピシッと気を付けをするデルフォス。

 色違いティアーナに見えるかも知れないが紛れもなく別人であり、ここに居るのは七光。

 それが真実である。


「あなたは決して私の意に反した行いはしないと信用します。ですから、これから私のすることには一切の疑問を抱くことも、誰かへ伝えることも全て禁じます。誓いなさい」

「い、命に代えましても!」


 再び目隠しを付けてヴェールを被る。

 これで完了した。


「私は疑問には思いません!言い付けは必ず守ります!スクロールが必要でしたらすぐにでも用意致します!」


 きっとデルフォスは混乱している。

 神子ティアーナは死んだはずで、今目の前に居るのはティアーナである筈がない。

 けれどそっくりな姿で、しかもプロシアが自分よりも身の安全を最優先にした要人。

 実は死んでいなかったのか、もしくは双子や姉妹といった隠し子なのか。

 どちらにしてもこれは国家を揺るがす極秘案件。

 とても自分の意見を挟める領分を超えている。


 そう考えているだろう。

 私の『変身』は決して見破られない。

 何しろ今のこの分体は間違いなくティアーナの要素で構成されているからだ。

 つまり、科学的には本人である。

 死者の肉体を再構成して再誕人を生み出せる技術があるのだから、遺伝子の詳細情報を入手可能な血縁者の肉体を再現するなど容易い。

 仕草も性格も残留思念から学習済みである。


「これから里の者達を救います。手伝っていただけますね」

「しかし、感染の恐れが…」

「あらあら。私の加護を伝染病ごときが通せると、本気でお思いなのかしら?」

「いいいいえ、いいえ。無理に決まってます!大丈夫でした!」

「ふふふふ。分かればいいのよ」


 リヴィアの再現レベルの高さにデルフォスだけでなく私までもが圧される。

 まるで合せ鏡、さすがは母娘。


「きっと壊滅から救ってくれた救世主には、里の民も喜んで世界樹へ案内してくれると思うのよ。ねえ、とっても良いシナリオだと思わない?」

「勿論です!」


 そう、神子ティアーナは女神やら国の至宝やら散々評されているが、外面の美しさとは裏腹に、尊大で傲慢且つ極めて自己中心的な英雄なのだ。

 初めてサイコメトリーした際には聞いていた噂や評判とのギャップに軽く驚いたが、ジェラルドとプロシアの良い部分だけでなく、悪い部分もしっかり遺伝しているのだなと納得した。


 まあ、これでお膳立ては済んだ。

 リヴィアが救うつもりでノリノリなのだ。

 これでは私に反対する理由は無い。

 そうと決まれば心置きなく救世主をロールしようではないか。






《あとがき》


母の衣を借る娘。

まさしく七光の名に相応しい行いですね。


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